幼馴染と義弟と元カレ〜誰も私を放してくれない〜

第三話 リオとの絆

　窓の外に広がる桜の木を眺めながら、私はぼんやりとため息をついた。

　高校生活が始まってからもう数週間が経つのに、私はどこか落ち着かない。
　理由は、千田貴翔との関係がぎくしゃくしているからだろうか。
　それとも、それ以上に気にかかる義弟のリオの存在のせいだろうか。


　コツコツ、と扉をノックする音が響いた。

「お姉ちゃん、ちょっといい？」

　リオの声だった。

　私は「どうぞ」と答えると、リオは静かに部屋に入ってきた。
　彼は相変わらず穏やかで、優しい微笑みを浮かべている。

「勉強してた？ 邪魔じゃない？」

「ううん、特に何もしてないよ。どうしたの？」

「ただ話したくて……最近、学校で何かあった？」

　一瞬、私は言葉に詰まった。
　千田貴翔とのことを話すのは気が引ける。
　でも、リオの真剣な瞳を見ていると、不思議と心がほぐれていく気がした。

「別に大したことはないよ。ただ、ちょっと人間関係で悩んでて……」

「人間関係？」

　リオは椅子に腰を下ろしながら、私の言葉を繰り返した。
　小さく頷きながら、穏やかに続ける。

「お姉ちゃん、昔から人に気を使いすぎるところがあるよね。無理しないでいいんだよ。」

「無理なんかしてないよ。ただ……どうしても自分がうまくやれてない気がして。」

「……それなら、僕がいるじゃない。」

　その言葉に、私は一瞬驚いた。
　リオの瞳には、どこか切実な想いが込められている。

リオとの日常
　それからというもの、リオは以前にも増して私に寄り添うようになった。
　朝食を一緒に食べ、学校に行く前には「頑張ってね」と声をかけてくれる。
　帰宅後も、何かと私のそばにいることが増えた。

「お姉ちゃん、今日は何か楽しいことあった？」

　夕食の後、リビングで二人でテレビを見ていたとき、リオが尋ねてきた。

「楽しいことなんて特にないよ。ただ、普通に過ごしてただけ。」

「それでもいいんだよ。普通の日常が一番だもん。」

　リオは微笑みながら、私の肩にもたれかかってきた。
　私は少し戸惑ったが、追い払うわけにもいかず、そのまま黙っていた。

「お姉ちゃんとこうして一緒にいられるのが、僕にとっては一番嬉しいの。」

　私は何と答えていいか分からなかった。
　だけど、頼られていることに少しだけ安心感を覚えていた。


　だけど、それはほんの束の間の平穏だった。
　リオの「お姉ちゃんへの愛情」は、次第に過剰なものへと変わっていった。

　ある日の夜、私は自室で千田貴翔からのメッセージを読んでいた。
　すると、突然リオが部屋に入ってきた。

「お姉ちゃん、何してるの？」

「別に。ちょっと友達と話してただけだよ。」

「誰と話してたの？」

　私は少しだけ躊躇した。

「ただの友達だよ。」

　その瞬間、リオの表情が曇った。

「……男？」

「まあ、そうだけど。」

　すると、リオの雰囲気が変わった。

「お姉ちゃん、男の人とばっかり話してないで、もっと僕のことも見てよ。」

「リオ、何を言ってるの？ 君だって学校で友達と話してるでしょ？」

「僕は違う！ お姉ちゃんは僕だけを見ててくれればいいの！」

　その言葉に、私は思わず息をのんだ。
　リオの声には、明らかに強い感情が込められていた。


　そんな中、もう一つ私を悩ませる出来事が起こった。
　中学時代の幼馴染、安原ミチルから突然連絡が来たのだ。

「六花、久しぶりだな。」

　放課後、校門で待ち伏せていたミチルが声をかけてきた。
　その姿を見て、私は言葉を失った。

「なんでここに……？」

「なんでって、会いたかったからだよ。新しい学校でも俺を忘れないでほしいから。」

　ミチルは微笑みながら、私の手を掴んだ。
　その力が意外に強く、私は思わず顔をしかめる。

「ちょっと、やめてよ。」

「どうして？ 俺たち、ずっと一緒にいるって約束しただろ。」

　その言葉に、中学時代の苦い記憶が蘇る。
　彼の過剰な干渉に耐えられず、私は距離を取ろうとした。
　けれど、ミチルはそれをまるで忘れているかのように振る舞っていた。


　ミチルの再登場に、私は頭を悩ませていた。
　リビングで考え込んでいると、リオがそっと隣に座った。

「お姉ちゃん、何かあったの？」

　その優しい声に、私は少しだけ心を開く気になった。

「……ちょっと複雑なことがあって。どうしたらいいか分からない。」

「複雑なこと？」

　私はリオに、ミチルが突然現れたことを話した。
　すると、リオの表情が険しくなる。

「その人、危ないよ。お姉ちゃんを傷つけた人でしょ？」

「まあ、そうだけど……」

「じゃあ、僕が守る。」

「守るって……」

「お姉ちゃんを困らせる人がいたら、僕が全部追い払うから。」

　その言葉に、私は思わずリオを見つめた。
　彼の目には、確固たる決意が宿っている。
　その思いの強さに、私は戸惑いを隠せなかった。


　それでも、リオとの日常に救われている自分がいた。
　彼の存在は確かに大きく、私を支えてくれているのだと。

　でも、彼の愛情が依存に変わりつつあることに、私はまだ完全に気づいていなかった。

「お姉ちゃん、僕たち、ずっと一緒にいようね。」

　リオがそう囁いたとき、私は何も答えられず、ただ小さく頷いた。

　その瞬間、心の奥で何かが軋む音が聞こえたような気がした。