二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第三章 新たなる展開

3-4 アリス ~メィビスにて その二(コルナス)

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 当初の予定では、ホテルにチェックインの後で、メィビス第二の都市コルナスに移動する予定であった。
 取り敢えず、ザクセン製薬のジルさんと話をして、その後で一旦はクレアラスに戻って、三日後のヤノシア方面ハイスクール吹奏楽コンテストに客として行く予定だったのだ。

 しかしながら報道関係者がホテルに押しかけている様子から見て、今すぐには動けない。
 マイクとテレパスで語らって、
明日の早朝ホテルを出て、UMBという高速軌道車でコルナスに向かうことにした。

 UMBは磁気浮上車であり、時速600セトランでチューブの中を突っ走る。
 クレアラスから1050セトランほど離れたコルナスには二時間ほどで到着することができるのである。

 ホテルの中でネットを検索したが、「マイクとアリス」の名でびっくりするほどヒットした。
 音楽関係のチャットで話題になっているのがわかるのである。

 チャットは無責任な会話の延長である。
 そんな天才が居るのかという疑問に始まり、まるで信仰のような狂信めいた記述まであって、まるで混沌とした情報の洪水である。

 彼らは実際の音楽には接してはいないのだが、画質はそこそこでも、かなり悪い音質の録画音は聞いているのである
 それらとは別に先ほどシャトル基地ターミナルで撮影された映像がもう既にネットで多数表示されているのにはげんなりした。

 一方で、自身が映っているそんな映像を見るのは初めてなので、ある意味で新鮮な驚きでもあった。
 二人が逃げるようにターミナルを立ち去る様子が様々な角度から撮影されていた。

 私は、電話をジルさんにかけることにした。
 下船の前にキティホークの機関長にはジルさんに合うことを伝えている。

 ジルさんは電話にすぐに出た。

「先ほど、キティホークのハリー機関長からアリスさんのことについて電話が有ったばかりです。
 何でもわざわざこちらに来ていただけるとか・・・。」

「ええ、明日の早朝、一番のUMBでクレアラスを発って、午前中にはザクセン製薬の方へお邪魔したいと存じておりますが差し障りございませんでしょうか。」

「はい、それは構いませんが、何でしたら私がそちらにお伺いしますけれど?」

「いいえ、実際にケルヴィスを確認したいのとハマセドリンそのものも拝見したいと存じます。
 それにハマセドリンを実際に使用されている病院関係者の方の御話も伺いたいのです。」

「なるほど、では、会社の方でお待ちします。
 今の内に何かご用意しておくものはございますか?」

「いいえ、多分改めてご用意いただくものは、無いと存じます。
 お話を伺った後で必要な物があれば手配をお願いするかもしれません。」

「わかりました。
 普段、工場内は部外者の立ち入りを禁止していますが、ハリーの口添えもあり、貴方が信用できるお人の様ですので、工場内のご案内をいたしましょう。
 ところで、ひょっとしてマイクさんもご一緒ですかな?」

「あら、そんなことを何故ご存知ですか?」

「このメィビスではマイクさんとアリスさん以上に有名なカップルはいませんよ。
 ハリーの話でもお二人はいつも一緒に行動されているとか。
 実に仲の良い二人だと聞いております。」

「そうですね、親しくお付き合いをさせていただいています。
 そうして明日も一緒に御社を伺う予定なのですが、宜しいでしょうか?」

「ええ、勿論構いませんとも。
 私も美男美女のカップルを是非拝んでみたいですからね。
 お待ち申しております。」

 翌朝朝一番のUMBでクレアラスを発った。
 クレアラス駅0630初のUMBは途中二カ所の駅を経由して、午前8時32分にはコルナス駅に到着した。

 駅からはフリッターに乗って、コルナス郊外にあるザクセン製薬に向かった。
 午前9時少し前に正門前に到着すると、創業者のジル・コーデリアスが待ち構えていた。

 ジルは二人を案内して、敷地内の一角にある事務所に招き入れた。

「朝早くから、遠いところへご足労頂いてありがとうございます。
 後で、工場内を案内しますが、お二人がどこまでご承知か確認をさせていただいて、必要な情報をお教えしようと存じております。
 ある意味で我が社にとってはトップクラスの企業秘密でして、誰彼となく知らせるわけには行かない事情もございますので、予めご了承ください。」

