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第二章 それぞれの出会い

2-8 マルス ~王都参内 その二(褒賞と舞踏会)

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 王都三日目はいよいよ国王陛下への拝謁がある日であった。
 謁見には特別の計らいでレアも同席することが許されていた。

 早朝からレアは着付けに化粧に大忙しであった。
 レアがそれほど着飾る必要はない筈であったが、そこは女の見栄である。

 王家の前に出て行くのにみすぼらしい衣装であってはならじというのがこのところのレアの口癖である。
 以前から着て行く衣装は決まっていたはずなのに出発直前まであれこれと迷っている様子であった。

 謁見は夕刻に近い時刻に催され、褒章の授与もある。
 その後、戦勝祝賀を兼ねた宴が催されることになっている。

 マルス、レナン、デラウェアは、式典に際して着装する礼服姿ではあるが、着飾ると言うには程遠い簡素な赤を基調としたカルベック騎士団の礼服である。
 王宮まで護衛の任に当たる騎士団も同じ礼服であり、その中に入ってしまえば見分けがつかないほどである。

 警護についている騎士団の半数はマルスたちと共に敵の背後の補給部隊を襲撃した仲間である。
 その成功が戦勝の一因ともなった。

 それにもまして、マルスが提案したクラカン丘への密かな移動と敵の補給を完全に断ったダンバル峠の封鎖は年若いマルスを一躍騎士団のヒーローに押し上げていた。
 マルスは正式な騎士団員ではないにもかかわらず、団員の誰もがマルスを認めていた。

 年上の団員皆がマルスに一目も二目も置いていたのである。
 そうして晴れがましい栄誉のその日、彼らはマルスと伯爵夫妻を警護する任務に何よりも誉と誇りをもっていたのである。

 伯爵夫妻が馬車に乗り、その周囲を騎士団が警護して王宮へと出発した。
 先頭は騎士団旗を掲げたレナンである。

 本来旗を捧げ持つものは隊の中で最も若い騎士が受け持つのであるが、この日ばかりは特別に最年少の騎士から数えて12人目に当たるレナンが指名されたのである。
 先頭を進む者が一番目立つ存在だからである。

 王宮への道筋には多くの市民が出て、その晴れがましい姿を歓呼の声で迎えてくれた。
 ベンシャ公国軍との戦勝に大きく貢献したカルベック騎士団の名と功績を誰もが知っていたし、その中でも特に戦功の有った者達が、その日王宮で国王から褒章を授与されることを知らされていたからである。

 王宮の門前では近衛騎士団が隊列を組んで出迎え、王宮内での先導を成してくれた。
 王宮の玄関で降り立った伯爵夫妻とマルスたち三人は宰相ブルディスの出迎えを受け、王宮内の控室に案内された。

 その控室には、先客がいた。
 ダンバル峠で山の道案内をしてくれた猟師二人である。

 マルス達は再開を喜び合った。
 彼らとは8日余りも山の中で苦楽を共にした仲間であったからである。

 彼らも王宮に招かれ一緒に褒章を受けることになっていたのである。
 猟師二人は明らかに分不相応の場に招かれて、戸惑っていたが、それでもマルスたちの姿を見て幾分安堵したようである。

 その内の一人、クリアックがいみじくも言った。

「わしら田舎者が出てこられるような場ではないので最初は断ったのじゃが、領主様に説得されてのう。
 止むを得ず出てきたんじゃが、王都では何をしてもまごつくばかり。
 やっぱりわしらには山が分相応じゃわい。」

「クリアック殿、あなた方のお蔭で戦は勝てたようなものです。
 あなた方が表彰を受けるのは当然のことです。」

「いやぁ、儂らは単に若様に言われるままに山を案内しただけ。
 儂らだけでは何もできなかったはずじゃ。
 領主様やその取り巻きの騎士でさえ、気づかぬわしらの利用方法を余所から来た若様がたちどころに気づいてくれたのが良かったのじゃ。
 あのまま、ボノリス城塞に籠城などしておったら、戦には負けないまでも領内は荒らされていただろうからどれほどの領民が困ったかわかりゃせん。
 若様はボノリスにとっても救世主じゃった。
 ボノリスに来ることが有ったならいつでも声を掛けてくだされや。
 山の中ならいつでも道案内に立つでな。」

