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† 十六の罪――父の手(肆)
しおりを挟むその凶器じみた全身を構成していた黒鉄が、いつの間にか雨から変わった雪の中、無に還ってゆく。
「そんじゃあな……信雄、お前は変わるなよ――――」
満足気に微笑む老兵。
「多聞さん……!」
部下たちを振りほどいて、桜花が詰め寄る。
「桜花くんか。こんな手じゃ、もう君にふれることもできなくなっちゃったねえ…………」
応じるのは、掠れた声と姿。崩落してゆく腕を彼女に差し延べようとして、多聞は自嘲する。
「じゃあ、せめて――ぼくに抱きしめさせて」
少女は消えかかっている大男を支えるように、身を寄せた。あの頃と何も変わらない二人のように。
彼らにとって違いがあるとすれば、桜花が抱きしめる側になったこと。
そして――迎えようとしているのが、永遠の別れであること。
「何が起きている……多聞は何をしているのだ……?」
展望台に響く、象山の呟き。
「何故だ。心までは復元できない筈……! あれは我が術を以てしても切り離せるようなものではない――まさか……命を失ってなお、弟子への思念が残っていた、とでも……?」
眼前のガラスに触れながら、外界へと問いかける。
「……証明できない。斯様な事態、有り得ない。あってはならないのだ!」
項垂れている友の隣で、窓辺に背を預け、紫煙を吐き出す茅原。
「キミは昔こう言ったね――人間が強くなれたのは、心があったから。人間が弱いままなのは、心が残っているから」
そう口にして、彼は煙管の端を噛む。
「……けど、これは――――」
舞い散る雪に溶けゆく最中、少女に優しく語りかける亡者。
「もう君は組織の人間でも、悪魔と契約した謀叛人でもない。すべてを捨て去った後に残った、本当の三条桜花だ」
しかし、彼女は首を振るばかり。
「その三条桜花には、多聞さんが必要だよ…………」
「いいかい? お前自身で考え、決断し、行動するんだ。正しいと思う通りに生きろ。それが、僕からの最後の指令だ」
消え去る間際、悲痛な表情の桜花に、彼は伝える。
「そんな……また多聞さんと生きたいって、ずっとずっと思ってたのに……!」
彼女は必死に手を伸ばすが、もはや多聞の存在はなく――――
「僕は――お前の正義を、あっちから見ているよ」
空虚な宙に、言葉と雪だけが残った。
一同は、ただ黙したまま空間を眺めている。桜花もしばし、呆然と固まっていたが、一言、
「……さようなら、お父さん――――」
と、囁いた。
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