アンリレインの存在証明

黒文鳥

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「――ッ!」

 思考が追いつかないほどの速さで、全身に酷く馴染みのある痺れが走った。
 それはレンの保有データが、能力を発揮したことを示す。

 防衛反応だ。

 彼女が仕掛けて来たから、だからレンを守るために、レンの保有データがそれに応じた。
 つまり、アルエットが自身の保有データで攻撃して来たということである。
 喉から変な音が出そうだ。
 一気に、血の気が引いた。
 レンは思い切り、アルエットの手を振り払った。

「何ッ、すんだ!」

 立ち上がって、真正面から年下の少女を怒鳴りつける。
 アルエットは振り払われた両手を不思議そうに見て、それからこてりと首を傾げた。

「すごい。アンリエッタが挨拶して、気を失わなかった人は、あなたが初めて」

「……はぁ!? お、まえ、何考えてんだ! 握手した瞬間データ発動とか、暗殺者か!」

「だから、挨拶しただけだよ?」

「あいさつぅ!?」

「ほら、まあまあ、落ち着きたまえ」

 いつの間にか傍らにいたミーティアが、すっとレンとアルエットの間に割って入った。
 主任は一連のやり取りに特に驚いた様子もなく、レンの肩を叩く。

「要は彼女、こういう手合いでね」

「…………は?」

「どうにも悪気があるってわけじゃなさそうなんだけど」

 レンはこめかみを押さえて唸った。
 頭痛がしそうな話だ。

「握手したと思ったら、ナイフの刃を握らされてたみたいなもんですよ! 悪気がないとかそういう話じゃないでしょう。いや、え、まさか、対策班でも同じことやったんじゃ」

 それは、指導員とて付き合いを拒否するだろう。
 ミーティアは「まー、多少の事情はアリなんだけど。残念ながらね」と、概ねレンの予想を肯定した。
 アルエットはゆっくりとミーティアを見て、それからレンを見た。
 浮かべる表情は、先程までの形だけの微笑みに戻っている。

「だって、アンリエッタも挨拶した方がいいんでしょう? アンリエッタは悪い子じゃない。こうやってちゃんと手加減出来るもの」

 何の疑念もなく、アルエットはそう言う。
 何がどうしてそういう思考に至るのか、レンには理解出来ない。
 いや、挨拶した相手が気絶しているのは果たして手加減が出来ていると言えるのか。

「……ぐえ、ヤバいやつだ」

「心境的には一応理解出来るんだがね。ほら、召喚士が相棒の召喚獣を自慢したくて、自己紹介でうっかり呼び出しちゃうようなもんだろう? ああ、こういうと割とありがちな話に聞こえるじゃないか」

「それ、やられた側がもれなく気絶してんじゃ、正気の沙汰じゃないでしょうが」

 ミーティアも当然、アルエットの在り方に共感を持っているわけではないはずだ。
 彼女はレンの言葉に同意はしなかったものの、流石に苦笑する。

「ま、対策班も言うなればエリート集団だからね。上の期待を一心に背負った『データ憑き』ちゃんなんて、色々言われるだろうし。悪気なく彼女の保有データにとやかく言う奴もいたみたいだしね」

 その辺りは容易く想像が出来た。
 まして彼女は『データ憑き』だ。
 訓練を重ね、ようやくデータ保有者として対策班に入ることが出来た人とはやはり立場が違う。
 羨望、妬み。
 それ故の誹謗中傷など珍しいことではない。
 アンリエッタに挨拶をさせる、というのは確かに対処として一つの選択肢にはなるだろう。
 自身も、保有データも危険ではない。能力は加減が出来る。
 要はそれを実践してみせたわけだ。
 遺憾ながら、それが洒落にならない被害になっただけだろう。

NICSニクスでは良い子にしていたようなんだがね」

 そう言ってミーティアは、アルエットを横目に肩を竦めた。

「NICSの良い子判定なんて当てになるわけないでしょうが」

 NICSとは財団によるデータ保有者の養成施設である。
 基本的には財団によって公式にデータ保有者であると認定されると、一定期間NICSに所属し、専門教育を受けることが国際的に義務付けられている。
 この施設では、データ保有者の養成とデータ保有者候補の育成に加え、『データ憑き』の管理も行なっている。
 特に『データ憑き』にとって、NICSはひどく環境の良い隔離施設だ。
 アルエットほどの『データ憑き』であれば、ほぼ完全な管理体制で彼女に関わる人間もかなり限定されていたはずである。
 即言い返したレンに、主任は僅かに苦笑する。

