54 / 99
第五章 催事と出来事
5-1 アリス ~パレ・デ・モーニャ その一(前夜祭)
しおりを挟む
ダイアンさんとは前夜祭の会場入り口のロビーで待ち合わせている。
パレ・デ・モーニャの玄関には長いビロードの赤絨毯が敷かれ、車で乗り付けた人たちはその前で降りることになる。
有名デザイナーや俳優、モデルなどが多数来場するとことからその赤絨毯の脇には多数のカメラマンが控えていた。
無論ほとんどの者が高級車で乗り込んでくるからジェイムスの運転するフリッターもさほど目立つものではない筈だが、そのナンバーで私用車か借り物であるかがわかるようになっている。
このためマイクの車は返って目立ってしまったようである。
一体誰が降りて来るかと固唾を飲んでいると、若い男性と女性が降り立ったのをみて唖然としたようだ。
これほどの高級車ならば俳優でもかなり古手の有名人でなければ持てない筈であり、若手のアイドルタレントはほとんどがレンタル若しくはプロダクション所有のフリッターになる筈である。
一体誰だとざわつき、すぐに顔を思い出したようだ。
二人が赤絨毯の上を歩きだすと一斉にフラッシュが焚かれ、まるで超大物が来たような騒ぎになった。
確かにアイドルそこのけのマスクを持ち、一流モデルも顔負けの肢体を持った二人が見事な正装の出で立ちで笑顔を見せながら歩いて行くのだから、これは絵にならない筈がない。
この後に続いた某有名タレントが拍子抜けするほど、フラッシュの量が違っていた。
玄関を入ると招待状若しくはチケットの提示が求められる。
私(アリス)達二人はダイアンさんが予め用意したチケットを提示して中に入った。
このチケットはプレミアムがついて中々に手に入らないと聞いている。
会場となっている大広間の前のホールで、ダイアンさんと落ち合ったのが、前夜祭開始の35分前であった。
ダイアンさんからは30分前には来てほしいと念押しされていたのである。
前夜祭も後夜祭も極めて混雑するから早めにテーブルに着いておかなくてはいけないというのである。
彼女のスタッフが来て既に会場の円形テーブルの一つを押さえてあるのである。
正面のひな壇に一番近い前列で中央から数えて三つ目である。
特上の場所で有ろう。
ダイアンとスタッフ一名の後ろについて会場に入ると一斉に大勢の視線を浴びた。
それほど目立った服装をしているとは思っていなかったのだが、どうやらかなり注目を集めたようである。
一つには会場の一部が外からの来客が見える位置にあり、フラッシュの大きさで誰か大物が来たとわかるため、入り口から入ってくる人物に注視していたからであるようだ。
思いもかけずダイアン女史と連立ってきた若い男女を一体誰だと勘ぐるのも無理はない。
しかも斬新なデザインは女性にも男性にも良く合っていた。
デザイナー界でも大御所と呼ばれて君臨してきたローザ・パームスプリングも早めに到着して中央の一番前に陣取っていたが、この二人の男女をみて訝しく思った。
モデルにしては綺麗すぎるマスクを持ち、高級な衣装に身を包んでいる二人は、衣装そのものがダイアン・メズローのデザインではない筈なのである。
ダイアンの作風は良く承知しており、あの二人の衣装は別の者の手になるデザインの筈だがあるいは無名のデザイナーかも知れない。
この業界では良くあることである。
例え無名のデザイナーの手によるものでも特定の人が着れば非常に映える衣装になってしまう。
例えば真紅の斬新なデザインのドレスは、彼女が着ていてこそ映えるし、彼女を引き立てるが、おそらくは普通のご婦人が着れば随分と下卑た感じになりかねないのである
その場合、個人の持つ衣装ということになるが、素材からしてかなり高い衣装になり、通常モデルが着られる衣装ではありえないのである。
ダイアン専属のモデルにはあの二人はいなかったはずだし、見知った有名人の中にもその記憶がない。
恋人同士なのかもしれないが不思議な雰囲気を醸し出しており、動きも極めて優雅であった。
余程の上流階級の出自かも知れないとローザは見ていた。
その二人が何故にダイアンと同じテーブルについているかもわからなかった。
ここのところ、ダイアンはローザに急速に肉薄して来ていた。
彼女のデザインは中々に素晴らしいものがあることは認めざるを得なかった。
