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第二章 ホブランドでの始まり

2-5 宿と色々チート

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 錬金術師・薬師ギルドを出て、暗くなる前に宿へ戻ろうと、少し足を速めて歩いていると、書籍を並べている店に出会った。
 脚を停めて書籍類を眺めると錬金術及び薬学に関する書籍があった。

『初級錬金術』と『よくわかる薬師基礎』という表題に興味を持ったが、書籍はしっかりと紐で縛ってあるので立ち読みはできない様だ。
その二冊ともう一つ『モントリア紀行』という書籍を手に取って近くに居た店主に尋ねた。

「これいくら?」

「おう、その錬金術と薬師の二冊は希少本なのじゃが、多少汚れておるからのぉ。
 本来ならば一冊が大銀貨3枚ほどもするのじゃが、・・・。
 三冊とも買ってくれるならばおまけして大銀貨5枚で良いぞ。」

 先ほどの上方修正で大銀貨一枚が日本円の二万円相当の感覚ならば三冊で10万円以上ということになるか?
 この世界の紙は製造技術が杜撰だから、紙は高いものなのだろう。

 おまけに印刷技術はもたらされていないか進展していない。
 従って写本などの手間暇をかけて生み出される書籍自体が非常に高価なものであることはわかる。

 俺は、その三冊を購入することにした。
 インベントリと化したバックパックに収容すると、すぐにインベントリ目録が立ち上がり、三冊の書籍の名前が表示された。

 そのうちの『初級錬金術』に意識を向けると、瞬時にその内容が脳内に転写されたのだ。
 おい、おい、おい⁉ オイ、オイ、オイ!!
 なんじゃぁ、これは?

 チートにしても度が過ぎるんじゃないの?
 幼女神様、あんた、いくら何でもやり過ぎでしょう。

 これが世間一般の人にできることなら文句はないけれど、これは明らかに違うでしょう。
 インベントリに入れてちょっとその存在を確認した途端に中身が全て頭に入るなんて、これ図書館に行って書物を借りて、一旦インベントリに入れたならもう知識・情報の取り放題でしょうが。

 そんなわけで、宿であるキライアの荘館に着くわずかの間に、三冊の書籍全てが頭の中に入っていましたよ。ハイ。
 因みに紀行本に記載されているモントリアとは、ジェスタ王国西部の辺境地帯のことのようである。

 この紀行本は百年ほど前にとある地方領主の次男の手によって書かれた旅行記であるようで、ジェスタ王国勃興の二代ほど前に栄えていた古王国の遺跡への旅行記が主に描かれていた。
 俺の役に立ったのは書かれたのが百年ほど前と言いながら、庶民の暮らしぶりや慣行それに旅の常識などが結構詳しく書かれていたことだろう。

 何で百年ほど前と判ったかって?
 冒険者ギルドにも錬金術・薬師ギルドにも暦が貼ってあって、そこにベルム歴724年と書いてあったからだ。

 因みに今日はベルム歴724年晩秋月の16日だ。
 で、紀行本の著述年がベルム歴619年初春月と書いてあれば、著作が今から105年前のものと判ったわけである。

 辺境を貴族の御曹司一人で歩けるわけも無く、冒険者に護衛を頼みながらの旅行なので結構金がかかっている筈だ。
 貴族様でもなければできないことなのだろう。

 本来ならば当該貴族の蔵書として収まっている筈だろうが、何らかの事情で古書として売り払われたようだ。
 俺が宿に戻った時には既に夕暮れに近かった。

 一旦部屋に落ち着いてから、食事を頼んだ。
 部屋は有名ホテルのスイートルームよりもかなり豪奢な作りだった。

 凄く広い部屋にはアンティークな家具があちらこちらに散りばめられている上に、所謂居室になるだろうこの部屋は多分30畳敷ほどの広さになるんじゃないかと思う。
 勿論、寝室は別室になっている。

 因みに寝室だけで、行徳にあった俺の2K借家の総面積15.5畳よりも広い間取りであり、寝室にはテレビや映画でしか見たことのない天蓋付きのキングサイズベッドがでんと据え置かれていた。
 俺の部屋は、宿の三階の部屋なのだが、ベランダも広く、周囲の他の建物が殆ど二階建て以内であるため見晴らしもいい。

