AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第二幕:真相と再会なき対話

第29話:書くことは、別れの準備だ

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 あかりは深夜の静けさのなか、原稿の5話と6話を書き終えていた。

 《風のあとで》の物語は、確かに進んでいた。
 登場人物たちは互いの名を呼び、少しずつ心を交わし、
 そして“あの日交わされなかった言葉”を、ようやく言葉として取り戻そうとしていた。

 彼――秋葉翔吾がかつて描こうとしていた“誰かを想う物語”は、
 いまや、あかりの指で書かれていた。

 けれど、書き進めれば進めるほど、
 あかりの中には静かな痛みが残った。

 「これは、もう私たちの物語じゃない」

 そう、ノートの余白に小さく書き込んだ自分の言葉が、
 胸の奥にじんわりと染みていく。

 秋葉の文体は、まだあかりの中に残っていた。
 彼の選びそうな言葉。
 文章の“間”。
 余韻の残し方。
 どうしても影が差し込んでくる。

 (でも……それは、もう“過去の言葉”だ)

 秋葉が残したものを受け取ったからこそ、
 それを“自分の言葉”で語り直すと決めたからこそ、
 いま、少しずつ彼から離れていく自分がいる。

 それは、ほんの少しの裏切りのようにも感じた。
 でも同時に、これ以上ないほどの誠実さでもあった。

 書くことは、彼と同じ場所に立ち続けることじゃない。
 書くことでしか、彼から離れられない。

 そう感じたとき、あかりはふと、
 これは“別れの準備”なのかもしれないと、思った。

 書くことで彼の声に向き合い、
 書くことで彼の言葉から自分を切り離していく。

 そして、いつかきっと、書き終えたときには――
 彼に伝えるべきことは、全部言葉にしている。

 時計の針が、日付を越えたことを知らせていた。
 眠気はなかった。けれど、文章はそこで止まった。

 そのときだった。

 スマホが微かに震えた。

 画面を見ると、見慣れない通知がひとつ。

【DM】差出人:澄川空

 あかりの心臓が跳ねた。

 DM――
 それは、@nameless_letter でも、企業のアカウントでもない。
 澄川空という名義で、本人から送られてきた、直接の言葉だった。

 迷いながら開いたそのメッセージには、たった一文だけが書かれていた。

「あなたの“続きを書く勇気”に、ありがとう。」

 その言葉を読んだ瞬間、
 あかりは、涙がこぼれるのを止められなかった。

 「書く勇気」――
 それは、彼がかつて持てなかったものかもしれない。
 あるいは、持っていたけど、選ばなかっただけかもしれない。

 そして今、彼はそれを“誰かに託す”ことを、受け入れてくれたのだ。

 あかりはスマホを握りしめ、しばらく目を閉じた。
 このメッセージが、どれほど遠回りをして届いたものか、想像するだけで胸が苦しくなった。

 けれど、ついに届いた。
 そして今、自分が書いている物語が――
 彼の記憶だけではなく、いまの彼の心に届いている。

 (これでよかったんだ)

 そう思った。

 まだ物語は終わらない。
 けれどその続きを、“私の言葉で”書ける準備は、もうできていた。

 あかりは、深く息を吸い、
 パソコンの画面を再び開いた。

 風のあとで、まだ誰かが立っている。
 それはもう、過去に取り残された誰かではない。
 いま、この物語を語っている、自分自身の姿だった。
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