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第1章
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この世界は絶対に何かがおかしい。
今日も人が死んだ。
プールのある大きな家で、白髪の老人が死んだ。
彼の死を悼み、多くの人が見舞いに訪れていた。
スラム街の片隅で、骨と皮だけになった少年が死んでいた。
彼の遺体を見るものは誰もなかった。
私の知らない場所で、誰かが今日も死んでいる。
銃声の聞こえる占領下の街で、登校途中の少女が死んだ。
彼女の隣にいた、まだ年の若い少年が、彼女の白い手を握っていた。
大都会の片隅にある病院で、三十路を過ぎたころの女性が死んだ。
彼女の夫が隣で涙を流しながら、彼女の冷えた頬に手を当てていた。
死ぬ瞬間は、絶対に平等なんかじゃない。
大勢に看取られながら死ぬ人たち、誰にも知られずに死ぬ人たち。
あまりにも早い死、平均寿命まで生きられた人たち。
痛みや苦しみに溢れた死、痛みを感じずに死ねる死。
不条理な死、自然な老化による死。
生まれた瞬間から、私たちは平等じゃない。
大金持ちのもとに生まれ、お金に苦労せずに生きていく人たち。
両親の温かな愛のもとに生まれ、健全に育っていく人たち。
食べるものにも困るような生活を送る人たち。
両親に幼い時から虐待され続け、アダルトチルドレンとなった人たち。
平等ではないし、これは平等には出来ないんだと思う。
格差を是正することは出来ても、格差をなくすことは不可能なんだと思う。
でも、誰かが今日も死んだんだ。
誰かが今日も苦しんだんだ。
彼らが、一体全体何をしたというのだろう??
この世界は理不尽だ。
生きたくても生きられなかった人が、あまりにも簡単に命を落としてしまう。
事故、災害、貧困、それらは人の命をあっけなく奪ってしまう。
この世界はおかしい。
懸命に頑張っている人が報われるわけではない。
楽をしてズルをした人が結果的にいいものを得ていることなど、往々にしてある。
この世界は不合理だ。
望んでいるものは人によって違うのに、望んでいるものを交換することは出来ない。
ある人が自分の持っているものを望んでいても、その能力を自分は彼に与えることは出来ない。
この世界には悪が溢れている。
人の不幸を嘲笑する人がいるし、人を傷つけることを楽しんでいる人がいる。
彼らの涙を、痛みを、苦しみを、知らない人たちがいる。
この世界は、絶対に何かがおかしい。
ただ、その「何か」は抽象的過ぎて、私にはわからないだけなんだ。
今日も誰かが死んだ。
今日も誰かが苦しんだ。
その誰かは、確かに昨日まで生きていた。
その誰かは、私と同じ赤い血が流れていた人だ。
毎分60回心臓が確かに動いて、体中にその36度の血を運んでいたんだ。
私は、その誰かに会ったことは無い。
ただ、私の生まれる国が違えば、出会っていたかもしれない。
彼らの生まれる国が違えば、出会っていたかもしれない。
そんな誰かだったんだ。
確かにそのときを生きていた、そのときを懸命に生きていた誰かだったんだ。
そんな誰かが死んでしまった。
生きていれば、いいことがあったかもしれないのに。
生きていれば、彼らは救われたかもしれないのに。
生きていれば、素敵な人に出会えたかもしれない。
生きていれば、彼らはその努力が報われたかもしれない。
生きてさえいれば、彼らはきっと幸せな何かを体験できたはずだ。
生きていれば、生きていれば、生きてさえいれば……。
ただ、その言葉は宙を舞うばかりだ。
何の意味もなさず、この私がいる街のビル群の間を吹き抜ける風のように、遠くへ行ってしまう。
「生きていれば」なんて、そんなことを言ったって、それがかなうはずもない。それが実現するはずもない。
もし死んだ人が生き返るのであれば、この世界の秩序は根本から崩れてしまう。
ただ、私は気づいた。
「生きていれば……」の無数の声の中で、私は思いついた。
私たちは、ある一点において、絶対に平等なんだ。
