二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第五章 催事と出来事

5-2 アリス ~パレ・デ・モーニャ その二(妨害排除とモード・デ・ヴァリュー)

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 アリスとマイクは、既にモデルの歩き方についてもお墨付きを頂いており、いくつかの振り付けの注文もあった。
 二人でダンスを少し踊る場面が二度ほどある。

 一つはシルツ、今一つはアップテンポのメッカスである。
 尤も曲が今回の天上のフーガだとシルツには会うのだが、メッカスの踊りには若干の工夫が必要だった。

 踊りはメッカス風でも倍のテンポのエスポラル風のステップにアレンジせざるを得ない。
 天井のフーガの録音は、前日までに届けることになった。

 前夜祭で演奏したのは僅かに5分ほどであるが、40分も持たせるとなると新たな編曲も必要だったのである。
 元々の組曲は長いが、この部分は25分ほどで終わるからである。

 それが翌日の二人の作業になった。
 ダイアン女史の言う通り、前夜祭が終了するまでに6件ほど天上のフーガを使えないだろうかという打診があったが、いずれも先約があると言ってお断りせざるを得なかった。


 9月28日は、ダイアン女史のショーが有る前日であるが、ダイアン女史とそのスタッフ及びモデルたちが午後一番にホテルへチェックインしていた。
 勿論、私達もその中に入っている。

 不測の事態でモデルが参集できないと困るからであり、私達もチェックイン後はホテルに缶詰めとなった。
スタッフ全員がホテルに籠城である。
 一つには折角仕上げた衣装を毀損されないように監視する役目もあった。

 かつて、折角の衣装が直前に妨害行為に合ってショーが出来なかったデザイナーも少なからずあるのである。
 モード・デ・ヴァリューは華やかな一面もあるが裏ではそうした暗躍がなされているのも事実であった。

 そのために、ダイアン女史はパレ・デ・モーニャに隣り合ったホテル・サンベルマンの7階フロアを全て借り切って、不法侵入者に備えるべく、ダンベルク警備会社に24時間体制の警備を依頼している。
 この警備会社はこうしたイベントに実績が有り、銃器の携帯も許されている特殊な警備会社である。

 彼らは非常階段を含むすべてのフロア入り口に人を配置して、不審な人物がフロアに侵入しないよう警戒していた。
 それでも、妨害行為は完璧には防げないのが実情である。

 29日夜半、私とマイクは、衣装の置かれている部屋に入った。
 スタッフの一人が交代で張り番についているのだが、二人を見て当然に驚いていた。

「あら、こんな時間まで起きているの?
 もう寝なければ・・・。
 明日の出番は遅いけれども午前中なのよ。」

「ええ、わかっていますけれど、ちょっと怪しい動きが有りますので念のため確認にきました。」

「怪しいって何が?」

「対岸の植え込みに人影がちらりと見えました。
 ここから結構離れてはいますけれど、万が一のこともありますのでね。」

 ホテル・サンベルマンは谷に面しており、300トランほど離れた対岸は道路に沿った植え込みになっている。
 ハンガーラックに吊り下げられた衣装80着余りを置いてある部屋は、遮光カーテンが備えられており、外部からは伺えないようになっているのだが、昼間の内にその部屋は特定されていた。

 そこに火炎弾を撃ち込もうとしている輩をマイクと私が察知したのである。
 彼らを取り押さえることも出来ないではないが、ホテルから外に出ることを禁じられている私たちは万が一にでも外出していることを知られてはならなかった。

 そのために次善の策として、火炎弾が撃ち込まれた際の防御をすることにしたのである。
 私はマイクが手配して、ジェイムズに運ばせた耐熱シートでハンガーラックを覆った。

 張り番の縫い子リズ・エマレックが不審気な顔をした。
 ハンガーラックは埃よけにカバーが掛けられている。

 その上に妙なシートを掛ける必要もない筈なのだ。
 そのことを問いただそうと口を開いた途端、ガシャンとガラスと遮光カーテンを破って、部屋の中に飛び込んできた物体があった。

 入り口側の壁にぶつかって跳ね返った後、その物体は発火したのである。
 リズが「きゃあっ」と大きな叫び声を上げると同時にマイクが部屋の隅に置いてあった炭酸ガス消火器を取って消火を開始した。

