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間に合わない依頼
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翌日、佐藤看護師長から連絡があり効果を確認できたと教えてもらえた。
2日後には評価完了の通知が来たので、お昼前にアプリを開いてパスワードを打ち込み『アクター』用の個人ページを開いた。
小田切さんの娘さんからの評価は星7。コメントを読んだ。
“うなされる母は父とも寝室を分けていました。私達とも同じ部屋で寝ることはありませんでした。旅行や父の実家でも部屋を分けていました。それは家族の睡眠を妨害したくないという気持ちと過去の怖い記憶が口から出て家族を怖がらせてしまうことを避けるためでした。正直寂しく思ったこともあります。ですが身体中に癌が転移し緩和ケア病棟へ移り薬で朦朧としつつもまだうなされる母を見て涙が溢れました。母は自分の母親や兄姉を殺された遺族であり殺されかけPTSDに苦しむ被害者である一方で、殺人犯の娘となり苦しんできました。父とは恋愛結婚でしたが父の両親からは結婚を反対されたと聞いています。私達はもっと早く母の苦痛から目を逸らすことを止めるべきでした。出来ることがあったはずで、もしかしたらもっと早く母を守れたのかもしれないと。
後悔の中、看護師長から睡眠士について話をいただきました。正直、胡散臭いと思いました。他の患者さんのご家族もそう思った方が多くいました。ですが母が最期に安らかに眠ることができるのなら何だって構わなかったのです。
楓さんが母に会いに来てくださったあの日、母は間違いなく安眠していました。翌日も楓さんがいらっしゃらなくても母は悪夢を見ていませんでした。薬の効果が薄くなったとき、意識のはっきりした母と言葉を交わすことができました。夢の中ではあの頃に戻って亡くなったはずの家族に甘えることができたそうです。
楓さん、母からの伝言です。「助けてくださりありがとうございました」。私からも心より感謝を申し上げます”
「ふ~ぅ」
良かったとホッとしたところに着信音が鳴った。
「はい、楓です。…はい。はい。分かりました」
今日、また病院に行ってリスト2番目の方を眠らせる予定だったが休みになった。その方が早朝に亡くなってしまったから3番目の家族と調整するから待って欲しいと佐藤看護師長から事務所に連絡が入った。
本当に時間がないのだと実感した。
ポポパポ ポポパポ ♫
大輝くんからの着信音だった。
「はい…はい…行きます。20分後なら。はい、お願いします」
交際を始めた保安担当の大輝くんも休みになったので、デートのお誘いだった。昼食後20分後に迎えにくるらしい。
昼食後、クローゼットを開けて先日購入したワンピースを手に取った。
先週、明里ちゃんが買い物に誘ってくれたときに彼女が選んでくれた服だ。
“楓さん、可愛いの持ち腐れですよ。私が楓さんの顔だったら大喜びでおしゃれしますよ?大輝さんができたのにいつも通りじゃダメですよ。おしゃれしたら大輝さん喜びますよ”と言われて連れ回された。
「着なきゃダメだよね?」
ガラにもないワンピースを着てみた。違和感しかない。ふんわりしているように見えて意外と体の線が浮き出ている気がする。柔らかい布のせいだろうか。
コンコン コンコン
あ、大輝くんだ。
スマホとカバンを持って靴を履いてドアを開けた。
「……」
私を見下ろす大輝くんはフリーズしていた。
「大輝くん?」
「…まずいな」
「え?」
「自信ないけど行こう」
「??」
よく分からないけど、手を繋がれて一階の駐車場へ向かった。エレベーターの中でもじっと見つめられた。車に乗ってシートベルトをしめると大輝くんが深い溜息をついた。
「その服、楓の趣味?」
「やっぱり似合ってないですか?着替えてきます」
「違う。めちゃくちゃ似合ってるけど、他所で着て欲しくない」
「…これは明里ちゃんが選んでくれて…大輝くんが喜びそうだって」
「明里のやつ、生意気だな」
「え?」
「悔しいが良い仕事をしてるよ。楓、返事は」
「返事?」
「俺の前以外で着ちゃ駄目だ」
「…はい」
ボタンを押してエンジンをかけるとゆっくり車が動き出した。目的地は○ノ島水族館。私が行きたいとうっかり漏らした場所だ。時間的に道が混んではいたけど無事着いた。
時間をかけてゆっくり魚を見て周り、ある案内の前に足を止めた。
「あっ」
土日祝日限定でウミガメに触れるらしい。しかも予約制の先着順。
「触りたい?」
「ちょっと気になっただけです」
「予約に挑戦しておくよ。朝早く出発することになるけど」
「でも」
「2度目は違う見方ができるかもしれないだろう?」
「はい。ありがとうございます」
帰る頃にはすっかり夜だった。食事をして少しドライブをしていると海の見える場所で車が止まった。
「大輝くん?」
「あの案件、本当に受けるのか?」
「何の案件ですか?」
「恋人役」
大輝くんの機嫌が一気に急降下していた。
2日後には評価完了の通知が来たので、お昼前にアプリを開いてパスワードを打ち込み『アクター』用の個人ページを開いた。
小田切さんの娘さんからの評価は星7。コメントを読んだ。
“うなされる母は父とも寝室を分けていました。私達とも同じ部屋で寝ることはありませんでした。旅行や父の実家でも部屋を分けていました。それは家族の睡眠を妨害したくないという気持ちと過去の怖い記憶が口から出て家族を怖がらせてしまうことを避けるためでした。正直寂しく思ったこともあります。ですが身体中に癌が転移し緩和ケア病棟へ移り薬で朦朧としつつもまだうなされる母を見て涙が溢れました。母は自分の母親や兄姉を殺された遺族であり殺されかけPTSDに苦しむ被害者である一方で、殺人犯の娘となり苦しんできました。父とは恋愛結婚でしたが父の両親からは結婚を反対されたと聞いています。私達はもっと早く母の苦痛から目を逸らすことを止めるべきでした。出来ることがあったはずで、もしかしたらもっと早く母を守れたのかもしれないと。
後悔の中、看護師長から睡眠士について話をいただきました。正直、胡散臭いと思いました。他の患者さんのご家族もそう思った方が多くいました。ですが母が最期に安らかに眠ることができるのなら何だって構わなかったのです。
楓さんが母に会いに来てくださったあの日、母は間違いなく安眠していました。翌日も楓さんがいらっしゃらなくても母は悪夢を見ていませんでした。薬の効果が薄くなったとき、意識のはっきりした母と言葉を交わすことができました。夢の中ではあの頃に戻って亡くなったはずの家族に甘えることができたそうです。
楓さん、母からの伝言です。「助けてくださりありがとうございました」。私からも心より感謝を申し上げます”
「ふ~ぅ」
良かったとホッとしたところに着信音が鳴った。
「はい、楓です。…はい。はい。分かりました」
今日、また病院に行ってリスト2番目の方を眠らせる予定だったが休みになった。その方が早朝に亡くなってしまったから3番目の家族と調整するから待って欲しいと佐藤看護師長から事務所に連絡が入った。
本当に時間がないのだと実感した。
ポポパポ ポポパポ ♫
大輝くんからの着信音だった。
「はい…はい…行きます。20分後なら。はい、お願いします」
交際を始めた保安担当の大輝くんも休みになったので、デートのお誘いだった。昼食後20分後に迎えにくるらしい。
昼食後、クローゼットを開けて先日購入したワンピースを手に取った。
先週、明里ちゃんが買い物に誘ってくれたときに彼女が選んでくれた服だ。
“楓さん、可愛いの持ち腐れですよ。私が楓さんの顔だったら大喜びでおしゃれしますよ?大輝さんができたのにいつも通りじゃダメですよ。おしゃれしたら大輝さん喜びますよ”と言われて連れ回された。
「着なきゃダメだよね?」
ガラにもないワンピースを着てみた。違和感しかない。ふんわりしているように見えて意外と体の線が浮き出ている気がする。柔らかい布のせいだろうか。
コンコン コンコン
あ、大輝くんだ。
スマホとカバンを持って靴を履いてドアを開けた。
「……」
私を見下ろす大輝くんはフリーズしていた。
「大輝くん?」
「…まずいな」
「え?」
「自信ないけど行こう」
「??」
よく分からないけど、手を繋がれて一階の駐車場へ向かった。エレベーターの中でもじっと見つめられた。車に乗ってシートベルトをしめると大輝くんが深い溜息をついた。
「その服、楓の趣味?」
「やっぱり似合ってないですか?着替えてきます」
「違う。めちゃくちゃ似合ってるけど、他所で着て欲しくない」
「…これは明里ちゃんが選んでくれて…大輝くんが喜びそうだって」
「明里のやつ、生意気だな」
「え?」
「悔しいが良い仕事をしてるよ。楓、返事は」
「返事?」
「俺の前以外で着ちゃ駄目だ」
「…はい」
ボタンを押してエンジンをかけるとゆっくり車が動き出した。目的地は○ノ島水族館。私が行きたいとうっかり漏らした場所だ。時間的に道が混んではいたけど無事着いた。
時間をかけてゆっくり魚を見て周り、ある案内の前に足を止めた。
「あっ」
土日祝日限定でウミガメに触れるらしい。しかも予約制の先着順。
「触りたい?」
「ちょっと気になっただけです」
「予約に挑戦しておくよ。朝早く出発することになるけど」
「でも」
「2度目は違う見方ができるかもしれないだろう?」
「はい。ありがとうございます」
帰る頃にはすっかり夜だった。食事をして少しドライブをしていると海の見える場所で車が止まった。
「大輝くん?」
「あの案件、本当に受けるのか?」
「何の案件ですか?」
「恋人役」
大輝くんの機嫌が一気に急降下していた。
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