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第三章 新たなる展開
3-15 アリス ~特効薬の開発 その三(製造実践と効能)
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翌日午前の便で私とマイクはコルナスへ向かっていた。
予定が未定なので、コルナスから戻る際には、ヘインズさんへ前日には連絡を入れることになっている。
コルナスに到着した私たちは、ザクセン製薬のある郊外にほど近いドゥ・モア・ホテルにチェックインした。
ここはビジネスホテルであって、高級ホテルではない。
私達は最終的な詰めを行っていた。
マイクが注文した触媒反応の装置は、長辺30テール、短辺7テールのステンレス製薄板20枚である。
この両面に接着剤を塗布してC結晶体を吹き付け、幅10テールの四角い箱の中に0.5テール間隔で差し込み、その箱型容器の中にハマセドリンの原材料を流し込むのである。
そのための小型ポンプも既に発注済みである。
問題は接着剤であり、下手な代物を使うと医薬品の製造機器であるだけに健康に支障を与えかねない。
二人で議論の末に選んだのが、金属用の冷間接着剤である。
これは固化するまでに24時間を要するが、一旦固化すると一切の成分が液体に溶け込むようなことはない。
ペースト状の接着剤をステンレスの表面に塗り、即座にC結晶体の微粉末を吹き付けるのである。
その際の吹付の力まで理論的に割り出した。
210平方テールの板の両面を使うが、その一部は枠の中に入り込むので実際には一枚に付き表面積は400平方テール程度になる。
それが20枚であるので8000平方テールが全体の表面積になる。
微粒子は半分ほども接着剤に取り込まれるが、凹凸ができるために概ね倍の14000平方テールが結晶体の液体に接する表面積になる。
現在ザクセン製薬で使用しているC結晶は2割ほど不純物を含んでいるものと思われるが、ジルさんからの情報ではC結晶体の大きさは僅かに1テールほどの径しかない代物である。
この内部透過において接する表面積は推測で2平方テールにしか過ぎない。
何故なら接触によって起きる反応ならば如何に長い流路を通ろうと、最大の表面積はその断面積にしか過ぎないからである。
無論狭いところを液体が通り抜けるわけであるから何層もの格子を潜り抜けるために確実な反応が引き起こされるのは間違いないが、ある意味で一旦反応が引き起こされた液体が何度格子を潜り抜けようとそれ以上の反応は起き得ないからである。
二つで4平方テールしかないのでそれに伴って製造されるハマセドリン20人分は、この装置一つで3500倍に増える可能性がある。
勿論あくまで理論値であって実際の反応はそれよりも少ない可能性がある。
この際に使用するC結晶体は、仮に厚さが0.01テールの薄板と仮定すると280立方テールが必要とされる。
その量の結晶体は一辺が6.6テールの直方体の大きさになる。
左程の大きさではないものの、比重は1.26ほどになるので、重量にすると1.5ムーロほど必要になる。
従って、混合結晶体はおよそ1万倍の15トムーロほども必要になってくるのである。
これは大型トラック1台分に匹敵する。
現在の年間産出量は15トムーロほどではあるが、利用価値があまりないために生産を抑えている実情がある。
採掘場は混合結晶体だけならばすぐにでもトラック10台分でも採掘できるが、生産しても売れなければ仕方がない。
混合結晶体は、現在ではすり潰した粉末を養殖魚の病気予防薬として海面に散布されるだけに使われている。
それも年々他の抗生物質などに置き換わって、生産量は減少しているのである。
50年ほど前は風土病の一つである農業作物のクレモナイト病を抑えるために農地に大量に散布されたのだが、革新的な農薬が出来た性で需要が激減した経緯がある。
彼らが未だに採掘を継続しているのは、C結晶体の塊がたまに採掘でき、それが高値で取引されるからに他ならない。
概ね必要量が特定できたので、マイクは採掘場に倍の30トムーロを発注したのである。
事前に30トムーロの混合結晶体の置き場が有るかどうかをジルさんに確認した上での発注である。
その費用は輸送費込みで僅かに3万ルーブであった。
