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第三章 新たなる展開
3-10 マルス ~交友 その三(アンリとの語らい)
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アンリがさらに畳みかけるように尋ねた。
「お嫁さんにもらいたいくらい好きですか?」
「うーん、それはまだ少し早いでしょうね。
僕は身体だけは大人でも、アンリ殿と一つしか違わない14歳です。
あと半年ほどすれば元服の歳になりますが、それでも嫁を貰う年齢には早すぎるでしょう。」
アンリは少し落胆した表情を浮かべた。
「でも、私はマルス様のお嫁さんになりたいわ。
あのね、マルビスの街に占いのお婆さんがいらっしゃるの。
二月前にそのお婆さんに私のことを占ってもらいました。
私は17歳でお嫁に行くことになるそうなんです。
マルス様はこの占いをお信じになりますか?」
「占いですか。
うーん、正直なところ半信半疑ですね。
未来のことは神様ぐらいしかわからないのじゃないかな?
でも世の中には色々な能力を持った人がいるから、或いは未来を見ることができる人もいるかもしれない。
だからその占いを否定はしないけれど、仮に当たらなかった場合も想定して半分だけ信じてはいかがですか?」
「うーん、さっきも言いましたけれど、私はマルス様のお嫁さんになりたいんです。
お嫁さんにもらっていただけませんか?」
「今の段階では、きちんと約束はできないな。
でも、占いを半分信じて、アンリ殿が16歳の誕生日を迎えた後、17歳の誕生日を迎える前に、アンリ殿がお嫁さん候補として相応しいかどうかはきちんと判断しましょう。
その時にアンリ殿がまだ私のことを好きならばね。」
「私の気持ちはもう決まっています。
だって、マルス様はマルビスドランから私を守ってくれたお方です。
それに龍笛を贈ってくれた方。
私の夫はマルス様以外に居ないんです。」
「うん?
マルビスドランというのは?
それに龍笛というのはひょっとしてモルゼックのことかな?」
「ええ、マルビスドランは毒蛇ベンドのこと。
マルビスではそう言うのです。
龍笛はマルス様が贈ってくれたモルゼックのケースに作者であるダランテックの直筆で名がつけられていました。
それが龍笛、ドルド・クランスです。
母が教えてくれました。
私が3歳の時に、王都でやはり占ってくれた方がいて、娘はドランからの脅威を退け、ドルド・クランスを贈る男に嫁ぐであろうと言われたそうです。
母は、その意味を占い師に尋ねたそうですが、占い師もそれ以上のことはわからないと答えたそうです。
母はそのことをすっかり忘れていましたが、先日、ケースの中からダランテックの紙片を見つけた時に思い出してくれたんです。
そうしてドランの意味もその時にマルビスドランと気づいたそうです。
ベンドのことを土地の者はマルビスドラン若しくは単にドランと言うこともあるのです。
母は王都で育ちましたからマルビスの土地の言葉にはその頃は疎かったようで、何の意味か全く見当がつかなかったようです。
いずれにせよ、二つの占いではっきりしたことは、私の夫になる方がマルス様であり、私が嫁ぐのは17歳になってからと言うことになります。
ですから、私の気持ちがマルス様から移る様なことは決して有りません。
でも、マルス様は後半年で元服・・・。」
暫し迷っているようだったが、やがてアンリは言った。
「元服の式典が終わっても何故か家には戻らず、翌日にお兄様が戻ってこられた折のことでした。
私、立ち聞きするつもりは無かったのですが、二年前にお兄様がお友達と話しているのを聞いてしまったんです。
リトワールの娼館で初めて女性をお抱きになったとか・・・。
男女がするという秘め事です。
それを初めてするのも元服の折の習いとか。
でも、でも、・・・私は嫌です。
マルス様が他の女をお抱きになるなんて。」
アンリは涙を浮かべていた。
マルスは静かに席を立って、アンリの隣に腰を降ろした。
刺繍のついた小布を取り出して、アンリに手渡しながら言った。
「アンリ殿、泣かないで。
少なくとも僕は嫁にするつもりでなければ女の人を抱いたりはしない。」