ローザは既に五十路、一方のダイアンは三十路に入ったばかり、いずれ座を明け渡さざるを得ないだろうが、それまでは私が女王だという自負心がローザにはあった。
今回のヴァリューでも負けないデザインをしたという自信はあるが、ある意味でこの二人の若い男女の出現が大きな節目になるかもしれないと漠然とした不安感が芽生えていた。
やがて時間が来て前夜祭の始まりが告げられた。
デザイナー協会の重鎮のご挨拶に始まり、各界の名士が順次壇上に上がって祝辞を述べるのはどこの宴会でも同じである。
次に今回参加するデザイナーが10名ずつ壇上に上がって、名前を紹介される。
一人一人が挨拶すると時間が無くなるので名前の紹介だけで済ませてしまうのが慣例である。
宴会であるからアルコールも出るし、相応の食べ物も出てきて各テーブルに置かれるのである。
ひとしきり参加デザイナーの紹介も終わると、壇上ではショーが始まった。
アイドルタレントが歌を歌ったり、踊ったりするのがいくつか続いた。
その後で司会者が出て来て、マイクを握った。
「さてさて、毎回恒例となっております生贄ショーの時間がやって参りました。
これは司会者である私に与えられた唯一の特権、今回も行使させていただきますぞ。
私が指名されたお方は壇上に上がって何らかのかくし芸を披露していただかねばなりません。
無論デザイナー業界に関わりあるお方でしょうから、デザインに関係することはご法度にございます。
どうしてもできない場合はお集まりの皆様にお詫びするとともに、五分間のスピーチをしていただかねばなりません。
では、恒例によりお三方若しくは三組の方を指名させていただきます。
今回は、会場の中でもひときわ目立つお人を選ばせて頂きました。
一組目でございます。」
司会者はわざと言葉を区切った。
会場から笑い声が聞こえる。
「私の記憶にあるのが間違いなければ、このヴァリューが初めて開催された年に公開されたホログラム・スコープ「慕情の街」で空前絶後の人気をさらった往年の名俳優、マイルズ・コーンウォール様と旧姓メアリー・ベケット様、結婚されて子宝にも恵まれ、お孫さんも6人いらっしゃると聞き及んでおります。
恐れ入りますが、どうぞ、ご夫妻で壇上に上がって何らかのかくし芸を御披露願います。」
会場のほぼ中央付近にいた老夫婦二人が苦笑いをしながら壇上に上がった。
司会者から何をなされますかと聞かれてマイルズ翁が言った。
「さてさて、20年も前ならば、メアリーと一緒にダンスでも踊って披露したかもしれませんが、この年ではそれも無理。
皆様にお詫び申し上げて今回はお祝いの言葉を申し上げるにとどめさせていただきたい。」
マイルズ翁は、朗々とした声で時折ウィットを交えながら祝辞を述べ、5分間のスピーチを終えた。
「さて、コーンウォール夫妻からは素晴らしいスピーチを頂きました。
続いての御一方。」
またも司会者は言葉を区切った。
会場からは、先ほどよりも大きな笑い声が有った。
「歌謡界に彗星のごとく現れました期待の星、アイリーン・セントルード様。
本日は可憐な衣装でお見えになられました。
小生、年甲斐も無く、舞台衣装とは違って新たな魅力を感じた次第にございます。
どうか、舞台にお越しいただいて何かかくし芸を御披露くださいませ。」
アイリーンは、17歳の現役のハイスクール生でありながら昨年デビューして若い人の間で絶大な人気を博しているタレント歌手である。
彼女は中央やや左寄りのテーブルから壇上へと進んできた。
彼女が着ているのはミニスカートの制服を模した衣装であった。
街中では決して見られない可愛い衣装であり、彼女の愛らしさが前面に出ている衣装だった。
彼女はマイクを受け取って言った。
「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでしたので、何の用意もございません。
私は歌手ですからかくし芸とは言えないかも知れませんが、歌を歌いたいと思います。
但し、私の持ち歌はこの場には相応しくないように思えますので、私が生まれるはるか以前に流行った歌で、私のお祖父様に習った歌をアカペラでご披露したいと存じます。
つたない歌でございますがお聞きください。
白銀の円環です。」
私も知っている白銀の円環は、オペラ歌手のリタ・グレイがバーンスタインの第3交響曲の一節を歌曲にして歌ったものである。
