58 / 205
第四章 伯爵になってはみたものの
4-15 監視の眼
しおりを挟む
それは王都の屋敷でのことだった。
ふと気づくと監視の目があるのだ。
明らかに人では無い。
センサーで確認すると蟲だった。
少なくとも三匹、暗がりや物影から俺の動きを見ているのだ。
普通の蟲?
いや違うな。
俺の造った結界を掻い潜ってきた奴だからただの蟲である筈がない。
普通の蟲ならば結界に触れただけで不快感を認識して逃げ出すはずなのだ。
であればテイマーに操られた蟲と云うことか?
もしそうだとすれば面白い能力ではあるが、煩わしいな。
創造魔法で俺はその三匹の蟲とつながるリンクを追った。
居ましたね。
貴族街の外、廃屋となった商家の庭に入り込んでいる不審な奴が一人。
で、俺がそのリンクを強制的に断ち切ってやると蟲は慌てて結界から逃げ出していった。
蟲としては自らの本能に逆らってまで我慢して監視していたのだから無理もない。
テイマーからの束縛が外れた途端に逃げ出したのだ。
で、肝心の不審者の方だが、こいつも当然に異変を感じて動き始めた。
どっこい俺はこいつにマーカーをつけている。
だからどこへ向かおうと行く先はわかる。
翌朝、俺は王都の中を変装して散策していた。
家宰のジャックが煩いので伯爵と分かるような出で立ちや顔では簡単には屋敷から出られないのだ。
俺の書斎の中で変装し、転移して屋敷の外に出たので屋敷の者には俺の外出は知られていないはずだ。
もっともメイド長のフレデリカやアリスには察知されてしまうのだがこれは止むを得ない。
行く先は王都の中でも貧民が多く住むスラム街のような場所だ。
俺も今まで行ったことは無いから良くは知らんが。
不可視(インビジブル)の状態で飛行しつつマップ作製を行ったことが有るので、王都内のマップは地下部分を除いてはほぼ完成している。
で、俺は今昨晩の不審者が潜んでいる建物の前にいる。
かなりくたびれた二階建ての小ぢんまりとした木造建築物であり、建物内には不審者以外に二人。
一人は一階にいるのだが、残り二人は地下にいるようだ。
不審者は地下にいる。
表の看板には「失せ物探します。」とある。
地球で言えば探偵業なのかな?
商売をしているのなら客を装って入るのもありだろう。
俺は二重ドアを開けて中に入った。
あまり広くはない部屋にカウンターめいた机があり、白髪交じりの茶髪の老女が一人いた。
「いらっしゃい。
初めての人のようだけど・・・。
頼み事は何かな?」
「ちょっと人探しとその人の情報を知りたいんだが、頼めるかな?」
「人探しかい・・・。
出来ないわけじゃないが、その探し人の詳しい特徴がわからないと難しいよ。
最近の肖像画なんぞあれば役立つけど、少なくとも名前、性別、年齢ぐらいわからないと手を付けられない。」
「なるほど、・・・。
名前も性別も年齢もわからないし、顔もわからないが、少なくともここに依頼をしに来た人物だと思うんだが、教えて貰えるかな?」
「ほぉ、そりゃぁ、無理だ。
これでも儂らは仕事に誇りを持っている。
依頼人のことは滅多なことでは教えられないよ。」
「その滅多なことと言うのは、貴方の命と引き換えでは賄えないものなのかな?」
その言葉に明らかに老女は震えあがり、机の下に手をやった。
右側の扉から階段を駆け上がる音が聞こえ、二十代の男女二人が部屋に飛び込んできた。
二人とも、手には特徴のあるククリナイフを握っている。
男の方がナイフで威嚇しながら言う。
「誰だ?
てめぇは?」
「俺かい?
俺はお前さんたちの調査対象の一人だよ。
今は変装しているが、なり立ての伯爵と言えばわかるかな?」
老女と若い女性が明らかにビクッとしていた。
「伯爵だか何だか知らねぇが、ばっちゃんを脅そうなんて奴はただじゃおかねぇ。」
「そのばっちゃんは、依頼を受けた者、で、そっちの彼女が依頼を実行するための俺の傍に監視の目を置いた者と言うところか・・・。
因みに不敬罪と言うのがあるのを知っているかね?