アンリは涙を拭きながら言った。
「本当ですね。
マルス様。」
そうしてアンリが真っ赤に頬を染めながら言った。
「でも、・・・。
もし、もし、どうしても元服の折に女を初めて抱くのが必要ならば、私にしてください。
いつでも私があなたを受け入れます。」
マルスは優しく言った。
「いいや、その必要はないよ。
先ほども言ったように嫁にするつもりのない女性を抱いたりはしない。
娼館などには決して行かないことを約束しよう。
そうして、アンリ殿のその気持ちだけは頂いておこう。」
「マルス様・・・。」
アンリは、またも涙を溢れさせながら突然マルスに抱き着いてきた。
マルスの胸でくぐもった声で言った。
「マルス様、好きです。大好きです。」
マルスは、そんなアンリの顎を左手で少し上げ、軽く口づけをしてあげた。
アンリは少し驚いたように目を見開いていたが、やがてにっこりと笑った。
「初めてのキス。
マルス様で良かった。
でも、ちょっと不満。」
「えっ、何が?」
「だって、なんだかわからないうちにあっという間に終わってしまった。
マルス様、・・・。
お願いもう一度して?
今度はもう少し長い時間。」
マルスは苦笑しながらもう一度アンリにキスをした。
ゆっくりと三つ数えてから離れた。
「どう?
今度はいい?」
「うーん、とりあえずは満足です。
ねぇ、マルス様、私が抱き着いた時何か感じた。」
「うん?
そうだなぁ。
アンリ殿の胸の膨らみを感じた。」
アンリは少し顔を赤らめた。
「まぁ、そんなことを?
でも、いいわ。
マルス様だから許してあげます。
でも、本当に胸の膨らみが少しずつ大きくなっています。
そうしてその胸の膨らみと一緒に私の心の期待も今日は少し膨らみました。
マルス様との距離が少し近づいたから。」
「そう、良かったね。」
「ええ、とっても。
でも、心配事はまだまだたくさん残っているわ。
カルベックにもマルス様より年下の器量よしの娘がいるでしょうし、王都にもたくさんいるはず。
マルス様の気持ちがそんな娘に移らなければいいのですけれど・・。」
「さぁて、保証はできないけれど、ひとつ教えてあげよう。
アンリ殿は身体の周りに綺麗な光を持っている。
それに気づいているかい?」
「いいえ、そんなこと初めて聞きました。」
「多数の色が複雑に絡み合ったとても綺麗な光だよ。
お母様のアマンダ様とクレイン殿にも有るけれど、君の光がとても綺麗でね。
以前から好意は持っていたけれど、僕はその光に惹かれているような気がする。
カルベックにも王都にも君ほどに輝く光を持った娘はいない。」
「お母様やお兄様にもあるの?
でも、私はそんな光を見たことが無いわ。」
「理由は判らない。
あるいはその光を持った者が何らかの優れた能力を持っている証拠かもしれないね。
有名な大店の主人、有能な官吏、楽師や学者などはその光が普通の人に比べると強いからね。
例外もあるので、そのような人全てがそうだとは言い切れないけれど。
でもアマンダ様、クレイン殿、アンリ殿三人の光はそのどれよりも大きく色合いが綺麗なんだ。
中でもアンリ殿の光が一番きれいで大きい。」
「あら、私に何か特別な力があるのかしら。
モルゼックが多少上手なくらいで格別能力を持っているわけではないと思うけれど、何かあるのかしら。」
「うーん、それは判らないな。
でも・・・。」
「なぁに、マルス様。
途中で言葉を止めては嫌よ。」
「うん、ひょっとしたらと思いついたことがあるんだ。
アンリ殿、これから試そうとすることは誰にも言っちゃいけない。
約束できるかい?」
アンリの心臓が少し高鳴った。
「ええ、マルス様との秘密の約束ね。
約束します。
誰にも秘密を言ったりしません。
たとえ家族であっても。」
マルスは頷いた。
「アンリ殿、人には色々な力があるけれど、思念の力は未だにわかっていないことも多い。
さっきの占い師の話でも、半信半疑と言うのはそうした能力を本当に持っている人もいる可能性があるからだ。
マデリン教は知っていると思うけれど、今から200年ほど前にはマデリン教の神官が、多数の人を魔女裁判にかけたことが記録に残っている。」
アンリは頷いた。
アンリも歴史でそのような話を習っているからである。