広域の音程を持っているオペラ歌手ならではの歌曲であり、普通の人ではまともに歌える代物ではない。
しかしながら、アイリーンは、その歌を見事に歌い上げた。
ビートの早い曲を歌うだけの歌手ではなく本当に実力のある歌手だと私は思った。
会場はその歌に惜しみない拍手で応えた。
「いやぁ、驚きました。
素晴らしい歌唱力でございます。
流石に人気が沸騰している実力派歌手でございました。
さて、では最後の一組を指名させていただきます。」
司会者は再度区切った。
そうして今度は結構長かった。
しびれを切らすようにあちこちでくすくす笑いが生じた。
「それでは申し上げます。
但し、私、お名前を存じ上げません。
デザイナーのダイアン・メズロー様とご一緒のテーブルにいらっしゃる若いカップルのお二人、お一人は青い燕尾服、お一人は真紅のカクテル・ドレスに身を包んでいらっしゃるお方でございます。
このお二方、素人の私の見る処、今日一番のお似合いの衣装で見えられたお方でございます。
そうして誠に勝手ながら、今宵一番目立ったお二人に認定させていただきます。
どうぞお二人で壇上にお越しください。」
私とマイクは苦笑しながらも、壇上に進み出た。
会場の後ろの方で「オーッ」と歓声が上がった。
壇上に上がった二人を出迎えた司会者が言った。
「どうぞ、お名前をお願いします。」
「私は、アリス・ゲーブリングと申します。」
「僕は、マイク・ペンデルトンと申します。」
司会者は一瞬何かを思い出している風であったが、そのまま続けた。
「今日は何を御披露していただけますでしょうか?」
「素人のかくし芸でございますことをご承知おきください。
もし、お許しがいただけるならば、先ほど来から見事な演奏をしておられます楽団の方から、ヤーヴェロスとセロディエスをお貸し願えますでしょうか。」
「楽団の方、いかがでございましょうか?
素人お二人に大事な楽器をお貸し願えましょうか?」
即座に返事がやって来た。
「そのお二人ならば、どんな楽器でもお貸しいたします。」
「おや、また、これは驚きですな。
楽器を大事にされている方が、そのような・・・。
あ・・・、待ってくださいよ。
思い出しました。
3カ月以上も前にネットで評判になったお方が確かアリスとマイクのカップル。
何と、キティホークの天才音楽家ですか?
アリスさんは確かヤーヴェロン、マイクさんはセロディエスを使ってバリ・アルショークニストのケイシー・ドグマンさんと共演された。
それに間違いございませんか?」
「はい、そのようなこともございました。
今日は趣向を変えて、私がセロディエスを、マイクがヤーヴェロンを演奏したいと存じます。」
「なんと、奏者交代で?
何の曲でしょうか?」
「今日お集まりの方にはモデルさんも多いと存じます。
その方々がステージで歩かれるときに似合っているのではないかと思われる曲、バイリストの組曲「天上のフーガ」を演奏したいと存じます。」
「音楽には無知な私でございますが、きっと良い曲なのでしょう。」
その間に楽団員がわざわざヤーヴェロンとセロディエスを持って来てくれた。
私とマイクは丁重に礼を言って、受け取った。
二人で音程を確認し、演奏を始めた。
二人で暇な時には楽器の演奏を楽しんでおり、私もヤーヴェロスのみならず複数の楽器を扱えるようになっていた。
セロディエスもその一つなのである。
二人でモデルが決った時に編曲して演奏してみた曲の一つである。
出だしは、セロディエスの妙なる響きから始まった。
会場は物音一つしなかった。
セロディエスの音色にヤーヴェロンの音色が被さり、急に早いテンポに変わって行った。
会場の片隅で手拍子が始まった。
若いモデルさんたちが即興で手を叩き、周辺を歩きだしたのである。
心躍る曲想は、会場に集う人たちを手拍子の熱気に誘って行った。
セロエディスの音色を追いかけるヤーヴェロンの音色がとても心地よく、時折変化する音色がフーガの神髄を見せていた。
しかも全体にアップテンポであるから陽気な気分にさせるのである。
演奏が終わった時、万雷の拍手が沸き起こっていた。
二人は丁寧にお辞儀をして楽団の元へ楽器を返してテーブルに戻った。
ざわめく会場の中で司会者が言った。
「聞きしに勝る演奏でございました。
