二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

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第五章 催事と出来事

5-6 マルス ~復興の道筋

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 また、木造住宅もきっちりと作れば十分に暖が取れるが、質より量が求められる中で粗雑な造りの木造住宅は冬場に持たないと考え、バルディアスでは極めて珍しいレンガ造りの家を提唱した。
 街道沿いの比較的館に近い場所にレンガ造りには適する土壌が有ったからである。

 城壁の外にレンガ工場が造られ、同時に山の工舎の男たちの手を借りて、泥炭を掘り出し、これを燃料に即製のレンガを大量に生み出し始めたのである。
 マルスは、レンガに山葦の繊維を練り込むとともに褐石灰岩を砕いた粉末を混ぜて、高熱で焼き上げることで非常に硬質強靭なレンガを生み出した。

 また西側平野部の裏手にあった丘からサブ灰色石を掘り出し、その粉末に海藻の煮汁と水を混ぜて粘着性の強いモルタルを作り出した。
 昼夜兼行で燃やし続ける泥炭炉は大量の改良煉瓦を生み出し、家を失った人たちが老若男女全員で連日レンガ積みに勤しんだ。

 本当に幼い子や手足が不自由な老人を除いて連日10万人以上もの人員が懸命に作業に当たった結果、一月余りで千棟以上の集合住宅を生み出したマルビスは後に奇跡の街と呼ばれるにいたったのである。
 マルスの設計で造られたレンガ造りの共同住宅は、二重のレンガの壁で覆われ、床も二重になっていた。

 床下に近い場所に暖炉が設けられ、その排煙が壁の煙路を巡って家全体を暖める構造になっている。
 レンガは熱を蓄える性質を持っており、温まるまでに時間がかかるものの、一旦温まるとその熱が時間をかけて放出される。

 日中の半日ほど泥炭を焚くと、翌日まで十分な暖かさを保ってくれた。
 被災前の家に比べると随分と暖かい家に住めることになった住民はマルスに随分と感謝したものである。

 玄関や窓は二重になっており、厳しい冬の寒さから内部を保護してくれる。
 二階建てで一棟が10戸並んだ住宅は、冬場までに2千棟およそ10万人分の住宅を提供した。

 残りの10万人は幸いにも被害に遭わなかった高台に家があったり、親戚筋と一緒に住むことになって取り敢えずの冬場に家が無いというようなことはなくなった。
 中でもこれまで独り暮らしだった老人の多くがまとめて収容された大きな一棟は敬老荘と呼ばれ、200人を超える老人が一緒に住む家となった。

 無論部屋は一人一人に与えられているが、基本的に共同生活であり、公爵家の元侍女など20人が自発的に申し出て、公爵家から手当てを貰いながらその世話をすることになった。
 マルスはマルビス滞在を延長し、最終的にマルビスを訪れてから二か月目でカルベックへ旅立った。

 カルベックから支援物資が届けられたとき、伯爵夫妻の手紙が託されていた。
 伯爵夫妻は、マルビスの様子が落ち着くまでは公爵ご一家の邪魔にならぬ限りお手伝いをするがよいと文には認めてあり、同様の内容がレアからアマンダ夫人にもお見舞いの言葉と共に認められていた。

 カルベックから送られてきた食料の量が各領主からの支援に比べ際立って多かったことがサディス公爵の胸を打っていた。
 マルビスが消費する食料の二か月分に匹敵する量が運ばれて来ていたのである。

 マルスがカルベック帰還を決意したのは、復興の目途が概ねついたこと、マルスが余り介入し過ぎることは却ってマルビスの将来に良くないと判断したことがその理由であった。
 マルビス復興の初期の段階でマルスが果たした役割は大きかった。

 泥炭を燃料に使うことを教えたのはマルスであり、その燃え殻を粉砕して道路の舗装材料に或いは壁面の塗土に再利用することもマルスの発案で有った。
 燃え殻で造られた塗土は、断熱性に優れ、冬場の寒さと夏場の暑さの両方を軽減する効果があったのである。

 レンガ住宅で使う暖炉に泥炭専用のストーブを考案したのもマルスである。
 硬質レンガ自体を作り上げたのもマルスであったから、誰しもがその英知を褒め称えた。

 公爵家では城壁外に造られた新たな街の周囲に城壁を作ることにしているが、その際にも硬質煉瓦を用いることにしていた。
 忙しい毎日ではあったが、マルスはアンリといつも一緒に働いていた。

 アンリとの絆はより深まったと言えるだろう。
 マルスの滞在延長中にアンリが三つの力を得ていた。

 一つは物を思念で動かす力、他人の意識を読む力、そうして異なる地点に遷移する力である。
 穏やかな成長を遂げたアンリの能力は覚醒も穏やかであった。

 その異常に気付いたのはマルス一人である。
 正確にはマルスだけではない。

 妖精や精霊も当然それに気づいていた。
 アンリは寝ている間に不可侵の繭に包まれ空中に暫く浮いていたのである。

 だがアンリの覚醒では周囲に迷惑をかけることはなかったし、他の者に気づかれることも無く終わった。
 但し、アンリの覚醒が終わった夜明け前、アンリは無意識のうちにテレポートでゲリア大陸の極地にまで跳んでいたため、それに気づいたマルスが凍えそうになっているアンリを救出する一幕もあった。

