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4章
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しおりを挟む無事に迷路のような駅から出た後は、さして迷うこともなくホテルに着いた。
街中を走るトラムを利用して数分。
現地の調査員と連絡を取る必要があるからとベアから指定されていたホテルである。
ノティスの街並み自体古い石造りの建物が多いが、ここも例に漏れない。
広いラウンジは静かだったが、通りに面した窓から陽が差し込んでいて明るかった。
フロントのスタッフが丁寧に出迎えてくれて部屋に案内される。
どちらかと言えば観光客が利用することが多いのだろう。
通された部屋には大きなベッドが二つに、随分と座り心地の良さそうなソファが置かれている。
レースのカーテンで覆われた窓の向こうは一応バルコニーになっているようだ。
「なんか良さげなとこだなー」
見上げた天井には小さなシャンデリアが吊られている。
アンティーク調のチェストの上、ガラスの花瓶にはドライフラワーが飾られていて滞在者への心配りを感じられた。
ホテルは指定させて欲しいと言われて別にどこでも良いですけど、とか言って申し訳ない程だ。
荷物を置いて部屋の中を見渡したアトリに、ユーグレイも苦笑しながら「そうだな」と返事をする。
「そもそも、部屋に窓があって外が見えるってだけで感動なんだけどさ」
「ある意味職業病だろうな。空が見える状態で警戒もせず歩いているというのも、感慨深いものがあるが」
互いに顔を見合わせて、釈放された犯罪者じゃあるまいしと笑う。
一応、今日は休暇という扱いになる。
少しだけ休憩をしてから、天気も良いしきちんと観光をするかと腰を上げた。
旅好きの同僚の何人かからは、あれを見ろこれを食べろとアドバイスを貰ってもいる。
持ってけと同僚から押し付けられたガイドブック片手に、ホテルを出た。
石畳の道は街の中心部ほど幅が狭く入り組んでいるようだ。
観光客らしく目的地は有名な教会である。
正直なところノティスの歴史には詳しくないし、その教会が果たして何の教えを説く場所なのかも把握してはいない。
大半の訪問者がそうだろうと言うユーグレイは、その辺り知識がありそうではあるが。
「聞きたいのなら話すが、さして興味はないだろう? アトリ」
「そーなんだよ。申し訳ないことに」
当然バレていたので、敢えて説明は求めない。
ガイドブックの小さな地図を二人で覗き込みながら、いくつかの曲がり角を過ぎた。
多分誰かに聞いた方が早いのだろうが、こうしてだらだらと歩いているだけで十分に楽しい。
ユーグレイも常であれば効率的な方法を取るだろうにその気配もなかった。
他愛のない話をしながら緩やかな坂を登り切ると、視界が少し開ける。
小さな公園にカフェが隣接しているようだ。
木陰にはテーブルが並べられていて、数組の客がのんびりとお茶をしている。
そして背の高い木々の合間に、ようやく鐘楼が見えた。
教会だ。
「着いたな」
あまり感動した様子もなく、ユーグレイが言った。
「もうちょっと喜べよ、観光客ー」
「喜んでいない訳ではないが」
ユーグレイは何故か一度足を止めて、カフェの方を見た。
アトリも釣られて、その視線を追う。
談笑していたはずの数人の客が、こちらを見ていた。
連れと顔を見合わせて控えめに指差すような仕草をしている人さえいる。
悪意は感じないが、居心地は良くない。
「めっちゃ見られてんな、ユーグ」
「………………」
良い男というのもなかなか大変である。
同情を込めてそう言ったのに、ユーグレイは眉を顰めてアトリを見返した。
静かに首を振られて、アトリは「どーした?」と問う。
「……いや」
僅かに考え込むような表情をしたユーグレイは、徐にアトリの手を掴んで歩き出す。
おいと言いかけて、まあこの場に留まりたくはないだろうと言葉を飲んだ。
それにしても、とアトリは遠ざかるカフェを振り返る。
ユーグレイが目立つのは確かだけれど、防壁内で向けられる視線とは少し違う気もした。
そもそもノティスに入ってから、老若男女問わずである。
何だろうか。
公園を突っ切るとすぐ正面に広い階段があり、教会の門扉が見える。
灰褐色の石壁。
絢爛ではなくただ粛々と聳える様は、どこか防壁に似ている。
観光地でもあるが同時にノティスの人々にも日常的に訪れる場所のようだ。
随分とラフな格好の老夫婦が丁度門から出て来て、アトリたちとすれ違う。
少し驚いたような視線を向けられて、瞬く。
ぼんやりと何か言い表しようのない不安が過った。
「ユーグ」
門扉を潜って教会内に踏み込んだところで、思わずユーグレイを呼んでいた。
所々ステンドグラスで飾られた高い天井。
予想に反して静寂に満たされていた空間に、アトリの声が響く。
礼拝か何かの最中だったのだろうか。
整然と並べられた木製の長椅子には、十数人ほどの人影がある。
半歩先を歩くユーグレイが振り返るのと同時に、声に反応した人々が騒めいた。
向けられたいくつもの視線に、息を呑む。
それは神聖な場所で声を上げた者を責める目ではない。
ここに来るまで何度も向けられた、好奇の視線。
その圧は、けれどそれまでの比ではなかった。
「………………」
何なのかは知らないが、普通に目立っているというレベルではない。
アトリは慎重に息を吐いて、ユーグレイの手を引く。
反射的に、現場でそうするように彼の前に出た。
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