「それらの魔女裁判にかけられた人は空を飛んだり、人の心を惑わせたりしたという罪で裁かれ、火炙りの刑に処せられた。
記録を見た限りでは証人が必ずいるけれど、物証がほとんどないのが特徴だ。
人や食器がひとりでに空中をさまよったとか、被告の手にぼんやりとした魔性の火が灯ったとか他愛のない話が多いのだけれど、火炙りになる方にしてみれば非常に厄介だ。
いずれもそんなことは無かったと言うことを立証するのが難しい事例なんだ。
審問官になる神官の意向次第でどうにでもなるからだ。
とどのつまり、このエルモ大陸では1,238名の魔女が火炙りにされた。
隣のゲリア大陸では1万人を超える人々が魔女として処断されている。
エルモ大陸では、およそ180年前にマデリン教の分派であるシャルト派が新たに生まれた。
シャルト派は穏健な教義で、魔女などは居らず、悪魔が人に囁きかけて人が悪事を犯すと解釈している。
罪は罪として断罪するが、罪を犯した者を魔女として裁定するようなことは決してしない。
そのシャルト派が大陸中に普及したために魔女裁判は開かれることはなくなったが、ゲリア大陸では旧教の影響が少なからず残っているからね。
今でも魔女裁判が開かれる余地は残っている。
因みに最も近々の魔女裁判は58年前にゲリア大陸のサンデリアンで開催された。
その結果として21歳の女性が一人火炙りの刑に処せられている。
ここまでは秘密でもなんでもない。
僕は仮説として、魔女と呼ばれた人々にはおそらく何の能力も無かったと見ている。
だが、それらの魔女が引き起こしたとされる事柄は何らかの形で過去に目撃されたことが源ではないかと考えている。」
「まぁ、じゃぁ、本当に人が空中に浮かんだり、手のひらに炎を見せたりできる人がいたということなの。」
「あぁ、他にも病気をまじないで直したとか、これから起きることを予知したり、あるいは遠く離れている場所での出来事を知っているとかね。」
「まぁ、じゃ、占いのお婆さんは真っ先にその魔女にされてしまうかもね。」
「そうだね、でも安心していい。
アンリ殿が見てもらったという占いのお婆さんはベクリアさんというが、とてもいい人らしいから少なくとも魔女ではない。」
「まぁ、どうして知っているの。
私はお婆さんの名前を言わなかったわ。」
「さっき、アンリ殿が言ってから調べた。
マルビスのデラロンド街にある水晶堂だろう。」
「私が言ってからって・・・。
マルス様はずっとここにいるじゃない。」
「そう、ここにいてアンリ殿と話をしながら調べた。
誰にも内緒だよ。」
アンリは、そんなことはありえないと思いながらしっかりと頷いた。
「不思議な能力を持つ者は敬われるか疎まれるかのどちらかだ。
魔女裁判が有ったお蔭で、仮にそうした能力を持つ人がいてもそれらの人々はその力を決して人には悟られないようにし、或いは封印した。
役に立つ力もあるだろうけれど、多くの場合、力も弱いからあまり役立たない場合が多いんだ。
少なくとも、魔女と呼ばれた人は魔女裁判を有利に運ぶこともできなかったし、火刑からも逃れ出る術を持たなかった。
彼らがたとえささやかな力を持っていたとしてもそのような場合には使えなかったのだろう。
本当に力があれば、魔女裁判を逃れて人知れずひっそりと暮らしているだろう。」
「魔女裁判の事は判ったわ。
でも、マルス様はどうやって水晶堂の事を知ることができたの。
もしや私の記憶を読んだの?」
「いや、少なくともアンリ殿の意識は読めない。」
その言葉を聞いて、アンリは内心ほっとしていた。
「お嫁さんにもらいたいくらい好きですか?」
「うーん、それはまだ少し早いでしょうね。
僕は身体だけは大人でも、アンリ殿と一つしか違わない14歳です。
あと半年ほどすれば元服の歳になりますが、それでも嫁を貰う年齢には早すぎるでしょう。」
アンリは少し落胆した表情を浮かべた。
「でも、私はマルス様のお嫁さんになりたいわ。
あのね、マルビスの街に占いのお婆さんがいらっしゃるの。
二月前にそのお婆さんに私のことを占ってもらいました。
私は17歳でお嫁に行くことになるそうなんです。
マルス様はこの占いをお信じになりますか?」
「占いですか。
うーん、正直なところ半信半疑ですね。
未来のことは神様ぐらいしかわからないのじゃないかな?
