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27 突然の来訪者
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久しぶりに一緒に朝食を食べられたかと思えば、シドはまた仕事に出かけて行った。
でもこの日以降、シドはここ最近と比較し、こまめに帰ってくるようになっていた。
そんなこんなで、あっという間に二週間ほどが経過した。
◇◇◇
……なんて平和なのだろうか。
私は最近、常々そう思っていた。
ヒストリッド帝国で生き神として暮らしていた記憶があるからこそだろうか?
みんなの記憶から私の存在が居なくなってしまったことは、今でも心が痛む。
あれだけ一緒に過ごした家族たちから、私の記憶の一切が無くなったことは今でもつらい。
だが、ここまで潔く記憶が無くなったとなると、私の心を縛り繋ぎ止める枷は、ある意味無いも同然だった。
おかげで、今の生活を私が素直に楽しいと思うことに対し、罪悪感を覚える機会はかなり減っていた。
――人生、何が起こるか分かったものではないわね……。
いわゆる、彼岸と此岸の間のような中有界と言われる場所で働くことになるとは、当然思ってもみなかった。
だけど、シドのメイドと秘書として働く今は、とても楽しく平和だ。生き神時代の地獄を思うと、ちょっと大変でも何てこと無い。
むしろ、ちょっと大変ということにやりがいすら感じている。
この平和を維持するためにも、彼に認めてもらって半年以降も雇い続けてもらわないと――
「アール、今日はここの掃除をしましょうか?」
「はい! ぼくもそれがいいと思うです!」
「よかった。じゃあ、半分は私が――」
コンコンコンコン。
言いかけた言葉を遮るように、玄関から突然ノック音が聞こえてきた。
――ベリーが食料調達から帰ってきたのかしら……?
いや、それはきっと違う気がする。
アールなら、たまに持ち切れない荷物がありノックをすることもあるが、ベリーは持ち切れない量を持つような子じゃない。
となると、このノックは訪問者以外ありえなかった。
ここで私が働き始めてから、訪問者なんて来たことがない。勝手も分からないし、どうしたら良いのか分からず、情けなくも動揺することしかできない。
「アール、今回は居留守した方がいいかしら?」
それが無難だろうと思いながらも、一応アールに訊ねてみる。すると、意外な返事が返ってきた。
「ここはぼくに任せてください! 先輩の腕の見せどころです!」
「えっ……いいの? でも、もし不審者だったら――」
「大丈夫ですよ。ぼくがそこも確かめるですから!」
――どうやってだろう……?
そう思いながらも、私は未だかつて見たこと無いほどの自信漲るアールに頼ることにした。
「じゃあ、アール。任せたわね」
「はいです!」
アールは笑顔で頷く。そして、トテトテと玄関に近付くと、思いっきり息を吸い込んだ。
「どちら様ですかー!」
――いや、直接聞くんかい!!!!!!
まさか、こんな確かめ方をするなんて思ってもみなかった。力いっぱい叫んだアールの行動に、私は一人でさらに動揺してしまう。
だが、アールは気にせずニコニコと笑顔で扉を見つめ続ける。すると扉の向こうから、落ち着きのある凛とした男性の声が聞こえてきた。
「ヴァルドです。シドに用事があって来たんだよ」
――ん?
ヴァルドって、どこかで聞いたことがあるような……。
忘れた記憶を刺激されたような気分でモヤモヤする。そんな私とは裏腹に、アールはその男性の正体が分かったようで、ひらめきの声を発した。
「ヴァルド様でしたか! シドはいませんよ~!」
「そうなのかい? では、中で待たせてもらうことはできるかな?」
「はい! どうぞー!」
ちょっと待って! なんて言う間もなく、アールがガチャリと扉を開けてしまった。
すると開かれた扉から入ってきた人物と、慌てる私の視線がバチンと交差した。
――なんて綺麗で美しい人なの……。
私はその男性の美貌に絶句した。まるで、中世の美しい絵画から出てきたような男性の見目に、思わず固まってしまう。
ブロンドヘアで、穏やかそうな雰囲気を纏った垂れ目の男性。いかにも優しそう……! というオーラがだだ漏れである。
しかし、私はメイド。入って来たからにはきっちり対応しなければならないし、気を緩めての粗相なんて以ての外だ。
ミス一つが私の今後を左右するのよ。
そう自分自身に言い聞かせて金縛りを解き、必死に冷静を装って対応を開始した。
「いらっしゃいませ。客間まで、ご案内いたします」
そう、普通に接した。
そのはずなのだが、男性はなぜか一直線に私の元へズンズンと歩み寄り、眼前にグッと顔を近付けて信じられぬ一言を放った。
「っ……ここにいたのか、愛し子よ」
「……はい?」
彼の言った言葉の意味がまったく理解できない。
――愛し子?
