二つの異世界物語 ~時空の迷子とアルタミルの娘

サクラ近衛将監

文字の大きさ
85 / 99
第七章 二つの異世界の者の予期せざる会合

7-3 アリス&マルス ~マルスの母

しおりを挟む
 マルスとアンリは馬を降りた。
 マルスはマーサに何となく見覚えがあるような気がした。

 はて?
 どこであったのだろう?

 そう思いながら、マルスから声を掛けた。

「こんにちわ。
 マイク殿、アリス殿、それにマーサ殿にございますか?」

 マルスの住む世界とマイクの住む世界では当然に言葉も違うが、待っている間に住人の意識を読み、言葉を覚えて、マイク、アリス、マーサの三人がその知識を共有しているので、会話には困らない。
 マイクが最初に返事をした。

「ええ、そのとおりです。
 マルス殿にアンリ殿
 お初にお目にかかります。
 私がマイク。」

「私はアリス。」

「私はマーサよ。
 マルス。」

 その声を聞いてマルスに遠い記憶が蘇った。

「ママ?」

 彼が発したのはエルモ大陸で優勢なクスコフ語ではなく、レ・パレディスのルード語であった。
 マーサの目から涙がこぼれた。

 そうしてマーサが駆け寄り、マルスに抱き付いた。
 マルスは大きい。

 マーサはアンリよりも背丈が小さいから彼の胸に頭を付ける格好になる。

「ああ、マルス、私の息子マルス。
 どんなに会いたかったことか。」

 彼女はルード語でしゃべっていた。
 マルスとアンリにはわかる筈もない。

 マイクからマルスとアンリに瞬時にルード語が伝達された。
 マルスは遠い記憶でこの女性に抱かれていたことが有るのを思い出していた。

「パパの顔は覚えていないけれど、貴方の顔は僅かに残っていた。」

 その時不意にマーサは気づいた。

「マルス、貴方、ルード語が話せるの?」

「いいえ、今、マイクから言葉を教えてもらいました。
 アンリも話せるはずです。
 多分、私の記憶に間違いはないと思うのですが、念のためお聞きします。
 幼い頃に私の身体には何か特徴がありましたか?」

「いいえ、貴方には傷も痣もなく五体満足な子だったわ。」

 マルスは大きく頷いた。

「マイク殿、私は少なくとも15年ここにいるのですが、その点の矛盾は解決できましたか?」

「仮に日時まで特定しようとすると精密に測定をしなければならないけれど、およそでは、マーサの住んでいる世界とこの世界では1.5倍から1.6倍の差が生じる。
 こちらの世界の方が速いんだ。
 だから10年前が15年前になった理由もわかる。」

「今一つ、私が当時着ていた衣装を養母のレアが大事に保管していてくれました。
 これがそうなのですが見覚えが有りますか?」

 マイクは鞍に付けていた袋から小さな色あせた衣装を取り出した。
 マーサが頷いた。

「これは貴方が行方不明になった時に来ていた衣装よ。
 私がファンデスルースで選んだ衣装ですもの。
 襟のところにそのロゴがルード語で書かれている。
 それに、ここにその写真がある。」

 マルスはこれまでなる物を見たことが無かった。
 実物そっくりに描かれた幼子の絵がそこに合った。

 アンリが言った。

「わぁ、これが三歳の時のマルス?
 可愛い坊やね。」

「他にもまだあるのよ。」

 そう言って、マーサは写真を何枚か取り出して見せた。
 そこにはマーサと一緒にマルスの幼い顔が映っていた。

 アンリが手に取って言った。

「あ、これは、マーサ様ね。」

 マルスもその背後から顔を突き出して、眺めていた。

「うん、どうやら、間違いが無いようだ。
 母上、この写真とやらをお借りできましょうか。
 養父母であるノームとレアにだけはお見せしたいと存じます。」

「いいですよ。
 これは貴方に差し上げます。
 そうしていつか貴方をここまで育ててくれた養父様と養母様にも会わせてくださいな。
 そうね、貴方の結婚式の時がいいのかしら。」

「私を連れ戻そうとはなさらない?」

「一族の者は誰でも年頃になれば花嫁を或いは花婿を捜しに家を出るものです。
 貴方の場合は少し早すぎたのだけれども、立派な花嫁候補を見つけたようね。
 とても綺麗なオーラを持っている御嬢さんだわ。
 許嫁として決まっているようですけれど、必要ならば私の許しは与えます。
 申し分のない花嫁だと思います。
 貴方は、この地で育った。
 どうせ、この地から離れるつもりはないでしょう?」

「はい、養父母も、領民も、それにアンリもそれを望んでいます。
 それに私はこの地を離れるわけには行きません。
 近々、ロンド帝国がこの地を含むエルモ全土に押し寄せてくるのです。
 私はアンリ殿の兄であるクレイン殿やロザリン殿と国土を防衛する任務が有ります。」

「そうね、仮にも領主の息子ならばそれは止むを得ないわ。
 私は貴方が無事に育ってくれたことだけで嬉しいの。
 アンリ殿、もし、お二人に子が生まれたなら私にも抱かせてくださいな。
 それがマルスを生んだ母としてのお願いです。」

