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5章
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しおりを挟むレクターを訪ねて来た「大事なお客様」とやらは誰なのか、とか。
反抗的な態度を取った娘にそれなりの「躾」は考えていそうだ、とか。
そういう不穏の種はあったけれど、よもやこういう展開になるとは思っていなかった。
マリィを見送ってから、ただ何をするでもなく過ぎた日中。
陽が落ちてどれくらい経っただろうか。
夕食はどうせまたレクターが運んで来るのだろうと思ったら、食欲は当然湧いて来ない。
小さな机に腰掛けて窓から外を眺めながら、もういっそ部屋の灯りを落として寝てしまおうかと思っていた矢先のことだ。
これからはノックをすると言ったのに、レクターは当然のような顔をして扉を開けて入って来た。
この人には何言っても無意味らしい。
アトリは机から降りて、うんざりと彼を見る。
嫌味の一つくらい良いだろうと開いた口から、気の抜けた声が出た。
「…………はぁ?」
レクターの背後。
礼服の男二人に連れて来られた人物を見て、アトリは文字通り固まった。
その反応にレクターは満足そうに微笑んで、背後の彼らに顎で指示を出す。
突き飛ばされるように床を転がったその人は、後ろ手を縛られ布を咥えさせられていた。
癖のない黒髪。
レクターと比べると酷く細身に見える体躯。
倒れ込んだまま、アトリを見上げたその人は見覚えがあるというか。
そもそも「アトリ」だった。
「えぇー……?」
脳が理解を拒む。
状況的にとんでもないことになってるのだが、レクターはそんなことには一切気付かない。
男たちを下がらせると足元の「アトリ」を爪先で軽く蹴った。
聖職者らしからぬ粗暴な挙動だ。
「やるべきことはわかるだろう? クレハ」
手を縛られているとはいえ、「アトリ」は抵抗もしない。
怪我をしているような様子はないし、普段の自身であればもう少し往生際悪く足掻くだろうに。
レクターの言葉など殆ど耳に入らなかった。
返事もしない娘の態度は、恐らくは彼が良く知る姿だったのだろう。
先程のような鋭さはなく優しく諭すような言葉が続く。
「素養の欠片もない婚約者殿が相手では、生まれて来る子供にも期待が出来ない。その点、彼はあのカンディードの構成員だ。優秀な遺伝子をお持ちだろう」
「………………」
うん、ホント、どーすんのこれ。
惚けたままのアトリの目の前で、レクターは徐にしゃがみ込むと青年の服を掴んで上体を起こさせた。
自身と目が合う。
僅かに怯えの混じった窺うような瞳。
それは明確にアトリに向けられている。
ああ、これ中身が違うなと一瞬で理解出来た。
服を掴んだレクターの手が、不意に青年の下腹部に伸びる。
流石に驚いたようにくぐもった声が上がった。
パーカーの裾を鬱陶しそうに払い上げて、レクターは下穿きのボタンを外す。
勿論その感覚を共有している訳ではないが、ぶわりと鳥肌が立った。
「何、して……っ!」
レクターは全く躊躇することなく、その布の隙間から手を入れた。
強烈な嫌悪に上げかけた声を何とか飲み込む。
目の前の身体がびくりと縮こまった。
嘲笑うような低い笑いの後、レクターはアトリに視線をやる。
「何かご用があって来て下さったようなのだが、どうも具合が良くないようでね。お慰めして差し上げなさい、クレハ」
「具合が、って」
なんか盛りやがったな、こいつ。
他人の身体に好き勝手してくれる。
とにかくレクターに触れられているというのが耐え難くて、アトリはさっさと傍に膝をついて彼の肩を押した。
これ以上反抗的だと思われるのは避けたい。
辛うじて下を向いたまま、「わかりました」と答える。
「…………外して頂けますか?」
目の前で始めろと言われたらどうしようかと思ったが、流石にそこまでは要求しないようだ。
レクターはゆっくりと立ち上がって、取り残される二人を静かに見下ろした。
「きちんと役割を果たしなさい。クレハ」
それが当然だと言わんばかりの自信に満ちた声を残して、レクターは部屋を出て行く。
鍵がかかる音。
アトリはようやく深く息を吐いて、目の前の青年を見た。
耐えるように眉を寄せるその人が咥えていた布を解いて、床に放る。
「ちょっとばかり油断が過ぎるんじゃねぇの? クレハさん」
唾を飲み込む喉元。
アトリが「クレハ」なら、この「アトリ」は恐らく彼女だ。
少しの沈黙の後、意外にもクレハは微かに笑って「ごめんなさい」と謝った。
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