お貴族様に失礼なことをした奴はその場で無礼討ちにされても文句も言えないし、後で衛兵が捕まえに来て打ち首になることもあるんだが、・・・。
ばっちゃんや其処のお嬢さんをそんな目に合わせてもいいのかな?
因みに君がナイフを向けて敵対しているのも正しく不敬罪にあたる。」
「俺はともかく、ばっちゃんや姉ちゃんが不敬罪を働いたという証拠があるのかよ。」
「証拠?
うーん、さっきも言ったようにその場で無礼討ちもあるんだよ。
証拠なんてものは不要だ。
不合理だけど、お貴族様にそれなりの確証があればいい。」
「そんな馬鹿な。
ばっちゃんや姉ちゃんがそんなことで殺されるなんて俺は勘弁できない。」
若い男がいきなりククリナイフで切り掛かってきたが、動きが遅い。
見様見真似の合気道で技をかけるには十分な時間があった。
若い男はナイフを持った手を掴まれ、腕関節を決められたままひねりを加えて投げられ、派手に床にたたきつけられた。
その上で、流れるような動きでうつ伏せにされ、首元を膝で押さえられ、背後に腕を固められた。
こうなると男は反抗もできない。
ナイフは投げられたはずみで部屋の片隅に転がっている。
女がククリナイフを手に切り掛かろうとしたのを瞬時の威圧で押さえた。
女はビクンと大きくのけぞり、動きを止めて、その場に座り込んだ。
「別に取って食おうという訳じゃない。
で、ばっちゃんとやら、なり立ての伯爵の秘密を探ってほしいと言う依頼をしてきたのは誰か教えて貰えるかな?
教えて貰えないなら、場合によってはこの若い二人が命を失うか犯罪奴隷に落ちる。
脅したくはないが、口を閉ざすならば、そうするしかない。」
「その二人を害するのは止めておくれ、私に残されたたった二人だけの家族なんだ。」
俺は頷きながら更に言った。
「そこのお嬢さん、毒蟲を使うのはやめてくれないか?
無理に使えばそいつが死ぬだけだ。
無駄だからするんじゃない。」
部屋の片隅に居たサソリなどの毒蟲が一斉に動きを止めていた。
「自己紹介と行こうか?
名無しの権兵衛では呼ぶのに困る。」
ため息をつきながら老女が言った。
「儂は、ヘレナ、そっちの押さえつけられているのは儂の孫でランス、娘の方は孫のハイジでランスの姉になる。」
「ウン、これまでの話で承知しているだろうが、俺はリューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルクだ。
で、ヘレナさん、あなたの信条には反するかもしれないが依頼主を教えてくれないか。」
苦渋の表情を見せながら老女が言った。
「仕方がないのぉ。
孫を人質にされ、ハイジが操る蟲の動きまで抑えられては、逃げる方法がない。
依頼主は、・・・。
マリオレス男爵のところの家宰じゃ。
伯爵の強さの秘密、それに工房での生産物の秘密を探ってほしいと言われた。」
「昨夜が初日か?」
「昨日の日没前頃に頼まれたからのぉ。
昨晩が初めての仕事じゃった。
じゃが、これまで一度も失敗したことのないハイジが初めて失敗した。
いきなり蟲とのつながりが切れたと聞いて、理由がわからなんだが・・・。
もしや、あんたがやったのかね?」
「あぁ、そうだね。
昨晩は本来なら入って来れない筈の結界の中に蟲が三匹も居たのでね。
その元を手繰ってつながりを強制的に切った。
昨夜のうちにつながりのあった者を捕らえることもできたが、トカゲのしっぽ切りで終わっては依頼主に辿り着けないから、今日まで待ったんだ。
で、依頼主もわかったのだけれど、依頼の方は中止にできないかな?
中止にしてくれるならば、金貨一枚を支払うが・・・。」
「お貴族様にしては随分と寛容じゃのう。
それこそ手打ちもありだろうに・・・。」
「自分の命であれ、他人の命であれ、人の命を粗末にするなと、私は親から教えられたが、ここでは違うのかな?
そなたが依頼主の名前をしゃべったことで追われる立場になるのなら、私の領地で匿ってもいいぞ。
三人共に面白い能力を持っていそうだからな。
いっそのこと私に雇われてみないか?