 アンリとマルスの早朝における武術の訓練はそうした間も毎日続けられており、アンリは自分ではそうと気づかずに小太刀と素手の格闘術において驚くべき上達を遂げていた。
 マルスがマルビスを旅立つときにアンリに思念で注意をした。

『アンリの格闘術は並みの男性の力を凌駕しているから本当に使うときは十分に注意しないといけないよ。
 大の男でも急所に当たれば相手は即死するかもしれない。』

『嘘ーっ、だってマルスには全然通用しないじゃない。』

 二人は他に人が居ない時は、敬称を略して互いにマルス、アンリと呼び合っていた。

『僕は特別、並みの人はアンリのスピードには絶対ついて行けない。
 だから無理せずに逃げた方がお互いに傷つかずに済む。
 アンリは心の痛手、相手は大怪我を免れることができるだろう?』

 アンリは半信半疑ながらも頷かざるを得なかった。

『ねぇ、たまには、遊びに行ってもいい?』

『駄目だよ、誰かに見られたら困るだろう。
 半年もしないうちにまた会えるんだし、いつでも話はできる。』

『うん、・・・。
 まぁ、マルスがそう言うならそれで我慢するわ。』

 マルスとアンリは笑みを浮かべながら別れた。
 マルビスはその後も経済的に厳しい状態が続いたが、マルスがきっかけで発足した産業がかなりの収益を上げて財政を助けた。

 冬場の海女の収入は増加していたし、編み機は様々な衣類の製造に役立ち、硬質煉瓦が他領にも移出されるようになったからである。
 何よりも収益を上げたのがグラストンの情報から金鉱を掘り当てたことだった。

 マルスはその場所を山の工舎の頭に伝え、山の頭は冬場に入るころから金山を開発しだしたのであった。
 そこから算出する金は、公爵の元に集められ、店や商品を失った商人達にほとんど無利子で貸し出し、商業経済を復活させる礎になったのである。

 そのため冬が終わるころにはマルビスの街はほとんど復興していたのである。

 春になり、マルスは成人式に出席するため王都を訪れていた。
 15歳と4か月になるマルスは身長が1.98レムと群を抜いた背丈を持っている。

 約束通り、同じ時期にアンリも王都別邸に来ていた。
 アンリは14歳と7カ月になり、身長は1.72レム、その年齢の娘として非常に大柄であったが、均整のとれた肢体は、身体のバランスの良さの所為で左程大きくは見せない。

 せ過ぎず、太り過ぎず、それにもまして細面の顔がますます母のアマンダに似て来て、その美貌の片鱗を早くも覗かせている。
 アマンダが18歳の時には、バルディアス随一の美女と呼ばれており、近隣諸侯の関心を寄せたものであるが、アンリも同じかあるいはそれ以上になるのではとささやかれている。

 王都の成人式で一番の呼び物は、上覧の武術大会であり、舞踏会である。
 武術大会は、王国各地から集まった15歳の若い騎士が日ごろの鍛錬の成果を披露する場であり、また、舞踏会は王都の15歳以下の娘が着飾って若者たちを魅了する場でもあった。

 近隣はもちろんのこと、わざわざ遠くから舞踏会に参加するために父兄同伴で王都にやってくる娘たちもいる。
 娘たちの参加は騎士階級に必ずしも限られないのが成人式の舞踏会でもあるが、バルディアスの階級制度はここにも色濃く影響を与えており、騎士階級以外の娘が参加しても左程多くはならないのが実情であった。

 一つには華やかな騎士階級や貴族階級の者達の社交界への登竜門でもあったからであり、特に礼儀にうるさい貴族階級の前に出るには相応の知識と経済的に富裕な者の娘でなければ難しかったからである。
 武術大会は、三日連続で行われるが最終日だけが国王一家上覧の競技会になる。

 延べ1500名余の若者たちが、20の競技場に分かれて試合をなし、第一日目と二日目はそれぞれ三試合ずつを勝ち抜いた者が最終日の上覧試合に進むことになる。
 出場者は防具をつけ、竹刀を持って戦うため滅多なことでは怪我はしない。

 一日目で200名足らずに勝ち残りが絞られ、2日目には更に20名前後に絞られる。
 マルスの出場した年は21名の者が最終日の上覧試合に勝ち残った。

 マルスは当然のように勝ち残った。
 全く危うげの無い勝ち方であった。

 同じ年頃の若者の間では体格も技量も群を抜いていた。
 マルスと戦った相手は10ほども数える時間を持ちこたえられずに勝負を付けられていた。

 そのまま準決勝へ、更に決勝へと進み、決勝戦もあっけなく済んでいた。
 マルスは上覧試合の5試合を勝ち抜き、成人式武術大会優勝者の栄誉を賜った。

 翌日は王宮の中庭で催される大舞踏会である。
 1500名もの若い騎士とほぼ同数かそれ以上の15歳未満の若い娘が一堂に会することのできる大広間は流石に王宮にもない。

