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第五章 催事と出来事
5-7 マルス ~クレインの想い人?
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アンリがマルスの言葉に反応した。
『嫁さがし?
そう言えば、マルスはロザリンっていう方知っている?』
『ん?
知っているというか知らないと言うか・・・。』
『何よ、変な言い方ね。
知っているか知らないかぐらいはっきり言えないの?』
『そうは言っても、ロザリンと言う名だけでは、バルディアスにもロザリンと言う名の女性は少なくとも100名は下らないと思うけれど、・・・。
関係は無いと思うけれど、カルベックにも確か二名、58歳のおばさんと、8歳の女の子。
どのロザリン?』
『うーん、それがわからないから聞いているの。
お兄様がどうも関心を寄せている方の様なのだけれど。
お兄様の周囲を調べてもそれらしき人は見当たらないの。』
『あ、なるほど、その手の話か。
じゃぁ、ひょっとしたらバハン侯国のロザリン殿かも知れない。』
『え、誰?
その人。』
『さて、僕も直接は会ったことが無い。
バハン侯国王の4女で多分16歳になっているのではないかと思うけれど、人の噂では大変な美女らしい。
クレイン殿にどこぞの姫君で適当な年齢の女性はいないかと聞かれて、ロザリン姫の話をしたことがある。
で、クレイン殿がどうしてロザリン姫の話をしたの?
津波の後はバハン侯国に行く暇も無かったと思うけれど・・・。』
『うん、私も良くは知らないけれど、居眠りをしていたお兄様が寝言のようにロザリンと一言言ったの。
で、それをたまたま聞いた侍女がお父様とお母様にご注進というわけ。
二親揃ってロザリンと言う名に訊き覚えが無かったので、私が呼ばれて聞かれたの。
でも、そんな余所の国の女性なんて思いも寄らなかった。
マルビスにはたまたまロザリンと言う人はいなかったしね。』
『なるほど、じゃぁ、或いはクレイン殿がバハン侯国の交易船から聞いたのかもしれないよ。
僕も噂の範囲だけで詳しい話はできなかったからね。』
『一体、どんな方なのかしら?
気になるわ。』
『ロザリン殿は、さっきも言ったけれどバハン侯国王の娘で16歳。
大変な美人でバハン侯国内外から嫁にもらいたいと引手数多なんだけれど、ロザリン殿はその全てを断っている。
結構お転婆なところがあって、武術が得意らしい。
少なくとも自分より知恵で勝り、武芸で勝る殿方でなければ嫁には行かないと周囲に公言しているらしい。
余り表沙汰にはなっていないけれど、これまでに5人ほど自らの力もわきまえずにこれに挑戦したバハン侯国の貴族の子息がいたけれど、いずれも返り討ちに遭ったようだ。
武芸の心得が多少あっても相応の知識を持たねばならないから、最初の口頭試問で落第したのが四人。
何とか一人は口頭試問に合格はしたものの、あおなりびょうたんだったので剣術の仕合であっさり打ち負かされてしまったようだ。
その後は余り評判が聞こえてこないけれど、バハン侯国内では恐れをなして誰も言い寄らないようだ。
今、ご執心なのは、リンガ王国の第2王子とサンドリ藩侯国の第3皇子ぐらいだろう。
単なる申し入れぐらいでは、まともな返事もしてくれないようだ。
実際に直接会ってご本人が申し入れて初めて二つの試験になるようだ。
失礼ながら、今のクレイン殿ではとても無理だろうね。
口頭試問で落第、仮に万が一口頭試問が通過できても剣術の仕合であっけなく打ちのめされるだろう。
なにせ、バハン侯国の剣術指南役と互角に戦える腕前の持ち主だから。』
『あら、まぁ、それはお兄様が可愛そう。
何ともならないのかしら。』
『アンリと一緒でロザリンも特殊な能力を持っている可能性のある女性だよ。
