始まりの竜

朱璃 翼

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一部 旅立ち編

フェンデの巫女

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 なぜこうなってしまったのか、と食事をしながら柊稀は思う。

 ここはシフィストの宿にある食堂。目の前には助けてくれた青年が、普通に食事をしている。

 隣には警戒する朱華。無邪気に食事をするのは柏羅。

 黒いローブを着た集団にはあからさまに怯えた柏羅。それが怯えていないということは、信じていいのかもしれない。

 柊稀は判断に迷いながら青年を見ている。

「あなた、何者?」

 食事に手を付けることなく、朱華は青年を睨みつけていた。

「警戒しなくても、俺は拐ったりしない。ただ、来てほしい場所はあるけど。……詳しくは部屋でしよう」

 こんな人が多い場所でする話ではない。そう言われてしまえば黙るしかなかった。

 旅人の泊まる宿には、どんな人物が聞き耳たてているかわからない。敵も混ざっているかもしれないのだ。

「朱華お姉ちゃん、食べないんですか?」

「食べるよ」

 幼い少女に心配されてしまった。朱華は安心させるように笑い、食事を始めた。

 食事を終えると、宿の一室に集まる四人。彼の目的を聞き出さなくてはいけない。

 信じていいのか。その判断ができなくては一緒にはいけないのだから。

「俺は琅悸ろうき。フェンデの巫女護衛だ」

「フェンデの巫女?」

 なにそれと言いたそうな柊稀に、朱華は頭を抱える。ここまでなにも知らないとは、思わなかったのだ。

 琅悸と名乗った青年も唖然としながら見ている。

「フェンデの巫女っていうのは、ベル・ロードで精霊の儀式をする方よ!」

 詳細を知らなくても、名前ぐらいなら有名な存在だと言われれば、柊稀は視線を逸らす。

 弱くておバカなんて、恥ずかしくて言えない。小さな村で過ごすには、知らなくてもいい知識は山ほどある。

 なんて言い訳して、勉強は一切しなかったのだ。剣術も同じ考えだったのは、朱華にも言えない秘密だったりする。

 とりあえず、フェンデの巫女という存在は理解した。なんとなくではあるが。

 それだけで今は十分と判断したのだろう。琅悸は先へ進めることにした。

「俺は巫女の頼みで、始祖竜しそりゅうを捜していた。その少女は、始祖竜の可能性が高い。それを調べるために、フェンデの巫女殿へ連れていきたいのだ」

「し、始祖竜?」

 またわけのわからない言葉を言われ、柊稀がなんとも言えない表情を浮かべる。

「はぁ。柊稀がわからないのは仕方ないね」

 フェンデの巫女を知らないのだから、始祖竜などもっと知らないだろう。

「朱華、知ってるの?」

「えっ、少しならね…」

 そんなに詳しくはないと彼女は言う。さすがに、始祖竜に詳しいのは世界中探しても一握りしかいないだろうと。

 それほど、世間的には知られていない存在なのだ。

 始祖竜――始まりの竜と呼ばれる存在。竜族の始まりであり、この世界を創りあげたとされる存在。

 神竜と同一とされているが、その存在は別であることが二千年以上前に証明されている。

「もっとも、世界を創ったのは精霊王だとも言われてるが」

「どっちでもいいじゃねぇか。とにかく、すっげぇ竜なんだって。それだけわかれば十分さ」

「ユフィ、いつも外では呼ぶまで出てくるなと言っただろ」

「あはは! 気にするなよ!」

 笑いながら琅悸を叩く少女。見た目は少女としか言えない人物は、突然目の前へ現れた。

 短く切り揃えられた深緑の髪に、少し翳った金色の瞳。少女に見えるが、声からして少年であろう。

「精霊?」

 なぜ、と言いたげに見る朱華。精霊は他族との関わりを持たないことで有名な一族。

「まぁな。こいつの家系にひっついてんだ。いやぁ、先祖によく似てやがるぜ」

「今は関係ない話だろ」

 ジロッと見られれば、ここが似てるんだと、ユフィと呼ばれた精霊は笑う。

 話を戻すよう琅悸は三人を見る。今はこの精霊と遊んでいる場合ではない。

「悪いが、俺にはその子が本当に始祖竜か判断できない。フェンデの巫女に判断してもらう」

「始祖竜だったら、どうするんだ?」

 難しいことはわからないが、これだけは気になった。ここまで関われば他人事ではない。

 なによりも、柏羅は自分を選んでしまった。炎の使い手というものに。彼に預けて終わりとは、到底思えなかった。

「護る。あいつらに渡すわけにはいかないからな」

「あいつらがなんなのか、知っているのか」

「あぁ。大体は把握できている」

 外の世界では有名なのかと、一瞬考えてしまった。柊稀は情報にも疎いため知らないだけで、あのような集団が普通にいたのかもしれない。

 いたとしても、片隅にある村では誰も気にしないことだろう。外に疎くなるのも仕方ないのかもしれない。

(いや、有名だったらライザ様は知ってるか。族長会議で話題になるはず)

 意図的に知らされていなかったのか、有名じゃないのか。柊稀にはそこまでのことはわからなかった。

 どちらにしろ、柏羅が始祖竜なのかは知りたいと思った。それが自分にどう関わってくるのか。

 行けばわかると言うなら、行くしかない。すべてがハッキリすれば、もっと詳しくわかるだろう。

「わかった。その巫女殿に行く」

「なら、出発は明日だ」

 どれぐらいかかるのか想像もつかない。出発は急げということなのだろう。またあいつらがくる前に、ここを出た方がいいという意味もあるのだろうと、さすがに柊稀でもわかる。

(当分、家には帰れなそうだなぁ)

 覚悟はしていたが、予想以上にかかりそうだった。それでも巫女殿へ行けば終わる。

 柊稀の中ではそれぐらいの考えでしかなかった。想像を遥かに越える事態になるなど、考えもしなかったのだ。

「ユフィ…見張っておけ」

「おうよ」

 二人のこんなやり取りにも気付かず、日常からかけ離れた日々を過ごすことになるとも知らず、柊稀はのんきに朱華や柏羅と笑っていた。





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