シェラヌートン・ホテルに4泊すればその費用が飛んでしまう額である。
最初にザクセン製薬に届いたのは、この混合結晶体であった。
その後、発注先から順次機器が到着を始め、その都度私とマイクが設置場所を選定した。
液化窒素だけは発注のみで納品は別途指示することにしていた。
こればかりはすぐにも蒸発・消耗してしまうので、予め購入しても保管が出来ない代物である。
液化窒素以外の全ての機材が届いたのは私達が二度目のコルナス訪問から4日後であった。
最初に行ったのは10ムーロほどの混合結晶体を230ケルビン度に冷却し、それをステンレスの大型ボールに入れて、特製のスピーカーから毎秒1320サイクルの音波で、粉砕することから始まった。
重量を10ムーロにしたのは、取り敢えず人力で運びやすいようにしただけである。
微粉末にした混合結晶体を、ボナビアンを入れたステンレス容器とガラス容器に漏斗で入れ込み沈殿を確かめた。
細いガラス容器は、ステンレス容器と同じ高さであるが径が2テールほどしかない。
これは、どの程度で沈殿が確定するかを特定するためのものであった。
ほぼ12時間後には沈殿が完了していた。
ガラスの容器で見る限り、一番下に白っぽい灰色の微粉末がかなりの層をなし、ついでほんのわずか鮮やかな朱色の線としか見えない堆積層があり、更にやや黄色の混じった乳白色の層が確認された。
この時点で液化窒素の配達を依頼し、二時間後に到着した液化窒素をステンレス槽に流し込み、さらにその中へ沈殿した堆積層が有ると思われるステンレス容器を入れ込んだ。
激しく沸騰する液化窒素を前に、約1分待ってから引き揚げ、上部のボナビアンを抜いてからステンレス層の底蓋をはずして放置すると、凍結した堆積層が滑り落ちてきた。
これを機械でステンレスのまな板に載せて、わずかな朱色の輝線がある部分から両端に向かって1テールで切断したのである。
切断した層は、別途ステンレスのボールにいれて常温で溶かす。
ザクセン製薬の作業員には手順と注意事項を教え込んで次の作業に移った。
一旦、常温で溶かしたC結晶を含む結晶を、吸着紙の上において自然乾燥させ、再度、その微粉末をより径の細いステンレス容器に注ぎ込むのである。
これを4度繰り返した時に、一番小さな径のステンレス製容器から出て来た凍結堆積層は鮮やかな朱色を呈した部分が8割を超えていた。
左程の量ではない。
本来はこの手順を6回繰り返すし、より多くの混合結晶体からもっと濃縮が可能だが、今回は手順だけを教えるために、混合結晶体10ムーロのみを使い、残り二回の工程を敢えて省いたのである。
そうして今度は、その明らかに朱色の部分のみを切断した。
但し、レーザーではなく、刃物による押し切りである。
刃物には電熱ヒーターが付いていて、最高310ケルビン度になるように設定されている。
このため柔らかい野菜を切るように滑らかに氷の切断が可能であった。
こうして厚さが僅かに0.5テール、直系2テールほどの円盤形のC結晶体が初めて姿を現した。
鮮やかな朱色に輝くC結晶体を初めて見たザクセン製薬の作業員は暫し、我を忘れた。
その結晶体も常温で吸着紙の上に置かれ半日放置された。
乾いたC結晶体は微粒子の粉末になっている。
粉末消火器を改造したような小型スプレーにこれを入れ、冷間金属接着剤を塗った小さな金属片の両面に吹き付けた。
このような金属片を4枚造り、それを小型のポンプが付いた機器に取り付けた。
それからきっちりと蓋を固定してから、工場で造られた最終原材料を機器の中に入れたのである。
待つこと暫し、機器の一方からハマセドリンが出て来た。
しかもその量がかなり早いのにジルは驚いた。
これまでの製造機の倍近くの流量が有るように見えるのである。
アリスとマイクは、この装置はあくまで作業員に手順を教えるための試験規模の装置に過ぎないと言っていた。
何となれば僅かに10ムーロの混合結晶体から得られたC結晶体のみを使って試験的に稼働している実験機である。
より大型の製造機はさらに大量のC結晶体の分離を待っている状態にある。
つまりは混合結晶体30トムーロの分離が終わればかなりの量のハマセドリンが製造できるのである。
但し原材料の投入量からすると歩留まりは7割程度であり、無駄に原材料を消費していることにはなるが、もともと原材料は安価であり、これで薬価か上がることはない。