でも世の中には色々な能力を持った人がいるから、或いは未来を見ることができる人もいるかもしれない。
だからその占いを否定はしないけれど、仮に当たらなかった場合も想定して半分だけ信じてはいかがですか?」
「うーん、さっきも言いましたけれど、私はマルス様のお嫁さんになりたいんです。
お嫁さんにもらっていただけませんか?」
「今の段階では、きちんと約束はできないな。
でも、占いを半分信じて、アンリ殿が16歳の誕生日を迎えた後、17歳の誕生日を迎える前に、アンリ殿がお嫁さん候補として相応しいかどうかはきちんと判断しましょう。
その時にアンリ殿がまだ私のことを好きならばね。」
「私の気持ちはもう決まっています。
だって、マルス様はマルビスドランから私を守ってくれたお方です。
それに龍笛を贈ってくれた方。
私の夫はマルス様以外に居ないんです。」
「うん?
マルビスドランというのは?
それに龍笛というのはひょっとしてモルゼックのことかな?」
「ええ、マルビスドランは毒蛇ベンドのこと。
マルビスではそう言うのです。
龍笛はマルス様が贈ってくれたモルゼックのケースに作者であるダランテックの直筆で名がつけられていました。
それが龍笛、ドルド・クランスです。
母が教えてくれました。
私が3歳の時に、王都でやはり占ってくれた方がいて、娘はドランからの脅威を退け、ドルド・クランスを贈る男に嫁ぐであろうと言われたそうです。
母は、その意味を占い師に尋ねたそうですが、占い師もそれ以上のことはわからないと答えたそうです。
母はそのことをすっかり忘れていましたが、先日、ケースの中からダランテックの紙片を見つけた時に思い出してくれたんです。
そうしてドランの意味もその時にマルビスドランと気づいたそうです。
ベンドのことを土地の者はマルビスドラン若しくは単にドランと言うこともあるのです。
母は王都で育ちましたからマルビスの土地の言葉にはその頃は疎かったようで、何の意味か全く見当がつかなかったようです。
いずれにせよ、二つの占いではっきりしたことは、私の夫になる方がマルス様であり、私が嫁ぐのは17歳になってからと言うことになります。
ですから、私の気持ちがマルス様から移る様なことは決して有りません。
でも、マルス様は後半年で元服・・・。」
暫し迷っているようだったが、やがてアンリは言った。
「元服の式典が終わっても何故か家には戻らず、翌日にお兄様が戻ってこられた折のことでした。
私、立ち聞きするつもりは無かったのですが、二年前にお兄様がお友達と話しているのを聞いてしまったんです。
リトワールの娼館で初めて女性をお抱きになったとか・・・。
男女がするという秘め事です。
それを初めてするのも元服の折の習いとか。
でも、でも、・・・私は嫌です。
マルス様が他の女をお抱きになるなんて。」
アンリは涙を浮かべていた。
マルスは静かに席を立って、アンリの隣に腰を降ろした。
刺繍のついた小布を取り出して、アンリに手渡しながら言った。
「アンリ殿、泣かないで。
少なくとも僕は嫁にするつもりでなければ女の人を抱いたりはしない。」
アンリは涙を拭きながら言った。
「本当ですね。
マルス様。」
そうしてアンリが真っ赤に頬を染めながら言った。
「でも、・・・。
もし、もし、どうしても元服の折に女を初めて抱くのが必要ならば、私にしてください。
いつでも私があなたを受け入れます。」
マルスは優しく言った。
「いいや、その必要はないよ。
先ほども言ったように嫁にするつもりのない女性を抱いたりはしない。
娼館などには決して行かないことを約束しよう。
そうして、アンリ殿のその気持ちだけは頂いておこう。」
「マルス様・・・。」
アンリは、またも涙を溢れさせながら突然マルスに抱き着いてきた。
マルスの胸でくぐもった声で言った。
「マルス様、好きです。大好きです。」
マルスは、そんなアンリの顎を左手で少し上げ、軽く口づけをしてあげた。
アンリは少し驚いたように目を見開いていたが、やがてにっこりと笑った。
「初めてのキス。
マルス様で良かった。
でも、ちょっと不満。」
「えっ、何が?」
「だって、なんだかわからないうちにあっという間に終わってしまった。
マルス様、・・・。
お願いもう一度して?
