推しのAV俳優が隣に引っ越してきました

さくら優

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本編

4.騙されてた⋯?

「今日もいないのかな」

ここ数日、嵐さんの部屋は常に夜中まで灯りがつかないままだった。

俺が寝るのがだいたい12時前くらいだから、その後に帰ってきているのかもしれないが、なんとなく、人の気配がないような気がする。

AVの撮影とかって夜中にやるものなのだろうか。
昼間にやっているイメージはないが、実際のところは知らない。今までは、夜は割と灯りがついていたような気がするが、俺も別に毎日確認していたわけではないのでわからない。

「はあー」

モヤモヤする。ただの遊びと割り切ればいいだけなのに。それが出来ないなら、さっさと終わりにすればいい。

俺は深く溜息を吐いた。


   ✦✦✦

「あれ、これ部屋番号違う」

翌日、俺は仕事から帰ってきて、部屋に入ってからポストにあった手紙を確認すると、隣の嵐さんの部屋番号が書かれたものが紛れていることに気付いた。配達の人が間違えたのだろう。

「嵐さんの⋯」

本名が書いてあったりしないだろうかと期待をしたが、宛名の欄には会社名が書かれていた。

「?」

なぜ会社名なのかはよくわからないが、とにかく嵐さんに聞いてみればいいだけだ。先ほど部屋の前を通った時に灯りがついていたので、今日は帰ってきているのだろう。

玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに中から人が出て来る。

「はいはい。どちら様――」
「こんばんは。樹で、す⋯――え?」

中から出て来たのは、確かにいつもの嵐さん、と同じ顔。だが、明らかに雰囲気が違う。身長はほぼ同じだが体格も少し違う。たった数日会わなかっただけで、こんなに変わるものかと思ったところで、

「誰?」

目の前の相手から発せられた言葉に、頭が真っ白になった。

「え⋯なんで、嵐さん⋯」
「おー、お前。俺のこと知ってんの?」
「⋯⋯は?」
「え?」

ほんの数ヶ月前に、大分ニュアンスは違うが同じことを嵐さんから言われた。何が起きているのか理解が出来ず固まっていると、もう1人、誰かがこっちに向かって歩いてくる。

「あれ、樹? うちに用⋯って、あ⋯」
「おー、おかえり。なに、こいつお前の知り合い?」
「な、んで⋯嵐さんが、2人⋯?」

俺はわけがわからなくなって、嵐さんが何か言おうとするより前に、その場から走って逃げ出した。

近くの公園まで走って、荒くなった呼吸を整えていると、少しずつ冷静になってくる。

落ち着いて、頭の中をゆっくり整理した。

『おー、お前。俺のこと知ってんの?』
『へえ。君、嵐のこと知ってるんだ』

多分、今まで俺が嵐さんだと思っていた人は、本物の嵐さんではなかった。今日会った人が本物の嵐さんなのだろう。来客があっても躊躇いなく出るくらい我が物顔で家にいて、顔もそっくり。恐らく兄弟か、親戚か。どちらにしても、

「俺、騙されてた⋯?」

視界がぼやける。なんで。
一体何に対しての「なんで」なのかもわからないまま、ただただその言葉が頭に浮かんだ。

両手で顔を覆う。大きく溜息を吐くと、公園の中に走ってくる足音が聞こえてきた。

「樹!」
「ら⋯。」

嵐ではないのだろうと、呼び方がわからず口を噤む。

「樹、その⋯悪かった。ちゃんと説明させて」
「⋯あの人は、誰ですか?」
「兄だよ。双子の」
「双子⋯」

どうりで、瓜二つなわけだ。

「なんで、嵐のふりなんか⋯」
「⋯初めて会った時に、訂正しなかったら、そのまま、なんとなくタイミング逃して。ずっと言おうとは思ってた。この前、風呂で話した時も思ったけど、でもあの時話しても、きっと樹は信じなかっただろ?」
「⋯⋯」

そうかもしれない。何都合のいいことを言っているんだと、鼻で笑ったかも。

「言っとくけど、俺は自分から嵐だとは名乗ってないからな」
「嵐って呼べばいいって言いましたよね?」
「それはまあ、言ったけど」
「意味一緒です」
「はい⋯」

あの時、呼び方を聞いた時に名前を教えてくれていたら、もう少し違ったのではないだろうか。

「ちょっと迷ったけど、そしたら本当に、俺と嵐がイコールになる気がして、言えなかった」
「⋯⋯名前、本当はなんて言うんですか?」
「⋯涼也。一ノ瀬涼也」
「りょうや、さん⋯」
「うん」

初めて名前を呼ぶと、小さく微笑んで背中に腕を回してきた。そっと抱き寄せられる。

「ずっと、そう呼んで欲しかった」
「⋯自業自得です」
「だな」
「あの、これ」
「ん? 手紙?」
「うちのポストに入ってて」

俺は手に持っていた手紙を渡した。

「これ渡すために来てくれたのか。ありがとな」
「それ、その会社なんですか?」
「俺の会社」
「⋯社長なの?」
「社員は誰もいない、1人社長の会社だけどな」

なるほど。それで会社宛だったのか。

「何の会社?」
「んー、IT? プログラミングとか、アプリ作ったり広告作ったり、まあ色々。パソコン関係の便利屋的な」
「へぇ」

なんか俺には難しそうだ。ここ数日家にいなかったのは、単に仕事で出張していただけだったらしい。

「俺も、樹に聞きたいことあるんだけど」
「なんですか?」

こっちは別に何も隠していることなどなかった気がするが。

涼也さんは、少し身体を離してまっすぐ目を見つめてきた。

「俺と、付き合ってくれない?」
「っ⋯な、んで⋯」
「好きだから」
「⋯⋯」

すぐには返事が出来なかった。ずっとモヤモヤしていたことは、もう解決したはずなのに。
住む世界が違うと思っていた相手。でもそれは、本当の彼ではなく、ただフリをしていただけで。

「⋯いつから?」
「んー、2回目に会った時? 俺のこと助けてくれたしな」
「虫退治しただけですけど」
「いや、重要だよ。俺大ピンチだったもん」

もん、って。虫が絡むと若干キャラが変わる気がする。

「そんなんで好きになってたら、世界中の人に惚れそうですけど」
「ああ、いいじゃん。ラブ&ピース」
「⋯⋯」
「嘘です。ごめんなさい。樹は特別」
「信用出来ない」
「んー、じゃあ」

ぐいっと抱き寄せられて、唇が触れそうなくらい顔が近付いた。

「言葉で信用してもらうのは難しそうだから、身体に教えてやるよ」
「っ!」

低く囁く声に、心臓が勝手に暴走を始める。
唇が触れ合う感触に、俺はゆっくりと目を閉じた。
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