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第二章 富士野宮(ふじのみや)宏禎(ひろよし)王

2-5-2 <閑話> 棃元宮盛政王

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 私は明治7年(1874年)に生まれた棃元宮なしもとのみや盛政王もりまさおうという帝国の皇族の一員であり、明治24年父宮薨去こうきょに伴い18歳で棃元宮家を相続した。
 皇族の一員としての慣行から陸軍士官学校に進み、明治29年卒業、歩兵第11連隊附を皮切りに軍人生活を始めたのである。

 明治33年に鍋島なべしま侯爵の二女伊都子を嫁とし、明治34年には第一王女方子まさこが生まれた。
 その後周囲の勧めもあって明治36年にフランスへ留学したのだが、日露戦争の勃発とともに一旦帰国させられ、参謀本部付となったのである。

 たまたま黄海海戦で負傷した富士野宮家当主の見舞いにも行ったことが有り、その折に久しく見なかった富士野宮家第一王子の宏禎王ひろよしおうとも会った。
 そうして再度私がフランスへ留学する前の明治39年2月、我が屋敷を富士野宮家当主と嫡男が揃って訪れたのである。

 私の娘である第一王女の方子は34年生まれ、宏禎王は明治30年生まれだから場合によっては富士野宮家に嫁入りさせることもあり得るかなと考えていたりもしたのだが、二人が我が家を訪れた用件は全く別の話であった。
 宏禎王は人の噂で大層明晰な頭脳を持っており、最近陸軍でも配備され始めた携帯無線装置を陸海軍に補給しているのが宏禎王であるそうな。

 何でも4歳にして外国語の書籍を独学で読解していたというから噂が本当ならば、大した天才である。
 しかもこの天才、足が長いためにひょろっとした外見ながら偉い美男子なのである。

 まぁ、10歳ほどの筈だから所謂可愛さが勝ってはいるのだが、何というか目線に力があり、子供ながらなかなかの人物と見えたのである。
 来訪の挨拶と用件を切り出したのは富士野宮当主宏恭王の方だった。

「殿下には訪仏予定でお忙しい中、お時間を頂き誠にありがたく存じております。
 今日参りましたのは、主に訪仏のご健勝と無事のご帰還を記念し、ささやかながらお祝いの品をお届けに来たわけでございますが、今一つ、この私と宏禎が連名で飛鳥精機及び飛鳥電気製作所なる会社を設立いたしますのでその会社への投資話を持ってまいりました。
 詳細は宏禎から説明します。」

 そう言って話は富士野宮家当主から宏禎王に振られた。

「殿下に置かれましては、陸軍においても軍機にされております携帯型無線電話の件はご承知かと存じますが、この携帯型無線電話及びその付帯物である超小型電池、並びに交換装置等の生産を行う会社として飛鳥精機をこの度設立することに相成りました。
 設立はこの4月を予定しておりますが、一方で10月に設立予定の飛鳥電気製作所では純国産の工作用旋盤、全く新たな方式の発電機でありますところの地脈型発電機及び所謂高性能の蓄電池でありますパラチウム電池の製造を手掛けることになるかと存じます。
 旋盤・発電機・パラチウム電池はいずれも私の発明品でもあります。
 工作用旋盤についてはほぼ陸海軍の承認も得ましたので民生用品として国内にのみ販売することになります。
 しかしながら、他の製品については地脈型発電機もパラチウム電池も極めて高度な技術で製造されることから基本的に軍機に準ずるものとされ、海外に漏れることのないよう保安面でしっかりした体制が整えられていない企業または個人には販売できないかと思われますので、販路は極めて薄く、おそらく当面は陸海軍のみ販路となることが予想されております。
 一方で、将来的に安定的に電力供給が可能となった場合は、種々の民生用家庭電器製品を製造することにもなろうかと存じております。
 同社で製造する品については、陸海軍と言う非常に固い販路がある関係で経常利益は黒字になることが間違いなく、出資された方々につきましては毎年相応の配当が生ずることになるだろうと予想しております。
 捕らぬ狸の皮算用ながら、初年度は出資額の1割程度、次年度以降は業績如何にもなりますが、それでも1割程度は間違いないものとみております。
 父富士野宮にも当然出資はしていただくのですが、可能であれば殿下からも出資を賜ればとお願いに参りました。」

 子供とは思えぬ理路整然とした弁舌を聞いていると、この子は本当に10歳なのかと疑いたくなってくる。

「ふむ、話は相分かったが、如何ほどの投資額が必要なのじゃ。
 いくら利回りが良いと言っても、1割程度ではこの時節さほどに高くはないようだし、我が家も訪仏で経費がかさむ故左程の出資はできぬぞ。」