実際に通常使う一日分を投入してなお装置は稼働を続けた。
この装置は結晶体の清掃が不要か或いはかなり長期にわたって使用ができると考えられた。
アリスが念のためにジルに言った。
「この装置は結晶体を触媒としてのみ利用しています。
従って、結晶体を透過させる今までの方法と比べて掃除の手間が省けます。
全く掃除をしなくて良いかどうかは正直な所、今のところ判りません。
定期的な観察を続けられると良いと思います。
一方で、結晶体が行っていた透過の仕事は、逆浸透膜が行っています。
この逆浸透膜は、掃除ではなく定期的に新たなものと交換をしてください。
比較的高価なものではありますが、それでも2週間程度は使えるだろうと考えています。
液の流量が50%ダウンした場合は取り換えをお勧めします。
特にハマセドリンよりも分子量の小さな有機物質が透過し、ハマセドリンの有効成分が透過しない場合が有り得ますので注意が必要です。
一応、これで従来のハマセドリンと同等のものが出来たものと思われますが、次にそれを更に進化させる段階に進みます。」
勝手に動き続ける装置を放っておいて、私はビーカーに半分ほど溜まったハマセドリンを手にした。
「このハマセドリンには、実のところ三つの有機分子が含まれていますが、その内二つは全く薬効が有りません。
それどころか身体に入ると抗体が動き出すところから見て、有害で有る可能性すらあります。
従ってこれを取り除くことが必要です。
更に薬効のある有機成分もまたその半分が無駄な部分であることが判明しております。
そのために当該有機成分の薬効のある半分のみを分離することが必要です。
ここにあるのはこの抽出したハマセドリンを銅板に触れさせ、その液体をビーカーに集める装置の小型版です。
良く見ていてください。」
私がビーカーを傾け中の液体を傾斜した銅板にそそぐと液体は銅板を伝って樋に流れ落ち、その樋を伝って別のビーカーに注がれた。
液の全部が流れ着いた先で微妙な変化が起きていた。
ハマセドリンはやや黄色みがかった液体である。
それが二つに分離し、薄いピンク色の液体とやや白濁した液体に完全に分離したのである。
「この分離したピンク色の液体がハマセドリンの薬効成分である新たなハマセドリンであるはずです。
白濁した液体は不要な成分です。
ピンク色の液体はほぼ半分を占めており、その分、これまでの投薬量を減らしても構わないと考えていますが、そのさじ加減は専門医とご相談ください。
そうして大事なことは、この新たなハマセドリンは、これまで投薬効果が無いと思われていた患者にも効く可能性が御座います。
これも併せて専門医にご相談いただきたいと思います。
この最後の分離過程で注意すべきことがあります。
銅板を触媒として使っていることです。
銅そのものが身体に悪いことはないのですが、銅に発生する緑青は身体に害を及ぼします。
従ってこの装置は、一日に一回必ず銅板の清掃を心がけてください。
既にこの試験的装置の規模を大きくした機器も届いております。
使う前には種々の注意事項を守って稼働していただければと思います。
ジルさん、以上で私どもの役目はほぼ終わったものと考えています。
何かこれらの作業工程で判らないことが有れば遠慮なくご相談ください。
放置して重大な医療事故に至るよりも、装置を止めて確認することが一番大事なことだと思います。」
ジルさんは笑顔で言った。
「ありがとうございます。
お二人のお蔭で新たな道筋が出来ました。
後は手順さえ守れば我々でも十分できるものと思っています。
ついては、経費のご相談をいたしたく、事務所に来ていただけませんでしょうか。」
私とマイクはジルさんの後について事務室に入った。
「実のところかなりの経費を費やしたのではないかと案じております。
如何ほどかかったのでございましょう?」
マイクが懐から明細を取り出した。
「これが私どもで使った費用の明細です。
で、この額を改めて請求させていただくと同時に、同額を御社に寄付したいと存じております。」
「寄付・・。
ですが、これほどの大金を寄贈されるいわれはございません。
それに、失礼ながらお二人の交通費や宿泊費それに礼金すら含まれてはいないではないですか。
