Arrive 0

黒文鳥

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1章

16

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「カグが荒れててなぁ。どうにかならないもんかね」

 少し遅めの夕食の席。
 まだ賑わいの残る食堂で、アトリとユーグレイは顔を見合わせた。
 珍しく二人と同席しているのは、新人の頃から何だかんだと面倒を見てくれた先輩である。
 明るい茶色い髪におっとりとした目元。
 大柄でふくよかな体型のため、本名はベンだが後輩たちからはベア先輩と呼ばれている。
 本人も気に入っているようで、最早名乗る時も「ベアって呼んでくれりゃ良い」とにこにこ。
 血の気の多いカンディードの組織員の中でも、ダントツの癒し系である。
 とは言え癒し系だから周囲のフォローを担っているわけではない。
 彼は管理員と呼ばれるカンディード上層部に属する人物で、組織員たちの教育や評価、有事の指示責任者として諸々の仕事を持っている。
 だから彼がこう言うということは、最近のカグの振る舞いが目に余ると判断されたわけなのだが。

「どうにかならんもんかね、と言われても。俺ら、あいつにめっちゃ嫌われてますし」

 アトリは食べ終えたパスタの皿を脇に寄せて、二人で食べようと大皿で頼んだ鶏肉のフライを一つ摘む。
 アトリと向かい合うように席に座っているユーグレイは、もうすでに三つ目を食べ終えたところだ。
 朝食時の王族感はどこへやら。
 一仕事終わると魔力を生成する側の彼も空腹なようで、涼しい顔をして良く食べる。
 だがここに至っても食べ方は優雅なもので、ジャンクなものを手掴みだと言うのにそつがない。
 
「いくつ食っていいやつ?」

「四つずつだ。最後に一つ余る」

「これは……、戦争だな」

「よせ、無駄な血は流したくない」

 ナイフを持って来て和平交渉とするまでが定番の茶番だが、ベアはアトリとユーグレイの他愛ないやり取りに真剣な表情で「仲良しか」と突っ込みを入れた。

「真面目に聞いとる?」

「聞いてますって。聞いてますけど、多分相談する人選を間違えてるかと」

 アトリは隣に座っているベアを見上げて、答えた。
 カグが荒れているというのは良く知っている。
 彼は最近、日中夜間関わらずニールと共に現場に出ていた。
 原因はやはり二十日評価である。
 つい先日発表となったそれで、結果としてアトリたちはカグたちに大差をつけて常より上位に入ることになったのだ。
 アトリが休養した三日。
 カグたちが此度は評価を覆そうと活動した時間。
 それを踏まえての、二十日評価だ。
 荒れもするだろう。
 
「他の連中にも声をかけて、それとなく話を振ってみてはもらったんだが……。聞く耳持たずな状況でな」

 まるで思春期の息子を持つ親のような顔で、彼は肩を落とす。
 
「お前らと仲が良いわけじゃないってのはわかってるんだが、それは裏を返せば一番意識してる相手ってことだろう?」

「………………」

 そもそも何故そんなことになったのかと言えば、それはやはりアトリが原因ではあった。
 脳の防衛反応が壊れていると発覚してから、アトリの当面の目標は「どうにかして魔術の出力を調整すること」になった。
 ユーグレイからの魔力供給に問題はない。
 では何とかして魔術の出力を抑えれば、あの壊れた防衛反応に苦しむこともなく普段通りに過ごすことが出来る。
 それは正しくはあったが、全くの難題でもあった。
 そうここまで結局一度として調整に成功することなく、現場に出れば馬鹿みたいな速さで人魚を捕捉し、オペレーターの指示が飛ぶ前に対処完了なんて有能ぶりを発揮することになったのだ。
 それは無論アトリの苦痛と引き換えだったわけで、愉しめば楽になるとセナに言われたものの思考は結局快感を受け入れらず。
 体力と精神を削って何事もないよう振る舞う日々は、けれど上層部に非常に有益な活動をしている、意欲があると評価された。
 実際、それが「不調」なのだと勘付かれるわけにはいかない。
 当然真っ先にアトリの変化に気づいたユーグレイには、一貫して「調子が良いだけ」で通している。
 適度にありもしない痛みを訴え、程々に失敗を演じることで、辛うじて相棒はその嘘を飲み込んでいるように見えた。

「ひとまず同席してくれるだけで良いんだが。実はこの後、軽い面談って体でニールを呼んでてな」

 大きなジョッキを傾けて麦酒を飲み干すと、ベアは食堂の大時計を見る。
 まもなく午後九時。
 ユーグレイと最後のフライを分け合って、アトリは空になった食器を片付けた。

「ニールを呼んで、意味があるのか?」

 興味なさそうにしていたユーグレイが静かに問う。
 ベアは彼を見て、それから席に戻ったアトリの背中を唐突に叩いた。

「意味があるかって? ユーグレイ、お前さんだって周りから口煩く言われるより、アトリに一言言われた方が効くだろう」

 ユーグレイはアトリを見て「それはそうだな」と頷く。
 カグが暴走して手がつけられないのなら、ペアであるニールを押さえておこうという話らしい。
 確かに彼であればそうそう敵意を向けては来ないし、何なら世間話の一つくらいは付き合ってくれるタイプだ。
 
「それにニールのことでも、ちょいと気になることがあってなぁ」

 ベアはそこまで言って、背筋を伸ばして軽く手を挙げた。
 彼の視線の先、食堂の入り口にひょろりとした長身の青年が見える。
 赤毛を押さえてぺこりと頭を下げたニールは、何だか頼りのない足取りでこちらに向かって来た。
 その気弱そうな白い顔を見て、ベアの気になることが何なのかすぐに理解出来る。
 ニールは恐らく、かなり体調が悪い。
 
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