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7章
0.5
しおりを挟む何が欲しいと聞かれたら、あの頃の自分は何と答えただろうか。
明確にこれと望むものは思い浮かばない。
家族として、子どもとして、居場所が欲しかったとは思う。
当たり前のように笑い合って同じテーブルで食事を取って、一日の終わりにおやすみと頭を撫でてくれたのならそれ以上のことはなかった。
ただそれが自身には手の届かないものだと、早くに気付いてしまっていた。
多くは望む前に諦めて、それが欲しいのだと泣くような情熱も持ち合わせてはいなかったのだ。
寝る場所にも、食事にも困らない。
まして必要な教育を受けさせてもらっている。
これ以上、何が欲しいと言うのだろうか。
何もいらない、とあの頃のユーグレイは確かに思った。
今はただ。
その未熟な諦観を懐かしく感じるだけだ。
あと一度だけ、と思ったからだろう。
終わりが来ることが惜しくて、決定的な刺激を与えないまま抱き合う。
同じ体温。
触れ合う肌がただ心地良くて仕方がない。
焦ったいと訴えるアトリの唇を塞いで、舌を絡めた。
「はぁ……、はーーー、う」
腰を抱き寄せると、アトリは途切れ途切れに息を吐き出す。
恐らく殆ど意識はないだろう。
寧ろここまでよく保った方だ。
「アトリ」
雨の音はもう聞こえない。
互いの呼吸と、ベッドが軋む音。
アトリはとろんとした瞳でユーグレイを見上げる。
「やめろ」とも「もっと」とも言わない。
ただ与えられる快感を受け止めるので精一杯なのだろう。
勿体無いが、これくらいにしておかないと後が怖い。
小刻みに中を擦ると、アトリは必死に腕を持ち上げてユーグレイの背中に回した。
ぎゅうと引き寄せるようにその腕に力が入る。
「は、あ……っ、あっ……、はぁっ」
「気持ち良い、な? アトリ」
こくこくと頷いたアトリの髪を撫でて、少しだけ強く中を突き上げた。
これ以上は限界だろう。
「んく、ーーーーぅ」
ぎゅうと強張った身体は、糸が切れたようにかくんと弛緩した。
まだ、足りない。
抗い難い欲望を抑え付けて、ユーグレイは何度も唾を飲み込んだ。
慎重に熱を引き抜くと、泡が潰れるような音がして後孔から白濁が溢れ出す。
ようやく身体を起こすと、端に追いやっていた古い毛布がベッドから滑り落ちた。
恐らくはもう夜も深くなってきた頃だろうか。
放ってあったタオルを掴んで宛てがうと、ユーグレイは泥濘んだそこに指を差し込んだ。
敏感になった粘膜を押し拡げて、注ぎ込んだものを掻き出す。
アトリは抵抗しない。
辛うじて瞳は閉じていないものの、すでに呼吸は深くなっていた。
「もう眠っていて構わない、アトリ。無理をさせた」
濡れた唇を舐めると、アトリは心地良さそうに目を閉じた。
そんな顔をしては何をされても文句は言えないだろう。
思わず奥へと伸ばした指先。
脚を開かせていた手で薄い腹を摩るように撫でた。
彼の中は素直にユーグレイの指を柔く食む。
奥深くで吐き出したものが、指を伝ってとろりと流れ落ちた。
「…………ッ、んう」
散々突き上げたそこは、肌の上からの刺激でもまだ苦しいほどの快感を呼び起こすようだ。
アトリはひくりと跳ねて、ベッドから上体を浮かせた。
不安定に揺れる黒髪。
片手は何かを探るようにふらふらと彷徨う。
ユーグ、と名前を呼ばれた。
何かを伝えようとする意図は感じられない。
それは単純に、ここにユーグレイがいることを確かめるための呼びかけだった。
「ここに、いる。アトリ」
ああ、全く「ずるい」のはどちらだろう。
本当に、どうしたらこれを手に入れたと安堵出来るのか。
どこまでも欲しくてどれほどにアトリが応えてくれても、際限がない。
応える声は微かに揺れた。
手を繋ぐとアトリはようやく安心したように息を吐く。
引き留めるように絡められる指。
アトリは何の躊躇いもなく、意識を手放したようだった。
ユーグレイは繋いだままの手を軽く持ち上げて、その指先に唇を寄せる。
きっともう。
この手を振り払うことはしない。
鈍く残っていた胸の痛みは、溶け合う体温に消えていった。
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