Arrive 0

黒文鳥

文字の大きさ
4 / 217
1章

3

しおりを挟む

 アトリはふうと息を吐いて、声を落とした。

「いや、だってユーグさん。これは正当な療養期間なんだから堂々と休んで良いわけですよ。そもそも俺が出れなきゃ、ペアのお前だって基本は休日。ありがたーく規定ギリギリまで休暇を頂くのが賢いわけで」

「快癒したなら招集がかかっている。三日も休んだんだ。その分は取り返す」

 ばっさりである。
 融通が効かないと言うか、生真面目がすぎると言うか。

「お前、もうちょっとゆるゆるって生きた方が良くない?」

「何の話だ」

「……相棒が社畜脳で心配ですって話」

「アトリ」

 別に完全な仮病というわけではないのだから、圧を込めて名前を呼ぶのは勘弁して欲しい。
 不満は当然顔に出たらしい。
 あんま相方をいじめんなよー、とまた他のテーブルから軽口と笑い声が響いた。
 甘やかすなと言ったり、いじめるなと言ったり、外野はまあ好き勝手言うものだ。
 そもそも俺、こいつより二つ年上なんですが。
 まもなく二十二、立派な成人なのだが、ユーグレイと並ぶとアトリはどうしても幼く見えるのだろう。
 背も相棒の方が高いし、そもそも骨格が違う。
 見劣りするほど華奢ではないはずだが、大体こんな扱いである。
 新人の頃は「黒髪黒目のちっこいの」と呼ばれていたことを思い出して、アトリはため息を吐いた。
 
「まだ辛いのか」

 そのため息をどう捉えたのか。
 ユーグレイは殆ど表情を変えずに言った。
 恐らく付き合いの浅い人間であれば、咎められているような気になっただろう。
 だが実際は、単純な問いで彼に責めるような意図はないのだ。
 これでもペアとして仕事をするようになって五年目。
 氷結王子とかクソダサい渾名をつけられている相棒が実のところ愛想がないだけで、心無い連中が影で噂をするような血も涙もないような人間ではないことをアトリは正しく理解していた。

「……身体の調子は?」

「あー、うん」

 興味なさそうに投げかけられたユーグレイの問いは、真摯な響きを持っていた。
 やっぱり頭痛が、と喉元まで出かかって、その表情を見て言葉を飲み込む。
 アトリとユーグレイ、そしてもう一組の女性ペア。
 あの日揃って第三区画の人魚討伐に出て、女性ペアの片割れが人魚に呑まれ。
 その救助達成と同時に、再びの襲撃でアトリは人魚に攫われかけた。
 幸いユーグレイとの接触で彼から魔力を受け取り、アトリは人魚の討伐に成功。
 けれどその辺りからアトリは記憶がない。
 人魚に呑まれかけたからか、或いは夢中で魔力を放つような荒技に出たからか。
 意識を失ったアトリは防壁内の病院に運び込まれたわけである。
 何だったら、先に襲われた少女の方が早々に回復して業務に戻っているとか。
 腹痛、頭痛は言葉の綾としても、真実体調はここのところ良くはなかったのだ。

「もう、大丈夫だけどさ」

「そうか」

 だがこの真っ直ぐな友人が、この一件を気に病んでいることもわかってはいた。
 だから軽ーくサボりを決め込もうと思っていたのだが。
 この辺りが諦め時か。
 アトリはテーブルに頬杖をつく。
 
「招集、招集ねー。第ニか、第三辺りの哨戒だろ?」

 仕方がない。
 これで給料を貰って生活しているのだから、当然仕事は仕事としてきちんとする。
 けれど何かに追い立てられるかのように人魚狩りに向かうユーグレイとは違って、アトリにはそこまでの情熱はない。
 人魚が人を襲わないのであれば、それこそ放置していても良いと思っている。
 それが生き物ではないのだとしても、ああやって動くものを自身の意思で攻撃するのは決して楽しい気分ではない。

「そうだろうが、油断はするなよ」

「流石に未帰還者になんのはごめんだって。あんな馬鹿はもうしない」

 ひらひらと手を振ると、相棒は「そうだな」と低い声で同意した。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...