それは、私たちは致死率100パーセントであるということだ。
どんな環境に生まれても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに人生で苦労をしても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに私たちが幸せを感じようと、私たちは必ず死ぬ。
どんなに悲しい時代を生きようと、私たちは必ず死ぬ。
どんなに幸せなことが続いても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに人生が成功していても、私たちは必ず死ぬ。
どんなにお金を持っていても、私たちは必ず死ぬ。
たとえ、どんなに……
何を持っていようと、何をしていようと、何を考えていようと、私たちに平等なのは「死」だ。
生まれる環境も生きる環境も死ぬ環境も違うのに、死だけは誰にも平等に訪れる。
……なんて、当たり前の結論だけれども……
この世界は絶対に何かがおかしい。
ただ、その「おかしさ」は、たかだか何十年かの人生の間のものでしかないのだ。
この世界は絶対に不条理なものだ。
ただ、その「不条理さ」は、たかだか何十年かの人生の間のものでしかないのだ。
もしかしたら、この宇宙の悠久の歴史、何百億年もの歴史の中で、私たちの過ごす何十年かなど、大した意味はないのかもしれない。
宇宙の歴史からすれば、私たちのいのちは瞬きするような間のものだろう。
宇宙の歴史からすれば、私たちのいのちは平等なものなのかもしれない。
……ただ、私たちは、いまここに生きている。
死んでいない限り、生きている。
手首に親指を当てると、とくとくという規則正しい音が聞こえる。
これは鼓動。生きている証拠だ。
胸に手を当てると、空気の流れが見えるようだ。
これは呼吸。私がここに存在している証だ。
生きている限り、この不条理な人生に「意味」を見つけたい。
そう思って私たちは、いろいろなことをする。
受験勉強に励んで、志望する学校に入るために、懸命に勉強する。
部活動に入って、大会で優勝しようと、懸命に練習する。
会社に入って、いい成果を出そうと、懸命に奮闘する。
趣味を始めて、自分をさらに魅力的なものにしようと、懸命に何かを吸収する。
ただ、その間にも、もちろん死は待ってくれない。
志望校に受かる前に、私たちは病気で死ぬかもしれない。
大会で優勝する直前に、私たちは事故に遭うかもしれない。
営業で会社に利益をもたらす前に、私たちは過労死するかもしれない。
趣味で出会った異性と結ばれる前に、その異性が死を迎えるかもしれない。
今日も人が死んだ。
プールのある大きな家で、白髪の老人が死んだ。
彼の死を悼み、多くの人が見舞いに訪れていた。
スラム街の片隅で、骨と皮だけになった少年が死んでいた。
彼の遺体を見るものは誰もなかった。
私の知らない場所で、誰かが今日も死んでいる。
銃声の聞こえる占領下の街で、登校途中の少女が死んだ。
彼女の隣にいた、まだ年の若い少年が、彼女の白い手を握っていた。
大都会の片隅にある病院で、三十路を過ぎたころの女性が死んだ。
彼女の夫が隣で涙を流しながら、彼女の冷えた頬に手を当てていた。
死ぬ瞬間は、絶対に平等なんかじゃない。
大勢に看取られながら死ぬ人たち、誰にも知られずに死ぬ人たち。
あまりにも早い死、平均寿命まで生きられた人たち。
痛みや苦しみに溢れた死、痛みを感じずに死ねる死。
不条理な死、自然な老化による死。
生まれた瞬間から、私たちは平等じゃない。
大金持ちのもとに生まれ、お金に苦労せずに生きていく人たち。
両親の温かな愛のもとに生まれ、健全に育っていく人たち。
食べるものにも困るような生活を送る人たち。
両親に幼い時から虐待され続け、アダルトチルドレンとなった人たち。
平等ではないし、これは平等には出来ないんだと思う。
格差を是正することは出来ても、格差をなくすことは不可能なんだと思う。
でも、誰かが今日も死んだんだ。
誰かが今日も苦しんだんだ。
彼らが、一体全体何をしたというのだろう??