だから、彼女の意識は読めない。
彼女がどんな男性を望んでいるかはわからないから、正直なところ、クレイン殿が彼女の望むような男性かどうかは不明。
口頭試問は結構高度な質問だけれど、今のアンリならば答えられる。
だから、クレイン殿の潜在能力を引き出すことが出来れば或いは可能性がある。
但し、クレイン殿はあれで結構浮気性なところがあるからね。
潜在能力を引き出すことで女遊びに磨きを掛けられると困ることになる。』
『お兄様って、そんなに女遊びをしているの?』
『うん、まぁね。
今のところクレームも来ていないようだけれど、多少危ない橋も渡っているようだ。』
『まぁ、じゃぁ、帰ったらお兄様の周囲を調べて、少しお灸を据えてやらなくっちゃ。』
『おいおい、クレイン殿は、僕やアンリの力を知らないんだからね。
気づかれないようにしてよね。』
『ええ、それは十分に注意します。
あ、そうそう、お母様からの伝言よ。
今年の秋にはマルスにまた来てほしいって。
マルスのお母様宛の手紙も預かってきたわ。
来るでしょう?』
『まるで、決まったような言い方だね。』
『ええ、それはそうよ。
マルスが来なければ私がカルベックを訪ねます。』
『まぁ、仕方がないか。
他にも、案件が有りそうだからマルビスにはいずれにせよ行かなければならないと思っていた。』
『他の案件って?』
『ウン、前にちょっと話したけれど、ゲリア大陸のロンド帝国の動きが活発になってきそうだ。
造船所を多数立ち上げる計画を目論んでいる。
全部で12か所の港も持つ領主達が総数で60の造船所を新たに建造し、軍艦建造の至上命令を受けそうだ。』
『まぁ、そんなに?
戦争を始める気なのね。」
『最初に島国であるカバレロ諸島国が狙われる。
そこを足掛かりに船団を組んでエルモ大陸に乗り込んでくると言う遠大な計画だよ。
ここ2年の間にも押し寄せてくる可能性がある。』
『まぁ、じゃぁ、マルビスでも防衛体制を早めに固めないといけないわね。』
『うん、まぁそう言うことになるだろうね。
そのためには建艦競争で後れを取ってはいけないことと、エルモ大陸側が団結しないと各個撃破される可能性がある。
何しろ10万単位の軍勢を動かすことのできる大帝国だから。
個別に戦っていたのでは結果は見えている。
計画通りに行けば2年の間に200隻近い軍艦が出来あがってしまう。
それだけの軍船を擁する国はエルモ大陸には居ない。
しかも先頃の津波でそのほとんどが壊滅的被害を受けた。
各国とも復興を急いでいるけれどどこも似たり寄ったりだから、2年の間に建造できるのは精々数十隻にとどまるだろう。
それもエルモ大陸の北側ではなく東西の海岸部にある国で比較的津波の被害が無かった国を合わせての話だ。
ロンド帝国は今回の津波の被害を奇貨として、建艦競争で優位に立って一気にエルモ大陸へ侵攻するつもりなんだ。
ロンド帝国の国力から言ってもできない話ではない。
エルモ大陸の温暖な気候はゲリア大陸からみると天国に見えるようだ。
帝国皇帝アレッシモの念願のようだよ。』
『嫌ねぇ、大国のエゴで小国が攻められるなんて・・・。
戦が起きれば大勢の人が亡くなるわ。
それにロンド帝国って奴隷の所有を認めているのでしょう。
戦に負けた国の者が大勢奴隷にされるって聞いたわ。』
『そうだね、彼らの軍船には多数の奴隷が乗って櫂を漕がされている。
それがために軍船同士の戦いでは有利な場面も作れるようだ。
バルディアスの軍船では櫂一段で両舷合わせて50本だけれど、ロンド帝国の軍船では三段の櫂で120本を持っている。
凪の時には船足の上で断然ロンド帝国海軍が有利になる。』
『何だか、不安になって来るわ。
そんな話を聞いていると。』
『大丈夫。
バルディアスには、僕もアンリもいる。
いざとなればフォビアに頼んで神風を吹かせてもらうよ。』
