Arrive 0

黒文鳥

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4章

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「さて、これどっから出たら良いんだろーな」

 定期船を降りて鉄道に乗り換え、ノティスの首都まで数時間。
 防壁内は同じような風景で円環状だからそれはそれで来訪者は良く迷子になるものだが、多分そういう次元ではないだろう。
 目的の駅ではある。
 先程まで乗っていた列車は折り返しのため、すぐにまた新たな客を乗せて出発して行った。
 水色のタイルで覆われた壁。
 ドーム状の白い天井は高く、幾つもの照明がホームを照らしている。
 電光の掲示板には列車発着の情報が流れ、構内にもアナウンスが響いていた。
 とにかく広い。
 そもそも利用者が多いのか、時間的に混雑しているのか。
 どちらもだろうか。
 人の波に押されて、慌てて壁際まで退避したところである。
 
「君、そういう勘は良いんじゃないのか?」

「そーいう勘って、方向感覚? なんで?」

 さして大荷物ではないが、慣れない場所でうろつくのは避けたい。
 ユーグレイは何故か一瞬言葉に詰まった。

「……いや、野生の動物はそういったものに優れているだろう」

「なるほどー? お前が俺をどう見てんのか良くわかった」

 じとりと視線を送ると、ユーグレイは微かに笑う。
 アトリとしても怒ってはいないが、彼は全く悪いとも思っていなさそうだ。
 
「わざわざ俺の勘に賭けなくても、誰かに聞くとか確実な方法があんだろ」
 
 言いつつ、アトリは慌ただしく行き交う人々を眺めた。
 時折、視線が合う。
 それは見るからに困っていそうな旅行者を案じる視線ではなく、どこか物珍しいものを見るような好奇の視線だった。
 ノティスに入ってからなんとなく感じてはいたが、どうも目立っているらしい。
 まあ、とアトリはすぐ傍に立つ相棒を窺った。
 パーカーにズボンといつもとそう変わらない装いのアトリと同様、ユーグレイも薄手のコートは羽織っているが見慣れた服装である。
 けれど目を引く銀髪に碧眼、加えてこの容姿であれば注目を集めないはずもない。
 いやいっそ誰か声をかけてくれるのなら、それに便乗して道案内でもしてもらうのだが。

「……ああ、駅員か。聞いてこよう」

 アトリと同様に周囲を見渡していたユーグレイは、制服姿の男性が通りかかるのを見てその人を追った。
 一言「ここにいてくれ」とアトリに言い残す辺り、目を離したらいなくなるとでも思われていそうで何とも言えない気分になる。
 雑踏の中でも視界に捉えられるほどの距離だ。
 にこやかに応対する駅員とユーグレイを眺める。
 別に初めての旅行という訳でもないが、普段防壁に閉じ籠もっている分外界の騒がしさや複雑ささえどことなく新鮮だ。
 
「……ん?」

 くい、と唐突に袖口を引かれた。
 ぱっと振り返ると、すぐ足元に男の子がいる。
 ふわふわした茶色い髪にふんわりと丸い頬。
 荷物はないが仕立ての良さそうな服を着ているから、身寄りがない訳ではないだろう。
 じっと見上げられて、アトリはしゃがみ込んで視線を合わせた。
 
「え? どーした?」
 
 迷子だろうか。
 アトリが話しかけても、周囲から保護者らしき人影は寄って来ない。
 遠巻きに、また視線を感じる。
 少年はじいっとアトリを見つめて、「あ、あのねあのね」と聞き取りにくい早口で喋り出した。
 
「えっとねあのね、おにいちゃんかなっておもったんだけど、おにいちゃんはおにいちゃんだよね?」

 いや、難解過ぎて全く意味がわからなかった。
 アトリはひとまず首を傾げて、「お兄ちゃん?」と問い返す。
 うんうん、と強く頷かれて謎は深まるばかりである。
 きらきらした瞳、紅潮した頬。
 悪い意味で声をかけられた訳ではないことは確かだが。

「ん、いや、ちょっと待って。えっとお父さんとかお母さんとか、お家の人は近くにいんの?」

「ママ?」

「そー、ママどこ?」

 少年はぱちりと瞬いて、アトリの袖を掴んだままくるりと背後を振り返った。
 あっち、と指差した方向。
 必死な形相の若い女性が、人を掻き分けるようにして階段を駆け下りて来るのが見えた。
 その切羽詰まった様子に気押されて、咄嗟によもや誘拐犯扱いをされないだろうかと不安になったのも一瞬。
 ぱーっと駆けて来た女性は、「ママ」と言葉を発した子どもをがっつりと抱き締める。
 安堵の抱擁ではなく、確実に捕獲の体だ。
 
「すみませんっ、ありがとうございます! もー、だからっ、迷子になっちゃうよって言ったでしょ!!」

 一息に言い切った彼女は、アトリに頭を下げるのと同時に腕の中の子どもを叱りつける。
 恐らくは一度や二度の出来事ではないのだろう。
 いいえ、と苦笑して立ち上がると、少年を抱いた彼女は小さく「あ」と声を上げた。
 何だろうか。
 母親に抱かれた子どもは全く懲りていない様子で、「あのね」と訴える。

「ママ、おにいちゃんだよ!」

「……そう、だね、お兄ちゃんだね。でも勝手に走ってっちゃいけないってママ何度も言ったよね? 迷子になったら、もうお家に帰れなくなっちゃうんだよ?」

 否定はしないのか。
 いや、子どもの言うことだからあまり大した意味はないのかもしれない。
 母親は我が子を抱き上げると、深々とアトリに頭を下げてゆっくりと踵を返した。
 その肩越し、少年は小さな手を一生懸命に振る。
 よくわからないながら手を振り返していると、いつの間にか用件を済ませたらしいユーグレイが隣に立っていた。

「弟が出来たのか、アトリ」

「らしい。知らない間にお兄ちゃんになってたわ」

 どうやら殆ど聞いていたようだ。
 笑いながら答えると、ユーグレイも何故か半分呆れたような顔で笑った。
 
 


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