 従って、王宮の中庭が特設の舞踏会場になるのである。
 春のこの時期、王都は乾季に入ることから滅多に雨が降らない。

 そのために野外の舞踏会が開ける所以ゆえんでもある。
 雨天の場合は、舞踏会そのものが中止になってしまうのであるが、ここ数十年来雨で中止になったことはない。

 成人式の舞踏会には仕来りがある。
 騎士からは女性を誘ってはならないことと、同じ相手と連続して踊ってはならないことである。

 但し、一度別の相手と踊るか1曲間をおけば再度同じ相手と踊ることは差し支えないとされている。
 更に騎士が娘から誘われた場合は拒否してはならないことになっている。

 但し、二人以上の娘から誘われた場合には、騎士がいずれかの娘を選ぶことができると言うものである。
 マルスはその身分と容姿の良さで、当然のように大勢の娘から誘いを受けることになったが、奇数曲の相手で選ぶのは必ずアンリであった。

 二度三度とそれが続くとさすがに様子を察して、奇数曲に誘いに来るのはアンリだけになっていた。
 そんな状況であっても偶数曲の際には大勢の娘がマルスと踊ろうと群がったのである。

 アンリは偶数曲の時には会場の周囲に有る椅子に腰を降ろし、自分の出番を待っていた。
 マルスも目立っていたが、アンリもその容姿ゆえに際立って目立つ存在であった。

 なろうことなら騎士から声を掛けたい者が多数存在した筈だが、彼らにそれは許されなかったのであり、指をくわえて見守り、あるいは自分を誘ってくれた娘で我慢するしかなかった。
 マルスとアンリの仲はたちまちのうちに噂になって王都の社交界の噂となった。

 舞踏会の翌日、マルスとアンリは王都を去って共にカルベックへと向かった。
 二人の周囲にはカルベック騎士団36名が警護し、アンリの従者3人がいた。

 警護の騎士団のうち21名がマルスと一緒に成人式に参加した者であった。
 馬車1台にアンリとその従者3名が乗っている。

 マルスは騎馬で馬車を警戒していた。
 その状態で、マルスとアンリは話をしていた。

『マルビスの港もようやく片付きました。』

『そのようだね。
 僕がマルビスを出るときは、港内にたくさんの瓦礫が浮遊していて軍艦が入って来るのに大分苦労していたようだったから。
 心配はしていた。』

『桟橋もレンガで作り直したのですよ。
 津波の前は木造の桟橋でしたけれど、マルスの教えてくれた工法で立派な桟橋ができました。
 工人舎の頭は半信半疑のようでしたけれど、海の中に柱を立てて、板を張り付け、その板の外側にカミレスの大きな幕を張って水を汲みだしたら、本当に浸水が止まってしまうのですもの、皆驚いていた。
 大きな水の無い空間で整地してからレンガを積み上げ、隙間に石や土をいれたら立派な桟橋の出来上がり。
 船が着く場所には、カミレスの布を何枚も張り付けた緩衝材を取り付けてあるから、船が傷む心配も無い。
 海軍も貿易商人もとても喜んでいます。
 今のところ、桟橋は一つだけだけれど、最終的には5本の桟橋を作る予定になっています。
 二本は交易用、三本は海軍用に使うようです。』

『海軍と言えば、バルディアスの海軍は現状で50隻ほどだったね。
 ノルド子爵とクランブ男爵が管理していた30隻ほどは、津波で被害を受けて使えなくなったから。』

『ええ、王家でもそれを心配して海軍の再建を図ろうとしているのだけれど、ノルド子爵やクランブ男爵領は館にも被害を受けて、それどころじゃないの。
 結局、復興の早かったマルビスが新造艦を受け持たなければならなくなって、お兄様が指揮をされて造船所を立ち上げようとしている処なのだけれど、・・・。
 船体の材料になる大きな木材を切り出すのは面倒な手間がかかるし、一つの造船所で造れる船は年間に1隻ほど、元の80隻にするまでには30年以上かかってしまう計算だから、何かいい方法は無いかといろいろ模索しているようです。』

『ノルドとクランブが造船所を作れるようになるにはまだ数年かかるだろうね。
 住民の住まいすらまだ出来上がっていない状況だから。』

『ええ、そのとおりです。
 造船所が無いと今ある船の整備も中々難しいから、・・・。
 マルビスの場合、職工は幸いにして残っているからいいけれど、ノルドとクランブではその造船所の職工さんがかなり亡くなっているの。
 第一波の津波が引いた後で、上からの指示で被害状況を確認に行った人たちのようです。
 第二波が襲来してきたときには、逃げ場が無かったようです。
 王家ではそれもあってノルドとクランブに残っている職工をマルビスに移すことも考えているようだとお父様に伺いました。』

『なるほど、クレイン殿も大変だ。
 それでは嫁探しも難しいだろうね。』
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