『あ、風の精霊ね。
彼女、そう言えば私たちの願いで有れば風を吹かせることもできると言っていたわ。』
『風が吹けば櫂の有利性はほとんどなくなる。
むしろ大量の奴隷を載せているために帝国の軍船の方が動きは鈍重になるからね。
こちらの船の方が有利になる。
それと今の船型に少し工夫をすればもっと軽快な動きができるだろう。』
二人がそんな話をしながら旅をしているとは知らずに、一行は途中で昼餉の時期に休憩を取ったが、夕刻までにはカルベックに到着した。
カルベックの館では伯爵夫妻が二人を出迎えた。
馬車から降りてきたアンリの姿を見て、伯爵邸の侍従や侍女の誰もが驚いた。
アンリのまばゆいばかりの美しさは比喩できないものであり、14歳とは思えないほどの背丈とそれに釣り合った肢体であった。
伯爵邸の庭園には美の女神とされるクレシャスナの石像が置かれているが誰しもそれを思い浮かべた。
彫の深い横顔と目の大きなところと少し幼い雰囲気を残した立像に雰囲気が似ているのである。
今少し歳を経たならあるいはそれを超える美を予測させるであろう人物を見かけたのは彼らも初めてであった。
大柄なマルスの傍に立ってもさほど小さくは見えず、アンリがマルスと連立っていると一対のお人形にさえ見える。
誰しもがこれは間違いなく若様のお嫁様になると予感させるに十分であった。
無論伯爵邸に若い娘が訪れたことは無いわけではない。
だが少なくとも遠方から来て屋敷に一カ月も逗留するやんごとなき姫君が来たのは初めてある。
アンリが来訪することは誰しもが知らされており、あるいはという予感が有ったものの実際に当人を見てほぼ間違いがないと確信するに至っていた。
アンリが逗留し始めて数日も経つと屋敷内の従者たちはアンリの人柄を知って、最初の好感を更に膨らませ、期待を込めた予感が確実になって行くのを感じていた。
アンリとマルスは、よく二人で散策し、騎馬で領内を見聞し、或いは武芸の修練をし、そうして書籍を読み、楽音を演奏している。
無論、従者が付き、警護が付いて回るのだが、二人は余りそのことを気にはしていないようだ。
確かに二人が抱き合ったりすることは無いのだが、それでも傍にいる者はその親密さが明瞭にわかる。
何も知らなければ兄と妹、或いは成人の恋人同士と思うほどに親しいのである。
誰しもが見ても、アンリとマルスは互いに好きあっているとしか見えず、年齢を考えなければ間違いなく恋人同士である。
アンリは賢い娘でもあり、人との関わり合いにおいても並み以上の配慮を随所に感じさせる。
年長者を敬い、年少者を優しく指導する。
マルスと同じく、身分や階級には余り拘らないようである。
マルスの知り合いである農民、工人、商人と話していても、決して奢ることなく笑みを絶やさずに相手の関心を引く所はまるで老練な商人のようでもある。
アンリと実際に話をしたことのある街の者は、誰しもがマルスに対するものと同様に好感を抱いていた。
アンリがカルベックに来て10日目には、町中の者がアンリはいずれ若様と結婚するお人であると信じていた。
三日後にはアンリが帰ることになっているある日、二人は供を連れて朝から出かけた。
弁当を持っての遠出であり、不思議ではなかったが陽が西に傾き始めた頃に帰ってきた二人は手足が泥だらけの恰好をしていた。
従者たちは特に泥だらけにはなっていないが、何やらキコ麻の袋に沢山のものを背負っていた。
訊けば、一行は伯爵領奥地にある急峻な山であるテバスコ山に分け入ったようである。
従者たちも途中まではついて行ったのだが、さすがにほぼ垂直に近い崖を上るのは無理であった。
アンリとマルスはその崖をよじ登って山頂付近に自生していたシラブの根を掘り出してきたようである。
シラブの根は滋養強壮剤として知られるが、人を寄せ付けない高地にあることから非常に値が高い。