「一応お願い申しますのはそれぞれ1円から百円の間と考えております。
 勿論それ以下でも問題はございませんが、予定では資本金を1万円余としておりまして、既に富士野宮家で1万1千円の額は出資しております。
 ただ、出資者のお名前については会社の定款に記載しなければならないため、出来得れば1円以上をお願い申したく存じます。」

「ふむ、確かに携帯型無線装置の売り上げだけでも経常利益は固いところであろうが、出資は場合により倒産などで回収できない場合もあるのであろう?
 そのようなリスクはあるにしても、例えば将来的に発売する予定の家庭用の電気製品とかの試供品は無いのかな?
 それがあれば、出資できるか否かの判断も簡単であろう。」

 すると即座に宏禎王が胸ポケットから取り出したのは、殆ど手のひらサイズの万年筆にも似た円筒の物体であった。

「こちらは、もしよろしければお渡ししようと思い持参した小型懐中電灯にございます。
 但し、この品は先ほども申し上げた通り軍機に準ずる品にございます。
 これが例えば仏国の手に渡りますと我が国の手の内を知られる元になりますし、軍事への転用を図られる可能性もございまして我が帝国の優位性が失われる可能性もありますのでくれぐれもご注意ください。
 用途は端的に申して暗闇での明かりでございます。
 海軍の砲台に設置されておりますサーチライトの超小型版と考えてくださって宜しいかと存じます。
 サーチライトと異なり照度の強さが調整できますし、最も細い光芒で最大照度にした場合は暗夜若しくは洞窟内で200m先の一円金貨を確認できると存じます。
 電池はそのまま未使用ならば凡そ3年ほど持ちます。
 連続使用ならば最低照度で最大96時間程度になろうかと存じます。
 ただ、非常に光が強いので人の目に向けると場合により視力を痛める恐れもありますのでご注意ください。」

 私が実際に手に取るとなかなかの重量がある代物だったが、宏禎王に教わりながら実際に懐中電灯なるものを点けてみるとこれまたびっくりであった。
 昼日中でありながら、室内ではっきりとして細いビーム上の光芒が見え、照らしたところが明瞭に見えていたのである。
 正直なところ、我が家の天井が意外と汚れていたことを改めて知ったのはこの時であった。

「この品物、確かに軍用にも転用できそうじゃのう。
 確かに試供品とはいえ、海外に持ち出すのはまずいのぉ。
 特に儂から帝国の最新技術が漏れてはまずい。
 譲ってくれるのはありがたいが、出来れば儂がフランスから戻るまで預かっては貰えまいか?」

「はい、それは構いません。
 ではお帰りになった際にこの品か、若しくは最新型のモノをお持ちいたしましょう。」

「うん、そうしてもらえるとありがたい。
 で、出資の方だが、これだけの品を作り上げる技術があるのであれば、その将来を見込んで儂からは二つの会社に各五十円で合計百円を出そう。
 富士野宮のみならず、他の宮家も名を連ねることで箔をつけたいのだろうが、ほかにも誘っているのかね?」

「はい、これから順次他の宮家にお声がけをするつもりではおりますが、間もなく訪仏の予定と漏れ伺いましたので、取り敢えず一番に殿下のところに参りました。」

「なるほど、幸先の良いところでよかったのう。
 で、何時金を渡せばよいのかな。
 渡すとしても明日以降になろうが・・・。」

「ではこの書類に署名と印鑑を頂いて、後日、ご当家侍従から富士野宮家侍従伊藤にお声掛けいただけましょうか。
 おそらくは第十五銀行内で現金の受け渡し、もしくは口座振替をしていただくことになります。
 振込先は飛鳥精機設立準備室と飛鳥電気製作所準備室となります。
 口座番号その他はこの書面に記載してあります。」

 こうして、宏禎王の手順にすっかり乗せられて百円の出資を為したのだが、これが予想外に我が家に利益をもたらしてくれることになった。
 元々戻ってこなくてもよいかと思える金額であったので、配当利益をそのまま出資に振り替えていたら四、五年の間に出資額が三倍以上に増えていたのである。

 結構な配当利益が得られるとわかったので、次回から富士野宮家の持ち込む投資話には必ず乗るようにした。
 皇族としての年額給付は大きいのだが、余禄的に投資が配当として返ってくるのも非常に大きかった。

 皇族としての世間体もあり、見栄やおつきあいその他で結構な金額が日々出てゆくために普段の生活にあまり高額な贅沢はできなかったのだが、この投資の所為でかなりの贅沢もできるようになったのが幸いであった。
 そうして宏禎王については、いずれ時期が来たならば方子との縁談を真剣に進めても良いのではないかと思うほど気に入った人物であった。
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