AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第二幕:真相と再会なき対話

第13話:消されたファイル

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 「これも……彼が置いていったものなの」

 女主人がそう言って差し出したのは、小さなUSBメモリだった。
 濃紺のプラスチック製で、キャップには「DATA_04」とだけ書かれたラベル。
 どこにでもある、市販品の安価なモデル。

「原稿と一緒に封筒に入ってたの。何が入ってるかは、開いてないわ。なんだか、勝手に見てはいけない気がして」

 あかりはノートPCをバッグから取り出し、USBを静かに差し込んだ。
 フォルダはひとつだけ。「WIND-DRAFT」という名前。
 その中にあった唯一のファイルは――

 《風のあとで_v1.2.doc》

 画面にその名が表示された瞬間、あかりの心臓が一つ跳ねた。

 しかし、ファイルを開こうとすると、エラーメッセージが表示された。

 ファイルが破損しています。開くことができません。

 もう一度試す。やはり同じ警告。
 ファイルの復旧を試みても、文書構造そのものが破損していて、読み取ることはできなかった。

「ダメか……」

 小さくつぶやいて、あかりは肩を落とした。
 けれど、すぐに気を取り直し、ファイルのプロパティを開く。

 作成日、更新日、使用ソフト、作成者名――
 そのメタデータの中に、見覚えのある情報があった。

 作成者:shogo_akiba
 最終更新日:2023/05/11
 ファイルサイズ:48KB
 ソフト:Chronocode DraftEditor 1.8

 Chronocode――あのAIsisを開発した会社の名。
 そして、あかりが校正バイトで扱ったAI原稿の出力ログに、まったく同じファイル名と日付を持つものが存在していたことを、彼女はすぐに思い出した。

(……一致してる。完全に、同じファイルだ)

 AIが生成したとされていた《風のあとで》の原稿。
 その元ファイルは、ここにある――秋葉翔吾が遺したUSBの中に。

 だとすれば。
 AIはこのファイルを、無許可で学習したことになる。

 サロンの女主人が見ていないこと、秋葉が何も告げずに置いていったこと。
 その原稿は“公開”されたものではなく、私的に預けられた、いわば個人の遺稿だった。

 (彼の文章は、ここに“あった”。でも、それは――)

 彼の意志で誰かに読ませようとしたものではない。
 むしろ、“読ませずに終わるはずだった文章”だったかもしれない。

 それをAIが掘り起こし、再構成し、あかりのもとへ送り届けた。

 彼の声は、確かに聞こえていた。
 けれどその声は、本人が望んだ“語り”ではなかった可能性が高い。

(これは……“彼の遺稿”なんじゃないか)

 その言葉が、あかりの中で静かに定着した。

 AIが生み出した物語ではない。
 少なくとも“始まり”は、秋葉の手から生まれたものだった。
 彼が記した未完の文章。思いだけが残されたデータ。

 そしてそれは今、彼のいない場所で、別の誰かの言葉で語り直されている。

 あかりはノートを開き、ページの端にそっとこう書いた。

 《風のあとで》=秋葉翔吾の遺稿(未発表)?

 その夜、帰り道の風は、なぜか少しあたたかかった。
 でも、心のどこかが、まだ静かに疼いていた。
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