二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

文字の大きさ
32 / 99
第三章 新たなる展開

3-6 アリス ~メィビスにて その四(吹奏楽コンテスト)

しおりを挟む
 カフェで4件ほどの資料を見せられ、最終的に中心街に近く、クレアラス駅からも近い、エベレット街区の物件に内定した。
 築2年の物件であるが、高額すぎて買い手が付かなかった物件である。

 元々は資産家がコンドミニアム建設の際に注文したものらしいが、建造完了間際になってその資産家が倒産、買い手が無いまま2年ほど経っていたものである。
 8000万ルーブの物件となるとさすがに簡単には手が出ないだろう。

 資産家が購入する予定だった時は1億ルーブを予定していたペンションハウスである。
 高層のコンドミニアム屋上にある二階建ての建物であり、寝室12室にプールや庭園までついている。

 不動産業者もようやく買い手がつきそうなのでほっとしているようだ。
 下見に行って最終的に決めることにしたが、ホテルを出るにあたってまたまた一苦労しなければならない。

 不動産業者はフリッターではなく、バンタイプの浮上車で来ていた。
 運転席は外から見えるが、貨物などを入れる荷台はスモークガラスで内部が外からは見えないものであるらしい。

 浮上車はホテル地下の駐車場に入れてあるようだ。
 結局その浮上車で物件の確認に出かけた。

 流石に不動産業者のロゴを付けたバンタイプの浮上車を注意している者は居なかった。
 カフェで会っているところは見られたかもしれないが、一旦分かれて彼らは地下へ、私達二人は一旦20階まで上がってから地下へ直行したのである。

 物件は2年前のものではあったが未使用であり、十分に新しい。
 不動産業者は入居前に信用のおける清掃業者を入れると約束した。

 その上でマイクは、個人情報の秘密厳守と内装の模様替えのためインテリアデザイナーをオーダーした。
 模様替えの相談のため、業者手配のインテリアデザイナーには、三日後に来てもらうことにした。

 面談の場所はマイクの部屋である。
 物件の確認を終えて、再度不動産業者の浮上車に乗ってホテルに戻った私達である。

 不動産の売買契約も三日後にしてもらった。
 その日夕刻にデータ解析が終了し、概ね予測通りの結果が出た。

 ハマセドリンの原材料は、少なくとも27種類の有機物質が含まれており、その大部分がC結晶体の格子を潜り抜けるには少し大きめの分子構造であり、その複雑な構造はこれまで見たことの無いものであった。
 一方、ハマセドリンは、少なくとも三種類の有機物が含まれており、その内2種類はおそらく不要の物質ではないかと思われた。

 マイクと一緒に垣間見た生体内の動きからすると、それらの物質はむしろ血液中の抗体に捉えられていたので身体に害をなす可能性もある。
 それらは格子状結晶を通り抜けてしまった比較的小さな有機物質であることが伺えた。
対策としては格子の大きさが異なる浸透膜でろ過して排除してしまうことが一番の方策だった。

 但し、当初考えていたことよりもかなり問題があった。
 ハマセドリンの有効成分の直径は4.26  -9トラン、長さは21.36  -9トランの螺旋状構造をなしている。

 一方で、二つの不要成分は直径が4.22  -9トランと1.64  -9トランである。
後者の方は、ハマセドリンよりもかなり小さいので分離できる可能性もあるが、前者は僅かに0.04  -9トランつまり1000億分の4トランしか差がないのだから分離が非常に難しいのではないかと思うのである。
 それほどの差だけで分離できるような浸透膜は現在のところない。

 マイクに説明すると、マイクも同じ考えを示した。

「中空の化学繊維を使った逆浸透膜には色々あるけれど、確かにそれだけの差では分離は難しいね。
 それに結構中空糸にも製造時のばらつきがあるからね。
 でも、一つ可能性があるのは、銅に反応した新しいハマセドリンを確認したらどうかな。
 一つには、密度の違いで分離した液にはそれらの不要物が含まれていない可能性があるし、分子の長さだけではなく性状も変わっている可能性がある。
 例えば粘性とか或いはらせん構造とか、生体内で受け入れられるためには相応の変化がないと単なる長分子構造だけでは無理だよ。
 例えば生体内でアミノ酸に反応して何らかの変化を起こすとかね。
 その逆もあり得る。
 いずれにしろ、不要物ではないのだから体内のどこかに吸収されている。
 その過程の中で必要な物だけを選別できればいい。」