 私はドアを開けて、「火事よ、外から火が撃ち込まれた。」そう叫びながら、廊下にある消火器を手に取った。
 すぐに待機していた警備員も手近の消火器を持って駆け付けてきた。

 私が部屋に飛び込むと部屋のほぼ中央で火炎弾が火花を発している。
 マイクの消火作業で延焼はしていないが油断はできない。

 私が同じく炭酸ガス消火器で加勢し、更に相次いで二人の警備員が炭酸ガスを照射するとさすがに火勢は衰えてやがて消えた。
 火災報知機がなるほどに温度は上がらなかったのが幸いした。

 そうでもなければフロア全体のスプリンクラーが作動して大変なことになっていたかも知れない。
 大事な衣装の方はすぐそばで高熱の火花が発生していたにも関わらず全く被害を受けていなかった。

 私が被せた耐熱シートで被害を免れたのである。
 撃ち込まれたのは砲弾上の物体で、飛び込んでから信管が作動する方式になっており、高熱の火花をまき散らす花火のようなものであるが、一般の花火よりは高熱を発し、床の一部が溶けるほどの高熱であった。

 テルミットが利用されている可能性がある。
 マイクは望遠機能を持った暗視カメラで不審者を撮影していたので、それをダンベルク社の警備員に渡した。

 ダンベルク社は、警察にもつながりが有り、即座にその写真を手配に掛けたらしい。
 三日後実行犯の二人が逮捕された。

 暗闇の中で作業中の写真と顔写真、それに最寄りの路側帯に駐車していた浮上車が逮捕の決め手になった。
 浮上車のトランクに手製の発射装置と思われる物が載っていたからである。

 この逮捕劇と相前後してビルブレン共産同盟で有名なデザイナーであるポール・セラミスキーの片腕とも見られているシャギー・マロリーが自殺した。
 二人の実行犯はシャギーに頼まれて妨害行為に出たことを自白するに至った。

 ポールとの関わり合いも取沙汰されたが、ポール・セラミスキーはその関わり合いを否定したうえで、スタッフから犯罪者が出たことを遺憾とし、業界から退陣することを記者会見で表明して帰国したのである。
 マイクとアリスのお蔭でダイアンは最悪の被害を免れたのである。

 襲撃の行われた午前中がダイアンのショーである。
 詳しい事情も聞けずに、取り敢えずスタッフたちは、衣装を分散して自分たちの部屋に置き、就寝した。

 翌朝、十分な睡眠もとれないままダイアンやスタッフたちはショーの成功のために全力を尽くした。
 11時25分定刻より5分遅れで始まったダイアンのショーは、軽快な天上のフーガのリズムで始まった。

 その日早朝の速報で、観客のいずれもがダイアンの衣装が狙われていたことを承知していた。
 ダイアンのデザインの熱狂的なファンも多くおり、その誰もがショーの成り行きを心配していた。

 最初に出て来た若い男女がその不安を吹き飛ばしてくれた。
 ダイアンらしい奇抜な裁断と生地の性質を生かしたデザインは目を見張るものが有り、モデルには不似合いなほどメリハリの利いた肢体を持つニューフェイスの女性モデルがその衣装を引き立て、ある意味で妖艶な女を感じさせた。

 傍らに立つ男性の衣装も洗練されたラインで若者らしさを前面に押し出したデザインはそれだけで観ている女性を圧倒したが、そのマスクを見て一目惚れした女性も多かった。
 彼らは見事な歩みでステージの先端に立つとそこで見事なシルツを踊って客席を沸かせた。

 この二人は、ダイアンがこれまで使っていたモデルとは全く異質のモデルだったが、その仕草も動きも安心感と親近感を覚えさせた。
 次に出て来たモデルたちは従来からダイアンが使っていたモデルであったが、これまでと違うイメージを与えられたのは最初に出て来た二人の所為せいだったかも知れない。