この世界は理不尽だ。
生きたくても生きられなかった人が、あまりにも簡単に命を落としてしまう。
事故、災害、貧困、それらは人の命をあっけなく奪ってしまう。
この世界はおかしい。
懸命に頑張っている人が報われるわけではない。
楽をしてズルをした人が結果的にいいものを得ていることなど、往々にしてある。
この世界は不合理だ。
望んでいるものは人によって違うのに、望んでいるものを交換することは出来ない。
ある人が自分の持っているものを望んでいても、その能力を自分は彼に与えることは出来ない。
この世界には悪が溢れている。
人の不幸を嘲笑する人がいるし、人を傷つけることを楽しんでいる人がいる。
彼らの涙を、痛みを、苦しみを、知らない人たちがいる。
この世界は、絶対に何かがおかしい。
ただ、その「何か」は抽象的過ぎて、私にはわからないだけなんだ。
今日も誰かが死んだ。
今日も誰かが苦しんだ。
その誰かは、確かに昨日まで生きていた。
その誰かは、私と同じ赤い血が流れていた人だ。
毎分60回心臓が確かに動いて、体中にその36度の血を運んでいたんだ。
私は、その誰かに会ったことは無い。
ただ、私の生まれる国が違えば、出会っていたかもしれない。
彼らの生まれる国が違えば、出会っていたかもしれない。
そんな誰かだったんだ。
確かにそのときを生きていた、そのときを懸命に生きていた誰かだったんだ。
そんな誰かが死んでしまった。
生きていれば、いいことがあったかもしれないのに。
生きていれば、彼らは救われたかもしれないのに。
生きていれば、素敵な人に出会えたかもしれない。
生きていれば、彼らはその努力が報われたかもしれない。
生きてさえいれば、彼らはきっと幸せな何かを体験できたはずだ。
生きていれば、生きていれば、生きてさえいれば……。
ただ、その言葉は宙を舞うばかりだ。
何の意味もなさず、この私がいる街のビル群の間を吹き抜ける風のように、遠くへ行ってしまう。
「生きていれば」なんて、そんなことを言ったって、それがかなうはずもない。それが実現するはずもない。
もし死んだ人が生き返るのであれば、この世界の秩序は根本から崩れてしまう。
ただ、私は気づいた。
「生きていれば……」の無数の声の中で、私は思いついた。
私たちは、ある一点において、絶対に平等なんだ。
それは、私たちは致死率100パーセントであるということだ。
どんな環境に生まれても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに人生で苦労をしても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに私たちが幸せを感じようと、私たちは必ず死ぬ。
どんなに悲しい時代を生きようと、私たちは必ず死ぬ。
どんなに幸せなことが続いても、私たちは必ず死ぬ。
どんなに人生が成功していても、私たちは必ず死ぬ。
どんなにお金を持っていても、私たちは必ず死ぬ。
たとえ、どんなに……
何を持っていようと、何をしていようと、何を考えていようと、私たちに平等なのは「死」だ。
生まれる環境も生きる環境も死ぬ環境も違うのに、死だけは誰にも平等に訪れる。
……なんて、当たり前の結論だけれども……
この世界は絶対に何かがおかしい。
ただ、その「おかしさ」は、たかだか何十年かの人生の間のものでしかないのだ。
この世界は絶対に不条理なものだ。
ただ、その「不条理さ」は、たかだか何十年かの人生の間のものでしかないのだ。
もしかしたら、この宇宙の悠久の歴史、何百億年もの歴史の中で、私たちの過ごす何十年かなど、大した意味はないのかもしれない。
宇宙の歴史からすれば、私たちのいのちは瞬きするような間のものだろう。
宇宙の歴史からすれば、私たちのいのちは平等なものなのかもしれない。
……ただ、私たちは、いまここに生きている。
死んでいない限り、生きている。
手首に親指を当てると、とくとくという規則正しい音が聞こえる。
これは鼓動。生きている証拠だ。
胸に手を当てると、空気の流れが見えるようだ。
これは呼吸。私がここに存在している証だ。
生きている限り、この不条理な人生に「意味」を見つけたい。
そう思って私たちは、いろいろなことをする。
受験勉強に励んで、志望する学校に入るために、懸命に勉強する。
部活動に入って、大会で優勝しようと、懸命に練習する。
会社に入って、いい成果を出そうと、懸命に奮闘する。
趣味を始めて、自分をさらに魅力的なものにしようと、懸命に何かを吸収する。
ただ、その間にも、もちろん死は待ってくれない。
志望校に受かる前に、私たちは病気で死ぬかもしれない。
大会で優勝する直前に、私たちは事故に遭うかもしれない。
営業で会社に利益をもたらす前に、私たちは過労死するかもしれない。
趣味で出会った異性と結ばれる前に、その異性が死を迎えるかもしれない。
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