私は今日も婚約者の不義を観察します

三雲はる

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選択と終演

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それから数日が過ぎ、ロデック様の傷は幸いなことに回復が早く、騎士団の任務には支障がない程度に回復されました。ただし、騎士仲間との溝は深まる一方なのか、彼はどこか浮かない顔で日々の仕事をこなしているようです。エリザベットもまた女官たちの間に広まる噂に肩身が狭いらしく、常に陰鬱そうな表情で動き回っています。

その変化の一方で、大公家の婚約式準備はあっという間に加速しました。わたくしの父は連日のように「日取りを固めろ」「衣装を選べ」「招待客リストを作れ」と執事たちに指示を出し、詳細が具体的に決まりはじめているのです。わたくしも書類へのサインや、公的な場での発表に参加せざるを得なくなり、あれよあれよという間に“婚姻の儀”が現実のものとなりつつありました。

「お嬢様、こちらが招待状の下書きでございます。王宮の方々、大公家、各伯爵家や子爵家、騎士団にも送付いたしますので、内容をご確認くださいませ」

「ええ、わかりました」

フランソワから差し出される分厚い書類。そこにはわたくしとロデック様の名が並び、式の骨格や場所、日取りまで細かく記されておりました。舞踏会ほど絢爛ではありませんが、十分に豪華で格式を感じさせる演出が予定されているのが見て取れます。まるで「もう逃げられない」と突きつけられているようで、手が震えるのを止められませんでした。

「正式発表は来週の晩餐会で行われる、そうですね?」

「はい、その際に王家からの祝辞をいただき、大公のご意向が読み上げられる予定です。そのまま婚約の成立に向けた手続きを公表し、式までの流れを示していくことになるでしょう」

わたくしは硬く息をのみ、うなずくほかありません。頭の中ではロデック様とエリザベットの姿がちらつきます。いったいふたりはこの事態をどう受け止めているのか。あれほど深く結びついていた恋心を、ここで諦めなければならないのか――。


――…


具体的な婚約発表の日が来る直前、エリザベットが再びわたくしのもとを訪ねてきました。彼女は顔に生気のない面持ちで、青ざめながら小さく震えています。わたくしの部屋に通すと、先日にも増して必死な瞳で言いました。

「アリシア様……もう、時間がありません。どうか……どうかわたくしとロデック様に……少しだけ猶予をください……」

「……あなたたち、まだ逃げる手立てを模索しているの?」

すると、エリザベットは首を横に振りました。

「それは……簡単ではありません。大公家と王家が完全に後ろ盾についている以上、駆け落ちのように荒唐無稽な手段がうまくいくとは思えませんし……第一、ロデック様はこれまでの騎士としての責務や名誉を捨てられない」

「ええ、そうですわね」

わたくしは半ば呆れたように答えながらも、その胸中に奇妙な痛みを感じていました。愛のためにすべてを捨てるほどの勇気はロデック様にも、もしかすると彼女自身にもないのかもしれません。だからこそ、彼らはもがいている。けれど、そのもがき方さえどうにもうまく噛み合っていないように見えます。

「アリシア様はご存じでしょう? 明日の晩餐会で婚約発表が行われると。そこからはもう後戻りできなくなるかもしれない。ですからせめて少しだけ、延期できるよう働きかけていただけませんか?」

「延期、ね……」

確かに、わたくしが強硬に反対姿勢を示せば、父もすぐには発表できなくなるかもしれません。大公家の公女であるわたくしの意思を無視して話を進めれば、波紋が広がることは避けられないでしょう。けれど、そんな手立てに一体どんな意味があるのか。逆に怒りを買えば、ロデック様がさらなる圧力を受ける可能性だってあります。

「わたくしにいったい何をさせたいのです? 延ばした先にあなたとロデック様はどんな道を探すつもりなの?」

「それは……わかりません。けれど、もう少しだけ考える時間がほしいんです」

エリザベットは涙をぽろぽろと流し、まるで最後の希望にすがるような視線をわたくしに送ってきます。その姿を見て、わたくしの胸に湧き上がったのは、ほとんど言いようのない苛立ちでした。あなたたちは愛を貫くほどの覚悟もないのに、わたくしに“観察”させるだけ観察させて、最後まで揺らぎ続けるの? ――そんなむごいことを思ってしまう自分に気づき、唇を噛みます。

「……わかりました。わたくしにできることは限りがありますが、父に直接“気がかりがある”と申し出てみましょう。発表を少しだけ引き伸ばせるかもしれない」

「本当ですか……!ありがとうございます……!」

エリザベットは目を潤ませたまま、何度も頭を下げます。ただ、その背徳的な愛を助けようとしている自分に、わたくしは自己嫌悪を感じてなりませんでした。――本当のわたくしは破滅寸前の劇がやがて最高潮に達する様を“最後まで見てみたい”だけなのではないか。そんな嫌悪に耐えきれず、会話を手短に切り上げて彼女を帰したのです。
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