モデルさんたちが勝手に歩き出す音楽は初めてでございます。
今回のヴァリューもこれにて成功間違いなしと思われる次第です。」
その後も会は続いたが、ダイアン女史が言った。
「あの曲、使えるわね。
ねぇ、録音してくれないかしら、ショーで使ってみたいのよ。」
「それは構いませんけれど、当初の構想と違いはありませんか?」
「バックミュージックなんてつまみ程度にしか考えていなかったもの。
あの曲の方が絶対に乗りがいいわ。
いいこと、ほかから声が掛かってもあの曲は渡しちゃだめよ。」
私とマイクは苦笑した。
そのすぐ後に、アイリーンが私たちの前に現れた。
アイリーンは未成年であるからしっかりとマネージャーがくっ付いている。
「あの、私、お二人の演奏で感動してしまいました。
天上のフーガは聞いたことがあるけれど、全然違う感じに聞こえました。
本当にノリノリの雰囲気で歩けそうな曲になっていましたもの。
初対面のお方にお願いするのは本当に失礼だとは思うのですけれど、この機会を逃したらお会いできないかも知れません。
あれだけの編曲ができる方なら、私の歌も何か作っていただけないかと思い、無理を承知でお願いにやってきました。
どうか私のために一曲だけでもいいから作っていただけませんか。」
「おやおや、君には立派な作曲家や作詞家がついているでしょうに・・。」
「ええ、でも、こんなことを言っていたら叱られてしまうかもしれませんが、正直な所、私が歌っていて必ずしも自分自身で納得できていない部分もあるんです。
でも、お二人なら違う曲を作っていただけるんじゃないかとそう思うんです。」
「じゃぁ、約束はできないけれど、心に止めておこう。
もし出来あがったら、貴方のところに連絡し、手元に届くようにしよう。」
「はい、じゃぁ、こちらにご連絡をください。
何をおいても一番に確認するようにします。」
アイリーンは、マネージャーの名刺と一緒に彼女のセルフォンの番号を書いて手渡し、ダイアン女史には割り込んだ非礼を詫びて、戻って行った。
アリスは、私よりも若いのに良くできた娘だと思った。
このようにして前夜祭はつつがなく終わった。
パレ・デ・モーニャの玄関には長いビロードの赤絨毯が敷かれ、車で乗り付けた人たちはその前で降りることになる。
有名デザイナーや俳優、モデルなどが多数来場するとことからその赤絨毯の脇には多数のカメラマンが控えていた。
無論ほとんどの者が高級車で乗り込んでくるからジェイムスの運転するフリッターもさほど目立つものではない筈だが、そのナンバーで私用車か借り物であるかがわかるようになっている。
このためマイクの車は返って目立ってしまったようである。
一体誰が降りて来るかと固唾を飲んでいると、若い男性と女性が降り立ったのをみて唖然としたようだ。
これほどの高級車ならば俳優でもかなり古手の有名人でなければ持てない筈であり、若手のアイドルタレントはほとんどがレンタル若しくはプロダクション所有のフリッターになる筈である。
一体誰だとざわつき、すぐに顔を思い出したようだ。
二人が赤絨毯の上を歩きだすと一斉にフラッシュが焚かれ、まるで超大物が来たような騒ぎになった。
確かにアイドルそこのけのマスクを持ち、一流モデルも顔負けの肢体を持った二人が見事な正装の出で立ちで笑顔を見せながら歩いて行くのだから、これは絵にならない筈がない。
この後に続いた某有名タレントが拍子抜けするほど、フラッシュの量が違っていた。
玄関を入ると招待状若しくはチケットの提示が求められる。
私(アリス)達二人はダイアンさんが予め用意したチケットを提示して中に入った。
このチケットはプレミアムがついて中々に手に入らないと聞いている。
会場となっている大広間の前のホールで、ダイアンさんと落ち合ったのが、前夜祭開始の35分前であった。
ダイアンさんからは30分前には来てほしいと念押しされていたのである。
前夜祭も後夜祭も極めて混雑するから早めにテーブルに着いておかなくてはいけないというのである。
彼女のスタッフが来て既に会場の円形テーブルの一つを押さえてあるのである。
正面のひな壇に一番近い前列で中央から数えて三つ目である。
特上の場所で有ろう。
ダイアンとスタッフ一名の後ろについて会場に入ると一斉に大勢の視線を浴びた。
