【完結】高給アクターは夢で癒す

ユユ

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併設病棟

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東京郊外の高台に建つ洋館の敷地に黒塗りのLサイズのミニバンで入っていく。正面玄関前の小さなロータリーに侵入し、外側にある関係者専用駐車場に停めた。

病院の中に入り受付に名前を告げ、ソファに座った。ここは普通の病院らしくない病院で、ヨーロッパのアンティークな雰囲気の白い建物で内装もそれに合わせている。ロビーにはグランドピアノまで置いてある。番号札の発券機なんてものはない。ソファと同柄のクッションも置かれ1人掛け2人掛け3人掛けソファが並ぶ。天井にはシャンデリア。
ここは癌患者が集まる病院。とはいっても脳腫瘍や骨肉腫などの癌は専門ではない。ただし…

「楓さん」

「佐藤看護師長。ご依頼ありがとうございます」

「わざわざありがとうございます。正直受けてもらえないだろうと覚悟はしていました。移動しますね」

彼女は佐藤千花さん。看護師長をしていて睡眠士である私のリピーター。
彼女は別の病院に勤めていたのだけど期間限定でこっちの病院に派遣された。理由はこっちの病院の看護師長が突然亡くなったから。副看護師長は産休に入ったばかり。主任看護師の1人は重責過ぎるとオファーを断り、1人は勤務時間の関係で断られた。そう、代わりがいなくて困っていた。ここの病院長と彼女が籍を置いている病院長がとても親しかったのでこうなった。まあ佐藤さんへの信頼の証とも言える。

敷地内に小さめの別棟がある。やはりこちらの建物も同じ洋館仕様だった。

施設長室へ入室した。

「ようこそ。先日はお世話になりました」

「こちらこそお世話になりました」

初老の施設長は本田明郎さんといって10日ほど前、試験官のように私の指名をして催眠士としての実力を試した人だ。佐藤さんの話が信じられなくて体験した彼だけど、こうして呼ばれたということは合格をもらったということだ。

「彼女はケア長です」

「知久希美と申します」

「アクターから参りました、睡眠士の二条楓と申します」

「二条のサポートで参りました伏原大輝と申します。
よろしくお願いします」

「どうぞお掛けください」

「失礼します」

本田施設長は私の前に書類を置いた。

「これは睡眠士の楓さんの力をお借りたいと申し出た患者のリストです。緊急性の高い順に並べてあります。1番上の方は肺に転移した癌のため、痛みや咳や呼吸困難に苦しんでいます。痛みをとるために強い薬を投与しているため薬の影響下にいる間は意思の疎通を取ることはできません。余命は数日でしょう。彼女はこうなる前から悪夢にうなされ、家族が最後くらい悪夢から解放させてあげたいと申し込みました」

部屋番号、名前、病名、余命が一覧になっていて、ページを捲ると悪夢の内容や患者の過去のことが書いてあった。絶対に漏らしてはならない内容だ。

「分かりました。では早速一番上の小田切さんの病室へ連れて行ってください」

「ありがとうございます、準備をしてまいります」

ケア長は席を外した。

「楓さん、伏原さん、こちらを使ってください」

施設長が差し出したのは小さなプラスチック容器だった。

「あの?」

「中身は軟膏にメントールを加えたものです。鼻の穴のすぐ下に塗ってください。ここは生命活動を終えようとする患者の集まる場所です。身体は拭きますが、重篤なら隅々までは拭けません。体臭や口臭はキツくなります。特に胃酸の臭いが苦手な方は多いです。寝たきりになると当然オムツの中で排尿排便をしますので、多少その臭いもします。体調を崩されると困りますので」

最後の瞬間かもしれないのに、知らぬ男女が現れて顔を顰めたり吐き気を催しては患者も家族も傷付けてしまう。私達はマスクを外して言われた通りに塗った。かなり強い香りの盾が鼻の穴を守りだした。


ケア長が戻り病室へ案内してもらう。2階へ上がりナースステーションで紹介され、近くの個室へ向かった。

「小田切さん、失礼します」

病室には酸素マスクを付けて、静脈ポート管を繋ぎ薬液を投入している患者さんがいた。
身体は痩せ細り頬も痩け胸骨は浮き立っていた。

「こちらは小田切さんの娘さんの佳奈さんです」

「初めまして」

「睡眠士の楓です。彼は私のサポートをする伏原と申します。早速よろしいでしょうか」

「はい、お願いします」

ベッドに横たわる小田切さんの側の椅子に座り手を握った。




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