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4章
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しおりを挟むふと思い出したように瞼を上げた。
座ったままいつの間にか寝ていたようだ。
毛布代わりに、彼が羽織っていた薄手のコートが身体にかけられている。
視線を上げると少し曇った大きな窓から、夜明けを待つ海が見えた。
穏やかな波。
眠気を誘う揺れに、ここが防壁内の自室でないことを思い出す。
「起きたのか。もう少し寝ていても大丈夫だが」
ユーグレイがすぐ隣の席から、そう声をかけて来た。
アトリは首を振ってシートに座り直す。
整然と並ぶ座席には他に人影もない。
デッキへと上がる階段脇、映像だけのモニターに天気予報が映し出されていた。
どうやら数日は天気が良いらしい。
時刻は午前四時過ぎ。
防壁から出る定期船に乗って、まだ数十分しか経っていなかった。
「へーき、目ぇ覚めた。あんがと」
心地良く温まったコートを若干惜しく思いつつユーグレイに返す。
相棒は見透かしたように、小さく笑った。
「船を降りたらノティスの首都まで鉄道だ。眠れる時に寝た方が良い」
「んー、いや。ちっと勿体ねぇかなって」
見慣れない色をした海。
防壁に狭められていない空。
アトリたち以外乗客のいない船内には、エンジンと波の音が微かに響いている。
隣に姿勢良く座っているユーグレイも、いつものローブ姿ではない。
「何が?」
「だから、一応は旅行だしなーって。こういう雰囲気も味わっておきたいだろ」
ユーグレイは何故かじっとアトリを見てから、「そうだな」と頷いた。
ノティス旅行とかどうだ?
二日前。
そう食堂でベアに声をかけられて、アトリとユーグレイは揃って苦い顔をした。
いや、ノティスと言えば皇国の隣に位置する小さな国でそれなりの歴史があり治安も良いと聞く。
国内に点在する教会は名のある建築士が手掛けたらしく旅行ガイドなんかではまず目にするし、近年首都で賑わいを見せている夜市なんかも有名だ。
カンディードの面々もちょっとした旅行なら大体が皇国かノティスを行き先に選ぶ。
だから、行って良いのなら勿論喜んで行く。
ただまあ、それってただの旅行じゃねぇだろと察する程度には組織の諸々に慣れていた。
そもそも管理員から旅行に行くかなんて声をかけられたら、裏があるとみるのは当然だろう。
使節団の一件もある。
それはどーいう面倒事なんですか、と単刀直入に訊くとベアはいやあとばかりに頭を掻いた。
人の良い管理員は、どうにも隠し事が出来ないようだ。
予定としては三泊四日。
一日は休暇として自由に楽しんでもらって構わない。
ただ二日目以降はノティスの現地調査員と合流して一つ仕事を頼まれて欲しい。
まあ詳しいことは向こうで聞いてくれ、と言う。
何故自分たちにという問いは、口にせずとも答えがわかりきっていた。
手が空いているそれなりに信頼の置けるペアとして、丁度良かったのだろう。
全く、何をさせられるのやら。
きっと楽な仕事ではないのだろうと予想はつけど、積極的に断る理由も見当たらない。
結局その日のうちに、アトリとユーグレイは旅支度をすることになったのである。
「……調査員が手に負えない話なのだろうな。その仕事とやらは」
「やめろー、そーいうのは明日で良いだろ? お前もちょっとは楽しめよ」
他に乗客が見当たらないとは言え、自然と声を潜めたやり取りになる。
ユーグレイは不思議そうに少し頭をこちらに傾けた。
肩が触れたのは多分わざとだろう。
動揺はしないが、何も思わない訳でもない。
わかってやってんな、ユーグ。
非難を込めて碧眼を見返すと、ユーグレイは涼しい顔で「無論楽しむつもりだが」と答えた。
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