 アンリは顔を赤らめながら言った。

「はい、結婚式にはご招待を致しますし、二人の間に子が出来たなら必ずお知らせ申します。」

「後は、・・・。
 貴方方覚醒は済んだのかしら。」

「覚醒というかどうか・・・。
 僕は自分の内から力が放出される時を知覚し、ここから離れて別の場所に行き、そこで力を放出しました。
 そのためにその場所は無くなりました。
 アンリとクレイン殿は周囲にあまり影響を与えない状況で覚醒が済んだと思います。
 ロザリン殿は気づいた時には今の力をお持ちでしたので覚醒したのかどうかは不明です。
 でもオーラのレベルから言うと一応の覚醒は済んでいると思います。」

 マイクが言った。

「何と、一人で覚醒を終えたのか。
 それは何とも凄い話だ。
 でも、一応はエドガルド翁かダイアン媼に見てもらった方が良いのじゃないかな。」

「ええ、そうね。
 その時は、アリス、また、案内をしてくれるかしら。
 それに結婚式の時も。」

「はい、それは構いませんけれど・・・。
 あの、式の時は100人以上もお出でになるのかしら?」

「うーん、それは何とも言えないわ。
 でも少なくとも私達家族と祖父母たちは間違いなく来ると言うわ。」

 マルスが困惑顔で言った。

「困ったですね。
 正直申し上げて、皆さんを何とご紹介してよいやら困ってしまいます。」

「でしょうね。
 ならば、私達は貴方たちの援軍として来ればいいのじゃないかしら。
 今探った情報から言えばロンド帝国の軍は海軍を使って渡海してくるのでしょう。
 それを迎え撃つ船が何隻かいれば援軍にはなるでしょう。」

 今度はマイクが首を傾げながら言った。

「それはまた、・・・。
 余り干渉しすぎると問題が起きますが・・・。」

「大丈夫よ。
 ほどほどにしておけばいいのだから。
 その辺はエドガルド翁に確認しつつするわ。
 何と言っても行方不明だった一族の子が生きていることが分かったんですもの。
 少なくとも私と夫、それに両方の祖父母は絶対にそんな機会を見逃すような人たちじゃないわ。
 予め船やら武器を用意しておいて、いざという時に繰り出せばいい。
 兵隊さんは現地で雇うしかないけれど、まぁそれも何とかなるでしょう。
 何だか傭兵の類が結構あちらこちらに居るみたいだから、その中で信用のおける者だけを雇えばいいわ。
 アリスは、その時にも協力してくれる?
 私の力じゃ、ここには来られないもの。
 さっき通った最初の道筋は、一度は私も探したはずなんだけれど、その先にある道は全然わからなかった。
 こうしてマルスに会えたのも全て、アリスのお蔭ね。
 ありがとう。」

「あの、戦争に参加するんですか?」

「そうね、女性としては戦なんか嫌だけれど、侵略される側になってごらんなさい。
 財産は奪われ、生き残った者は奴隷になるのよ。
 ロンド帝国はそうした専制国家なのよ。
 多分私達の世界の戦国時代でもそうだったのじゃないかしら。
 歴史の一頁なら読むだけで済ませられる。
 でも、互いの生存を掛けた戦いに私の息子が身体を張っているのよ。
 そんな時に黙って見ていられるものですか。」

「まぁまぁ、マーサ叔母様今ここで気炎を吐かれても仕方がないでしょう。
 それよりも、戻られて叔父様に報告してあげなくてはいけないのではないのですか?
 マルスの伴の人も下で待っておられるようですから。」

「あら、そうね。
 マルス、悪いけれど貴方の髪の毛を一本だけ切り取ってもらえる?」

「はい、それは構いませんけれど、・・・。
 お守りにでもするのですか?」

「いいえ、髪の毛一本で貴方を確認出来るのよ。
 私の住む世界では必ずDNAを登録するの。
 年齢と共に多少の変化はあるけれど98%は元のまま。
 だから貴方が私とデニスの子であるマルスということを科学的に確認できる筈。
 貴方も私も納得している今は、その必要もないのだけれど、念には念を入れておきたいの。」

 マルスは腰に差した短剣で無造作に髪の一房を切って差し出した。

「これぐらいあればよろしいでしょうか?」

「本当に一本で良かったのに・・・。
 残りは家族のお守りにしましょうね。
 じゃぁ、マルス、元気でいてね。
 必ず、また会いに来ます。」

 アリスとマイクの二人もマルスとアンリに別れの挨拶をして、瞬時に消えた。
 マルスが独り言を言った。

「なるほど、あのようにして行くんだ。」

 アンリが尋ねた。

「行く先がわかったの?」

「うん、多分。
 今はその必要もないからしないけれど、必要に応じてあの道を使わせてもらおう。
 さて、帰ろうか。」

「ええ、その前に、泥だらけにはなりたくないけれど口づけぐらいならいいでしょう。」

 マルスはふっと微笑み。
 アンリを抱きよせて口づけを交わした。

 緑豊かな森のこずえが爽やかな風に揺れ、雲雀が高く舞い上がっている晩夏の昼前のひと時であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

氷弾の魔術師

カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語―― 平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。 しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を―― ※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

処理中です...