三人がまともに暮らせるだけの給金は支払うぞ。」
「ふむ、その話乗らんでもない。
ここのところ男爵の家宰もそうなのじゃが、儂らの扱いが雑になってきてのぉ。
儂らの場合、本来の「お頼み料」は銀貨一枚から金貨一枚で、仕事の難易度によって異なるのじゃが、依頼人が値切るし、この界隈で根を張っておる極道どもが、みかじめ料を求めだしてのう。
儂らの少ない収入の半分以上も持って行きよる。
このままでは儂らもじり貧で、いずれ食っては行けぬ。
そこへ降って湧いたように今度の依頼じゃった。
依頼料は金貨三枚。
手付で金貨一枚、向こうの望む情報が得られれば残り金貨二枚が手に入る予定じゃった。
割のいい仕事じゃったが、もう続きはできん。
金貨一枚は相手方に返して、仕事は中止にしよう。
で、相談じゃが、儂ら三人の住むところと30日ごとに金貨一枚の報酬が得られるならば、伯爵様の雇い人になろうと思うのじゃが、どうじゃろうかのぉ。」
不安そうな顔で老女が俺の顔を伺う。
「いいだろう。
お前たち三人を、30日分一人当たり金貨二枚で雇うことにする。
住まいの方は、王都別邸の使用人部屋になるから、それに同意するならば、今から引っ越しだな。
お前たちの仕事はこれまでと左程変わりはない。
私の命で様々な情報を入手してもらうことになる。
お前たちの働きぶり次第で報酬も上げてやろう。」
そう言って、俺はねじ伏せていたランスを解き放った。
ランスは起き上がって悔しそうな顔をしていたものの、俺の話の内容が頭に入ってくるにつれ驚きの表情を浮かべている。
当然のことながらヘレナもハイジも共に呆気にとられた顔をしている。
ヘレナが確認するように言う。
「儂らのような者がお屋敷に住んでも構わぬのか?
それに一人につき30日分金貨二枚などと・・・多すぎはせぬのか?」
「私の屋敷に居るメイドや馬丁の給金は最低でも年額で白輪金貨三枚になるはずだ。
其方らの場合、年額にして白輪金貨三枚と金貨二枚の報酬になるが、さほど高いわけではない。
むしろその分だけしっかりと働いてもらうからそのつもりでいろよ。」
その日のうちに三人は家財道具を載せた荷車を曳いて屋敷までやってきた。
因みに貴族街に入るにはゲートで身分証や許可証を見せなければならないのだが、俺の家紋の入った袱紗と書状を預けたので貴族街の門衛にみせて、無事に中に入ることができた。
屋敷には流石に表門から入るのは問題があったので、裏門から入るように指示をしておいた。
身なりの方は古着屋でそれらしき服装を整えてから来てもらった。
流石に余り汚れた衣装で貴族街をうろつかせるわけには行かなかったからだ。
ハイジが俺の屋敷までの道筋は知っていた。
大枠の場所は依頼主から聞いていたらしいが、貴族街の外から蟲を操るのは結構面倒なことだったようだ。
従って前日は夜半遅くなってようやく俺の屋敷に蟲が辿り着いたようだ。
何はともあれ、その日からスラム街の情報屋は姿をくらまし、情報収集に長けた三人が俺の使用人に加わったのである。
ヘレナは蛇をテイムする能力を持っているし、ハイジは蟲全般である。
ランスは小鳥をテイムできるようだ。
面白いことにそれぞれテイムした蛇、蟲、鳥の目で見たものを認識し、人の会話も認識できるようだ。
端的に言えば、哺乳類を含む四足動物はこの三人がテイムできないことが面白いと思う。
彼らに最初に行ってもらったのは、元依頼主であるマリオレス男爵の周辺情報である。
マリオレス男爵は王弟派に属し、寄り親はエクソール公爵の筈である。
従ってそもそもの依頼が男爵個人なのかそれとも派閥上位の者から出された者なのかを確認する必要があったのだ。
単なる産業スパイ擬きならば良いが、俺の失脚を狙う政争紛いが主目的ならば俺も明確な敵認定をしなければならない。
当然のことながら場合により相手を潰すことも考えねばならないだろう。
この世界では、「目には目を、歯には歯を」で生き残らねばならないこともあるのだ。
==========================
11月27日、字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監
ふと気づくと監視の目があるのだ。
明らかに人では無い。
センサーで確認すると蟲だった。
少なくとも三匹、暗がりや物影から俺の動きを見ているのだ。
普通の蟲?