それほど目立った服装をしているとは思っていなかったのだが、どうやらかなり注目を集めたようである。
一つには会場の一部が外からの来客が見える位置にあり、フラッシュの大きさで誰か大物が来たとわかるため、入り口から入ってくる人物に注視していたからであるようだ。
思いもかけずダイアン女史と連立ってきた若い男女を一体誰だと勘ぐるのも無理はない。
しかも斬新なデザインは女性にも男性にも良く合っていた。
デザイナー界でも大御所と呼ばれて君臨してきたローザ・パームスプリングも早めに到着して中央の一番前に陣取っていたが、この二人の男女をみて訝しく思った。
モデルにしては綺麗すぎるマスクを持ち、高級な衣装に身を包んでいる二人は、衣装そのものがダイアン・メズローのデザインではない筈なのである。
ダイアンの作風は良く承知しており、あの二人の衣装は別の者の手になるデザインの筈だがあるいは無名のデザイナーかも知れない。
この業界では良くあることである。
例え無名のデザイナーの手によるものでも特定の人が着れば非常に映える衣装になってしまう。
例えば真紅の斬新なデザインのドレスは、彼女が着ていてこそ映えるし、彼女を引き立てるが、おそらくは普通のご婦人が着れば随分と下卑た感じになりかねないのである
その場合、個人の持つ衣装ということになるが、素材からしてかなり高い衣装になり、通常モデルが着られる衣装ではありえないのである。
ダイアン専属のモデルにはあの二人はいなかったはずだし、見知った有名人の中にもその記憶がない。
恋人同士なのかもしれないが不思議な雰囲気を醸し出しており、動きも極めて優雅であった。
余程の上流階級の出自かも知れないとローザは見ていた。
その二人が何故にダイアンと同じテーブルについているかもわからなかった。
ここのところ、ダイアンはローザに急速に肉薄して来ていた。
彼女のデザインは中々に素晴らしいものがあることは認めざるを得なかった。
ローザは既に五十路、一方のダイアンは三十路に入ったばかり、いずれ座を明け渡さざるを得ないだろうが、それまでは私が女王だという自負心がローザにはあった。
今回のヴァリューでも負けないデザインをしたという自信はあるが、ある意味でこの二人の若い男女の出現が大きな節目になるかもしれないと漠然とした不安感が芽生えていた。
やがて時間が来て前夜祭の始まりが告げられた。
デザイナー協会の重鎮のご挨拶に始まり、各界の名士が順次壇上に上がって祝辞を述べるのはどこの宴会でも同じである。
次に今回参加するデザイナーが10名ずつ壇上に上がって、名前を紹介される。
一人一人が挨拶すると時間が無くなるので名前の紹介だけで済ませてしまうのが慣例である。
宴会であるからアルコールも出るし、相応の食べ物も出てきて各テーブルに置かれるのである。
ひとしきり参加デザイナーの紹介も終わると、壇上ではショーが始まった。
アイドルタレントが歌を歌ったり、踊ったりするのがいくつか続いた。
その後で司会者が出て来て、マイクを握った。
「さてさて、毎回恒例となっております生贄ショーの時間がやって参りました。
これは司会者である私に与えられた唯一の特権、今回も行使させていただきますぞ。
私が指名されたお方は壇上に上がって何らかのかくし芸を披露していただかねばなりません。
無論デザイナー業界に関わりあるお方でしょうから、デザインに関係することはご法度にございます。
どうしてもできない場合はお集まりの皆様にお詫びするとともに、五分間のスピーチをしていただかねばなりません。
では、恒例によりお三方若しくは三組の方を指名させていただきます。
今回は、会場の中でもひときわ目立つお人を選ばせて頂きました。
一組目でございます。」
司会者はわざと言葉を区切った。
会場から笑い声が聞こえる。
「私の記憶にあるのが間違いなければ、このヴァリューが初めて開催された年に公開されたホログラム・スコープ「慕情の街」で空前絶後の人気をさらった往年の名俳優、マイルズ・コーンウォール様と旧姓メアリー・ベケット様、結婚されて子宝にも恵まれ、お孫さんも6人いらっしゃると聞き及んでおります。
恐れ入りますが、どうぞ、ご夫妻で壇上に上がって何らかのかくし芸を御披露願います。」
会場のほぼ中央付近にいた老夫婦二人が苦笑いをしながら壇上に上がった。
司会者から何をなされますかと聞かれてマイルズ翁が言った。