今度はもう少し長い時間。」
マルスは苦笑しながらもう一度アンリにキスをした。
ゆっくりと三つ数えてから離れた。
「どう?
今度はいい?」
「うーん、とりあえずは満足です。
ねぇ、マルス様、私が抱き着いた時何か感じた。」
「うん?
そうだなぁ。
アンリ殿の胸の膨らみを感じた。」
アンリは少し顔を赤らめた。
「まぁ、そんなことを?
でも、いいわ。
マルス様だから許してあげます。
でも、本当に胸の膨らみが少しずつ大きくなっています。
そうしてその胸の膨らみと一緒に私の心の期待も今日は少し膨らみました。
マルス様との距離が少し近づいたから。」
「そう、良かったね。」
「ええ、とっても。
でも、心配事はまだまだたくさん残っているわ。
カルベックにもマルス様より年下の器量よしの娘がいるでしょうし、王都にもたくさんいるはず。
マルス様の気持ちがそんな娘に移らなければいいのですけれど・・。」
「さぁて、保証はできないけれど、ひとつ教えてあげよう。
アンリ殿は身体の周りに綺麗な光を持っている。
それに気づいているかい?」
「いいえ、そんなこと初めて聞きました。」
「多数の色が複雑に絡み合ったとても綺麗な光だよ。
お母様のアマンダ様とクレイン殿にも有るけれど、君の光がとても綺麗でね。
以前から好意は持っていたけれど、僕はその光に惹かれているような気がする。
カルベックにも王都にも君ほどに輝く光を持った娘はいない。」
「お母様やお兄様にもあるの?
でも、私はそんな光を見たことが無いわ。」
「理由は判らない。
あるいはその光を持った者が何らかの優れた能力を持っている証拠かもしれないね。
有名な大店の主人、有能な官吏、楽師や学者などはその光が普通の人に比べると強いからね。
例外もあるので、そのような人全てがそうだとは言い切れないけれど。
でもアマンダ様、クレイン殿、アンリ殿三人の光はそのどれよりも大きく色合いが綺麗なんだ。
中でもアンリ殿の光が一番きれいで大きい。」
「あら、私に何か特別な力があるのかしら。
モルゼックが多少上手なくらいで格別能力を持っているわけではないと思うけれど、何かあるのかしら。」
「うーん、それは判らないな。
でも・・・。」
「なぁに、マルス様。
途中で言葉を止めては嫌よ。」
「うん、ひょっとしたらと思いついたことがあるんだ。
アンリ殿、これから試そうとすることは誰にも言っちゃいけない。
約束できるかい?」
アンリの心臓が少し高鳴った。
「ええ、マルス様との秘密の約束ね。
約束します。
誰にも秘密を言ったりしません。
たとえ家族であっても。」
マルスは頷いた。
「アンリ殿、人には色々な力があるけれど、思念の力は未だにわかっていないことも多い。
さっきの占い師の話でも、半信半疑と言うのはそうした能力を本当に持っている人もいる可能性があるからだ。
マデリン教は知っていると思うけれど、今から200年ほど前にはマデリン教の神官が、多数の人を魔女裁判にかけたことが記録に残っている。」
アンリは頷いた。
アンリも歴史でそのような話を習っているからである。
「それらの魔女裁判にかけられた人は空を飛んだり、人の心を惑わせたりしたという罪で裁かれ、火炙りの刑に処せられた。
記録を見た限りでは証人が必ずいるけれど、物証がほとんどないのが特徴だ。
人や食器がひとりでに空中をさまよったとか、被告の手にぼんやりとした魔性の火が灯ったとか他愛のない話が多いのだけれど、火炙りになる方にしてみれば非常に厄介だ。