いや違うな。
俺の造った結界を掻い潜ってきた奴だからただの蟲である筈がない。
普通の蟲ならば結界に触れただけで不快感を認識して逃げ出すはずなのだ。
であればテイマーに操られた蟲と云うことか?
もしそうだとすれば面白い能力ではあるが、煩わしいな。
創造魔法で俺はその三匹の蟲とつながるリンクを追った。
居ましたね。
貴族街の外、廃屋となった商家の庭に入り込んでいる不審な奴が一人。
で、俺がそのリンクを強制的に断ち切ってやると蟲は慌てて結界から逃げ出していった。
蟲としては自らの本能に逆らってまで我慢して監視していたのだから無理もない。
テイマーからの束縛が外れた途端に逃げ出したのだ。
で、肝心の不審者の方だが、こいつも当然に異変を感じて動き始めた。
どっこい俺はこいつにマーカーをつけている。
だからどこへ向かおうと行く先はわかる。
翌朝、俺は王都の中を変装して散策していた。
家宰のジャックが煩いので伯爵と分かるような出で立ちや顔では簡単には屋敷から出られないのだ。
俺の書斎の中で変装し、転移して屋敷の外に出たので屋敷の者には俺の外出は知られていないはずだ。
もっともメイド長のフレデリカやアリスには察知されてしまうのだがこれは止むを得ない。
行く先は王都の中でも貧民が多く住むスラム街のような場所だ。
俺も今まで行ったことは無いから良くは知らんが。
不可視(インビジブル)の状態で飛行しつつマップ作製を行ったことが有るので、王都内のマップは地下部分を除いてはほぼ完成している。
で、俺は今昨晩の不審者が潜んでいる建物の前にいる。
かなりくたびれた二階建ての小ぢんまりとした木造建築物であり、建物内には不審者以外に二人。
一人は一階にいるのだが、残り二人は地下にいるようだ。
不審者は地下にいる。
表の看板には「失せ物探します。」とある。
地球で言えば探偵業なのかな?
商売をしているのなら客を装って入るのもありだろう。
俺は二重ドアを開けて中に入った。
あまり広くはない部屋にカウンターめいた机があり、白髪交じりの茶髪の老女が一人いた。
「いらっしゃい。
初めての人のようだけど・・・。
頼み事は何かな?」
「ちょっと人探しとその人の情報を知りたいんだが、頼めるかな?」
「人探しかい・・・。
出来ないわけじゃないが、その探し人の詳しい特徴がわからないと難しいよ。
最近の肖像画なんぞあれば役立つけど、少なくとも名前、性別、年齢ぐらいわからないと手を付けられない。」
「なるほど、・・・。
名前も性別も年齢もわからないし、顔もわからないが、少なくともここに依頼をしに来た人物だと思うんだが、教えて貰えるかな?」
「ほぉ、そりゃぁ、無理だ。
これでも儂らは仕事に誇りを持っている。
依頼人のことは滅多なことでは教えられないよ。」
「その滅多なことと言うのは、貴方の命と引き換えでは賄えないものなのかな?」
その言葉に明らかに老女は震えあがり、机の下に手をやった。
右側の扉から階段を駆け上がる音が聞こえ、二十代の男女二人が部屋に飛び込んできた。
二人とも、手には特徴のあるククリナイフを握っている。
男の方がナイフで威嚇しながら言う。
「誰だ?
てめぇは?」
「俺かい?
俺はお前さんたちの調査対象の一人だよ。
今は変装しているが、なり立ての伯爵と言えばわかるかな?」
老女と若い女性が明らかにビクッとしていた。
「伯爵だか何だか知らねぇが、ばっちゃんを脅そうなんて奴はただじゃおかねぇ。」
「そのばっちゃんは、依頼を受けた者、で、そっちの彼女が依頼を実行するための俺の傍に監視の目を置いた者と言うところか・・・。
因みに不敬罪と言うのがあるのを知っているかね?