「ただね、レン君。彼女が『挨拶』のつもりでやってるのは確かなことなんだよ。悪気があってやってたら、恐らく対策班は壊滅している」

 酷く物騒なことを、ミーティアはあっさりと口にした。
 彼女は眼鏡のフレームにかかった栗色の髪を、指先で弄ぶようにして耳にかける。

「アルエット・セルバークの保有データは、『白い手』。保有者による名付けは『アンリエッタ』。後付け補強なしの基礎情報は」
 
 その手に触れると、必ず死ぬ。
 
 死者の手の類だ。
 怪異譚としては珍しくないが、その実Rデータとしては、研究員であるレンも正直聞いたことがなかった。
 とんでもない。
 Rデータの基礎情報とはそのデータの根本的な現象を示し、そのまま所有者が引き出すことの出来る力に直結している。
 まして所有者であるアルエットは『データ憑き』だ。
 その気になったら、文字通り握手で人を殺すことが出来る。
 相手が気を失うくらいは、本当に可愛いものだったのだ。
 間違いなく、彼女は対策班最強の戦力である。

「――そして、レン君」

 ミーティアはごくさり気ない所作で、レンの左手に触れた。
 手袋越しで感覚は鈍いが、その意図するところは十分理解が出来た。

「君の保有データは『覆い被さるもの』。所有者による名付けは『シオ』。基礎情報は何の面白みもない金縛り現象だが、君の後付け情報補強によって、発動すれば『必ず』自身を守るものとして発現する」

 究極に防衛に特化したシオは、Rデータに対する盾にはなっても剣にはならない。
 おまけにうっかり手加減なく発動すると、元の金縛りという情報上レンは即睡眠状態に陥る。
 けれど、『必ず』だ。
 シオはRデータからであれば、『必ず』レンを守る。

「つまりね、レン君。君は、彼女の抑止力ストッパーとして選ばれたんだよ」

 ああ、なるほど。
 触れた相手を必ず殺すRデータと、必ず保有者を守るRデータ。
 互いに死ぬ気で本気を出したらどうなるかわからないが、少なくともシオはアンリエッタの挨拶を何事もなく防ぐことが出来た。
 相殺。
 つまりはレンを首輪にして、アルエットを躾けようという話らしい。
 理解はした。理解はしたが、納得は出来なかった。

「……嫌です」

「肝心の条件だがね」

「無理ですってば」

「一、レン・フリューベルとアルエット・セルバークは対策班としてではなく『調査班』として活動する。尚、活動の範囲は調査員であるレン・フリューベルに一任する。二、期間はアルエット・セルバークが対策班で運用可能と判断されるまで、と定める」

 ミーティアは無慈悲に指折り、条件を明らかにする。
 レンは頭を抱えた。

「うあ、もっともらしいこと言って、期間が明確じゃないっ!」

 無理だ、やっていけそうにない。
 初対面の握手で、悪気なく保有データを発動させる相手である。
 そしてそれを「挨拶」と言い切る輩である。
 何より。
 こうしてレンがセットになりたくないと言い張っているのに、顔色一つ変えずに無言で微笑んでいるような少女である。
 どんなに外見が人畜無害そうな愛らしい少女でも、とても一緒に仕事がしたいとは思えない。
 ミーティアは無論、そんなレンの心境などお見通しだろう。
 彼女は左手の人差し指と中指を揃えて、真っ直ぐレンの額に向けた。
 銃のように狙いを定めた彼女は、ふっと息を吐きながら「諦めたまえ」と宣告する。

「所詮は君も、ニルフェリア財団の研究員。組織の一部だ。何、私もそこそこは暇だからね。多少のバックアップはするとも。クエスト紹介所のクール美人な受付とか必須だろう?」

「それ、いつもとやってること変わんないでしょうが!」

「ではでは早速、新しいクエストを紹介しよーう」 

 他人の話を聞きもしない。
 ハイヒールで二度軽快な音を立ててから、主任はウインク一つ。
 妖艶に微笑んだ。


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