討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

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はじまりの罪――常闇の渦中に(後)

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「着いた……みたい」
 長い黒髪をかき上げ、地図と眼前の建物を見比べる三条。
「馬的冗談はいらねーよ。人ん家じゃねーか」
 コンクリート造りで二百坪近いものの、地元の人間が住んでます、と言わんばかりに生活感が漂う。
「青梅郊外のアジトは地主の邸宅に偽装してるって聞いたことがある……地図の縮尺はめちゃくちゃだけど、さっきの戦闘車といい、あるとしたら絶対この辺」
 こいつは何を根拠にもって、こんな確信を得たような面で言い張るのか。
「絶対と言うヤツを、俺は絶対に信用しな――」
「ビンゴ」
 ふと発せられた言葉に飛び退くと、すらりとした端正な容姿の女性が立っていた。
「柚ねえ、気配もなしに間合いに入るのやめてもらえます……?」
 三条が半笑いで向き直った相手は大庭柚木。アダマース日本支部のエージェントで、チーム多聞丸をサポートしている。

「にしても、人払いの結界も張ってないとは……ずいぶん自信があんすねー」
「外から見ると三階建て。地下にも二階ある。何があるかは……内緒」
 物憂げな表情のまま、億劫なのかノリノリなのか判別しにくいトーンで告げる彼女。
(……ほんと優秀で美人だけど、掴みどころのなさは多聞さんと一二を争うな、この人)
 困惑している俺たちに構わず、柚ねえは無言で建物の中へと入ってゆく。
「まるで自分ん家みてーだな」
「考えたらダメだよ、こういう人は」
 珍しく三条と顔を見合わせ、困った同僚を追った。


「じゃ、多聞さんが来るまでは休憩。ぼくシャワー浴びてくるから」
「おう」
 座ったまま、挨拶代わりに軽く手を上げる。

(……目視だが、Dはかたい――――)
「よし」
 気を引き締め、俺は立ち上がった。三条桜花の鍛えられた肢体は、引き締まっていながらも、女性らしい柔らかさも共存するという、一歩間違えれば台なしの絶妙なバランスを実現させている。
 が、直後。
「あ、犯罪みっけ」
 沈殿しているかのようで浮遊しているような呟きに、我が歩みは止められた。
「え、いや……まだ何もして――」
「じゃあ何かするつもりだった、と」
 いつも気怠そうにボソボソと喋るが、声質は澄み渡っている柚ねえだけに、冷ややかなまなざしと相まって我が良心を揺さぶる。
「……弁護士を呼んでくれ」
「あたしよりおーちゃんの巨乳が見たいそうです、弁護士さん」
「先に帰っていいと言ったが、覗いてもいいとは言ってないよねー。さすがにおじさんもそりゃマズいと思うよ、犯罪だし」
 喜多村多聞。いつの間に入ってきたのか、この大男まで白々しく肩をすぼめてみせる。
「だって見たいか見たくないかで言ったら見たいでしょ! 見る分にはタダだもんな。そう、脳内のフィルムに焼き付ける分には罪に問えねえ」
「いや現行犯はアウトだからね。ま、今のうちにリラックスしときな。明日は生天目筆頭執政官さまの護衛に直で行く。基地に帰れるのはまだまだ先だよ」
「あー、そうでしたね。ったく、そういうのやる奴らいるだろ…………」
「怪魔がこわいのかもー。んじゃ、あたし報告に戻るんで」
 手短に伝えると、何事もなかったかのように柚ねえは立ち去った。

「久々の現場で堅苦しい任務とは僕もついてないなー。ま、顔を売っとくに越したことはないよ。ペンは剣より強し、コネはペンより強しってね」
「売れる顔にしとくためにも今日はもう寝ますわ」
 何だろう、割と手早く済んだ任務だったのに、普段より疲れた気がしてならない。

               † † † † † † †

 夜も更け、道行く人は続々と駅へ吸い込まれてゆく。
「じゃあ牟田口くん、うちらあっちの線だから。遅くなっちゃったし気を付けて」
「そんじゃ、おやすみー。おまえも早くいい女見つけろよーっ!」
 改札前に展開されていた三角形が崩れ、一辺を成していた男女一組が遠ざかってゆくのを、残った一点の青年は見送った。
「……んだよ、三人の間に隠し事はないんじゃなかったのかよ。いやまあ、あいつらが付き合ってたことぐらい気づいてたけどさ」
 段々と小さくなる彼らは手をつなぎ、別会社の改札に向かうことなく、繁華街へ消える。
(あいつら……俺を見下してやがったんだ! 今頃どうせ俺が空気読めない邪魔者だなんて話してるんだろ。いや、二人の世界でイチャイチャするのに夢中だもんな。他のことなんて考えてもないか)
「――――納得いきませんよね? 同じような無念を抱えている人間は多い。もっとも、ここで負け惜しみを言っているだけでは何も変わりませんが」
 柔和な声と異様な気配に男は目を見開いたが、それ以上に驚くものが背後にいた。階段の手すりに悠然と立つ、全身黒装束の中性的な青年。
「あひぃい……ッ!」
 面白おかしい光景ながら、その不気味なオーラが呼び起こすのは、笑いではなく本能的な恐怖であった。しかし、周囲の人々は素通りしている。いくら終電どきで疲れていようと、こうも神秘的で狂気じみた人物が行く手にいたら、気づかないはずがない。
 そう、これは見て見ぬふりではなく、あたかも、そこに誰もいないかのような――――
「えっと、すみません……ああ、いや――」
「だが、団結したらどうなるか? 目にものを見せてやりましょう」
 あまりの浮世離れした耽美な立ち姿と美声に、不機嫌だったはずの彼は、威嚇することも逃げることもなく見入ってしまった。

(……怪魔かれらは人格によって姿から強さまで変わる。貴方がたの憎しみの力、見せていただくとしますか)
 吹き込む微風に揺らぐ、女性と見紛うばかりの滑らかな栗毛に、鴉色の外套。薄い双唇を歪ませ、謎めいた男は嗤った。

 この世に神様なんていないかもしれないけど、悪魔はきっと存在する。人間というものは――こんなにも、過ちを犯してしまうのだから――――

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