これほどの偉業を成し遂げられたお二方に何もしないでは我が社が批判を受けます。」
「ジルさん、私どもは貴方の誠意を受け取らせていただきました。
我々の礼金にせよ、受け取ればそれは薬価に跳ね返ります。
それに、逆透過膜のフィルター、液化窒素、更にはボナビアンなど当面結構な経費が掛かります。
装置の本格操業が始まれば、不要になる物もございますが、私どもの予想ではこの新型装置1台で従来の3000倍前後のハマセドリンを製造できると思ってはいますが、それでも多くの患者を救うにはまだまだ不足です。
台数を二基、三基と増やす必要もあると存じます。
僅かに一台分の経費と労賃でしかなく、誠にささやかながら、その分をどうか安価な薬として販売しては頂けませんか。
その代わりと言っては何ですが、クレア先生にこの新たなハマセドリンを是非ともヘンリエッタ・グレイソンという女の子に試して頂くようお願いしてください。
彼女にも効果があれば、より多くの患者さんを救う道筋が出来ます。」
「わかりました。
お二人の御好意ありがたく受け取らせていただきます。」
私たちは都合6日間、コルナスに留まっていたが、この日夕刻にコルナスを発ってクレアラスに向かったのである。
◇◇◇◇
それから1週間後にジルさんから朗報が入った。
ヘンリエッタにも新たなハマセドリン投与した結果、それが効果を現したという話を伝えてくれたのである。
そうしてその三日後、ディリー・プラネットのコルナス支局にザクセン製薬の創業者から耳寄りなニュースが入ったのであり、支局長は裏を取るためにクレア医師他数人から話を聞き、その4日後にコルナス支局から美談として発信した。
副社長エスターはすぐにその話題をネットに掲載することを即断した。
こうしてアリスとマイクの話題がまた増えることになったのである。
予定が未定なので、コルナスから戻る際には、ヘインズさんへ前日には連絡を入れることになっている。
コルナスに到着した私たちは、ザクセン製薬のある郊外にほど近いドゥ・モア・ホテルにチェックインした。
ここはビジネスホテルであって、高級ホテルではない。
私達は最終的な詰めを行っていた。
マイクが注文した触媒反応の装置は、長辺30テール、短辺7テールのステンレス製薄板20枚である。
この両面に接着剤を塗布してC結晶体を吹き付け、幅10テールの四角い箱の中に0.5テール間隔で差し込み、その箱型容器の中にハマセドリンの原材料を流し込むのである。
そのための小型ポンプも既に発注済みである。
問題は接着剤であり、下手な代物を使うと医薬品の製造機器であるだけに健康に支障を与えかねない。
二人で議論の末に選んだのが、金属用の冷間接着剤である。
これは固化するまでに24時間を要するが、一旦固化すると一切の成分が液体に溶け込むようなことはない。
ペースト状の接着剤をステンレスの表面に塗り、即座にC結晶体の微粉末を吹き付けるのである。
その際の吹付の力まで理論的に割り出した。
210平方テールの板の両面を使うが、その一部は枠の中に入り込むので実際には一枚に付き表面積は400平方テール程度になる。
それが20枚であるので8000平方テールが全体の表面積になる。
微粒子は半分ほども接着剤に取り込まれるが、凹凸ができるために概ね倍の14000平方テールが結晶体の液体に接する表面積になる。
現在ザクセン製薬で使用しているC結晶は2割ほど不純物を含んでいるものと思われるが、ジルさんからの情報ではC結晶体の大きさは僅かに1テールほどの径しかない代物である。
この内部透過において接する表面積は推測で2平方テールにしか過ぎない。
何故なら接触によって起きる反応ならば如何に長い流路を通ろうと、最大の表面積はその断面積にしか過ぎないからである。
無論狭いところを液体が通り抜けるわけであるから何層もの格子を潜り抜けるために確実な反応が引き起こされるのは間違いないが、ある意味で一旦反応が引き起こされた液体が何度格子を潜り抜けようとそれ以上の反応は起き得ないからである。
二つで4平方テールしかないのでそれに伴って製造されるハマセドリン20人分は、この装置一つで3500倍に増える可能性がある。
勿論あくまで理論値であって実際の反応はそれよりも少ない可能性がある。
この際に使用するC結晶体は、仮に厚さが0.01テールの薄板と仮定すると280立方テールが必要とされる。