「はい、十分に理解しております。」

「では、ケルヴィスについてはどの程度ご存知でしょうか。」

「ケルヴィスはメィビス特有の有機結晶体、内部分子構成の違いによりA、B、Cの結晶体が有るようですね。
通常産出するのはそれらの混合物であり86%はA結晶体、残り14%がB結晶体で、C結晶体は全体の1万分の一程度しか含まれない。
 但し、稀にC結晶体を8割程度含む小さな塊が見つかることもあり、宝石としても珍重されている。
 いずれの結晶体もベンゼン環のような中央に空隙をもった結晶構造をもっており、A結晶体が一番重く、B結晶体とC結晶体はほとんど同じ比重をもちます。
 475ケルビン度以上に加熱すると、結晶構造が壊れます。
 民間伝承で薬草の搾り汁をケルヴィスでろ過すると種々の薬効を有する薬になるとされていますが、実際には余り検証されてはいない。
 ハリー機関長からは詳しいお話を聞けませんでしたが、ザクセン製薬で使用されているのはおそらくC結晶体であろうと考えています。
 中空構造の格子状結晶を透過膜として利用し、圧力をかけて薬剤成分を抽出しているのではないかと推測しています。
 C結晶体の構造から5気圧以上の圧力をかけるとC結晶体に永久的な損壊が生じるのでそれ以下の圧力でしょうし、圧力をかけることで生じる熱を奪うために冷却も考慮されているのではないかと推測しています。
 今の段階では触媒として機能しているのかそれとも透過膜として機能しているのか定かではありませんが、透過膜としての機能と同時に触媒機能も果たしているのではないかと考えています。
 そうであるならば触媒機能を促進することでこれまでより生産量を増大させることは可能です。
 私が、船の中で得られたデータを元に推測した結果はそれぐらいです。」

「いや、これは驚きました。
 既に貴方は我が社の機密の8割以上を解き明かしている。
 確かに我が社が使っているのはC結晶体の宝石をそのまま使っています。
 母の形見でもあった宝石と新たに購入した宝石の二個を使ってハマセドリンの抽出をしているのですが、いかにも抽出量が少ないのです。
 試しに、別途新たに購入した宝石一個に過大な圧力をかけてみましたが、そのために宝石は変色して機能が失われました。
 そのため現在では安全を期して3気圧に留めています。
 抽出量は微々たるもので1日かけて僅かに60人分の投薬量がえられるだけなのです。
 しかも透過量は時間に比例して少なくなり、一旦外して反対側から水圧洗浄をしなければなりません。
 洗浄したC結晶体はそのまま丸1日自然乾燥させて、再度使用しているために雨天の場合は更に乾燥が遅れて生産量に響きます。」

 私は頷いて、更に推論を展開した。

「どのような薬草を使用しているかわかりませんが、おそらくは、結晶体の格子よりも大きな分子量を持った液体なのでしょう。
 そのために、格子が継続使用で詰まってしまう。
 長年継続使用していれば、徐々に残渣が格子に付着し、そのために効果が減少することも考えられます。」

「その通りです。
 今使っている二つの結晶体は当初の頃からみると7割から8割程度にまで機能が落ちています。
 新たな結晶体を購入するのはできないわけではないけれど、C結晶体は非常に高価ですから、その事は即薬価に跳ね返ってしまう。
 そうして悪いことにC結晶体は市場には品薄なのです。
 ここ一年は全く市場に出て来ません。
 私としてはできるだけ安価な薬を提供したいのです。
 さもなければ金持ちは助かるが、貧乏人は薬代が払えないことで死ぬことになる。
 そうした状況を私どもが作り出すのはとても耐えられません。」

「一応、対策は考えては来ていますが、実際に抽出した薬と薬草そのものを確認しないと今の段階では何とも言えません。
 確認させていただけますか?」

 ジルはじっと私を見つめた。
 それからため息をついて、言った。

「何もないところから、ここまで推量した貴方です。
 私が黙っていても全てが判明するのは時間の問題でしょう。
 そうして、貴方とマイクさんは天才的な音楽家だと聞いています。
 音楽家に悪い人はいない。
 貴方を信用し、全てをお見せしましょう。」