「さてさて、20年も前ならば、メアリーと一緒にダンスでも踊って披露したかもしれませんが、この年ではそれも無理。
皆様にお詫び申し上げて今回はお祝いの言葉を申し上げるにとどめさせていただきたい。」
マイルズ翁は、朗々とした声で時折ウィットを交えながら祝辞を述べ、5分間のスピーチを終えた。
「さて、コーンウォール夫妻からは素晴らしいスピーチを頂きました。
続いての御一方。」
またも司会者は言葉を区切った。
会場からは、先ほどよりも大きな笑い声が有った。
「歌謡界に彗星のごとく現れました期待の星、アイリーン・セントルード様。
本日は可憐な衣装でお見えになられました。
小生、年甲斐も無く、舞台衣装とは違って新たな魅力を感じた次第にございます。
どうか、舞台にお越しいただいて何かかくし芸を御披露くださいませ。」
アイリーンは、17歳の現役のハイスクール生でありながら昨年デビューして若い人の間で絶大な人気を博しているタレント歌手である。
彼女は中央やや左寄りのテーブルから壇上へと進んできた。
彼女が着ているのはミニスカートの制服を模した衣装であった。
街中では決して見られない可愛い衣装であり、彼女の愛らしさが前面に出ている衣装だった。
彼女はマイクを受け取って言った。
「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでしたので、何の用意もございません。
私は歌手ですからかくし芸とは言えないかも知れませんが、歌を歌いたいと思います。
但し、私の持ち歌はこの場には相応しくないように思えますので、私が生まれるはるか以前に流行った歌で、私のお祖父様に習った歌をアカペラでご披露したいと存じます。
つたない歌でございますがお聞きください。
白銀の円環です。」
私も知っている白銀の円環は、オペラ歌手のリタ・グレイがバーンスタインの第3交響曲の一節を歌曲にして歌ったものである。
広域の音程を持っているオペラ歌手ならではの歌曲であり、普通の人ではまともに歌える代物ではない。
しかしながら、アイリーンは、その歌を見事に歌い上げた。
ビートの早い曲を歌うだけの歌手ではなく本当に実力のある歌手だと私は思った。
会場はその歌に惜しみない拍手で応えた。
「いやぁ、驚きました。
素晴らしい歌唱力でございます。
流石に人気が沸騰している実力派歌手でございました。
さて、では最後の一組を指名させていただきます。」
司会者は再度区切った。
そうして今度は結構長かった。
しびれを切らすようにあちこちでくすくす笑いが生じた。
「それでは申し上げます。
但し、私、お名前を存じ上げません。
デザイナーのダイアン・メズロー様とご一緒のテーブルにいらっしゃる若いカップルのお二人、お一人は青い燕尾服、お一人は真紅のカクテル・ドレスに身を包んでいらっしゃるお方でございます。
このお二方、素人の私の見る処、今日一番のお似合いの衣装で見えられたお方でございます。
そうして誠に勝手ながら、今宵一番目立ったお二人に認定させていただきます。
どうぞお二人で壇上にお越しください。」
私とマイクは苦笑しながらも、壇上に進み出た。
会場の後ろの方で「オーッ」と歓声が上がった。
壇上に上がった二人を出迎えた司会者が言った。
「どうぞ、お名前をお願いします。」
「私は、アリス・ゲーブリングと申します。」
「僕は、マイク・ペンデルトンと申します。」
司会者は一瞬何かを思い出している風であったが、そのまま続けた。
「今日は何を御披露していただけますでしょうか?」
「素人のかくし芸でございますことをご承知おきください。
もし、お許しがいただけるならば、先ほど来から見事な演奏をしておられます楽団の方から、ヤーヴェロスとセロディエスをお貸し願えますでしょうか。」
「楽団の方、いかがでございましょうか?
素人お二人に大事な楽器をお貸し願えましょうか?」
即座に返事がやって来た。
「そのお二人ならば、どんな楽器でもお貸しいたします。」
「おや、また、これは驚きですな。
楽器を大事にされている方が、そのような・・・。
あ・・・、待ってくださいよ。
思い出しました。
3カ月以上も前にネットで評判になったお方が確かアリスとマイクのカップル。
何と、キティホークの天才音楽家ですか?