両手に載せる分量で金貨3枚ほどになるものであり、いつでも品薄である。
にもかかわらず、二人は、一人では担げないほどの量のシラブの根を探してきたのである。
ほぼ垂直の崖の上に比較的なだらかな斜面があって灌木が生い茂っている中で地面を掘り下げ、シラブの根を採ってきたのであるが、シラブの根の丸い部分に傷を付けてはならないので、最後はどうしても手で掘り出さねばならないのだ。
そうして二人はそれを成し遂げてきたのである。
どうやらノームとレアのためにシラブを手に入れてきたようである。
二人が掘り出してきた量でおそらくは金貨500枚ほどの価値があるのではと薬師が言っていた。
シラブは内臓の働きを活発にし、弱っている臓器を癒す効果があるという。
ノームとレアは近頃特に疲れを感じ始めていた。
人には決して悟られないように気を付けてはいたのだが、マルスが言った。
「父上も母上も少し内臓がお疲れのようです。
このシラブの根の樹液はそのままスープに入れることも可能ですし、乾燥させて薬湯としても効果があります。
お身体を労わってください。」
「それにしても、アンリ殿をそんな山中にお連れしなくても良かったでしょうに。」
マルスは苦笑いをしながら言った。
「アンリが連れて行ってほしいと言い出したのです。
父上や母上のために何か置き土産をしたいと言って。」
「まぁ、アンリ殿がそのようなことを・・・。」
レアの目に涙が溢れそうになっていた。
テバスコ山は屋敷からも見えるが奇形の山である。
他の山と異なり周囲が急峻な崖でできているため遠くからは四角い箱のように見える山なのである。
地元の者も流石にテバスコ山に登るほど酔狂な者はいない。
従者の話ではほとんど垂直の岩肌を100尋ほども二人は登って行ったという。
僅かな足がかり手がかりを使って登るには何より体力が必要だ。
マルスが並外れた力を持っているのはレアも知ってはいたが、そのマルスに遅れずついて行くアンリの力も並外れているとしか思えない。
アンリは大柄な娘ではあるが、女の体力でマルスに付いて行くのは至難の業であるはずである。
現実に、付き添っていた騎士二人は、何もできずに下で待つしかなかったようであるからだ。
未だ嫁ではないにしてもノームとレアを思いやる心根を嬉しく思い、マルスの嫁はやはりアンリ殿しかいないと、レアは確信していた。
アンリはカルベック領内の者達にやがて来るであろう夢を描かせ、カルベックを去って行った。
帰路は30名の騎士団とマルスが付いて、マルビスまで送って行った。
その半年後には再度マルスがマルビスを訪れることになっていた。
『嫁さがし?
そう言えば、マルスはロザリンっていう方知っている?』
『ん?
知っているというか知らないと言うか・・・。』
『何よ、変な言い方ね。
知っているか知らないかぐらいはっきり言えないの?』
『そうは言っても、ロザリンと言う名だけでは、バルディアスにもロザリンと言う名の女性は少なくとも100名は下らないと思うけれど、・・・。
関係は無いと思うけれど、カルベックにも確か二名、58歳のおばさんと、8歳の女の子。
どのロザリン?』
『うーん、それがわからないから聞いているの。
お兄様がどうも関心を寄せている方の様なのだけれど。
お兄様の周囲を調べてもそれらしき人は見当たらないの。』
『あ、なるほど、その手の話か。
じゃぁ、ひょっとしたらバハン侯国のロザリン殿かも知れない。』
『え、誰?
その人。』
『さて、僕も直接は会ったことが無い。
バハン侯国王の4女で多分16歳になっているのではないかと思うけれど、人の噂では大変な美女らしい。
クレイン殿にどこぞの姫君で適当な年齢の女性はいないかと聞かれて、ロザリン姫の話をしたことがある。
で、クレイン殿がどうしてロザリン姫の話をしたの?
