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† 十九の罪――禁じられた呪い(弐)

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 回廊の壁面は崩落し、焼け焦げた床にベルゼブブが倒れ伏している。
 異形の巨像は跡形もなく、舞い落ちる火の粉と駆け寄る桜花の他に、もはや動くものは皆無であった。
「意外とあっけないものじゃな。もどるの、か――あの暗い、常闇の中へ」
「そんな……大丈夫って、言ってたのに……!」
 霞みかけている彼女を悲痛な面持ちで抱き起こす。
「そちは一人でもじゅうぶんにつよい。吾輩がおらずとも、だいじょうぶじゃよ」
 地獄の猛将は薄れゆく中で、穏やかに伝えた。
「ベルゼブブ……なんでこんな無茶を――」
「すまんな。お望みのいけめん悪魔でもなかった上に、最後までこれぐらいしかできることがなくて」
 彼女はそう言って、困ったような笑みを浮かべる。
「……イケメンだよ。とっても」
 涙ながらに首を振る桜花。
「まったく、とんだ茶番につき合わされたものじゃ。だが――たまには茶番も、わるくないじゃないか。うつしよの食卓もなごりおしいが、もう吾輩はもどらねばな――――」
 ベルゼブブは、表情を改めると、
「三条桜花よ!」
「は、はいッ……!」
「主はいらんと申したが、そちは吾輩の最高の相棒じゃったよ」
 そう言い残して、ささめ雪のように消えていった。
「ぼくにとってもそうだよ。そしてきみは――今までも、これからも、かけがえのないたったひとりの相棒」
 少女も泣きながら笑って、友の残像に呼びかける。

 初めて出会ったとき、召喚者かのじょは落胆し、悪魔ベルゼブブは苛立っていた。
 最後に過ごしたとき、涙と共に見送る桜花かのじょに、相棒ベルゼブブは微笑みかけながら消えていった。

「……ばか」
 その掠れた独白に、応じる者はいない。
「みんなほんとーに……ばかなんだから――――」
 部下たちとベルゼブブの去った傍らで、彼女は糸の切れた人形のようにへたり込んだ。



 迷宮の中枢たる一室で、視線を交錯させる隻眼同士。先に口を開いたのは、信雄だった。
「久しぶりだな」
 少年の冷たい声色が響く。
「はて。貴殿と直に話すのは初めてではなかったかな?」
 包帯から覗く象山の無機質な左目を、睥睨する信雄。
「……化けもんになって、忘れちまったか――緑川真備」
 その言葉に、彼は双唇を歪ませた。
「クッ、クフフ……そうかそうか。こうも立派になって会いに来てくれるとは、相も変わらず兄想いではないか。あの日のように考え無しに再会を喜ぼうと駆け寄らぬ辺り、確かに成長しているな」
「あんたは逆に退化したみてーだがな……なあ、なんでだよ? なんでこんなことした!」



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