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第一章 仇を追う娘
1ー16 松倉宗徳の素性 その一
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帰り道は、駕籠も使わず、徒歩で歩き通した。
道行く人は、羽織を着ているとはいえ、白装束の二人を見て、驚きながらも道を譲ってくれた。
三田の中屋敷に着く頃には、もの珍しがり屋の江戸っ子たちが大勢その後からついて来ていた。
岡崎藩邸に入る頃には、ひとしきり『仇討本懐を遂げた』の噂が立っていた。
宗長の袴に付いた返り血で仇は討たれたと判断したようである。
岡崎藩中屋敷用人須藤頼母は、仇討成就を手放しの笑顔で迎えてくれた。
中屋敷からはすぐに中間が伝令役として上屋敷へと走り、松倉を除く三人は長屋で着替え、松倉も血で汚れていたりはしていなかったが、不浄を上屋敷に持ち込んではならじと用人が用意した召し物に着替えたのである。
慌ただしく中屋敷で用意された昼餉を食べてから、四人は中間二人の供連れで中屋敷を出たのである。
別にのぼりを立てているわけではないのだが、中屋敷の御門を出るところから道路脇には物見高い江戸っ子多数が集まり、人伝で若い女を交えた四人連れが仇を討った者達だと広まっており、岡崎藩の家紋をつけた半纏を身にまとった中間二人に伴われて四人が歩いて行くと、わぁっと歓声があがり、通り過ぎる際に誰からともなく拍手がなされた。
既に桜田御門前の道路筋には大勢の町人が集まり、大手町西御門前にある岡崎藩上屋敷周辺には、これまた武家や用人が集まって、一目仇討を成した者を見ようと人垣を作っていた。
その騒ぎは、四人が上屋敷の御門内へ入るまで続いた。
四人はすぐにも書院へ案内され、待っていた水野和泉守に正式に報告を成した。
藩侯も破顔してお喜びになり、斯波家再興をお認めになると同時に、先に城代が約束したという加増百二十石で宗長を迎えると約してくれたのである。
岡崎出立前に城代が約した話は既に藩侯まで届いていたのであり、水野忠之は、不忠の輩が成した約定とは言え、元直臣の約束を守ったのである。
下屋敷藩邸での出来事は、塩崎が討たれたこと以外の全てが闇に葬られた。
松倉たちが切り捨てた藩士達は、いずれも病死として取り扱われ、家名は安堵されたが、家禄はいずれも減らされた。
下屋敷用人大森将監は、謹慎蟄居の上隠居させられ、家禄も大幅に減じられた。
一方、岡崎では、城代家老、お蔵奉行など数名が入牢の上切腹のお沙汰が降りた。
但し、表向きは病死とされ、家禄は大幅に減じられたものの家名は残されたのである。
抜け荷に加担した吾妻屋は闕所の上、財産没収、主の他番頭など主だった者は斬首の刑に処せられ、その一族は岡崎藩領内から放逐された。
抜け荷の動かぬ証拠が吾妻屋の蔵から発見され、隠し帳簿からも余罪が発覚したのである。
江戸市中では久方ぶりの仇討に沸き、瓦版があることないことを書き立てたが、一月もすると噂にも上らなくなっていた。
文月六日、宗長と弥吉は、新たに江戸で雇った供侍一人と中間一人を伴い、岡崎へと発って行った。
彩華は、松倉との行く末を確かめるために江戸に残ったのである。
松倉が約束したのは三月であり、その期限である長月半ばまではもう一月ほどあった。
仇討を終えて上屋敷でのご報告の後、四人は一旦白木屋に戻ったのであるが、その夜、松倉は約束通り、素性を明かしてくれた。
松倉は先帝である上皇を父とし、京都伏見の茶問屋松倉屋の娘であった千代を母とする皇族の血を引いた者である。
但し、霊元天皇の子女は余りに多く、その数男子だけでも十八名を数え、千代は妃ではなく市井の妾のまま宗徳を生んだ。
父である霊元天皇は、千代をこよなく愛し、その子宗徳も可愛がったが、認知はしなかった。
仮に認知すれば、宗徳は幼くして寺に預けられることになるからである。
それよりも市井においてのびのびと暮らさせた方が良いと考えたのは、母である千代であり、宗徳が生まれた時には既に仙洞御所の主となって上皇となっていた霊元先帝はその千代の望みを叶えたのである。
