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前編
アルトゥスとウィリディス
しおりを挟む誰かが布団の中に潜り込んできた。一体誰が、と思いはしたのだが、その温もりは温かく、アルトゥスを深い眠りへといざなう。
冷え切った身体が温められ、ゆっくりと眠ることができた。
次に目を覚ますと、隣で気持ちよさそうに寝ているウィリディスの姿がある。なぜ、と思うよりも、自分を温めてくれたのがウィリディスだったのか、と思う。
もう誤魔化すこともできない。自分はこの天使が好きだ。たとえ主のものとなってしまっても、好きなのだと頬に触れる。
「ん……おはよう、アルトゥス」
「まだ夜中だ」
寝て起きたら朝じゃないと言えば、眠そうにもぞもぞと動く。
寝かせろということなのだろうが、目の前にいるのは男だと認識させた方がいいだろうかと苦笑いを浮かべる。
「成人前だから食われないと思ってるのか? それとも、俺に食われたいわけか?」
耳元で囁きかければ、ピタリと動きが止まった。暗闇でハッキリと見えないが、おそらく耳まで真っ赤だろうとアルトゥスは笑う。
こうまでにも可愛いと、本気で襲いたくなる。さすがに未成年はと思うことで、辛うじて耐えているのだ。
ゆっくりと身体を起こすと、手のひらに小さな明かりを浮かべた。しっかりと寝られたからか、身体はだいぶ楽になっている。
回復にはそれほど時間をかけないだろう。護衛という仕事をしているのだから、動けない状態でいるわけにはいかない。
主のために護るのではなく、自分のためにウィリディスを護る。
「重症だな……」
自分の思考に笑うしかない。一瞬にして、自分のすべてを変えていったウィリディス。ここまで存在が大きくなっているとは思わなかったのだ。
「冷たくして悪かった。お前に非はない。ただ、俺が一方的に避けただけだ。リュツィフェールに言われて、今更失うものなんてねぇって思いだした」
いや、本当はリュツィフェールとストゥルティを巻き込みたくなかっただけだった。あの二人からこれ以上、なにかを奪うようなことはしたくない。
「アルトゥス?」
どうしたのかと見上げてくる姿に、愛しさだけが増していく。
「俺は……俺達は忌み子だ……。誰からも受け入れてもらえなかった、必要とされていない存在……」
目を見開いて驚くウィリディス。このような言葉を聞くことになるなど、誰が想像するだろうか。
自分のことを話そうとしているのだとわかり、身体を起こす。眠気など、先程の言葉ですべて吹っ飛んでしまった。
「俺が産まれたとき、母親は炎に包まれたらしい。あと一歩で死んでいた、という噂だな。本人から聞いたわけじゃねぇし、詳細は知らない」
「えっ」
自分の両親だろ、と言いたくなったが、彼は親を親と思ってはいないように見える。どこか他人の話をするように淡々と話す姿に、忌み子という言葉と関係があるのかと見た。
「俺が原因でそうなった、とわかってたんだろ。ビクビクしながら俺に触れてたらしいからな。翼が生えるまでは、とりあえず世話してくれてたんだよ。とりあえず、だがな」
物心がついた頃には、怯えた母親しか知らない。愛情など欠片もない目で見てきて、父親も同様だった。
化け物を見るような目、と言った方が正しいほどだっただろう。
だから、アルトゥスは愛情など欠片も受けたことがない。愛されたこともなければ、愛し方もわからないのだ。
「必要だと思ったことは、一度だってねぇ。俺には不要な感情で、誰かに愛情など持つわけがない……と思ってた」
ここに来るまでは、このまま一生を過ごすのだと信じていたと言う。
「わっかんねぇんだよ。ただの鬼ごっこをしてたはずだ。ちょっとした悪ふざけで、お前を後ろから抱き締めた。なのに、ずっと手に入れたかったなにかを手にしたような気持ちになった」
この気持ちがなぜなのかわからないが、間違いなく抱いてはいけない感情だ。自分は護衛としてやってきているにすぎないのだから。
手を出したら、自分だけの問題じゃないのだ。
「今の俺には、リュツィフェールとストゥルティがすべてだ。あいつらの平穏を壊すことなどできねぇ。だが、あいつらがこの選択を良しとしないこともわかってる」
むしろ、手を貸してくれるだろうと言い切れる。それがわかれば、この気持ちを捨てなくていいのかと思ってしまった。
「アルトゥスは……本当は愛情が欲しかったのか?」
「……どうだろうな。それすらわからねぇよ」
わかっているのは、目の前にいる天使は自分を化け物と見ないということぐらいだ。
「四歳になって、翼が生えたときのことは一生忘れない記憶のひとつだ。化け物と言われ、両親に怯えられた。周囲の奴らからも避けられて、殺人鬼になるとまで言われたなぁ」
結果として、よく遠くまで飛びに行くようになったと言われ、自分はそれを見ていたのだとウィリディスは知る。
どこか違うところから来ているとはわかっていたが、彼は一体どこから来ていたのだろうか。
「俺…まだここに来る前にアルトゥスを見てる。俺の住んでるところに、よく飛んでた」
赤い翼だったから、間違いないだろうと言われてしまえば、おそらくとアルトゥスが驚きながら頷く。
自分のような翼をもつ天使を聞いたことはない。そうだとすれば、幼いウィリディスが見たのは自分ということになる。
そんなところに接点があるとは思わず、視線を逸らしてしまう。
「ずっと、きれいだと思ってた。陽射しで輝いてて、赤い軌跡を残して飛んでいくのが……俺は、あのときからずっと赤い翼の天使が好きだった」
アルトゥスが好きだと真っ直ぐに伝える姿に、力強く引き寄せる身体。
(もう、迷わねぇ。俺はこいつが欲しい)
色々と疑問が残る部分もあった。なぜ懐かしいと感じているのか、やっと手に入れたという気持ちになるのかわからない。
この感情は、どこからくるのかと思う自分はいるのだが、結論として誰にも渡したくないという気持ちだけでいいと思えたのだ。
恥ずかしそうにキスをしてきたウィリディスに、笑みを浮かべる。
「絶対に、お前を俺のものにする。成人までに必ずだ」
タイムリミットはウィリディスの成人だ。まだ時間はあると決意の眼差しを向ければ、誓いを立てるようにキスをした。
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