いずれもそんなことは無かったと言うことを立証するのが難しい事例なんだ。
審問官になる神官の意向次第でどうにでもなるからだ。
とどのつまり、このエルモ大陸では1,238名の魔女が火炙りにされた。
隣のゲリア大陸では1万人を超える人々が魔女として処断されている。
エルモ大陸では、およそ180年前にマデリン教の分派であるシャルト派が新たに生まれた。
シャルト派は穏健な教義で、魔女などは居らず、悪魔が人に囁きかけて人が悪事を犯すと解釈している。
罪は罪として断罪するが、罪を犯した者を魔女として裁定するようなことは決してしない。
そのシャルト派が大陸中に普及したために魔女裁判は開かれることはなくなったが、ゲリア大陸では旧教の影響が少なからず残っているからね。
今でも魔女裁判が開かれる余地は残っている。
因みに最も近々の魔女裁判は58年前にゲリア大陸のサンデリアンで開催された。
その結果として21歳の女性が一人火炙りの刑に処せられている。
ここまでは秘密でもなんでもない。
僕は仮説として、魔女と呼ばれた人々にはおそらく何の能力も無かったと見ている。
だが、それらの魔女が引き起こしたとされる事柄は何らかの形で過去に目撃されたことが源ではないかと考えている。」
「まぁ、じゃぁ、本当に人が空中に浮かんだり、手のひらに炎を見せたりできる人がいたということなの。」
「あぁ、他にも病気をまじないで直したとか、これから起きることを予知したり、あるいは遠く離れている場所での出来事を知っているとかね。」
「まぁ、じゃ、占いのお婆さんは真っ先にその魔女にされてしまうかもね。」
「そうだね、でも安心していい。
アンリ殿が見てもらったという占いのお婆さんはベクリアさんというが、とてもいい人らしいから少なくとも魔女ではない。」
「まぁ、どうして知っているの。
私はお婆さんの名前を言わなかったわ。」
「さっき、アンリ殿が言ってから調べた。
マルビスのデラロンド街にある水晶堂だろう。」
「私が言ってからって・・・。
マルス様はずっとここにいるじゃない。」
「そう、ここにいてアンリ殿と話をしながら調べた。
誰にも内緒だよ。」
アンリは、そんなことはありえないと思いながらしっかりと頷いた。
「不思議な能力を持つ者は敬われるか疎まれるかのどちらかだ。
魔女裁判が有ったお蔭で、仮にそうした能力を持つ人がいてもそれらの人々はその力を決して人には悟られないようにし、或いは封印した。
役に立つ力もあるだろうけれど、多くの場合、力も弱いからあまり役立たない場合が多いんだ。
少なくとも、魔女と呼ばれた人は魔女裁判を有利に運ぶこともできなかったし、火刑からも逃れ出る術を持たなかった。
彼らがたとえささやかな力を持っていたとしてもそのような場合には使えなかったのだろう。
本当に力があれば、魔女裁判を逃れて人知れずひっそりと暮らしているだろう。」
「魔女裁判の事は判ったわ。
でも、マルス様はどうやって水晶堂の事を知ることができたの。
もしや私の記憶を読んだの?」
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その言葉を聞いて、アンリは内心ほっとしていた。
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