故に宗徳は皇族ではないものの、今上天皇の異母弟であることは公家衆の間で広く知られていた。
正式な名も松倉宗徳といい、市井に有りながら公家扱いとされている。
公卿なれば領地も与えられるが、一代限りの特例であり、正式な公家ではない。
官位は霊元上皇の強い後押しもあって正三位権大納言を与えられているが、権であるため朝廷での定まった役職はない。
七歳の折に従七位を賜り、二年おきに位階が上がって行った。
奏者番水野忠之と出会った十二歳の折には従五位であった。
十五歳で正四位、十七歳で従三位、そうして二十歳の折に位階授与は最後との約束の元に正三位権大納言を与えられたのである。
これがために、幕府でもその官位を与えることに同意したのである。
その代わりとして幕府の申し出により、逝去した家宣に死後の位階として従一位が初めて与えられたのである。
大納言は、幕府においても御三家の紀伊徳川家と尾張徳川家にしか与えられていない官位であるから、朝廷では非常に高い位にあるとみてよい。
打ち明けられて彩華を始め三人は青くなって平伏した。
彩華達に取って見れば正しく雲の上の人である。
松倉は特段の職務を与えられているわけでもなく、朝廷や幕府から定まった収入も得てはいないが、母方の松倉屋から多額の経済的支援を受けていた。
母千代には上皇の側女で上がる際に松倉屋から三千両の金が手渡されており、そのうち千両を母から譲られ、松倉は十八歳の時にその金を使って、とある商人に店を構えさせた。
その商いを始める金が利子を生み、少なく見積もっても今では数千両になっているというのである。
そのために松倉は金に不自由はしていない。
町人であれば、四人家族でも一両で一月は楽に暮らせよう。
仮に、年に二十両使っても百年分以上の資産があることになる。
松倉が剣術を学んだのは鞍馬古流であるが、十代半ばで皆伝を得て、そののちは自ら工夫をした剣となっている。
一人で鞍馬古流を看板に掲げる道場を訪れ、時の道場主有賀(ありが)喜平(きへい)からその素質を見込まれ直弟子となったのは僅かに八歳の折だが、その時既に四尺八寸の体格を有し、他の同世代の童に比べ頭一つ抜きん出た上背を持っていた。
僅かに二年で皆伝を得て、その一年後には奥伝に達していた。
その頃から宗徳は有賀喜平から許しをもらい、京都周辺の道場を渡り歩いた。
様々な流派の剣を学び、その長所を取り入れたものであるから、松倉の剣は元々の鞍馬古流とはかけ離れたものとなっているようだ。
十八歳の折に柳生の里を訪れた際は、藩主柳生俊平とも顔を合わせ、柳生新陰流の道場にしばらく滞在したこともある。
白木屋との因縁はかなり古く十二年ほど前になる。
京の白木屋に凶賊が押し入った時、たまたま夜の行脚をしていた宗徳が、一族皆殺しになるところを助けたのである。
白木屋伝兵衛の新妻は子を助けようとしてその子もろとも殺された。
伝兵衛もその兄芳蔵一家の命も風前の灯であったところへ、木刀一本で飛び込んできた宗徳によって助けられたのである。
その時、宗徳僅かに十一歳であったが、人並み以上に体格の優れていた宗徳は、五尺四寸ほどの背丈を持ち、大人に決して負けない膂力を持っていたのである。
宗徳一人で浪人を含む十二名の凶族鬼面組を打倒したことで、鞍馬の小天狗として一時は随分と騒がれたものである。
宗徳は二十三歳になって、母千代に許しをもらって諸国行脚の旅に出た。
その資金は自ら出資元となっている大阪の商人浪速屋から出ており、大阪で振り出された為替手形を持っているために、旅において金子に困ることは無かった。
江戸までの途中、尾張柳生など種々の道場を訪れて、見識を深め、またその高弟などとも友誼を深めたようである。
箱根山中で彩華達を助けたのは、たまたま江戸に向かっている最中のことであり、その日、沼津を七つ立ちした宗徳は、三島、箱根の宿を通り過ぎ、12里半ほどの道のりである小田原に向かっている途中だったのであり、その健脚が彩華達にとっては僥倖であった。
江戸に入って、白木屋に腰を落ち着けた宗徳は、毎日のように江戸市中を歩き、様々な階級の商人、職人などとも知り合い、その中には博徒や同心などもいるようだ。