 猟師たちは歳の差も身分も関係なく、険しい山中を一緒に歩き通した若者たちを一人前の男と見ている。
 そうして苦労を共にして互いに見知った相手ならば非常に気のいい男たちであった。

 式典を待っている間に二度ほども王宮の女官達数人がクレモ茶や果物などを運んで給仕接待をしてくれているのだが、そのいずれもがちらりちらりとマルスの顔を見て行くのがわかった。
 若い男は他にもデラウェアとレナンもいるのだが、若い女官が目を付けているのはマルスの様である。

 年恰好は17から19の間で有ろう。
 若い娘にそのような目で見られるのは初めてでは無いものの、何とはなしに気になる所作しょさではある。

 もっとも、マルスにしてみれば彼女らはかなり年長のお姉さま達なのだから、いくら目線を向けられても対応に困るだけの話ではある。
 暫くして侍従が一行を迎えにきた。

 大きな扉の前でマルスを先頭に一列に並ばされ、一足先に伯爵夫妻とエミアス子爵夫妻が中に案内されていった。
 その間にも手順を侍従から説明された。

 最初にカルベック伯爵がカルベック騎士団を代表して白銅はくどうスター褒章ほうしょういただくことになっている。
 夜間に荷駄隊を急襲して見事な成果を上げた50名の騎士に対してである。

 だが50名の騎士に対して国王がわざわざ褒章を授与することは無く、その目録が伯爵に与えられ、伯爵が領内に戻ってから各騎士に授与することになっている。
 白銅星褒章には一つ当たり金貨5枚の副賞が付いている。

 その目録の授与式が最初にり行われていたのである。
 それが終わるとマルス達の番である。

 暫くしてマルス達5人の名が次々に呼ばれ、マルスを先頭に5人が扉の中に入った。
 そこは天井の高い大きな広間であった。

 広間の壁際と窓際には多くの着飾った男女が並んでおり、奥まった王座に国王と王妃が着座している。
 一同は入り口を入ったところで、一列横隊で並び、右ひざをついて臣従の姿勢をとる。

 それから侍従の呼びかけで広間の中ほどまで進み、再度、臣従の礼をとる。
 次いで、宰相の呼びかけで更に前へ進み、概ね王座のある段差まで5歩のところで再び膝をつく。

 宰相付きの者が大声でマルス達5人の戦功について巻物を読み上げる。
 そうして王が王座を立ち、段差のある端まで進み出ると、一人一人が名を読み上げられ、王の足元まで進んで膝をつくと、王が手ずから侍従の捧げ持つお盆から勲章を取って、5人の首にかけてくれるのが褒章授与の式典である。

 因みにマルスは金星(ゴールデンスター)褒章、デラウェアとレナンは銀星(シルバースター)褒章、クリアック達猟師二人は紫授しじゅ(パープル)褒章であった。
 紫授褒章は平民である猟師たちに与える褒章としては最高位のものであり、騎士など臣下に与える最高位は金剛石褒章であるが、金星はそれに次ぐものである。

 因みに金剛石褒章は、騎士ではなく爵位を有する領主にしか与えられず、ここ二十年以上もの間、実際に授与された者はいない。
 実質的にマルスやレナン達に与えられる最高位の褒章であることは間違いがない。

 これら褒章には副賞として金貨が下げ渡される。
 紫綬褒章には金貨30枚、銀星褒章には金貨50枚、金星褒章には金貨200枚がついてくるのである。

 これらは式典が終わってから別室で手渡される。
 一人一人に国王からお誉めの言葉を賜り、受賞者が立ち上がり一礼をしてから、マルスを先頭に一列縦隊で広間を出て、式典はとどこおりなく終わった。

