2 / 41
併設病棟
しおりを挟む
東京郊外の高台に建つ洋館の敷地に黒塗りのLサイズのミニバンで入っていく。正面玄関前の小さなロータリーに侵入し、外側にある関係者専用駐車場に停めた。
病院の中に入り受付に名前を告げ、ソファに座った。ここは普通の病院らしくない病院で、ヨーロッパのアンティークな雰囲気の白い建物で内装もそれに合わせている。ロビーにはグランドピアノまで置いてある。番号札の発券機なんてものはない。ソファと同柄のクッションも置かれ1人掛け2人掛け3人掛けソファが並ぶ。天井にはシャンデリア。
ここは癌患者が集まる病院。とはいっても脳腫瘍や骨肉腫などの癌は専門ではない。ただし…
「楓さん」
「佐藤看護師長。ご依頼ありがとうございます」
「わざわざありがとうございます。正直受けてもらえないだろうと覚悟はしていました。移動しますね」
彼女は佐藤千花さん。看護師長をしていて睡眠士である私のリピーター。
彼女は別の病院に勤めていたのだけど期間限定でこっちの病院に派遣された。理由はこっちの病院の看護師長が突然亡くなったから。副看護師長は産休に入ったばかり。主任看護師の1人は重責過ぎるとオファーを断り、1人は勤務時間の関係で断られた。そう、代わりがいなくて困っていた。ここの病院長と彼女が籍を置いている病院長がとても親しかったのでこうなった。まあ佐藤さんへの信頼の証とも言える。
敷地内に小さめの別棟がある。やはりこちらの建物も同じ洋館仕様だった。
施設長室へ入室した。
「ようこそ。先日はお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました」
初老の施設長は本田明郎さんといって10日ほど前、試験官のように私の指名をして催眠士としての実力を試した人だ。佐藤さんの話が信じられなくて体験した彼だけど、こうして呼ばれたということは合格をもらったということだ。
「彼女はケア長です」
「知久希美と申します」
「アクターから参りました、睡眠士の二条楓と申します」
「二条のサポートで参りました伏原大輝と申します。
よろしくお願いします」
「どうぞお掛けください」
「失礼します」
本田施設長は私の前に書類を置いた。
「これは睡眠士の楓さんの力をお借りたいと申し出た患者のリストです。緊急性の高い順に並べてあります。1番上の方は肺に転移した癌のため、痛みや咳や呼吸困難に苦しんでいます。痛みをとるために強い薬を投与しているため薬の影響下にいる間は意思の疎通を取ることはできません。余命は数日でしょう。彼女はこうなる前から悪夢にうなされ、家族が最後くらい悪夢から解放させてあげたいと申し込みました」
部屋番号、名前、病名、余命が一覧になっていて、ページを捲ると悪夢の内容や患者の過去のことが書いてあった。絶対に漏らしてはならない内容だ。
「分かりました。では早速一番上の小田切さんの病室へ連れて行ってください」
「ありがとうございます、準備をしてまいります」
ケア長は席を外した。
「楓さん、伏原さん、こちらを使ってください」
施設長が差し出したのは小さなプラスチック容器だった。
「あの?」
「中身は軟膏にメントールを加えたものです。鼻の穴のすぐ下に塗ってください。ここは生命活動を終えようとする患者の集まる場所です。身体は拭きますが、重篤なら隅々までは拭けません。体臭や口臭はキツくなります。特に胃酸の臭いが苦手な方は多いです。寝たきりになると当然オムツの中で排尿排便をしますので、多少その臭いもします。体調を崩されると困りますので」
最後の瞬間かもしれないのに、知らぬ男女が現れて顔を顰めたり吐き気を催しては患者も家族も傷付けてしまう。私達はマスクを外して言われた通りに塗った。かなり強い香りの盾が鼻の穴を守りだした。
ケア長が戻り病室へ案内してもらう。2階へ上がりナースステーションで紹介され、近くの個室へ向かった。
「小田切さん、失礼します」
病室には酸素マスクを付けて、静脈ポート管を繋ぎ薬液を投入している患者さんがいた。
身体は痩せ細り頬も痩け胸骨は浮き立っていた。
「こちらは小田切さんの娘さんの佳奈さんです」
「初めまして」
「睡眠士の楓です。彼は私のサポートをする伏原と申します。早速よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
ベッドに横たわる小田切さんの側の椅子に座り手を握った。
病院の中に入り受付に名前を告げ、ソファに座った。ここは普通の病院らしくない病院で、ヨーロッパのアンティークな雰囲気の白い建物で内装もそれに合わせている。ロビーにはグランドピアノまで置いてある。番号札の発券機なんてものはない。ソファと同柄のクッションも置かれ1人掛け2人掛け3人掛けソファが並ぶ。天井にはシャンデリア。