津波の後はバハン侯国に行く暇も無かったと思うけれど・・・。』
『うん、私も良くは知らないけれど、居眠りをしていたお兄様が寝言のようにロザリンと一言言ったの。
で、それをたまたま聞いた侍女がお父様とお母様にご注進というわけ。
二親揃ってロザリンと言う名に訊き覚えが無かったので、私が呼ばれて聞かれたの。
でも、そんな余所の国の女性なんて思いも寄らなかった。
マルビスにはたまたまロザリンと言う人はいなかったしね。』
『なるほど、じゃぁ、或いはクレイン殿がバハン侯国の交易船から聞いたのかもしれないよ。
僕も噂の範囲だけで詳しい話はできなかったからね。』
『一体、どんな方なのかしら?
気になるわ。』
『ロザリン殿は、さっきも言ったけれどバハン侯国王の娘で16歳。
大変な美人でバハン侯国内外から嫁にもらいたいと引手数多なんだけれど、ロザリン殿はその全てを断っている。
結構お転婆なところがあって、武術が得意らしい。
少なくとも自分より知恵で勝り、武芸で勝る殿方でなければ嫁には行かないと周囲に公言しているらしい。
余り表沙汰にはなっていないけれど、これまでに5人ほど自らの力もわきまえずにこれに挑戦したバハン侯国の貴族の子息がいたけれど、いずれも返り討ちに遭ったようだ。
武芸の心得が多少あっても相応の知識を持たねばならないから、最初の口頭試問で落第したのが四人。
何とか一人は口頭試問に合格はしたものの、あおなりびょうたんだったので剣術の仕合であっさり打ち負かされてしまったようだ。
その後は余り評判が聞こえてこないけれど、バハン侯国内では恐れをなして誰も言い寄らないようだ。
今、ご執心なのは、リンガ王国の第2王子とサンドリ藩侯国の第3皇子ぐらいだろう。
単なる申し入れぐらいでは、まともな返事もしてくれないようだ。
実際に直接会ってご本人が申し入れて初めて二つの試験になるようだ。
失礼ながら、今のクレイン殿ではとても無理だろうね。
口頭試問で落第、仮に万が一口頭試問が通過できても剣術の仕合であっけなく打ちのめされるだろう。
なにせ、バハン侯国の剣術指南役と互角に戦える腕前の持ち主だから。』
『あら、まぁ、それはお兄様が可愛そう。
何ともならないのかしら。』
『アンリと一緒でロザリンも特殊な能力を持っている可能性のある女性だよ。
だから、彼女の意識は読めない。
彼女がどんな男性を望んでいるかはわからないから、正直なところ、クレイン殿が彼女の望むような男性かどうかは不明。
口頭試問は結構高度な質問だけれど、今のアンリならば答えられる。
だから、クレイン殿の潜在能力を引き出すことが出来れば或いは可能性がある。
但し、クレイン殿はあれで結構浮気性なところがあるからね。
潜在能力を引き出すことで女遊びに磨きを掛けられると困ることになる。』
『お兄様って、そんなに女遊びをしているの?』
『うん、まぁね。
今のところクレームも来ていないようだけれど、多少危ない橋も渡っているようだ。』
『まぁ、じゃぁ、帰ったらお兄様の周囲を調べて、少しお灸を据えてやらなくっちゃ。』
『おいおい、クレイン殿は、僕やアンリの力を知らないんだからね。
気づかれないようにしてよね。』
『ええ、それは十分に注意します。
あ、そうそう、お母様からの伝言よ。
今年の秋にはマルスにまた来てほしいって。
マルスのお母様宛の手紙も預かってきたわ。
来るでしょう?』
『まるで、決まったような言い方だね。』
『ええ、それはそうよ。
マルスが来なければ私がカルベックを訪ねます。』
『まぁ、仕方がないか。
他にも、案件が有りそうだからマルビスにはいずれにせよ行かなければならないと思っていた。』
『他の案件って?』
『ウン、前にちょっと話したけれど、ゲリア大陸のロンド帝国の動きが活発になってきそうだ。
造船所を多数立ち上げる計画を目論んでいる。
全部で12か所の港も持つ領主達が総数で60の造船所を新たに建造し、軍艦建造の至上命令を受けそうだ。』
『まぁ、そんなに?