時の寛永寺輪王寺御門跡の公弁法親王は、歳の離れた従兄妹にあたり、江戸に来てから何度かお会いしたようである。
岡崎藩主水野和泉守忠之とは、水野が奏者番を務めた宝永二年に京で出会っている。
道行く人は、羽織を着ているとはいえ、白装束の二人を見て、驚きながらも道を譲ってくれた。
三田の中屋敷に着く頃には、もの珍しがり屋の江戸っ子たちが大勢その後からついて来ていた。
岡崎藩邸に入る頃には、ひとしきり『仇討本懐を遂げた』の噂が立っていた。
宗長の袴に付いた返り血で仇は討たれたと判断したようである。
岡崎藩中屋敷用人須藤頼母は、仇討成就を手放しの笑顔で迎えてくれた。
中屋敷からはすぐに中間が伝令役として上屋敷へと走り、松倉を除く三人は長屋で着替え、松倉も血で汚れていたりはしていなかったが、不浄を上屋敷に持ち込んではならじと用人が用意した召し物に着替えたのである。
慌ただしく中屋敷で用意された昼餉を食べてから、四人は中間二人の供連れで中屋敷を出たのである。
別にのぼりを立てているわけではないのだが、中屋敷の御門を出るところから道路脇には物見高い江戸っ子多数が集まり、人伝で若い女を交えた四人連れが仇を討った者達だと広まっており、岡崎藩の家紋をつけた半纏を身にまとった中間二人に伴われて四人が歩いて行くと、わぁっと歓声があがり、通り過ぎる際に誰からともなく拍手がなされた。
既に桜田御門前の道路筋には大勢の町人が集まり、大手町西御門前にある岡崎藩上屋敷周辺には、これまた武家や用人が集まって、一目仇討を成した者を見ようと人垣を作っていた。
その騒ぎは、四人が上屋敷の御門内へ入るまで続いた。
四人はすぐにも書院へ案内され、待っていた水野和泉守に正式に報告を成した。
藩侯も破顔してお喜びになり、斯波家再興をお認めになると同時に、先に城代が約束したという加増百二十石で宗長を迎えると約してくれたのである。
岡崎出立前に城代が約した話は既に藩侯まで届いていたのであり、水野忠之は、不忠の輩が成した約定とは言え、元直臣の約束を守ったのである。
下屋敷藩邸での出来事は、塩崎が討たれたこと以外の全てが闇に葬られた。
松倉たちが切り捨てた藩士達は、いずれも病死として取り扱われ、家名は安堵されたが、家禄はいずれも減らされた。
下屋敷用人大森将監は、謹慎蟄居の上隠居させられ、家禄も大幅に減じられた。
一方、岡崎では、城代家老、お蔵奉行など数名が入牢の上切腹のお沙汰が降りた。
但し、表向きは病死とされ、家禄は大幅に減じられたものの家名は残されたのである。
抜け荷に加担した吾妻屋は闕所の上、財産没収、主の他番頭など主だった者は斬首の刑に処せられ、その一族は岡崎藩領内から放逐された。
抜け荷の動かぬ証拠が吾妻屋の蔵から発見され、隠し帳簿からも余罪が発覚したのである。
江戸市中では久方ぶりの仇討に沸き、瓦版があることないことを書き立てたが、一月もすると噂にも上らなくなっていた。
文月六日、宗長と弥吉は、新たに江戸で雇った供侍一人と中間一人を伴い、岡崎へと発って行った。
彩華は、松倉との行く末を確かめるために江戸に残ったのである。
松倉が約束したのは三月であり、その期限である長月半ばまではもう一月ほどあった。
仇討を終えて上屋敷でのご報告の後、四人は一旦白木屋に戻ったのであるが、その夜、松倉は約束通り、素性を明かしてくれた。
松倉は先帝である上皇を父とし、京都伏見の茶問屋松倉屋の娘であった千代を母とする皇族の血を引いた者である。
但し、霊元天皇の子女は余りに多く、その数男子だけでも十八名を数え、千代は妃ではなく市井の妾のまま宗徳を生んだ。
父である霊元天皇は、千代をこよなく愛し、その子宗徳も可愛がったが、認知はしなかった。
仮に認知すれば、宗徳は幼くして寺に預けられることになるからである。
それよりも市井においてのびのびと暮らさせた方が良いと考えたのは、母である千代であり、宗徳が生まれた時には既に仙洞御所の主となって上皇となっていた霊元先帝はその千代の望みを叶えたのである。
故に宗徳は皇族ではないものの、今上天皇の異母弟であることは公家衆の間で広く知られていた。
正式な名も松倉宗徳といい、市井に有りながら公家扱いとされている。
公卿なれば領地も与えられるが、一代限りの特例であり、正式な公家ではない。