ここは癌患者が集まる病院。とはいっても脳腫瘍や骨肉腫などの癌は専門ではない。ただし…
「楓さん」
「佐藤看護師長。ご依頼ありがとうございます」
「わざわざありがとうございます。正直受けてもらえないだろうと覚悟はしていました。移動しますね」
彼女は佐藤千花さん。看護師長をしていて睡眠士である私のリピーター。
彼女は別の病院に勤めていたのだけど期間限定でこっちの病院に派遣された。理由はこっちの病院の看護師長が突然亡くなったから。副看護師長は産休に入ったばかり。主任看護師の1人は重責過ぎるとオファーを断り、1人は勤務時間の関係で断られた。そう、代わりがいなくて困っていた。ここの病院長と彼女が籍を置いている病院長がとても親しかったのでこうなった。まあ佐藤さんへの信頼の証とも言える。
敷地内に小さめの別棟がある。やはりこちらの建物も同じ洋館仕様だった。
施設長室へ入室した。
「ようこそ。先日はお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました」
初老の施設長は本田明郎さんといって10日ほど前、試験官のように私の指名をして催眠士としての実力を試した人だ。佐藤さんの話が信じられなくて体験した彼だけど、こうして呼ばれたということは合格をもらったということだ。
「彼女はケア長です」
「知久希美と申します」
「アクターから参りました、睡眠士の二条楓と申します」
「二条のサポートで参りました伏原大輝と申します。
よろしくお願いします」
「どうぞお掛けください」
「失礼します」
本田施設長は私の前に書類を置いた。
「これは睡眠士の楓さんの力をお借りたいと申し出た患者のリストです。緊急性の高い順に並べてあります。1番上の方は肺に転移した癌のため、痛みや咳や呼吸困難に苦しんでいます。痛みをとるために強い薬を投与しているため薬の影響下にいる間は意思の疎通を取ることはできません。余命は数日でしょう。彼女はこうなる前から悪夢にうなされ、家族が最後くらい悪夢から解放させてあげたいと申し込みました」
部屋番号、名前、病名、余命が一覧になっていて、ページを捲ると悪夢の内容や患者の過去のことが書いてあった。絶対に漏らしてはならない内容だ。
「分かりました。では早速一番上の小田切さんの病室へ連れて行ってください」
「ありがとうございます、準備をしてまいります」
ケア長は席を外した。
「楓さん、伏原さん、こちらを使ってください」
施設長が差し出したのは小さなプラスチック容器だった。
「あの?」
「中身は軟膏にメントールを加えたものです。鼻の穴のすぐ下に塗ってください。ここは生命活動を終えようとする患者の集まる場所です。身体は拭きますが、重篤なら隅々までは拭けません。体臭や口臭はキツくなります。特に胃酸の臭いが苦手な方は多いです。寝たきりになると当然オムツの中で排尿排便をしますので、多少その臭いもします。体調を崩されると困りますので」
最後の瞬間かもしれないのに、知らぬ男女が現れて顔を顰めたり吐き気を催しては患者も家族も傷付けてしまう。私達はマスクを外して言われた通りに塗った。かなり強い香りの盾が鼻の穴を守りだした。
ケア長が戻り病室へ案内してもらう。2階へ上がりナースステーションで紹介され、近くの個室へ向かった。
「小田切さん、失礼します」
病室には酸素マスクを付けて、静脈ポート管を繋ぎ薬液を投入している患者さんがいた。
身体は痩せ細り頬も痩け胸骨は浮き立っていた。
「こちらは小田切さんの娘さんの佳奈さんです」
「初めまして」
「睡眠士の楓です。彼は私のサポートをする伏原と申します。早速よろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
ベッドに横たわる小田切さんの側の椅子に座り手を握った。
126
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】大魔術師は庶民の味方です2
枇杷水月
ファンタジー
元侯爵令嬢は薬師となり、疫病から民を守った。
『救国の乙女』と持て囃されるが、本人はただ薬師としての職務を全うしただけだと、称賛を受け入れようとはしなかった。
結婚祝いにと、国王陛下から贈られた旅行を利用して、薬師ミュリエルと恋人のフィンは、双方の家族をバカンスに招待し、婚約式を計画。
顔合わせも無事に遂行し、結婚を許された2人は幸せの絶頂にいた。
しかし、幸せな2人を妬むかのように暗雲が漂う。襲いかかる魔の手から家族を守るため、2人は戦いに挑む。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる