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食当たりという名の毒
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目を開けると覗き込む女性がいる。
「エリーゼお嬢様? 私の名前がわかりますか?」
「クロエ」
「生きておられて良かったです。正気そうですね」
私の目の前で指を左右に動かし目の動きを見た後、簡単な質問をした。
「間違いなくクロエね」
何かしら。胃に不快感があるし喉も痛い、めまいもするわ。
「……まだ具合が悪そうですね」
「私に何が、ブっ」
クロエは布に水を含ませ、遠慮なく私の顔を拭く。
「主治医が食当たりだろうと戯言を申しておりました」
思い出したわ。食事の終盤で急に具合が悪くなったわね。
「あなたはどう思う?」
「毒でしょうね」
「何時間眠っていたの?」
「3日半です」
「ええ!? じゃあ軽いものではないじゃない」
「そうですね。苦しみ出してすぐ、私が手を突っ込んで吐き出させましたから。吐くものが無さそうと思ったら大量の水を無理矢理飲ませて振ってまた吐かせて、ミルクも飲ませて振って吐かせました。子爵は引いていて、愛人はもらいゲロをしていました」
クロエは無表情に見えて誇らしげなのがわかる。
「……ありがとう、よくやったわ」
「何の毒か不明でしたから、失敗したらごめんなさいと言いながら処置しましたが正解だったようです。うんと褒めてください」
「クロエ、頑張ったわね、偉いわ」
頭を撫でるとクロエの瞳が輝いた。
こんな毒舌気味で大雑把な侍女クロエは私に撫でられるのが大好きだ。
彼女は私が幼い頃に領地で拾った孤児。捨て子で、孤児院にいたけど合わず逃げ出して路地にうずくまっていた。
一緒にいた私の護衛達には牙を向く様に石を投げたり噛みつこうとしたけど、私には何もしなかった。近寄って頭を撫でたら付いてきた。両親は別の孤児院に送ったけど、私が泣いて食事を拒否しながら強引に頼み込んだ。根負けした父が引き取り屋敷で保護。それから一緒に育ち、クロエはメイドの仕事から覚えて侍女にまでなった。そして婚家までついてきた。多分私より2つくらいお姉さんのはず。
「お嬢様、とりあえず歯を磨きましょう」
「そ、そうね」
私の名はエリーゼ。リッチウェイ伯爵家の娘。6つ歳上の兄シオンと留学中の弟ナイルがいる。
遡ること13ヶ月前。17歳のときに5つ歳上のオリバー・バルト子爵令息と出会い恋に落ちた。
当時、両親が別の家門との縁談を詰めていた状態だったことと、バルト家の懐事情が良くなかったことで、彼を選ぶなら縁を切ると言われた。だけど“恋は盲目”というけどその通り、絶縁されても彼と結婚すると譲らなかった。
両親に会わせたときに、支援なし参列なし縁切りを告げられても、オリバー様は “エリーゼ嬢と添い遂げられるなら何も要りません” と言ってくれたから承知してくれたと思っていた。
18歳で結婚。持参金だけは持たせてもらえた。ただ私財はお祖父様が預かるといって没収された。
結婚式に、リッチウェイ家側の参列はなく寂しいものになったけど絶縁なのだから当然だった。
だけど、
神父様の言葉を聞いている最中にオリバー様の口から漏れた言葉は “恥をかかせやがって” だった。
たとえ2人きりの式でも私は満足だったのに、彼は違った。
初夜の前には、
“本当に持参金だけだったんだな。何のために金持ちの娘と結婚したんだか。こんなに使えない女だとは思わなかった” 舌打ちをしてそう言ってから仕方なく私を抱こうとした。
あまりのショックに身も心も強張り、
“夜くらい夫を慰める努力をしろよ。リッチウェイは捨てるほど金があるのに夫の喜ばせ方も習わなかったのか?”
初夜の準備が整わず痛がる私に対して腹を立てて吐いた彼の言葉に、傷付き涙を流すと “役立たず” と吐き捨てて部屋を出て行った。
彼はそのままメイドの1人を自分の部屋に連れ込み手を付けた。
翌日には使用人達から冷たい目を向けられるようになる。
食事は粗末で冷めきっていたし、お茶なんか用意してもらえず水だった。湯浴みは3日に一度水を用意された。
彼はもう私の待つ寝室に現れなかったから、役目を果たせないなら毎日体を洗う必要はないと言われた。
持参金は、嫁いだ女性が慣れない婚家で気兼ねすることなく品位を保つためのお金として浸透している。だけど取り上げられて無一文だった。商人を呼ぶこともツケも許されず、低品質の下着やハンカチや石鹸類が与えられるだけ。
それでも、クロエが支えてくれる。
唯一、クロエだけはリッチウェイ家のお祖父様が雇い主となり派遣している状態なので手出しできない。クロエを私の専属侍女にすることは婚約のときの条件だったのでバルト家は追い出さない。
クロエがバルト家のメイド達と対峙してくれたおかげでこれでもマシになった。水風呂はぬるま湯になったし、傷んだ食材を使った食事は持ってこなくなった。
結婚4ヶ月。元々結婚式にも出席できないほど具合が悪く一度も会ったことがなかった子爵(オリバー様の父)が引退し、オリバー様が爵位を継いだ。
その後すぐ、彼の投資があたりバルト家は少し潤うことになる。もちろんリッチウェイ家の足元にも及ばないけど、贅沢をしたことのないオリバー様には十分だった。
高級な服を仕立て、新しい馬車を購入し、夜会などにも頻繁に出向いた。
結婚して5ヶ月半。愛人を紹介された。
『彼女はシャルロット・エヴュー。今日からここに住む』
『え?』
『仕方ないだろう? 妻が何の役にも立たないのだから。むしろ自分の不足を補ってくれるシャルロットに感謝しろよ』
ふわふわの栗毛に青い瞳の女性は私の夫の胸に頬を寄せながら優越感を浮かべた視線を私に送った。
それからというもの、2人は私がいないかのように扱い、目の前でイチャつく。夫婦の寝室は2人の愛の巣と化した。
毒を盛られたのは結婚してちょうど10ヶ月のときだった。
もう涙は出なかった。私の中で変化が起きたのをクロエも感じ取ったようだった。
「エリーゼお嬢様? 私の名前がわかりますか?」
「クロエ」
「生きておられて良かったです。正気そうですね」
私の目の前で指を左右に動かし目の動きを見た後、簡単な質問をした。
「間違いなくクロエね」
何かしら。胃に不快感があるし喉も痛い、めまいもするわ。
「……まだ具合が悪そうですね」
「私に何が、ブっ」
クロエは布に水を含ませ、遠慮なく私の顔を拭く。
「主治医が食当たりだろうと戯言を申しておりました」
思い出したわ。食事の終盤で急に具合が悪くなったわね。
「あなたはどう思う?」
「毒でしょうね」
「何時間眠っていたの?」
「3日半です」
「ええ!? じゃあ軽いものではないじゃない」
「そうですね。苦しみ出してすぐ、私が手を突っ込んで吐き出させましたから。吐くものが無さそうと思ったら大量の水を無理矢理飲ませて振ってまた吐かせて、ミルクも飲ませて振って吐かせました。子爵は引いていて、愛人はもらいゲロをしていました」
クロエは無表情に見えて誇らしげなのがわかる。
「……ありがとう、よくやったわ」
「何の毒か不明でしたから、失敗したらごめんなさいと言いながら処置しましたが正解だったようです。うんと褒めてください」
「クロエ、頑張ったわね、偉いわ」
頭を撫でるとクロエの瞳が輝いた。
こんな毒舌気味で大雑把な侍女クロエは私に撫でられるのが大好きだ。
彼女は私が幼い頃に領地で拾った孤児。捨て子で、孤児院にいたけど合わず逃げ出して路地にうずくまっていた。
一緒にいた私の護衛達には牙を向く様に石を投げたり噛みつこうとしたけど、私には何もしなかった。近寄って頭を撫でたら付いてきた。両親は別の孤児院に送ったけど、私が泣いて食事を拒否しながら強引に頼み込んだ。根負けした父が引き取り屋敷で保護。それから一緒に育ち、クロエはメイドの仕事から覚えて侍女にまでなった。そして婚家までついてきた。多分私より2つくらいお姉さんのはず。
「お嬢様、とりあえず歯を磨きましょう」
「そ、そうね」
私の名はエリーゼ。リッチウェイ伯爵家の娘。6つ歳上の兄シオンと留学中の弟ナイルがいる。
遡ること13ヶ月前。17歳のときに5つ歳上のオリバー・バルト子爵令息と出会い恋に落ちた。
当時、両親が別の家門との縁談を詰めていた状態だったことと、バルト家の懐事情が良くなかったことで、彼を選ぶなら縁を切ると言われた。だけど“恋は盲目”というけどその通り、絶縁されても彼と結婚すると譲らなかった。
両親に会わせたときに、支援なし参列なし縁切りを告げられても、オリバー様は “エリーゼ嬢と添い遂げられるなら何も要りません” と言ってくれたから承知してくれたと思っていた。
18歳で結婚。持参金だけは持たせてもらえた。ただ私財はお祖父様が預かるといって没収された。
結婚式に、リッチウェイ家側の参列はなく寂しいものになったけど絶縁なのだから当然だった。
だけど、
神父様の言葉を聞いている最中にオリバー様の口から漏れた言葉は “恥をかかせやがって” だった。
たとえ2人きりの式でも私は満足だったのに、彼は違った。
初夜の前には、
“本当に持参金だけだったんだな。何のために金持ちの娘と結婚したんだか。こんなに使えない女だとは思わなかった” 舌打ちをしてそう言ってから仕方なく私を抱こうとした。
あまりのショックに身も心も強張り、
“夜くらい夫を慰める努力をしろよ。リッチウェイは捨てるほど金があるのに夫の喜ばせ方も習わなかったのか?”
初夜の準備が整わず痛がる私に対して腹を立てて吐いた彼の言葉に、傷付き涙を流すと “役立たず” と吐き捨てて部屋を出て行った。
彼はそのままメイドの1人を自分の部屋に連れ込み手を付けた。
翌日には使用人達から冷たい目を向けられるようになる。
食事は粗末で冷めきっていたし、お茶なんか用意してもらえず水だった。湯浴みは3日に一度水を用意された。
彼はもう私の待つ寝室に現れなかったから、役目を果たせないなら毎日体を洗う必要はないと言われた。
持参金は、嫁いだ女性が慣れない婚家で気兼ねすることなく品位を保つためのお金として浸透している。だけど取り上げられて無一文だった。商人を呼ぶこともツケも許されず、低品質の下着やハンカチや石鹸類が与えられるだけ。
それでも、クロエが支えてくれる。
唯一、クロエだけはリッチウェイ家のお祖父様が雇い主となり派遣している状態なので手出しできない。クロエを私の専属侍女にすることは婚約のときの条件だったのでバルト家は追い出さない。
クロエがバルト家のメイド達と対峙してくれたおかげでこれでもマシになった。水風呂はぬるま湯になったし、傷んだ食材を使った食事は持ってこなくなった。
結婚4ヶ月。元々結婚式にも出席できないほど具合が悪く一度も会ったことがなかった子爵(オリバー様の父)が引退し、オリバー様が爵位を継いだ。
その後すぐ、彼の投資があたりバルト家は少し潤うことになる。もちろんリッチウェイ家の足元にも及ばないけど、贅沢をしたことのないオリバー様には十分だった。
高級な服を仕立て、新しい馬車を購入し、夜会などにも頻繁に出向いた。
結婚して5ヶ月半。愛人を紹介された。
『彼女はシャルロット・エヴュー。今日からここに住む』
『え?』
『仕方ないだろう? 妻が何の役にも立たないのだから。むしろ自分の不足を補ってくれるシャルロットに感謝しろよ』
ふわふわの栗毛に青い瞳の女性は私の夫の胸に頬を寄せながら優越感を浮かべた視線を私に送った。
それからというもの、2人は私がいないかのように扱い、目の前でイチャつく。夫婦の寝室は2人の愛の巣と化した。
毒を盛られたのは結婚してちょうど10ヶ月のときだった。
もう涙は出なかった。私の中で変化が起きたのをクロエも感じ取ったようだった。
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