お貴族様に失礼なことをした奴はその場で無礼討ちにされても文句も言えないし、後で衛兵が捕まえに来て打ち首になることもあるんだが、・・・。
ばっちゃんや其処のお嬢さんをそんな目に合わせてもいいのかな?
因みに君がナイフを向けて敵対しているのも正しく不敬罪にあたる。」
「俺はともかく、ばっちゃんや姉ちゃんが不敬罪を働いたという証拠があるのかよ。」
「証拠?
うーん、さっきも言ったようにその場で無礼討ちもあるんだよ。
証拠なんてものは不要だ。
不合理だけど、お貴族様にそれなりの確証があればいい。」
「そんな馬鹿な。
ばっちゃんや姉ちゃんがそんなことで殺されるなんて俺は勘弁できない。」
若い男がいきなりククリナイフで切り掛かってきたが、動きが遅い。
見様見真似の合気道で技をかけるには十分な時間があった。
若い男はナイフを持った手を掴まれ、腕関節を決められたままひねりを加えて投げられ、派手に床にたたきつけられた。
その上で、流れるような動きでうつ伏せにされ、首元を膝で押さえられ、背後に腕を固められた。
こうなると男は反抗もできない。
ナイフは投げられたはずみで部屋の片隅に転がっている。
女がククリナイフを手に切り掛かろうとしたのを瞬時の威圧で押さえた。
女はビクンと大きくのけぞり、動きを止めて、その場に座り込んだ。
「別に取って食おうという訳じゃない。
で、ばっちゃんとやら、なり立ての伯爵の秘密を探ってほしいと言う依頼をしてきたのは誰か教えて貰えるかな?
教えて貰えないなら、場合によってはこの若い二人が命を失うか犯罪奴隷に落ちる。
脅したくはないが、口を閉ざすならば、そうするしかない。」
「その二人を害するのは止めておくれ、私に残されたたった二人だけの家族なんだ。」
俺は頷きながら更に言った。
「そこのお嬢さん、毒蟲を使うのはやめてくれないか?
無理に使えばそいつが死ぬだけだ。
無駄だからするんじゃない。」
部屋の片隅に居たサソリなどの毒蟲が一斉に動きを止めていた。
「自己紹介と行こうか?
名無しの権兵衛では呼ぶのに困る。」
ため息をつきながら老女が言った。
「儂は、ヘレナ、そっちの押さえつけられているのは儂の孫でランス、娘の方は孫のハイジでランスの姉になる。」
「ウン、これまでの話で承知しているだろうが、俺はリューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルクだ。
で、ヘレナさん、あなたの信条には反するかもしれないが依頼主を教えてくれないか。」
苦渋の表情を見せながら老女が言った。
「仕方がないのぉ。
孫を人質にされ、ハイジが操る蟲の動きまで抑えられては、逃げる方法がない。
依頼主は、・・・。
マリオレス男爵のところの家宰じゃ。
伯爵の強さの秘密、それに工房での生産物の秘密を探ってほしいと言われた。」
「昨夜が初日か?」
「昨日の日没前頃に頼まれたからのぉ。
昨晩が初めての仕事じゃった。
じゃが、これまで一度も失敗したことのないハイジが初めて失敗した。
いきなり蟲とのつながりが切れたと聞いて、理由がわからなんだが・・・。
もしや、あんたがやったのかね?」
「あぁ、そうだね。
昨晩は本来なら入って来れない筈の結界の中に蟲が三匹も居たのでね。
その元を手繰ってつながりを強制的に切った。
昨夜のうちにつながりのあった者を捕らえることもできたが、トカゲのしっぽ切りで終わっては依頼主に辿り着けないから、今日まで待ったんだ。
で、依頼主もわかったのだけれど、依頼の方は中止にできないかな?
中止にしてくれるならば、金貨一枚を支払うが・・・。」
「お貴族様にしては随分と寛容じゃのう。
それこそ手打ちもありだろうに・・・。」
「自分の命であれ、他人の命であれ、人の命を粗末にするなと、私は親から教えられたが、ここでは違うのかな?
そなたが依頼主の名前をしゃべったことで追われる立場になるのなら、私の領地で匿ってもいいぞ。
三人共に面白い能力を持っていそうだからな。
いっそのこと私に雇われてみないか?
