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† 二の罪――我が背負うは、罪に染まりし十字架(参)

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 多聞さんが差し出してきたガラス片に映っている自分かれに、言葉を失った。
 銀に変色した髪は伸び、右眼も彼と同じく深い蒼を湛えている。あたかも俺がルシファーになってしまったかのようだが、その左眼は金色に明滅し、周囲の皮膚には孔雀の羽を思わせる紋様が焼き付いていた。
「どういう理屈なの…………」
「なんでもかんでも理屈で説明できたら、科学は宗教よりも多くの人から信仰されてるんじゃないかな。こんなにイメチェンして帰ったらみんな驚くだろうから、ヴィジュアル系バンドでも始めたってことにでもしてみればどうだい?」
「いやいや携帯も禁じられてるのにありえないでしょ」
「んなことより、とっとと立てよ。ちびったか?」
「へ……?」
 俺の顔と差し伸べた手を、交互に凝視する三条。
「そ、そんなわけないもん……! 言われなくても立ちますーっ!」
 そう言いつつも、口調とは裏腹にそっと握り返してきた。
「はは、若いっていいねー。ほら、後処理はなんとかしとくから、君はこの場を離れたほうがいい。幸い、彼はご丁寧に結界まで強化してくれてたみたいで、今のところバレてないと思うけどねー」
 結界が解かれると、破壊された建物は元々なかった存在ものとなる。外側に被害が皆無だったという事実を思い返して、これほどの大惨事を引き起こしてなお、彼が全力には遥か遠かったのだと実感させられた。
「お上には誤魔化しとくから二人は先に戻ってな。夜には傾向と対策を話し合おう。もちろん、お説教の後でね」
 言われるとほどなく、ハッとしたように手を振りほどき、早足に歩き出す三条。苦笑いする上司に軽く挨拶し、俺も慌てて後を追った。


               † † † † † † †


 彼らが二手に分かれた後も、主役を奪われて久しい巨大電波塔から、並んで現場を眺望する二つの影。さすがに数キロも離れていては、多聞も気づかないようだ。
「ククク……いかがでしょうか? 地球の裏側よりいらしてみて」
 鉄骨に腰かけて両足を揺らしつつ、粘着質の笑みを含ませて、群青色の外套を纏った優男が問いかける。
「フン。道化の悪趣味な遊戯だと思ってはいたが、少しは手応えがありそうじゃないか」
 隣の威風堂々と佇立しながらも、子供のように軽やかな声の人物は紫煙を吐き出し、さらり、と――しかし、決して眼下から目を離すことなく述べた。
「それは何より。彼以外に、極東の地へわざわざお出でなさった理由ができたのなら――――」
 栗色の長髪を靡かせて、座したまま男が続けた途端、稲妻のように殺気が奔る。
「……その減らず口、閉じられんなら手を貸すが」
 煙管を口元より離し、横目で見遣る眼光は、刃物の如く鋭かった。
「おお怖い。命がいくつあっても足りなそうだ」


(……そういえば隊長、人外の力に頼ること、嫌ってたなあ――――)
 降り始めた雨を、三条桜花は呆然と見つめている。
「彼が生還したことは喜ばしいが、同時に、遠い存在になってしまったことに対して複雑な気持ち――みたいな感じで合ってるかな、現隊長」
「……多聞さんは、いいんですか?」
 背中越しに、彼女は尋ね返した。
「過去の事実は変えられない。だが、その意味なら未来で変えようがある――生きてりゃ絶望ぐらいするよ。そこで、そこから、そういうときこそ、この先どう動くかなんじゃないかな」
「またアドラー心理学ですか。変えたくても……その動くための力が、ぼくには――」
「強者ほど力に頼ってはいけない。暴力はさらなる暴力を生むだけだし」
「だから……頼る力もないんですよ、ぼくは! 多聞さんに近づこうとがんばってきたけど、多聞さんにとどくどころか、信雄かれにすら追い抜かれようとしている……!」
 俯いて少女は喚く。

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