官位は霊元上皇の強い後押しもあって正三位権大納言を与えられているが、権であるため朝廷での定まった役職はない。
七歳の折に従七位を賜り、二年おきに位階が上がって行った。
奏者番水野忠之と出会った十二歳の折には従五位であった。
十五歳で正四位、十七歳で従三位、そうして二十歳の折に位階授与は最後との約束の元に正三位権大納言を与えられたのである。
これがために、幕府でもその官位を与えることに同意したのである。
その代わりとして幕府の申し出により、逝去した家宣に死後の位階として従一位が初めて与えられたのである。
大納言は、幕府においても御三家の紀伊徳川家と尾張徳川家にしか与えられていない官位であるから、朝廷では非常に高い位にあるとみてよい。
打ち明けられて彩華を始め三人は青くなって平伏した。
彩華達に取って見れば正しく雲の上の人である。
松倉は特段の職務を与えられているわけでもなく、朝廷や幕府から定まった収入も得てはいないが、母方の松倉屋から多額の経済的支援を受けていた。
母千代には上皇の側女で上がる際に松倉屋から三千両の金が手渡されており、そのうち千両を母から譲られ、松倉は十八歳の時にその金を使って、とある商人に店を構えさせた。
その商いを始める金が利子を生み、少なく見積もっても今では数千両になっているというのである。
そのために松倉は金に不自由はしていない。
町人であれば、四人家族でも一両で一月は楽に暮らせよう。
仮に、年に二十両使っても百年分以上の資産があることになる。
松倉が剣術を学んだのは鞍馬古流であるが、十代半ばで皆伝を得て、そののちは自ら工夫をした剣となっている。
一人で鞍馬古流を看板に掲げる道場を訪れ、時の道場主有賀(ありが)喜平(きへい)からその素質を見込まれ直弟子となったのは僅かに八歳の折だが、その時既に四尺八寸の体格を有し、他の同世代の童に比べ頭一つ抜きん出た上背を持っていた。
僅かに二年で皆伝を得て、その一年後には奥伝に達していた。
その頃から宗徳は有賀喜平から許しをもらい、京都周辺の道場を渡り歩いた。
様々な流派の剣を学び、その長所を取り入れたものであるから、松倉の剣は元々の鞍馬古流とはかけ離れたものとなっているようだ。
十八歳の折に柳生の里を訪れた際は、藩主柳生俊平とも顔を合わせ、柳生新陰流の道場にしばらく滞在したこともある。
白木屋との因縁はかなり古く十二年ほど前になる。
京の白木屋に凶賊が押し入った時、たまたま夜の行脚をしていた宗徳が、一族皆殺しになるところを助けたのである。
白木屋伝兵衛の新妻は子を助けようとしてその子もろとも殺された。
伝兵衛もその兄芳蔵一家の命も風前の灯であったところへ、木刀一本で飛び込んできた宗徳によって助けられたのである。
その時、宗徳僅かに十一歳であったが、人並み以上に体格の優れていた宗徳は、五尺四寸ほどの背丈を持ち、大人に決して負けない膂力を持っていたのである。
宗徳一人で浪人を含む十二名の凶族鬼面組を打倒したことで、鞍馬の小天狗として一時は随分と騒がれたものである。
宗徳は二十三歳になって、母千代に許しをもらって諸国行脚の旅に出た。
その資金は自ら出資元となっている大阪の商人浪速屋から出ており、大阪で振り出された為替手形を持っているために、旅において金子に困ることは無かった。
江戸までの途中、尾張柳生など種々の道場を訪れて、見識を深め、またその高弟などとも友誼を深めたようである。
箱根山中で彩華達を助けたのは、たまたま江戸に向かっている最中のことであり、その日、沼津を七つ立ちした宗徳は、三島、箱根の宿を通り過ぎ、12里半ほどの道のりである小田原に向かっている途中だったのであり、その健脚が彩華達にとっては僥倖であった。
江戸に入って、白木屋に腰を落ち着けた宗徳は、毎日のように江戸市中を歩き、様々な階級の商人、職人などとも知り合い、その中には博徒や同心などもいるようだ。
時の寛永寺輪王寺御門跡の公弁法親王は、歳の離れた従兄妹にあたり、江戸に来てから何度かお会いしたようである。
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