 部屋での夕食を頼んでそれが来る前、夕暮れの街並みをベランダから眺めていたら、突然、脳内にマップが出現、フレゴルドの街の地形図と地図が描かれていた。
 既に訪れたり、通過したりした場所は、やや黄色の色で強調されており、今日何処を訪れたかがすぐにわかる。

 あんまり便利過ぎてもう驚きもしないが、幼女神様、間違いなくあんたやり過ぎだっちゅうの。
 まぁ、そう言いながらも、地図の細かい部分では情報が記載されていない。

 俺が辿った道筋は、俺が気づいても居なかった花屋の名とか結構記載されているから、どうやら俺の視線内に入った物は情報として記録されているらしい。
 見てもいない街のマップが出たのは、ベランダで俯瞰したので街の地図が出たようである。

 だからベランダから見えない反対側の街の様子は空白である。
 この調子ならば、高い山の頂上で俯瞰すれば周辺の地図が一気に出来上がりそうだ。

 まぁ、道路が判別できなければ単なる等高線のマップになる可能性もある。
 不意に、シレーヌとコレット王女のことを思い出すと、マップの中に緑の光点が出現した。
場所はこの宿の中である。

 ほぼ俺のいる場所に重なっているのでもっとよく見ようと思った途端、そのマップが拡大し、更に建物の三次元マップが現れた。
 何じゃァ?これ?

 もう、今日は何回目だろうか?
 どうやら王女たちは斜め上の四階の部屋にいるようだ。

 それを認識すると二つの光点よりも薄い光点が7個周囲に居た。
 騎士達とザイル王子かなと思う間もなく、それぞれの光点に名前がついた。

 シレーヌ、コレット、ザイール、それにパメラの名が小さく表示され、その他は騎士の名称の後ろにAからEまでの表示がなされた。
 なるほど、名前の知っている者については名前が表示されるが、単に顔見知り程度の騎士はアルファベットで表示されるわけだ。

 ひょっとしてと思い、レイナとマリアンの顔を思い出すと、二人ともやっぱりマップに名前入りで表示されそれぞれのギルドにまだいるのがわかった。
 うん、確かに便利だねぇ。

 夕食がやって来た。
 朝食と夕食が合わせて大銀貨1枚の千レット、日本円でなら多分2万円ぐらいだろうか。

 まぁ多くて3万円程度。
 仮に朝食三千円として、夕食は1万七千円以上のディナーとなる。

 出てきた料理は馴染みのない料理ばかりであったが、美味かった。
 山海珍味ではないが、肉も魚も野菜も木の実もふんだんに使われた見栄えの良い料理で、かなりの量があり、一人で食い切るのは滅法大変なほどなのだが、或いは、この世界の人たちは大食いなのかもしれない。

 俺は7割ほどまでは何とか頑張って食ったものの、三割は余してしまった。
 傍についていた仲居さんか女中さんに「余してごめんなさい。」というと、「いいんですよ。」と笑いながら言った。

 客の食い残した料理は折に詰め、施し物ほどこしものとしてフレゴルドの聖アルノス教会が設置した孤児院に寄付することになっているらしい。
 これも金を持つ者の功徳くどくの一つなのだそうだ。

 彼女に聖アルノス教会の場所を尋ねると、このキライアの荘館のすぐ裏手にあたる近隣にあるようだ。
 明日、錬金術・薬師ギルドでの登録が終わったなら、商業ギルドを尋ね、午後にでも何か土産物でも持って教会を尋ねてみようと思う俺だった。

 あぁ、それに食事が始まる頃、鐘が鳴った。
 聞こえたのは4つの高い鐘の音、6つのやや低い鐘の音である。

 六の時を示す鐘だろう。
 俺の時計を見ると午後6時11分だった。

 こちらのひと時が概ね1時間強なのはわかったが、ちょっとずれている。
 俺の時計では測れないぞ。

 どうしようと時計を見ながら困っている傍から、何故か時計の針がいきなり動いた。
 俺は何もしていないのに、時計のアナログ表示である針が動き、同時にデジタルの数値も変わったのだ。

 今日何度目かの、「何だ?これ?」である。
 時間を単に6時に合わせただけなのか?