「その分離した新しい液はまだ持っているの?」

「ああ、僕のポケットにしまってある。」

「ポケット?
 ああ、例の見えないポケットね。
 一瞬ズボンのポケットに入れているのかと思っちゃった。」

 二人顔を突き合わせて笑った。


◇◇◇◇ コンテスト ◇◇◇◇

 翌朝は再度早朝にホテルを出た。
 早朝の時間だと報道関係者も姿を見せない。

 念のため簡単な変装をし、一人ずつホテルを出て、途中で落ち合った。
 ホテルからそう離れてはいないポートレンド記念公園である。

 早朝の公園であるが初夏の日の出は早い。
 それに合わせてジョギングをしている市民が相当数いる。

 そんな中に正装に近い格好の二人が歩いているのは場違いも甚だしい。
 当然に目立つのだが私は大きなハットをかぶり、頭から被っているスカーフで顔の半分を覆って輪郭がわからないようにしている上に、大きめのサングラスをしているので、余程、顔を知っている者でもなければ判別は無理だろう。

 マイクは、どちらかというと不細工な角ばった眼鏡をかけているが、それだけで表情と見た感じが変わってしまい、マイクだとは見えないのである。
 今日は、ヤノシア方面ハイスクール吹奏楽コンテストが、午前10時からファーボーズ記念音楽堂で開催されるのである。

 私達は短い間の師弟関係ではあったが、カインズ・ハイスクールの生徒たちの晴れ舞台を見に行かなくてはならないのである。
 ゆっくりと二人で散策する遊歩道はやや薄い黄色の花を付けているハックルフェスの並木道であり、柑橘系の甘い匂いと共に清々しい気分になれる香りが漂っている。

 空には所々にぽっかりと雲が浮いているものの、とても良い天気である。
 お花畑には色とりどりの蝶々が群れていた。

 ゆっくりとした時の流れにひたれることが何よりである。
 公園の中央付近にある噴水で暫し足を止め、様々に形を変える噴水をベンチに座って眺めた。

 9時半近くになり、公園の外れに位置するファーボーズ記念音楽堂へと向かった。
 ファーボーズ記念音楽堂は、建造されてから既に30年ほど経っているが、音楽の殿堂として内外に有名であり、時折、クラシックの演奏会が催されるようである。

 外観は重々しい感じの石造りであるが、内部は当時の技術の粋を尽くして造られた音響効果の高い建造物なのである。
 演奏が行われる舞台を中心に120度の方向に客席が扇状に広がり、緩やかな傾斜になっている。

 入場券を購入すると指定席が与えられる。
 マイクは、音響効果の高い客席中央の特別指定席を選んだ。

 中に入ると既に半分ほども席が埋まっている。
 前列の席は、制服姿のハイスクール生徒が埋め尽くしていた。

 異なる制服姿でそれぞれにまとまっているところから見て、今日のコンテスト出場チームなのであろう。
 カインズ・ハイスクールの生徒たちの姿も見ることができた。

 扇形客席の壁際に近い場所は安いチケットになるが、そこにもバラバラな制服姿のハイスクール生徒たちや大人たちが見られる。
 こちらはおそらくメィビスのチームの応援ではないかと思われる。

 私達の席の三つほど前にテーブルが据え付けられた審査員席がある。
 開演10分ほど前になって会場の客席が次第に埋まり始めた。

 私は、ハットを脱ぎ、スカーフを外した。
 女性の場合は帽子を被っていても差し支えないのだが、背後に座る客の邪魔にならないよう配慮したのである。

 サングラスはそのままである。
 開演5分前になって、審査員が現れ着席した。

 プログラムには審査員の名が記載されている。
 審査委員長は、ファルド・コーンウィスキー氏、確かクレアラス交響楽団の指揮者を長らく務めた人であったはずだ。

 その他に6名の審査員がいる。
 午前中に規定曲の演奏、午後から自由選定曲の演奏であり、午前中の規定曲の得点により、午後の出番が決る。

 規定曲の得点が多いほど後の出番になる。
 10時少し前に開幕した。

 既に一番目の出場者チームが準備を終えて舞台に着席していた。
 開幕の案内と共に司会者が進み出て、挨拶をなし、審査委員を一人一人紹介した。

 その後、一チーム目の演奏が始まった。
 一チーム目はロンバルド星系の代表、セクサダル・ハイスクールであった。

 そこそこに上手な演奏ではあったものの、アラも目立った。
 舞台の右隅にあるスクリーンに演奏が終わると審査員の得点が表示される仕組みになっている。

 最高は78.9、最低は審査委員長の72.1で合計得点は542.7点である。
 左程高くはない得点ではあるものの、聴衆は惜しみない拍手をした。

 演奏が終わると舞台の上で入れ替えが行われる。
 下手側にセクサダルが退去し、上手側から二番手のチームが入ってくるのである。

 チームごとに演奏人数が異なるので、その椅子を撤去したり追加したりするのが裏方さんの仕事である。
時には配置だけ変えることもある。
 これらの動きは幕を開けたままで行われる。

 普通のコンサートで有ればその都度幕を上げ下げするのだが、その時間が勿体ないのである。
 何しろ10チームの演奏を10時から12時までの間に行わなければならないからだ。
規定曲の演奏自体は7分程度である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

氷弾の魔術師

カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語―― 平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。 しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を―― ※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。

古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。 頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。 「うおおおおお!!??」 慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。 基本出来上がり投稿となります!

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

処理中です...