戦争を始める気なのね。」
『最初に島国であるカバレロ諸島国が狙われる。
そこを足掛かりに船団を組んでエルモ大陸に乗り込んでくると言う遠大な計画だよ。
ここ2年の間にも押し寄せてくる可能性がある。』
『まぁ、じゃぁ、マルビスでも防衛体制を早めに固めないといけないわね。』
『うん、まぁそう言うことになるだろうね。
そのためには建艦競争で後れを取ってはいけないことと、エルモ大陸側が団結しないと各個撃破される可能性がある。
何しろ10万単位の軍勢を動かすことのできる大帝国だから。
個別に戦っていたのでは結果は見えている。
計画通りに行けば2年の間に200隻近い軍艦が出来あがってしまう。
それだけの軍船を擁する国はエルモ大陸には居ない。
しかも先頃の津波でそのほとんどが壊滅的被害を受けた。
各国とも復興を急いでいるけれどどこも似たり寄ったりだから、2年の間に建造できるのは精々数十隻にとどまるだろう。
それもエルモ大陸の北側ではなく東西の海岸部にある国で比較的津波の被害が無かった国を合わせての話だ。
ロンド帝国は今回の津波の被害を奇貨として、建艦競争で優位に立って一気にエルモ大陸へ侵攻するつもりなんだ。
ロンド帝国の国力から言ってもできない話ではない。
エルモ大陸の温暖な気候はゲリア大陸からみると天国に見えるようだ。
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『嫌ねぇ、大国のエゴで小国が攻められるなんて・・・。
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戦に負けた国の者が大勢奴隷にされるって聞いたわ。』
『そうだね、彼らの軍船には多数の奴隷が乗って櫂を漕がされている。
それがために軍船同士の戦いでは有利な場面も作れるようだ。
バルディアスの軍船では櫂一段で両舷合わせて50本だけれど、ロンド帝国の軍船では三段の櫂で120本を持っている。
凪の時には船足の上で断然ロンド帝国海軍が有利になる。』
『何だか、不安になって来るわ。
そんな話を聞いていると。』
『大丈夫。
バルディアスには、僕もアンリもいる。
いざとなればフォビアに頼んで神風を吹かせてもらうよ。』
『あ、風の精霊ね。
彼女、そう言えば私たちの願いで有れば風を吹かせることもできると言っていたわ。』
『風が吹けば櫂の有利性はほとんどなくなる。
むしろ大量の奴隷を載せているために帝国の軍船の方が動きは鈍重になるからね。
こちらの船の方が有利になる。
それと今の船型に少し工夫をすればもっと軽快な動きができるだろう。』
二人がそんな話をしながら旅をしているとは知らずに、一行は途中で昼餉の時期に休憩を取ったが、夕刻までにはカルベックに到着した。
カルベックの館では伯爵夫妻が二人を出迎えた。
馬車から降りてきたアンリの姿を見て、伯爵邸の侍従や侍女の誰もが驚いた。
アンリのまばゆいばかりの美しさは比喩できないものであり、14歳とは思えないほどの背丈とそれに釣り合った肢体であった。
伯爵邸の庭園には美の女神とされるクレシャスナの石像が置かれているが誰しもそれを思い浮かべた。
彫の深い横顔と目の大きなところと少し幼い雰囲気を残した立像に雰囲気が似ているのである。
今少し歳を経たならあるいはそれを超える美を予測させるであろう人物を見かけたのは彼らも初めてであった。
大柄なマルスの傍に立ってもさほど小さくは見えず、アンリがマルスと連立っていると一対のお人形にさえ見える。
誰しもがこれは間違いなく若様のお嫁様になると予感させるに十分であった。
無論伯爵邸に若い娘が訪れたことは無いわけではない。
だが少なくとも遠方から来て屋敷に一カ月も逗留するやんごとなき姫君が来たのは初めてある。
アンリが来訪することは誰しもが知らされており、あるいはという予感が有ったものの実際に当人を見てほぼ間違いがないと確信するに至っていた。
アンリが逗留し始めて数日も経つと屋敷内の従者たちはアンリの人柄を知って、最初の好感を更に膨らませ、期待を込めた予感が確実になって行くのを感じていた。
アンリとマルスは、よく二人で散策し、騎馬で領内を見聞し、或いは武芸の修練をし、そうして書籍を読み、楽音を演奏している。
無論、従者が付き、警護が付いて回るのだが、二人は余りそのことを気にはしていないようだ。