その量の結晶体は一辺が6.6テールの直方体の大きさになる。
左程の大きさではないものの、比重は1.26ほどになるので、重量にすると1.5ムーロほど必要になる。
従って、混合結晶体はおよそ1万倍の15トムーロほども必要になってくるのである。
これは大型トラック1台分に匹敵する。
現在の年間産出量は15トムーロほどではあるが、利用価値があまりないために生産を抑えている実情がある。
採掘場は混合結晶体だけならばすぐにでもトラック10台分でも採掘できるが、生産しても売れなければ仕方がない。
混合結晶体は、現在ではすり潰した粉末を養殖魚の病気予防薬として海面に散布されるだけに使われている。
それも年々他の抗生物質などに置き換わって、生産量は減少しているのである。
50年ほど前は風土病の一つである農業作物のクレモナイト病を抑えるために農地に大量に散布されたのだが、革新的な農薬が出来た性で需要が激減した経緯がある。
彼らが未だに採掘を継続しているのは、C結晶体の塊がたまに採掘でき、それが高値で取引されるからに他ならない。
概ね必要量が特定できたので、マイクは採掘場に倍の30トムーロを発注したのである。
事前に30トムーロの混合結晶体の置き場が有るかどうかをジルさんに確認した上での発注である。
その費用は輸送費込みで僅かに3万ルーブであった。
シェラヌートン・ホテルに4泊すればその費用が飛んでしまう額である。
最初にザクセン製薬に届いたのは、この混合結晶体であった。
その後、発注先から順次機器が到着を始め、その都度私とマイクが設置場所を選定した。
液化窒素だけは発注のみで納品は別途指示することにしていた。
こればかりはすぐにも蒸発・消耗してしまうので、予め購入しても保管が出来ない代物である。
液化窒素以外の全ての機材が届いたのは私達が二度目のコルナス訪問から4日後であった。
最初に行ったのは10ムーロほどの混合結晶体を230ケルビン度に冷却し、それをステンレスの大型ボールに入れて、特製のスピーカーから毎秒1320サイクルの音波で、粉砕することから始まった。
重量を10ムーロにしたのは、取り敢えず人力で運びやすいようにしただけである。
微粉末にした混合結晶体を、ボナビアンを入れたステンレス容器とガラス容器に漏斗で入れ込み沈殿を確かめた。
細いガラス容器は、ステンレス容器と同じ高さであるが径が2テールほどしかない。
これは、どの程度で沈殿が確定するかを特定するためのものであった。
ほぼ12時間後には沈殿が完了していた。
ガラスの容器で見る限り、一番下に白っぽい灰色の微粉末がかなりの層をなし、ついでほんのわずか鮮やかな朱色の線としか見えない堆積層があり、更にやや黄色の混じった乳白色の層が確認された。
この時点で液化窒素の配達を依頼し、二時間後に到着した液化窒素をステンレス槽に流し込み、さらにその中へ沈殿した堆積層が有ると思われるステンレス容器を入れ込んだ。
激しく沸騰する液化窒素を前に、約1分待ってから引き揚げ、上部のボナビアンを抜いてからステンレス層の底蓋をはずして放置すると、凍結した堆積層が滑り落ちてきた。
これを機械でステンレスのまな板に載せて、わずかな朱色の輝線がある部分から両端に向かって1テールで切断したのである。
切断した層は、別途ステンレスのボールにいれて常温で溶かす。
ザクセン製薬の作業員には手順と注意事項を教え込んで次の作業に移った。
一旦、常温で溶かしたC結晶を含む結晶を、吸着紙の上において自然乾燥させ、再度、その微粉末をより径の細いステンレス容器に注ぎ込むのである。
これを4度繰り返した時に、一番小さな径のステンレス製容器から出て来た凍結堆積層は鮮やかな朱色を呈した部分が8割を超えていた。
左程の量ではない。
本来はこの手順を6回繰り返すし、より多くの混合結晶体からもっと濃縮が可能だが、今回は手順だけを教えるために、混合結晶体10ムーロのみを使い、残り二回の工程を敢えて省いたのである。
そうして今度は、その明らかに朱色の部分のみを切断した。
但し、レーザーではなく、刃物による押し切りである。
刃物には電熱ヒーターが付いていて、最高310ケルビン度になるように設定されている。
このため柔らかい野菜を切るように滑らかに氷の切断が可能であった。