 それともこっちの時間に勝手に変更したのか?
 一体どっちじゃい?

 モントリアランド古王国では概ね二時間を一刻とする一日十二刻の時間を持っていたようだが、モントリオ紀行の著者であるケンジントン卿によれば100年程前には一日20時間の時刻制度になっていたようだ。

 従って、この100年の間に時刻制度が変わっていなければ午後10時は即午前10時になるのだ。
 午前は10時から逆順で減って行き、南中時の午前0時即ち午後0時を境に順次数が増えて行くのがこの世界の時刻の数え方の筈である。

 それぞれ午前をアラ、午後をワブと呼んで区別しているようだ。
 従って、午前の三の時を言うには「アラ三の時」若しくは「朝三の時」、午後の三の時を言うには「ワブ三の時」若しくは「昼三の時」と言いまわすこともある。

 俺の世界の時間で言えば1日は概ね20時間+220分なので日本時間の23時間40分ほどとなる。
 そうして午後は七の時を最後に鐘の音は鳴らさず、午前は五の時から鐘を鳴らすのが紀行本に記載されていた仕来りのようだ。

 ケンジントン卿の紀行本の通りであれば、日本時間で朝の6時頃には五の鐘がなるし、俺の時計で午後10時(若しくは10時44分)になればほぼ真夜中の十の時頃になるはずだ。

 この宿には風呂があった。
 女中さんの話ではどうも自噴する温泉の湯らしく、かけ流しの風呂は、午前アラ一の時から午後ワブ一の時の間を除いてはいつでも入れるようだ。

 因みに、アラ一の時からワブ一の時の間は、風呂場の清掃を行うために入浴不可なのだ。
 食事の後で、俺は風呂に行ってみた。

 客が少ないのか入浴客は俺一人だった。
 岩を配置して天然の温泉のような作りをしている湯殿であって、それこそ「いい湯だな」である。

 タオルらしきものはあったが、浴用石鹸なんぞはない様だ。
 錬金術師アルケミストでもある俺としては、何れ石鹸の製造も視野に入れておく必要があるかも知れない。

 その夜、部屋に戻ってからベランダで涼んでいると月が見えた。
 勿論俺の知っている月ではない。

 西洋梨のような不細工な形の月が猛烈な速度で天空を駆け巡って行った。
 俺の知っている地球の月の動きはとてもゆっくりだ。

 天空の端から端まで概ね12時間かけて回ってゆくが、こちらの世界の月は、1時間もせずに空の半分を移動する。
 つまりは概ね4時間足らずでこの惑星を一周しているということか?

 空にはその異様な月以外にも満天の星が広がっており、これまで見たこともないほどの数のお星さまが輝いていた。
 残念ながらというか、当然のことながら俺の知っている星座は一つも無かった。

 ベランダから戻って俺のNoteパソコン(S*rface-*ook)とタブレット(*Pad Pro)をインベントリと化したバックパックから取り出して、動作確認を行った。
 今のところネットに繋がらないと言うこと以外に動作に問題はないが、このままでは多分っても数時間から半日足らずで電池は消耗することになるだろう。

 明日は朝起きたなら、ベランダでソーラーパネルを広げて充電せねばなるまい。
 手持ちのマイクロSDで、久しぶりに俺の世界のアイドルたちの動画を鑑賞していた。

 無論、Bluetoothのイヤホンで音が漏れないようにしている。
 この世界は雑音がほとんどない。

 都市部の喧騒が昼日中は多少あるものの、夜になると途端になくなる。
 風で揺れる梢の音が聞こえそうなくらいで、さほど広くはない庭の緑地の虫の音が意外と大きいのだ。
 だから大きな音の音楽など流せばきっと近所迷惑になるに違いない。

 そう言えば部屋の中の照明は、魔核を使った魔道具照明によって蝋燭ろうそくの灯よりもやや明るい程度の明るさが保たれている。
 寝る際には、消してくださいと言われている。
 魔道具なので手を触れてスイッチの様にオンオフできる仕様なのだ。
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