AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第二幕:真相と再会なき対話

第27話:小さな返事

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 コメント欄に目を通したあと、あかりは何も返さなかった。
 @nameless_letter――あの見知らぬアカウントに、いいねも返信もせず、静かに画面を閉じた。

 けれど、胸の奥ではたしかに“何か”が動いていた。

 (読んでくれてる。……たぶん、秋葉くんが)

 証拠はない。確信もない。
 けれど、文体は覚えていた。
 そして何よりも、あのコメントの中にあった“距離感”――
 それは、誰かの文章を正面から受け止めながらも、決して踏み込みすぎない静けさだった。

 秋葉翔吾。
 大学の文芸サークルで、いつも最後にコメントを書く人。
 みんなが感想を書き終えて話が逸れていくなか、
 ぽつんと出される彼の感想は、不思議な余韻を残していた。

 「否定も肯定も、どっちも手前で止めるんだよな……」
 それが、あかりが当時感じていたことだった。

 あの感想も、まさにそれだった。

 ただ一度読んで、静かに言葉を置いていく。
 あとは書き手にまかせるように。
 判断もせず、褒めもしすぎず、
 でも確かに「届いている」ことだけは伝える言葉。

 それが、秋葉の“読み手としての距離”だった。

 ――それに、今も守られている気がした。

 だからこそ、あかりは返信をしなかった。
 「ありがとうございます」とも、「もしや秋葉くんですか」とも、書かなかった。

 代わりに、続きを書いた。

 それが、一番正確な返事だと思ったからだ。

 《風のあとで》第4話――
 文章は少しずつ熱を帯びはじめていた。
 登場人物の“彼”と“彼女”は、まだ互いの名前さえ呼ばないまま、
 それでも少しずつ距離を詰め、言葉を交わしはじめていた。

 書き終えた夜。あかりは投稿ボタンを押し、深く息を吐いた。

 あとは、待つだけだと思った。
 何かが返ってくるかどうかは、わからない。
 でも、もしまたあの人が読んでくれるなら、それだけでいい。

 翌日、スマホにひとつの通知が届いた。

 @nameless_letter からコメントがあります。

 胸の奥が跳ねた。
 指先が震えるのを抑えながら、通知を開く。

「第4話、静かな進行がとても心地よく、言葉が“間”を抱えているように感じました。
 特に最後の一文、“そういうふうに風が吹いたのなら、きっと偶然じゃない”、あの言葉が残りました。
 ……ひとつだけ、勝手に言わせてくださいね。
“このまま続きを、読ませてもらってもいいですか”」

 その一文を見たとき、あかりは小さく息を呑んだ。

 “このまま続きを、読ませてもらってもいいですか”

 それは、かつて秋葉が合評会のあとに必ず最後に書き添えていた一文だった。
 作品がどんなに未完成でも、荒削りでも、必ずその言葉で締めくくっていた。

 それは、評価ではなく、期待でもなく、
 ただ「あなたの物語を、わたしは受け取ります」という静かな承認だった。

 間違いない。
 この人は、秋葉翔吾だ。

 けれど、あかりはやはり、返信をしなかった。

 名前を呼ばなくてもいい。
 声をかけなくてもいい。

 物語が、届いている。
 そして、彼の言葉が返ってきた。

 それだけで十分だった。

 (ありがとう)

 言葉にせず、心の中でそっとつぶやく。
 そしてあかりは、次のページに手を伸ばした。

 《風のあとで》という物語の中で、
 “彼”と“彼女”が、少しずつ言葉を交わすように、
 現実の自分と秋葉翔吾も、物語を通して対話を始めていた。

 名前のないやり取り。
 姿のない再会。
 それでも確かに交わされた、小さな返事。
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