こうして厚さが僅かに0.5テール、直系2テールほどの円盤形のC結晶体が初めて姿を現した。
鮮やかな朱色に輝くC結晶体を初めて見たザクセン製薬の作業員は暫し、我を忘れた。
その結晶体も常温で吸着紙の上に置かれ半日放置された。
乾いたC結晶体は微粒子の粉末になっている。
粉末消火器を改造したような小型スプレーにこれを入れ、冷間金属接着剤を塗った小さな金属片の両面に吹き付けた。
このような金属片を4枚造り、それを小型のポンプが付いた機器に取り付けた。
それからきっちりと蓋を固定してから、工場で造られた最終原材料を機器の中に入れたのである。
待つこと暫し、機器の一方からハマセドリンが出て来た。
しかもその量がかなり早いのにジルは驚いた。
これまでの製造機の倍近くの流量が有るように見えるのである。
アリスとマイクは、この装置はあくまで作業員に手順を教えるための試験規模の装置に過ぎないと言っていた。
何となれば僅かに10ムーロの混合結晶体から得られたC結晶体のみを使って試験的に稼働している実験機である。
より大型の製造機はさらに大量のC結晶体の分離を待っている状態にある。
つまりは混合結晶体30トムーロの分離が終わればかなりの量のハマセドリンが製造できるのである。
但し原材料の投入量からすると歩留まりは7割程度であり、無駄に原材料を消費していることにはなるが、もともと原材料は安価であり、これで薬価か上がることはない。
実際に通常使う一日分を投入してなお装置は稼働を続けた。
この装置は結晶体の清掃が不要か或いはかなり長期にわたって使用ができると考えられた。
アリスが念のためにジルに言った。
「この装置は結晶体を触媒としてのみ利用しています。
従って、結晶体を透過させる今までの方法と比べて掃除の手間が省けます。
全く掃除をしなくて良いかどうかは正直な所、今のところ判りません。
定期的な観察を続けられると良いと思います。
一方で、結晶体が行っていた透過の仕事は、逆浸透膜が行っています。
この逆浸透膜は、掃除ではなく定期的に新たなものと交換をしてください。
比較的高価なものではありますが、それでも2週間程度は使えるだろうと考えています。
液の流量が50%ダウンした場合は取り換えをお勧めします。
特にハマセドリンよりも分子量の小さな有機物質が透過し、ハマセドリンの有効成分が透過しない場合が有り得ますので注意が必要です。
一応、これで従来のハマセドリンと同等のものが出来たものと思われますが、次にそれを更に進化させる段階に進みます。」
勝手に動き続ける装置を放っておいて、私はビーカーに半分ほど溜まったハマセドリンを手にした。
「このハマセドリンには、実のところ三つの有機分子が含まれていますが、その内二つは全く薬効が有りません。
それどころか身体に入ると抗体が動き出すところから見て、有害で有る可能性すらあります。
従ってこれを取り除くことが必要です。
更に薬効のある有機成分もまたその半分が無駄な部分であることが判明しております。
そのために当該有機成分の薬効のある半分のみを分離することが必要です。
ここにあるのはこの抽出したハマセドリンを銅板に触れさせ、その液体をビーカーに集める装置の小型版です。
良く見ていてください。」
私がビーカーを傾け中の液体を傾斜した銅板にそそぐと液体は銅板を伝って樋に流れ落ち、その樋を伝って別のビーカーに注がれた。
液の全部が流れ着いた先で微妙な変化が起きていた。
ハマセドリンはやや黄色みがかった液体である。
それが二つに分離し、薄いピンク色の液体とやや白濁した液体に完全に分離したのである。
「この分離したピンク色の液体がハマセドリンの薬効成分である新たなハマセドリンであるはずです。
白濁した液体は不要な成分です。
ピンク色の液体はほぼ半分を占めており、その分、これまでの投薬量を減らしても構わないと考えていますが、そのさじ加減は専門医とご相談ください。
そうして大事なことは、この新たなハマセドリンは、これまで投薬効果が無いと思われていた患者にも効く可能性が御座います。
これも併せて専門医にご相談いただきたいと思います。
この最後の分離過程で注意すべきことがあります。
銅板を触媒として使っていることです。
銅そのものが身体に悪いことはないのですが、銅に発生する緑青は身体に害を及ぼします。
