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† 十の罪――贖いの雨(弐)
しおりを挟む自分が誰であるのかも分からない。もはや、生きている意味があるのだろうか。
多聞さんは昔、生きる意味を探すことが生きること、みたいなことを言っていたように思える。この状態でも探せというのか。見い出せずに終わるのか。その意味も知らずに、自分はこのまま死ぬのだろうか。
(ぼく……どうなっちゃうのかな――――)
漠然と考えようとしても思い浮かばない。
怖い。想像もつかないというのに――いや、想像できないから嫌悪しているのか。自分が自分でなくなることなど、妖屠になったとき受け入れたはずだった。
泣きたい。もう泣いているのかもしれない。涙が出ているのかどうかも分からない。
「いやだ……いやだよ…………」
こう拒絶心がはたらくのも、人であるがゆえだろう。人ならざるものになったり、死んだりしたら、こうやって思うこともなくなるのだろう。
こうしている間にも、人から遠ざかっているのか。
もう、投げ出してしまいたい。やはり自分は、この運命から逃れられなかっただけのことだ。なんで今更になって拒否するのか分からない。人でない何かに変えられる境遇への怒りも、憎しみも感じない。感情が消えていっているためかもしれない。
ただ、明確に拒絶しようという気持ちが、呪詛に苛まれる心身において、強く存在を主張している。
† † † † † † †
「ふふ……この熱さで顔色ひとつ変えない結界とは、やっぱ顧問どのは人外の類だったかー。こりゃなおさら見過ごせないなあ」
暴風吹き荒ぶ灼熱地獄で、老兵は苦笑いする。
「その心配には及びませんよ。貴方はわたくしが始末しますから」
朱い波が部屋の四隅より噴き出し、多聞に打ち寄せた。
(……まずい! もう耐火障壁が破られる――――)
燃え盛る業火の中、彼の脳裏をよぎるのは、忘却の彼方に置いてきた追憶。
「……まあ、そりゃこうなるかー」
戦後、帰国した多聞を迎えたのは、英雄の凱旋ではなく、友軍を囮にした上、彼らごと敵兵を火災旋風で焼き殺した虐殺者としての扱いだった。
(そうか……君も、僕のやったことは過ちだったというんだね――――)
妻が自らの命を絶ったのは、それから間もなくのこと。
陸軍でも彼の戦功を評価するのは一部で、誰もが称賛していたエリートは、今や僻みや忌避の対象となっていた。
(僕には、なにもない。ただ、みんなを守ろうと必死だっただけだ。そして勝った。敵軍に壊滅的な損害を与え、味方の安全を守った。それが過去の名誉に泥を塗り、立場も、愛する人も失った。僕は、なんのために戦えばいいのだろうか……?)
訪れた平和は、彼の迷いに答えることなく、静かに過ぎ去ってゆく。孤独な勝者を残して。
「これは驚きました。地獄の猛者たちにも、これほどの根性を持つ者はそういない」
逆巻く火焔の中、今なお多聞は立っていた。
「劣等種のくせに粘りますねえ。なぜ、そうまでして貴方は戦い続けるのですか?」
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