 モデルが一巡すると件のニューフェイスが出て来た。
 先ほどとは打って変わって清純なイメージの衣装である。

 衣装が違うとこうまで違うのだろうかと観客は考えた。
 三度目に件の男性がラフなスタイルで胸を露わにしてステージに出てくると、女性客の多くは胸をきゅんとさせた。

 次から次へと繰り出される衣装は、ダイアンの目覚ましい進化を告げるものであり、観客は其の一着一着に目を奪われると同時に、二人のニューフェイスの登場を心待ちにした。
 観客の期待は裏切られず、40分の間に8回も彼らは登場し、最後には情熱的なメッカスの踊りを天上のフーガに合わせて踊ってくれた。

 気が付いてみれば観客は終始興奮のままショーは終わりを告げていた。
 最後にダイアンが姿を見せ、とてもさわやかな笑顔を見せたのが印象的であった。

 彼女のお辞儀が終わった途端、フーガの演奏も終了していたのである。
 モード・デ・ヴァリューは、公的な審査はない。

 だが観客は全員が審査をし、その結果を投票箱に投げ入れて行くのである。
 日によって観客が変わることもあるし、観客自体の評価の基準は曖昧である。

 しかしながらその結果はサイトで公表され、ある意味でそれが今後五年間のデザイナーの評価になるのである。
 評価シートは、「非常に良かった」、「まぁまぁ良かった」、「普通」、「余り良くなかった」、「良くなかった」の五段階である。
 この日ダイアンのショーを見た観客の付けたシートは、全員が「非常に良かった」を付けていた。

 これまでの評価で観客全員がこの評価を下した例はない。
 午後に行われたローザ・パームスプリングのショーは8割が「非常に良かった」とし、2割は「まぁまぁ良かった」の評を下していた。

 午前中の観客はそのほとんどが午後もいたのであり、この結果ダイアンが業界一の評判を得たことになった。
 業界紙はそうした一般観客とは異なる観点で評価する。

 アーレス、マッタ、バーグの三大業界紙はいずれもローザに厳しい判定を下した。
 デザインの形状、斬新性、調和、全体のまとまり、色彩の扱いについていずれもダイアンを評価し、番外評価ながらショーの進行プログラム、モデル及びバックミュージックについてさえもダイアンの優越を評したのである。

 尤もこの評価が出るのは一週間後の事であった。
 こうして無事にショーを終えたダイアン達は、その夜盛大な祝賀会を開いた。

 高価な発泡酒のモンマーニュをかなりの勢いで飲んだダイアンは張りつめていた神経が一気に解放されたのだろう。
 早々と酔いつぶれて寝室へと運ばれて行った。

 残ったスタッフ達とモデル達は、私とマイクの周りに集まって乾杯を繰り返した。
 彼らも集計速報を見て宿願の業界一の達成を心から喜んでいたし、私とマイクの尽力がなければ難しかったことを知っていたのである。

 その夜は全員がへべれけになるまで飲んで騒いで、ホテルスタッフから追い出されるまで宴会場に残っていた。
 当然に翌日の朝食は、全員が二日酔いである。
 後夜祭にはアリスとマイクが欠席することは事前にダイアンに知らせていた。

 私達はその日の朝に迎えに来たジェイムスと一緒にクレアラスの家に戻ることにしていた。
ダイアンがわざわざ玄関まで見送りに来ていた。
 ダイアンはかすれた声で一言「ありがとう」と言って二人を抱きしめたが、その一言に万感の思いが込められていた。

 一週間後、業界紙が出版されたがそのいずれの表紙にも私とマイクの踊っているときの写真が乗せられていた。
 各誌とも特集を組んでの増刷版を出していたが、私とマイクは衣装の全てが掲載されていた。

 例によって、ディリー・プラネットはネットでその映像の一部を公開していた。
 但し、そのためにかなり多額の経費を支払ったに違いない。

 動画については、マスコミのカメラ持ち込みが許されておらず協会が独占的に撮影していたからである。
 普通の静止画像は予め登録しておけば撮影は可能であるが、その画像の所有権は協会に帰属することになっている。

 従って撮影はできるもののその使用は協会の許可を得て行わなければならないのである。
 一般観客の撮影は私的に利用する限りは無料であるが、ネットで公開したりすると協会から高額の損害賠償請求書が舞い込むことになる。

 動画の放映権料は結構高く、4日間全部の映像だと4000万ルーブ、半日分の映像でも700万ルーブと言われているのである。
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