AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第一幕:違和感と記憶

第4話:記録に残らない物語

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 夜遅く、あかりは自室の明かりを落とさずに、パソコンの前に座っていた。
 目の前には、問題の原稿《風のあとで》の編集画面。
 読み返すたびに、あの既視感が強くなる。単なる偶然ではない、確かな「意図」を感じる。

 (この原稿を生成したAIは……どこのモデルなんだろう?)

 好奇心ではなく、もはや警戒に近い感情だった。
 校正者としての立場では、原稿の出所や技術的な背景に深入りする必要はない。
 だが、あかりは気づいていた。この原稿が、自分の“内側”を知っていることに。

 原稿ファイルのプロパティを開く。簡素なインターフェースの中に、「生成元モデル情報」という項目があった。普段は気にも留めない項目。そこに記されていたのは、こうだった。

 Model: AIsis v4.2(Chronocode社)
 Prompt Seed: 803919x
 Generation Date: 2028/3/15

 AIsis――アイシス。
 どこかで聞いたことがある名前だった。
 検索窓に社名とモデル名を入れると、いくつかの記事がヒットした。
 「Chronocode社が開発したAI小説生成モデル。個人ユーザー向けβ版配信中」「AI文学賞への投稿作品にAIsis利用が増加」――。

 あかりは眉をひそめながら、より技術寄りのページへと進んだ。
 開発者ブログらしきページがあり、モデルの概要がこう説明されていた。

「AIsisは、自然言語処理モデルに加え、“感情パターン認識”を導入。
学習には、公開された小説・エッセイ・個人ブログ・過去SNS投稿など、多種多様な自然言語データを使用しています。」

 (SNS投稿……ブログ……?)

 不意に背筋が冷たくなった。
 あかりは自分の記憶をたどった。
 大学時代、ブログを書いていた人がいた。SNSに詩のような文章を投稿していた人もいた。だが、自分の関わったものが誰かに“読まれる”ことはなかったはずだ。

 けれど――。

 (まさか……)

 AIsisは、“公開されていた時期がある限り”そのテキストを学習対象にする。
 数日間だけネットに上げられていた作品、鍵付きアカウントが一時的に外れていた投稿。
 誰かが一度でも「誰かに見せるつもり」で置いてしまったテキストが、取り込まれていた可能性は否定できない。

 (誰かの、公開されるはずじゃなかった物語が――)

 そしてそれが、《風のあとで》という作品の“素”になっているのだとしたら。
 これは偶然どころか、意図せずして誰かの記憶を切り取った再構成なのではないか。

 あかりは手元のノートを開いた。
 そこに並んだ、彼女が過去に書いた言葉と、AI原稿の言葉は、確かに似ていた。けれど、明らかに“自分のもの”ではないフレーズがある。それは、他人の言葉――誰かがどこかで書いた、小さな断片たち。

 だとすれば、これは誰が書いた物語なのか?
 AIか? あかりか? それとも――もういないはずの、誰かか?

 原稿の最終行にカーソルを合わせたまま、彼女はふと、ある名前を思い出した。
 数年前、文芸サークルで誰よりも独自の言葉を紡いでいた一人の男。

 秋葉翔吾。

 その名前を、胸の奥から引き抜くようにして思い出した瞬間、
 あかりは、ようやく物語の“出発点”に立ったような気がした。
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