確かに二人が抱き合ったりすることは無いのだが、それでも傍にいる者はその親密さが明瞭にわかる。
何も知らなければ兄と妹、或いは成人の恋人同士と思うほどに親しいのである。
誰しもが見ても、アンリとマルスは互いに好きあっているとしか見えず、年齢を考えなければ間違いなく恋人同士である。
アンリは賢い娘でもあり、人との関わり合いにおいても並み以上の配慮を随所に感じさせる。
年長者を敬い、年少者を優しく指導する。
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従者たちは特に泥だらけにはなっていないが、何やらキコ麻の袋に沢山のものを背負っていた。
訊けば、一行は伯爵領奥地にある急峻な山であるテバスコ山に分け入ったようである。
従者たちも途中まではついて行ったのだが、さすがにほぼ垂直に近い崖を上るのは無理であった。
アンリとマルスはその崖をよじ登って山頂付近に自生していたシラブの根を掘り出してきたようである。
シラブの根は滋養強壮剤として知られるが、人を寄せ付けない高地にあることから非常に値が高い。
両手に載せる分量で金貨3枚ほどになるものであり、いつでも品薄である。
にもかかわらず、二人は、一人では担げないほどの量のシラブの根を探してきたのである。
ほぼ垂直の崖の上に比較的なだらかな斜面があって灌木が生い茂っている中で地面を掘り下げ、シラブの根を採ってきたのであるが、シラブの根の丸い部分に傷を付けてはならないので、最後はどうしても手で掘り出さねばならないのだ。
そうして二人はそれを成し遂げてきたのである。
どうやらノームとレアのためにシラブを手に入れてきたようである。
二人が掘り出してきた量でおそらくは金貨500枚ほどの価値があるのではと薬師が言っていた。
シラブは内臓の働きを活発にし、弱っている臓器を癒す効果があるという。
ノームとレアは近頃特に疲れを感じ始めていた。
人には決して悟られないように気を付けてはいたのだが、マルスが言った。
「父上も母上も少し内臓がお疲れのようです。
このシラブの根の樹液はそのままスープに入れることも可能ですし、乾燥させて薬湯としても効果があります。
お身体を労わってください。」
「それにしても、アンリ殿をそんな山中にお連れしなくても良かったでしょうに。」
マルスは苦笑いをしながら言った。
「アンリが連れて行ってほしいと言い出したのです。
父上や母上のために何か置き土産をしたいと言って。」
「まぁ、アンリ殿がそのようなことを・・・。」
レアの目に涙が溢れそうになっていた。
テバスコ山は屋敷からも見えるが奇形の山である。
他の山と異なり周囲が急峻な崖でできているため遠くからは四角い箱のように見える山なのである。
地元の者も流石にテバスコ山に登るほど酔狂な者はいない。
従者の話ではほとんど垂直の岩肌を100尋ほども二人は登って行ったという。
僅かな足がかり手がかりを使って登るには何より体力が必要だ。
マルスが並外れた力を持っているのはレアも知ってはいたが、そのマルスに遅れずついて行くアンリの力も並外れているとしか思えない。
アンリは大柄な娘ではあるが、女の体力でマルスに付いて行くのは至難の業であるはずである。
現実に、付き添っていた騎士二人は、何もできずに下で待つしかなかったようであるからだ。
未だ嫁ではないにしてもノームとレアを思いやる心根を嬉しく思い、マルスの嫁はやはりアンリ殿しかいないと、レアは確信していた。
アンリはカルベック領内の者達にやがて来るであろう夢を描かせ、カルベックを去って行った。
帰路は30名の騎士団とマルスが付いて、マルビスまで送って行った。
その半年後には再度マルスがマルビスを訪れることになっていた。
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弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
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ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
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