アリスさんは確かヤーヴェロン、マイクさんはセロディエスを使ってバリ・アルショークニストのケイシー・ドグマンさんと共演された。
それに間違いございませんか?」
「はい、そのようなこともございました。
今日は趣向を変えて、私がセロディエスを、マイクがヤーヴェロンを演奏したいと存じます。」
「なんと、奏者交代で?
何の曲でしょうか?」
「今日お集まりの方にはモデルさんも多いと存じます。
その方々がステージで歩かれるときに似合っているのではないかと思われる曲、バイリストの組曲「天上のフーガ」を演奏したいと存じます。」
「音楽には無知な私でございますが、きっと良い曲なのでしょう。」
その間に楽団員がわざわざヤーヴェロンとセロディエスを持って来てくれた。
私とマイクは丁重に礼を言って、受け取った。
二人で音程を確認し、演奏を始めた。
二人で暇な時には楽器の演奏を楽しんでおり、私もヤーヴェロスのみならず複数の楽器を扱えるようになっていた。
セロディエスもその一つなのである。
二人でモデルが決った時に編曲して演奏してみた曲の一つである。
出だしは、セロディエスの妙なる響きから始まった。
会場は物音一つしなかった。
セロディエスの音色にヤーヴェロンの音色が被さり、急に早いテンポに変わって行った。
会場の片隅で手拍子が始まった。
若いモデルさんたちが即興で手を叩き、周辺を歩きだしたのである。
心躍る曲想は、会場に集う人たちを手拍子の熱気に誘って行った。
セロエディスの音色を追いかけるヤーヴェロンの音色がとても心地よく、時折変化する音色がフーガの神髄を見せていた。
しかも全体にアップテンポであるから陽気な気分にさせるのである。
演奏が終わった時、万雷の拍手が沸き起こっていた。
二人は丁寧にお辞儀をして楽団の元へ楽器を返してテーブルに戻った。
ざわめく会場の中で司会者が言った。
「聞きしに勝る演奏でございました。
モデルさんたちが勝手に歩き出す音楽は初めてでございます。
今回のヴァリューもこれにて成功間違いなしと思われる次第です。」
その後も会は続いたが、ダイアン女史が言った。
「あの曲、使えるわね。
ねぇ、録音してくれないかしら、ショーで使ってみたいのよ。」
「それは構いませんけれど、当初の構想と違いはありませんか?」
「バックミュージックなんてつまみ程度にしか考えていなかったもの。
あの曲の方が絶対に乗りがいいわ。
いいこと、ほかから声が掛かってもあの曲は渡しちゃだめよ。」
私とマイクは苦笑した。
そのすぐ後に、アイリーンが私たちの前に現れた。
アイリーンは未成年であるからしっかりとマネージャーがくっ付いている。
「あの、私、お二人の演奏で感動してしまいました。
天上のフーガは聞いたことがあるけれど、全然違う感じに聞こえました。
本当にノリノリの雰囲気で歩けそうな曲になっていましたもの。
初対面のお方にお願いするのは本当に失礼だとは思うのですけれど、この機会を逃したらお会いできないかも知れません。
あれだけの編曲ができる方なら、私の歌も何か作っていただけないかと思い、無理を承知でお願いにやってきました。
どうか私のために一曲だけでもいいから作っていただけませんか。」
「おやおや、君には立派な作曲家や作詞家がついているでしょうに・・。」
「ええ、でも、こんなことを言っていたら叱られてしまうかもしれませんが、正直な所、私が歌っていて必ずしも自分自身で納得できていない部分もあるんです。
でも、お二人なら違う曲を作っていただけるんじゃないかとそう思うんです。」
「じゃぁ、約束はできないけれど、心に止めておこう。
もし出来あがったら、貴方のところに連絡し、手元に届くようにしよう。」
「はい、じゃぁ、こちらにご連絡をください。
何をおいても一番に確認するようにします。」
アイリーンは、マネージャーの名刺と一緒に彼女のセルフォンの番号を書いて手渡し、ダイアン女史には割り込んだ非礼を詫びて、戻って行った。
アリスは、私よりも若いのに良くできた娘だと思った。
このようにして前夜祭はつつがなく終わった。
1
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~
日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ―
異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。
強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。
ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる!
―作品について―
完結しました。
全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。
氷弾の魔術師
カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語――
平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。
しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を――
※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。
古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。
頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。
「うおおおおお!!??」
慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。
基本出来上がり投稿となります!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される
秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる