鬼とドラゴン

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ケンカ

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 ヴァンは合点がいった。先日聖母の森でアラン達とはぐれた時に合流できたのはやはりハナの能力のおかげだったのだ。そしてアランにだけに能力を明かしていることに軽い嫉妬を覚えた。

「さすがアランの彼女だね。なかなか便利な能力だ」

 ヴァンは自分で言っておいて悲しい気持ちになる。何故だかアランとハナが自分より遥かに高い位置にいるような感じがした。なんとも惨めな気分だった。

「あぁっ? 彼女だぁっ?」

 アランの声には怒気がこもっていた。ヴァンには何故アランがこんなにも不機嫌なのか理解できなかった。ハナと付き合えるという世界一の幸運に恵まれておきながら、何を怒るということがあるのだ。だんだんと怒りが沸いてきた。

「うるさいな。いちいち大きな声を出すなよ」
「ああっ!?」

 警告はした。大きな声を出すなと。ヴァンは拳を握りアランに接近すると顔面を殴りつけた。アランは玄関のドアに激突し、ヴァンと同様に口を切った。

「てめぇっ!」

 アランが再び怒声を上げると同時、ヴァンが前蹴りでアランを蹴りつける。玄関のドアが軋む。アランの口から小さなうめき声が漏れた。

「大きな声を出すなって言っているだろ?」

 ヴァンはすでに自身の怒りをコントロールすることができなくなっていた。そしてアランも同様であった。

「いい度胸だ、ヴァン。手加減しねーぞ!」

 ヴァンの足元に魔法陣が浮かぶ。それは重力をコントロールする魔法の陣であった。ヴァンは10センチメートル程浮かされてバランスを崩す。そこへアランの回し蹴りが襲う。鬼の攻防魔法である波動を纏った攻撃だった。ヴァンは同じく波動を纏って防御をするが、また庭先まで跳ばされてしまう。

 実のところ、これまでに殴り合いは幾度となくしてきた二人であったが、ケンカで魔法を使用したのは初めてであった。今回のケンカは二人強さの優劣をはっきりさせることになるとアランもヴァンも感じていた。アランは鬼の金属を支配する魔法と波動、そして人間の陣魔法まで扱うことができるが、対しヴァンガ扱えるのは波動のみである。普通に考えれば断然アランが有利だが、ヴァンにはガニアンとの組み手でつちかった体術がある。接近戦に持ち込めれば勝機は十分にあった。

 アランは地面に手をつくと地中の砂鉄を押し固めて鉄の棒を作った。

「卑怯なんて思わないぞ、ヴァン」

「そんなので有利になったつもり?」

 アランはヴァンに接近し、横なぎに鉄棒を振った。ヴァンはそれを低い姿勢でかわすと背中をアランに押し付け、体重を預けた。アランがバランスを崩したところで両手で鉄棒を掴むと、背負い投げの要領で投げた。そのまま鉄棒を握っているとさらに追撃を受けると判断したアランは武器を離し体勢を整えると、また新たに鉄棒を作り出した。

「鉄棒を作ったのは失策だね。簡単に奪われてんじゃん」

 ヴァンの声は感情のこもらない冷たい声だった。

「そんなに欲しいならいくらでもくれてやんぜ?」

 アランが再び鉄棒で攻撃を繰り出すが、ヴァンはあっさりと受けながし、カウンターをアランの肩口にいれる。鉄棒が食い込み骨が軋む音がした。骨が折れなかったのは鬼族の頑強な肉体と、波動による防御が間に合った為であった。

「ただ振り回すだけじゃダメだよ。ちゃんと武器として扱わなくちゃね」

 ヴァンは鉄棒を自在に体の周りで回転させる。舞棍と呼ばれるもので、棒術をの鍛錬をする際に学ぶものだ。練度の高い者程自在にそして速く回すことができた。

「ひけらかすなっ!」

 叫ぶと同時、アランは手のひらをかざし光弾を打ち出した。

 ヴァンは光弾を右側にかわすと回転しながらアランに接近し、勢いを乗せて横薙ぎに鉄棒をはらう。アランは自身が持つ鉄棒で防御をするが反撃に転ずる事はできなかった。ヴァンの攻撃が続く。息をつく間も与えない連撃にアランは数発の攻撃を受けてしまう。

「陣魔法が使えるったって戦闘で扱えるレベルじゃないね。隙だらけだ」

 片膝をつき痛みに苦悶の表情を浮かべるアランにヴァンは容赦なく告げた。

「全然勝負にならない。……もうやめようか?」

 ヴァンはアランが悔しがるかと思ったが、そうはならなかった。逆にどこかスッキリとした表情を浮かべるアランにヴァンは疑問を感じた。

「お前、本当に強くなったな。なんでかわからないけど嬉しいよ。……だからヴァン、死ぬなよ」

 突如アランの魔力の質が一変した。魔力だけではなく肉体にも変化が現れていた。肌が浅黒く変化し筋肉が隆起している。赤色の瞳が爛々と輝いた。
 

 
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