 その後、別の広間で宴会があるのだが、その席だけは猟師二人は遠慮した。
 事前にエミアス子爵から王宮へ了承を求め、それが認められたのである。

 猟師たちは王宮での晩餐会よりも居酒屋での一杯を望んだからである。
 確かに堅苦しい王宮での晩餐会よりも居酒屋でのんびりと過ごす方が彼らに向いているのであろう。

 二人の猟師は金貨三十枚の入った革袋を与えられるとすぐに王宮を出て行った。
 エミアス子爵の伴の者数人がこれに付き合うことになっているらしい。

 おそらくは金貨1枚もあれば10名ほどが浴びるほど飲み食いができるはずである。
 晩餐会は程なく別の間で始まった。

 先ほど式典に参加した人々が晩餐会には出席している。
 堅苦しい宴会ながら出された料理は山海の珍味が揃っており、中々に美味しいものであった。

 マルスには葡萄酒の代わりに同じ色の果実汁が出された。
 デラウェアとレナンは騎士見習いであったので葡萄酒が出されており、既に顔は真っ赤である。

 晩餐会が終わると恒例の舞踏会が催される。
 主賓であるマルス達は欠席するわけには行かなかった。

 再度、式典の催された大広間に移動するとそこには晩餐会に出席した人々とほぼ同数の者が既に待っていた。
 式典と晩餐会には出席できずとも舞踏会には多くの人々が参加できるようになっていたのである。

 マルス達が舞踏会の広間に入ると多くの人々の笑顔と拍手で迎えられた。
 宰相が舞踏会の始まりの式辞を読み上げ、舞踏会が始まった。

 思い思いの衣装に身を飾った男女が、王宮楽師たちの演奏に合わせて踊り始め、カルベック伯爵夫妻も踊り始めていた。
 マルス達三人は寄りかたまっていたのだが、その周囲に若い娘たちが群がってきた。

 十数人もいるだろうが、皆年の頃は16歳以上であろう。中には20歳を超えていそうな年増もいる。
 デラウェアとレナンは騎士団の中で舞踊の手ほどきを受けていたが、マルスはまだ正式には受けていない。

 本来15歳になる元服の式典で必要とされるから、14歳になるまでは舞踊の手ほどきは不要とされているのである。
 尤も、マルスはこれまで催されたカルベックの舞踏会で男女が踊る様子を見ていたから、その全てのステップを知っていたし、踊れるだろうとは思っていた。

 娘たちの目当てはマルスであったが、マルスが自らの年齢を言って丁重に断ると一様に悲しげな顔をした。
 バルディアスでは、伴侶は年下の女性でなければならないと言う古くからの不文律がある。

 そのために、舞踏の際にも予め年齢を確認して踊ることが儀礼とされているのである。
 仮に男性が女性よりも年下の場合は舞踊そのものができない仕来りなのである。

 マルスに群がった娘たちで流石にマルスより年下はいなかった。
 従って、マルスとダンスを踊れる娘はいないのである。

 止むを得ず、娘たちはデラウェアとレナンを誘い、或いは別の若い男を探し始めることになった。
 そこにアンリ・サディスが現れた。

 先日とは打って変わって淡い薄青色の衣装は彼女のプラチナ・ブロンドと白い肌に良く似合っているように思えた。

「マルス様、昨日はありがとうございました。
 普段なれば私の年齢では出席するのは無理なのですが、お父様にご無理を申し上げて、私も出られるようにしていただいたのです。
 今宵この舞踏会に参加できるのも皆マルス様のお蔭です。」 

 少し頬を染めてそう話すアンリはとても可愛く見えた。

「失礼ですがアンリ様はおいくつですか?」

「12歳と13月です。
 来月には13歳になります。」

「そうですか、どうやら私より年下の女性はあなた一人のようですね。」

「はい、私でよければダンスのお相手をお願いできましょうか。
 余り上手ではありませんけれど。」

「うーん、実のところ、僕は一度も練習をしたことが無いんですよ。
 多分ステップは知っていると思いますけれど・・・。
 教えて頂けますか?」

 アンリは苦笑しながら言った。

「私もとても殿方に教えるほどは知りません。
 でも、何でもやってみないとわからないものです。
 二人で舞踏の練習をするつもりでやってみませんか?」

「そうですね。
 では、その練習のお相手をお願いいたします。」

 マルスとアンリが手を組んで踊りだした。
 背の高いマルスに比べるとアンリは背が低い。

 それでも1.5レムほどの身長は、13歳に届かない女性としては大きい方である。
 アンリの背丈はちょうどマルスの首のあたりに来る。

 踊りながらアンリは上目づかいにマルスの顔を見つめている。
 二人の動きは、最初はぎこちなかった。

 マルスは、最初ゆっくりとアンリに合わせるような踏み出し方をしていたが、アンリの自然な歩幅がわかるとやがて曲のリズムに合わせてしなやかに踊り始めた。
 曲の終わりごろ、二人のステップは実に軽やかであった。

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