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4章
6
翌日ロビーで待っていたのは、フォックスと名乗る栗色の髪の青年だった。
やや鋭い目つきをしているが、口元には柔和な笑みが浮かんでいて印象はそう悪くはない。
話し方に独特の訛りがあり現地調査員と言いつつノティスの生まれではなさそうである。
手短に挨拶を交わして、ホテルの部屋に案内する。
同年代、少し年上だろうか。
良い部屋だねぇと言いつつソファに腰掛けた彼に、「何か飲みます?」と訊く。
と言ってもインスタントのコーヒーか水くらいしか用意出来ないが。
彼はじゃあコーヒー、とにこにこしたまま答えて、それからじっとアトリを見る。
「タメ口で良いよ。にしてもアトリさん、それじゃ大変だったでしょ。自分らみたいにあっちこっちフラフラしてる側からすると、黒髪とかそんな珍しくないんだけどね。大陸北部じゃ割と見かけるしサ」
珍しいって言うなら彼の銀髪の方がね、とフォックスはユーグレイに笑いかけた。
ベッドに腰を下ろしたユーグレイは特に返事をしなかったが、彼は気にした様子もない。
「流行りってのは怖いねぇ。聖女サマなんて誇大広告もイイとこでしょうに」
「……仕事というのは、それに関わることか?」
適当にお湯で作ったコーヒーを渡して、アトリはユーグレイの隣に座った。
また単刀直入に訊くものだと思ったが、十中八九そうだろうと予想はしている。
ユーグレイの問いかけに、フォックスは呆けたような顔をした。
「あんれ、そっから? ベアさん説明サボったでしょ」
「寧ろ現地で聞いてくれって丸投げだけど」
「うわぁ、あの人そういうとこあるよねぇ」
フォックスは湯気の立つコーヒーに何度も息を吹きかけた。
簡単に言うと意思確認をしたいんだよねぇ、と彼は説明を始める。
「クレハ・ヴェルテット。教会幹部レクター・ヴェルテットの一人娘。彼女が今をときめく噂の聖女サマってワケなんだけど、まぁ何というか全く人物像が掴めなくてサ。そもそも滅多に表に出て来ないの」
優秀な術者であるということは確かだそうだ。
ただ警護が厚く、彼女と話したことがあるという人間は街中探しても数人しか見つからなかったと言う。
「教会に利用されてる、現状に苦痛を感じるって言うならカンディードとしては保護してあげたいとこでサ。彼女との接触をサポートして欲しいのと、まあ状況によっては強行突破って可能性もあるからその辺もフォローしてもらえると嬉しいんだけど」
「強行、突破。え、強行突破? 連れ去りとか計画してんの?」
「状況によってはって話だよ。彼女が何も困っていないなら、それで良い。仲良くおしゃべりしてバイバイ」
「……そこまで気にかける理由は?」
黙って聞いてたユーグレイが、眉を顰めて言った。
カンディードという組織は、かつて各地で素養持ちを探し防壁に連れ去っていた歴史がある。
国際的にも問題視され現在は所属を強制するようなことはないと聞くが、無論綺麗事ばかりではないだろう。
フォックスは無罪を主張するように、軽く手を挙げる。
「もちろん、優秀な術者を迎え入れたいって下心があることは否定しないよ。上からも可能な限り勧誘しろって言われてるしね。でも個人的に彼女の件は怪しいなって感じてて」
ヴェルテットは元々教会において下級の家柄らしい。
歴史や血筋を重んじる教会内部で、それを覆すのは非常に困難だ。
けれどレクターがクレハの母となる女性と婚姻を結んだ頃から、彼を取り巻く環境は一変している。
上層部からの取り立て、異例の幹部就任。
彼はあっという間に教会内で揺るぎない地位を得る。
レクターの妻はクレハを産んで数年後に亡くなるが、彼の権威は脅かされることはなかったようだ。
「自分はね、レクターの妻になった人って多分素養持ちだったんじゃないかって思ってるんだ。そこそこの能力を持ってて、彼女の力を餌に上に取り入ったんじゃないかな? 彼女の死後は、その役割を娘が担ってるんだろうね」
「カンディードに所属しないと決めた素養持ちであれば、そういったことのために力を使うことは別段珍しいことではないだろう」
家系全体として得をしているのであれば、正直なところカンディードが首を突っ込むのは余計なお世話というものだ。
フォックスは「いやね、ここからだよ」と面白がるような表情を見せる。
「数年前、レクターは娘の留学に付き合うって形で皇国に滞在してるんだな。向こうの調査員の情報だと、レクターと彼の娘は結構な頻度で研究院の方に顔を出しててサ、どうもあちらさんの実験かなんかに協力してたみたいなんだと」
皇国の研究院。
ユーグレイの視線に、アトリは小さく肩を竦めた。
またか。
ここのところ、面倒な話は大体そこから発生している気がする。
「んでね、連れ立ってノティスに戻って来たと思ったら子どもを助けた聖女サマ騒動。噂じゃ、政府高官のご子息との縁談もまとまりかけてるって話でね。いや、流石にちょっとどうなんかなってワケよ」
クレハという少女がそれを望んでいるのか、確かに不明瞭ではある。
そもそも「子どもを助けた」という話も、若干の疑問が残る話だ。
ここまでの騒ぎになっているのだから、完全な嘘ではないだろう。
けれど滅多に表に出て来ないはずの少女が、トラムと子どもが接触する場に居合わせて。
更にそこに、魔術を行使するために必要な魔力を渡してくれる人物がいたことになる。
そして人目のあるところで奇跡のように傷を癒やした、と言うのは少し出来過ぎだ。
アトリとユーグレイが黙り込んだのを見て、フォックスは「さっきも言ったけど」と明るい声で言う。
「何もなければ話してお終いだから気負わず手伝ってよ。何かあるんだとしてもサ、悪いおっさんに利用されてる女の子を助けるんだって思えばやる気も出るでしょ?」
「怪しいってのはまあ理解したし、あくまでその子の意思を確認した上での保護って話なら俺は構わないけど」
ユーグは、と傍らの相棒に水を向ける。
彼は少しばかり考え込むように沈黙してから、「問題ない」と短く応じた。
「そもそもレクターという男に対して、君があれだけの反応をしたんだ。裏があると言われた方が納得が出来る」
「いや、あれはあんま参考にすんな」
ぱちりと瞬きをしたフォックスに、昨日レクターと接触していることを簡単に説明する。
ふおう、と変な声を上げた彼は、肩を震わせて笑ってから一気にコーヒーを飲み干す。
「引きが強いね、お二人さん。まあ、色々話し込んでないなら平気でしょ。今日ご挨拶にって一応アポ取ってはあるけど、あちらさんも自分らがただ『ご挨拶』に来るんだとは思ってないだろうしねぇ」
「正式な訪問の連絡は入れてあるのか」
「そそ。調査員ってだけだと断られちゃうんだけど、流石に防壁で命賭けてるペアが聖女サマの噂を聞いて是非とも会ってお話ししたいって言ってるんですって申し込めば、無碍には出来ないもんサ」
流石は調査員というべきか。
フォックスはアトリとユーグレイを見て、「さて」と腰を上げた。
「そゆことでまあ、ちょこっとおしゃべりに行きます?」
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