三人がまともに暮らせるだけの給金は支払うぞ。」
「ふむ、その話乗らんでもない。
ここのところ男爵の家宰もそうなのじゃが、儂らの扱いが雑になってきてのぉ。
儂らの場合、本来の「お頼み料」は銀貨一枚から金貨一枚で、仕事の難易度によって異なるのじゃが、依頼人が値切るし、この界隈で根を張っておる極道どもが、みかじめ料を求めだしてのう。
儂らの少ない収入の半分以上も持って行きよる。
このままでは儂らもじり貧で、いずれ食っては行けぬ。
そこへ降って湧いたように今度の依頼じゃった。
依頼料は金貨三枚。
手付で金貨一枚、向こうの望む情報が得られれば残り金貨二枚が手に入る予定じゃった。
割のいい仕事じゃったが、もう続きはできん。
金貨一枚は相手方に返して、仕事は中止にしよう。
で、相談じゃが、儂ら三人の住むところと30日ごとに金貨一枚の報酬が得られるならば、伯爵様の雇い人になろうと思うのじゃが、どうじゃろうかのぉ。」
不安そうな顔で老女が俺の顔を伺う。
「いいだろう。
お前たち三人を、30日分一人当たり金貨二枚で雇うことにする。
住まいの方は、王都別邸の使用人部屋になるから、それに同意するならば、今から引っ越しだな。
お前たちの仕事はこれまでと左程変わりはない。
私の命で様々な情報を入手してもらうことになる。
お前たちの働きぶり次第で報酬も上げてやろう。」
そう言って、俺はねじ伏せていたランスを解き放った。
ランスは起き上がって悔しそうな顔をしていたものの、俺の話の内容が頭に入ってくるにつれ驚きの表情を浮かべている。
当然のことながらヘレナもハイジも共に呆気にとられた顔をしている。
ヘレナが確認するように言う。
「儂らのような者がお屋敷に住んでも構わぬのか?
それに一人につき30日分金貨二枚などと・・・多すぎはせぬのか?」
「私の屋敷に居るメイドや馬丁の給金は最低でも年額で白輪金貨三枚になるはずだ。
其方らの場合、年額にして白輪金貨三枚と金貨二枚の報酬になるが、さほど高いわけではない。
むしろその分だけしっかりと働いてもらうからそのつもりでいろよ。」
その日のうちに三人は家財道具を載せた荷車を曳いて屋敷までやってきた。
因みに貴族街に入るにはゲートで身分証や許可証を見せなければならないのだが、俺の家紋の入った袱紗と書状を預けたので貴族街の門衛にみせて、無事に中に入ることができた。
屋敷には流石に表門から入るのは問題があったので、裏門から入るように指示をしておいた。
身なりの方は古着屋でそれらしき服装を整えてから来てもらった。
流石に余り汚れた衣装で貴族街をうろつかせるわけには行かなかったからだ。
ハイジが俺の屋敷までの道筋は知っていた。
大枠の場所は依頼主から聞いていたらしいが、貴族街の外から蟲を操るのは結構面倒なことだったようだ。
従って前日は夜半遅くなってようやく俺の屋敷に蟲が辿り着いたようだ。
何はともあれ、その日からスラム街の情報屋は姿をくらまし、情報収集に長けた三人が俺の使用人に加わったのである。
ヘレナは蛇をテイムする能力を持っているし、ハイジは蟲全般である。
ランスは小鳥をテイムできるようだ。
面白いことにそれぞれテイムした蛇、蟲、鳥の目で見たものを認識し、人の会話も認識できるようだ。
端的に言えば、哺乳類を含む四足動物はこの三人がテイムできないことが面白いと思う。
彼らに最初に行ってもらったのは、元依頼主であるマリオレス男爵の周辺情報である。
マリオレス男爵は王弟派に属し、寄り親はエクソール公爵の筈である。
従ってそもそもの依頼が男爵個人なのかそれとも派閥上位の者から出された者なのかを確認する必要があったのだ。
単なる産業スパイ擬きならば良いが、俺の失脚を狙う政争紛いが主目的ならば俺も明確な敵認定をしなければならない。
当然のことながら場合により相手を潰すことも考えねばならないだろう。
この世界では、「目には目を、歯には歯を」で生き残らねばならないこともあるのだ。
==========================
11月27日、字句修正を行いました。
By サクラ近衛将監
114
あなたにおすすめの小説
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる