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職探し
しおりを挟むさらに月日は流れ 息子達は婚姻し、アルフにもお嫁さんにも引き継ぎが終わった頃、ひとつの手紙が届いた。
“宜しければ試用期間として1週間滞在しませんか”
初めて書類選考に通ったわけだが、最後まで送るのを戸惑った相手だ。
白銀の要塞と呼ばれるグラソン公爵家の補佐の募集だった。
この地は7ヶ月間雪が降る。内3ヶ月以上は外に出られる日が限られる。視界が奪われて方角も何もかも分からなくなる白い闇が発生しやすいからだ。
だけど残りの5ヶ月で一気に作物が実り、味は格別で雪の降る間の食料備蓄も叶う。動物もよく繁殖するし、美味しい物を求めてやってくるので肉にも困らない。大きな家畜小屋もあって保存肉ばかりではない。
ハイクオリティの鉱物が採れる土地でも、グラソン程になると縁談も避けられがちだ。
雪の季節の閉鎖的な環境が窮屈に感じたり、ほぼ屋敷に篭るので他家との交流ができなかったりすることが貴族の足を遠ざける。娯楽も特に無く店も他領や王都と比べると乏し過ぎる地に令嬢は寄り付こうとしない。
使用人も同じだ。雪が本格的に降り出せば家族の元へ帰ることは叶わない。だから多くの使用人は婚前であったり、夫婦でグラソンに勤めて 子を望むときに辞めていく。国で一番の鉱物が取れるグラソンの給金は高いので、貯めて辞めていくのだ。
敷地内に使用人専用の単身向けと家族向け住居もあるが、家族向けは限られた人しか使えない。
家令、侍従長、専属侍従、メイド長、当主補佐、料理長などだ。
私は娯楽や店云々より寒さが苦手で応募を躊躇っていた。だけど他で採用されないなら仕方ない。
試用期間があるのは嬉しいことだ。向こうは篩にかけるつもりだろうが、こちらだってかけたい。
「は?グラソン公爵領!?」
「試しに行ってくるわ」
「試しで行くところではありませんよ」
「試しがあるからこそよ。無理そうなら“ごめんなさい”で済むもの」
「うちに絶対帰ってきてくださいよ」
「その時はね」
心配する息子をよそに支度をしてグラソン領へ向かった。
手前の領地で防寒具を買いグラソン邸を目指す。
もうギリギリだろうか。馬車から降りると息は白かった。
「セブレスター様ですね。お待ちしておりました」
「お世話になります。エレナ・セブレスターと申します」
「当主は来客中でございます。お部屋でお休みになりますか?それとも敷地内の屋外をこのままご案内しましょうか」
1日でも早い方がいいわね。寒いもの。
今が一番日が高い時間だし。
「ご都合がよろしければ見せていただけますか」
「かしこまりました」
敷地内とはいえ、とても広大だった。
倉庫もいくつもあるし、離れた場所には食用の家畜施設があるし、家族寮と単身寮もある。
豪雪などにも対応していて、渡り廊下の屋根は頑丈で鋭角の三角状になっていて雪が滑り落ちるようになっていた。
「ここは壁の無い渡り廊下なのですね」
「白い闇に襲われても渡り廊下に細いロープが張ってありますので遭難はしません。長めの渡り廊下の場合は渡る前に空を確認します。危険そうなら渡るのを止めて待機します。
倉庫や他の施設にも、1日2日程度なら食糧もありますし簡易トイレもありますのでご安心ください」
「凍死に至るのが早いのですね?」
「仰る通りです。寒さにはお強いですか?」
「強くありません」
「そうですか。補佐職の単身者は本邸内に部屋を与えられます。希望者は渡り廊下の先の単身寮に住むことも可能ですがどうなさいますか」
毎日渡り廊下で凍えたくないわね
「本邸でお願いします」
「トイレも浴室も共同になります。女性の補佐はおりませんので侍女長やメイド長達が使っている共同浴室をお使いください」
「分かりました」
補佐の部屋は飾り気は無いが上質だった。
もう一つの世界を知っている私にとって、何の不満もない部屋だ。トイレやお風呂が共同なのは残念だが、この世界なら仕方ない。
「この部屋には鍵はかけられますか」
「鍵ですか?」
「一応プライベートな空間ですから」
「ですが清掃をしたりお支度をお手伝いしたりしますので」
「そのくらい自分でできます。洗濯物は何かのついでにメイドに渡すかランドリー室へ持って行きますわ」
「ですが」
「何か問題でも?寧ろ女性の部屋に鍵がかけられない方が問題かと思いますが」
「鍵は備わっておりません」
「分かりました」
ならプレートをドアノブにさげるしかないわね。
2時間後に呼ばれ、当主と面談をしている。
彼の名はクロード・グラソン。36歳の独身。
離婚歴2回で子は2番目の妻との間に息子が2人。13歳のディミトリと11歳のジュリアンだ。
「最初の妻には数ヶ月で逃げられたので、2人目の妻とはしっかりと契約を交わした。お陰で2人の子を産ませることができた」
…補佐業務に必要な情報なのかな?
「左様でございますか」
「恋人はいない」
「……」
赤茶色の髪に水色の瞳の美丈夫は身の上話?から始めていた。
「新たな妻を迎えるかどうかは悩んでいた。
考えてもみれば私も婚姻歴が2回もある身だし子も2人いるから、初婚に拘る必要がないのだと気付かされた」
「……」
はい?
「補佐の仕事をしてみたいということだが」
「此方とは雲泥の差だとは思いますが、領地経営をしておりました」
「貴女が?」
「婿に入った人は仕事に興味が無く、一向に手を付ける気になってくれませんでしたので、私がやることにしましたの」
「…そうか。では少しずつ教えていこう」
「よろしくお願いします」
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