従ってこの装置は、一日に一回必ず銅板の清掃を心がけてください。
既にこの試験的装置の規模を大きくした機器も届いております。
使う前には種々の注意事項を守って稼働していただければと思います。
ジルさん、以上で私どもの役目はほぼ終わったものと考えています。
何かこれらの作業工程で判らないことが有れば遠慮なくご相談ください。
放置して重大な医療事故に至るよりも、装置を止めて確認することが一番大事なことだと思います。」
ジルさんは笑顔で言った。
「ありがとうございます。
お二人のお蔭で新たな道筋が出来ました。
後は手順さえ守れば我々でも十分できるものと思っています。
ついては、経費のご相談をいたしたく、事務所に来ていただけませんでしょうか。」
私とマイクはジルさんの後について事務室に入った。
「実のところかなりの経費を費やしたのではないかと案じております。
如何ほどかかったのでございましょう?」
マイクが懐から明細を取り出した。
「これが私どもで使った費用の明細です。
で、この額を改めて請求させていただくと同時に、同額を御社に寄付したいと存じております。」
「寄付・・。
ですが、これほどの大金を寄贈されるいわれはございません。
それに、失礼ながらお二人の交通費や宿泊費それに礼金すら含まれてはいないではないですか。
これほどの偉業を成し遂げられたお二方に何もしないでは我が社が批判を受けます。」
「ジルさん、私どもは貴方の誠意を受け取らせていただきました。
我々の礼金にせよ、受け取ればそれは薬価に跳ね返ります。
それに、逆透過膜のフィルター、液化窒素、更にはボナビアンなど当面結構な経費が掛かります。
装置の本格操業が始まれば、不要になる物もございますが、私どもの予想ではこの新型装置1台で従来の3000倍前後のハマセドリンを製造できると思ってはいますが、それでも多くの患者を救うにはまだまだ不足です。
台数を二基、三基と増やす必要もあると存じます。
僅かに一台分の経費と労賃でしかなく、誠にささやかながら、その分をどうか安価な薬として販売しては頂けませんか。
その代わりと言っては何ですが、クレア先生にこの新たなハマセドリンを是非ともヘンリエッタ・グレイソンという女の子に試して頂くようお願いしてください。
彼女にも効果があれば、より多くの患者さんを救う道筋が出来ます。」
「わかりました。
お二人の御好意ありがたく受け取らせていただきます。」
私たちは都合6日間、コルナスに留まっていたが、この日夕刻にコルナスを発ってクレアラスに向かったのである。
◇◇◇◇
それから1週間後にジルさんから朗報が入った。
ヘンリエッタにも新たなハマセドリン投与した結果、それが効果を現したという話を伝えてくれたのである。
そうしてその三日後、ディリー・プラネットのコルナス支局にザクセン製薬の創業者から耳寄りなニュースが入ったのであり、支局長は裏を取るためにクレア医師他数人から話を聞き、その4日後にコルナス支局から美談として発信した。
副社長エスターはすぐにその話題をネットに掲載することを即断した。
こうしてアリスとマイクの話題がまた増えることになったのである。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
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10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
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◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆
ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
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秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
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