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前編
鬼ごっこ3
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その日の夜、風呂に入りながら自問自答するアルトゥス。昼間のことを思いだしていたのだ。
(俺は…なにをしようとしていた?)
あのとき、ラピエールが呼びかけなければどうなっていたのだろうか。
見上げたウィリディスを見た瞬間、よくわからない気持ちが沸きあがってきた。
なぜかどこかで知っているような錯覚に陥り、手にしたかったものを手にしたような感覚が襲う。そのまま気付いたときには動いていたのだ。
(バカらしい。俺があいつを知ってるわけがない)
ずっと一人で生きてきた。彼にとって、親などいないに等しい存在だ。
赤い翼を持つが故に、忌み子として蔑まれてきたアルトゥスは、両親からも化け物を見るかのように扱われて育った。
周囲の大人達も、血のようだと翼を見ては逃げる。こいつは殺人鬼になる、とまで言われたほどだ。
(俺は…リュツィフェールと出会うまで、本気で殺人鬼になってやろうかと思ってた)
彼と出会ってから、すべてが変わったとも言える。
今の生活は悪くないと思っていた。周りの目は変わらないが、二人は自分を蔑ますことはない。絶対にないと言い切れるから。
だから壊したくはない。
(あと一歩で、壊すところだった)
声をかけられなかったら、間違いなくやってはいけないことをしていただろう。
そうなれば、なにかしらの罰は与えられた。自分だけならいいが、二人も巻き込んでいたかもしれないのだ。
(あいつは、主の子を産むための天使だ)
楽園にいる時点で、二人は主のもの。主だけが触れていい存在なのだ。
自分達とは格が違う。上位の存在だ。
成人して、女となる。そして主に抱かれ、主の子を産む。それがラピエールとウィリディスの先だ。手を出すことは絶対に許されない。
わかっているのに、頭の中から離れないのだ。
(クソッ…)
主の子を産むと考えただけで、苛々してくる。渡すものかと思う自分がいるのだ。
(どうしちまったんだ)
それまで恋などとは無縁だった。むしろ、これは恋なのかと思ったほどだ。
すべてを振り払うよう、頭から水を被る。とにかく、そうすることで自分の気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。
そうでなければ、今度こそ取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
(仕事だ…。俺は、ここに仕事をしに来てる。それだけだ。あの二人を相手にするのも、すべて仕事だから……)
自分にひたすら言い聞かせる。身体が冷えるまで水を被った頃、ようやく気持ちも落ち着いてきた。
浴室から出て身体を拭く。着替えが終わった頃、タイミング悪くラピエールとウィリディスが入浴のためにやってきた。
落ち着かせた気持ちが、再び動き出すのを感じて舌打ちしそうになる。しなかった自分を褒めたくなるほどだ。
「アルトゥス?」
「どうしたんだよ! 唇が紫になってるぜ!」
驚いたように見てくるが、今視線でも合わせたらどうなるかわからない。
髪を拭くように見せながらタオルを頭から被ると、なんでもないと彼は言う。
「ならいいけど、無理はしないでね」
「仕事に影響はださねぇよ」
わざと仕事を強調すると、アルトゥスはその場を去った。
出れば、そこにはリュツィフェールが立っていた。
「夜の警護はどうするか話そうかと思ってたんだが、なにやってきたんだ?」
「水浴び」
なんとなく、そんな気分だったのだと誤魔化す。彼は深く入ってこないので、それで十分だと思ったのだ。
「支障が出なきゃいいが…」
楽園の警護なのだから、支障が出るほどはやるなと言われてしまえば、反論は出来ない。言われるほど見た目が酷いということだから。
「夜の警護だったな。俺がやっておくよ」
今晩は寝られそうにないから、と言えば、リュツィフェールはわかったとその場を離れた。
今後のことは翌日以降考えるつもりのようだ。
(あれは、たぶん寝ないな)
自分の目で楽園を確認するつもりだろう。ならばそれは彼に任せればいいことで、自分は寝ずの番をするだけでいい。
もう一度気持ちを落ち着かせようと、自室へ向かう。仕事をしていれば、自然と気持ちを落ち着かせられるだろうという判断だ。
自分の中に芽生えだした気持ち。それは気付かなかったことにするのだ。
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(俺は…なにをしようとしていた?)
あのとき、ラピエールが呼びかけなければどうなっていたのだろうか。
見上げたウィリディスを見た瞬間、よくわからない気持ちが沸きあがってきた。
なぜかどこかで知っているような錯覚に陥り、手にしたかったものを手にしたような感覚が襲う。そのまま気付いたときには動いていたのだ。
(バカらしい。俺があいつを知ってるわけがない)
ずっと一人で生きてきた。彼にとって、親などいないに等しい存在だ。
赤い翼を持つが故に、忌み子として蔑まれてきたアルトゥスは、両親からも化け物を見るかのように扱われて育った。
周囲の大人達も、血のようだと翼を見ては逃げる。こいつは殺人鬼になる、とまで言われたほどだ。
(俺は…リュツィフェールと出会うまで、本気で殺人鬼になってやろうかと思ってた)
彼と出会ってから、すべてが変わったとも言える。
今の生活は悪くないと思っていた。周りの目は変わらないが、二人は自分を蔑ますことはない。絶対にないと言い切れるから。
だから壊したくはない。
(あと一歩で、壊すところだった)
声をかけられなかったら、間違いなくやってはいけないことをしていただろう。
そうなれば、なにかしらの罰は与えられた。自分だけならいいが、二人も巻き込んでいたかもしれないのだ。
(あいつは、主の子を産むための天使だ)
楽園にいる時点で、二人は主のもの。主だけが触れていい存在なのだ。
自分達とは格が違う。上位の存在だ。
成人して、女となる。そして主に抱かれ、主の子を産む。それがラピエールとウィリディスの先だ。手を出すことは絶対に許されない。
わかっているのに、頭の中から離れないのだ。
(クソッ…)
主の子を産むと考えただけで、苛々してくる。渡すものかと思う自分がいるのだ。
(どうしちまったんだ)
それまで恋などとは無縁だった。むしろ、これは恋なのかと思ったほどだ。
すべてを振り払うよう、頭から水を被る。とにかく、そうすることで自分の気持ちを落ち着かせようと思ったのだ。
そうでなければ、今度こそ取り返しのつかないことをしてしまいそうだった。
(仕事だ…。俺は、ここに仕事をしに来てる。それだけだ。あの二人を相手にするのも、すべて仕事だから……)
自分にひたすら言い聞かせる。身体が冷えるまで水を被った頃、ようやく気持ちも落ち着いてきた。
浴室から出て身体を拭く。着替えが終わった頃、タイミング悪くラピエールとウィリディスが入浴のためにやってきた。
落ち着かせた気持ちが、再び動き出すのを感じて舌打ちしそうになる。しなかった自分を褒めたくなるほどだ。
「アルトゥス?」
「どうしたんだよ! 唇が紫になってるぜ!」
驚いたように見てくるが、今視線でも合わせたらどうなるかわからない。
髪を拭くように見せながらタオルを頭から被ると、なんでもないと彼は言う。
「ならいいけど、無理はしないでね」
「仕事に影響はださねぇよ」
わざと仕事を強調すると、アルトゥスはその場を去った。
出れば、そこにはリュツィフェールが立っていた。
「夜の警護はどうするか話そうかと思ってたんだが、なにやってきたんだ?」
「水浴び」
なんとなく、そんな気分だったのだと誤魔化す。彼は深く入ってこないので、それで十分だと思ったのだ。
「支障が出なきゃいいが…」
楽園の警護なのだから、支障が出るほどはやるなと言われてしまえば、反論は出来ない。言われるほど見た目が酷いということだから。
「夜の警護だったな。俺がやっておくよ」
今晩は寝られそうにないから、と言えば、リュツィフェールはわかったとその場を離れた。
今後のことは翌日以降考えるつもりのようだ。
(あれは、たぶん寝ないな)
自分の目で楽園を確認するつもりだろう。ならばそれは彼に任せればいいことで、自分は寝ずの番をするだけでいい。
もう一度気持ちを落ち着かせようと、自室へ向かう。仕事をしていれば、自然と気持ちを落ち着かせられるだろうという判断だ。
自分の中に芽生えだした気持ち。それは気付かなかったことにするのだ。
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