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† 十九の罪――禁じられた呪い(参)

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「久しぶりだな」
 少年の冷たい声色が響く。
「はて。貴殿と直に話すのは初めてではなかったかな?」
 包帯から覗く象山の無機質な左目を、睥睨する信雄。
「……化けもんになって、忘れちまったか――緑川真備」
 その言葉に、彼は双唇を歪ませた。
「クッ、クフフ……そうかそうか。こうも立派になって会いに来てくれるとは、相も変わらず兄想いではないか。あの日のように考え無しに再会を喜ぼうと駆け寄らぬ辺り、確かに成長しているな」
「あんたは逆に退化したみてーだがな……なあ、なんでだよ? なんでこんなことした!」
 冷静さを失った信雄が喉を震わせる。
「愚問。人間のみが弱者に甘い。本来は淘汰されゆく劣等を愚かにも護ろうとしたツケを、必要経費で支払うまでのこと」
「必要だあ? 何様なんだよ…………」
 拳を握り、息を荒げる少年。
「仮に神が世界を創造したとしよう。ならば破壊する者もまた、神となるのではないか? そう、再生が求められているのだ。人間共は力こそが唯一、万能たる法という事実より目を背け、綺麗事で誤魔化している。自然界を見よ。人間は違うと言い張るのなら、歴史を振り返るが良い。そこにある真理は動かずに迎えてくれよう。力に綺麗も汚いも無い。そして、この世のどこにも正義なども存在しない。ゆえに私が最強の力で裁き、半永久的な命で平安を保ち続ける――これが人間に残された、最大にして最後の救済だ」
「……組織を、罪なき市民を、多聞さんをあんなにしといて、それが救済だと……?」
 象山は、向けられる殺意を嘲笑うかのように嘆いてみせた。
「復讐心に囚われる哀れな妖屠など、元より駒でしかないに決まっていよう。組織も実験場に過ぎない。それに、誰だから等ではないと言ったのだ。必要な分のみを切り捨てたのだと。そこに個人的感情は存在しない。ただ、弱かった者が勝手に死に絶えるだけの話だ。環境変異とそう違わないだろう。取捨選択、高校中退のお前も聞いたことがある筈だ。お前は今、犠牲者をその他大勢と喜多村多聞に分けたな。逆にお前には、選ぶ権利があるのか?」
「……選ぶ権利がねーなら、みんな救うしか――」
「クハッ、滑稽だ。出来たらヒーローが世界中に溢れてしまうな! 綺麗事とは現実から目を背ける弱者の妄言に過ぎない。今の我々が享受しているのは、夥しい犠牲の上に成り立つ日常だ。流れた血に目を背けて夢物語をほざくな。これ以上の血を流さない為には、暴力ごと根絶すれば良いだけではないか。私は人類凡てを争いの苦痛から解放するのだよ――滅びをもって、な」
 溜息を挟むと、彼は続ける。
「人間とは救えぬもの! 怪魔との戦いの中で、何を見出したのだ」


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