 ジルは立ち上がって、私達を工場内へと案内した。
 工場自体はさほど大きくは無い。

 大学の生化学実験室を四つほど合わせたぐらいの広さしかない。
 そこに様々な機械が設置されていたがそのほとんどは作動していない。

 最初に圧搾機の前に行った。

「この圧搾機で薬草の搾り汁を抽出します。
 荒い布で濾した液体が、第二原材料になります。
 薬草は、このメィビス特産のコンクレスという薬草の葉と同じくメィビス特産の海藻フェランドを重量比3対2で使用します。
 予め330ケルビン度の熱を24時間加えた煮汁がその第一原材料です。
 これ以上の温度を加えると中身が変質して固形化してしまうのです。
 第二原材料を次の遠心分離器で分離して、透明な上澄み液が第三の原材料になります。
 その上澄み液を、この濾過器に入れ、3気圧の圧力をかけて結晶体を透過させると、極めて微量ながら僅かに黄色みがかった液体が抽出できるのです。
 それがハマセドリンの原液になります。」

 小さなアンプルの中にハマセドリンが入っていた。
 アンプル一つが一人一日分の分量になるのだそうだ。

「差し支えなければ、ハマセドリンを抽出する前の上澄み液とハマセドリン一滴を頂けませんか、分光質量計にかけて分子構造を確認したいのです。」

 ジルは頷いた。
 彼は、上澄み液のサンプルを取って小さな容器に入れ、そうしてハマセドリンのアンプルを一つとって差し出した。

「これをお持ちください。
 そうしてできるならば、増産方法を是非にお教えいただきたい。
 増産が可能となった暁には、特許料として純益の半額を貴方に差し上げるつもりです。」

「今は山の者とも海の者とも判らない状態ですし、仮に増産方法がわかってお教えできるとしても、報酬は必要ありません。
 その分、薬代を安くしてくだされば結構です。
 但し、分光質量計等経費が掛かるものについては後で請求させていただくことが有るかもしれません。」

「まさか、報酬がいらないと・・・。
 しかし、それでは・・・。
 いや、その事はまた別に致しましょう。
 工場内で説明できることは終わりました。
 後は、ハマセドリンを治療に使っている病院へのご案内でしたな。
 担当医師のクレア女史に話をしてございます。
 今から参りますか?」

「はい、お願いします。」

 私達は、ジルに案内されて、コルナスにあるベイマス医科大学付属病院に向かった。
 ここはリス多臓器不全症候群に取り組んでいる病院であった。

 リス症候群患者が集まってくる病院でもあるが、薬が20人分しかない状況で、患者を選択するという辛い立場に置かれてもいるのである。
 ベイマス医科大学付属病院医師クレア女史は忙しい中、私達に説明してくれた。

「私どもも、大学の方でハマセドリンの分析を行なってはいるのですが、少なくとも合成はできないと言うことが判明しています。
 それと、その有効成分の抽出も未だにできておりません。
 リス多臓器不全症候群が、脳下垂体のホルモン異常から生じていることは判っているのですが、ハマセドリンの分子構造の何が作用して改善状況を生み出しているのかが皆目見当がつかないのです。
 何しろ分子構造のどこを切っても、バラバラになってしまう特殊なものなので手が付けられないというのが実情です。
 それにハマセドリンも特効薬とは言いながら、ある程度症状の悪化した患者には効きません。
 そうした患者は従前どおりの延命措置しか方策が無いのが実情です。」

マイクが言った。

「大変失礼ながら、そうした症状の進んだ患者さんと、そうではない患者さんで投薬を続けている患者さんの双方を見せて頂くわけには参りませんでしょうか?」

「患者さんの秘密を守るというお約束で特別に許可しましょう。
 ジルさんの話では、ハマセドリンの増産方法を研究しているお方とか。
 ハマセドリンがもっと増産できれば多くの患者さんを救うことも出来ますから。」

 クレア女史は私とマイクを連れて二つの病室へと案内した。
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