というか、この人そもそも一体誰なの?
「あの……仰る言葉の意味が理解できないのですが……」
「ああ、そうだろう。その気持ちはよく分かる」
分かると言われても、私には何一つ分からない。いったい何がどうなっているのかと、不安が押し寄せる。
「あの……」
「ああ、どうした?」
「愛し子とはいったい……」
聞いても良いものなのだろうか。そう思いながらも訊ねると、男性は慈愛たっぷりの笑顔で答えた。
「もちろん、あなたが私の愛しい子という意味だ。その魂の未知ながら、不思議と懐かしみを感じる美しさに惚れてしまった」
「……え?」
「いわゆる、一目ぼれというやつだな」
やっぱり意味が分からなかった。
魂? 懐かしみ? 惚れた? まったくもって理解が出来ない言葉ばかりが男性から紡がれた。
――もう、とりあえずまともに取り合わない方がよさそうね。
「左様ですか。っ……とりあえず、客間の方へどうぞ」
「ああ、あなたがそういうのなら」
男性はそう言うと、私の案内に大人しく着いてきて、客間に入り一人用のソファに腰かけた。
「お出しするお茶を用意いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ」
「ああ、分かったよ」
ぶんぶんと揺れるしっぽの幻覚が見えそうなほど、機嫌良さそうに微笑む。そんな男性を部屋に残し、私は急いでキッチンに向かいアールを呼び出した。
「アール! シドがどこにいるか分かる?」
「分かるですよ! 今日は――」
「話を遮ってごめん、アール。今すぐシドに帰って来てって呼びに行って!」
「わ、分かったのです!」
アールは珍しく慌てた様子で返事をすると、急いで家を飛び出して行った。
その姿を確認し、私は許されるだけの時間をかけてお茶を淹れ、客間に戻った。
でもこの日以降、シドはここ最近と比較し、こまめに帰ってくるようになっていた。
そんなこんなで、あっという間に二週間ほどが経過した。
◇◇◇
……なんて平和なのだろうか。
私は最近、常々そう思っていた。
ヒストリッド帝国で生き神として暮らしていた記憶があるからこそだろうか?
みんなの記憶から私の存在が居なくなってしまったことは、今でも心が痛む。
あれだけ一緒に過ごした家族たちから、私の記憶の一切が無くなったことは今でもつらい。
だが、ここまで潔く記憶が無くなったとなると、私の心を縛り繋ぎ止める枷は、ある意味無いも同然だった。
おかげで、今の生活を私が素直に楽しいと思うことに対し、罪悪感を覚える機会はかなり減っていた。
――人生、何が起こるか分かったものではないわね……。
いわゆる、彼岸と此岸の間のような中有界と言われる場所で働くことになるとは、当然思ってもみなかった。
だけど、シドのメイドと秘書として働く今は、とても楽しく平和だ。生き神時代の地獄を思うと、ちょっと大変でも何てこと無い。
むしろ、ちょっと大変ということにやりがいすら感じている。
この平和を維持するためにも、彼に認めてもらって半年以降も雇い続けてもらわないと――
「アール、今日はここの掃除をしましょうか?」
「はい! ぼくもそれがいいと思うです!」
「よかった。じゃあ、半分は私が――」
コンコンコンコン。
言いかけた言葉を遮るように、玄関から突然ノック音が聞こえてきた。
――ベリーが食料調達から帰ってきたのかしら……?
いや、それはきっと違う気がする。
アールなら、たまに持ち切れない荷物がありノックをすることもあるが、ベリーは持ち切れない量を持つような子じゃない。
となると、このノックは訪問者以外ありえなかった。
ここで私が働き始めてから、訪問者なんて来たことがない。勝手も分からないし、どうしたら良いのか分からず、情けなくも動揺することしかできない。
「アール、今回は居留守した方がいいかしら?」
それが無難だろうと思いながらも、一応アールに訊ねてみる。すると、意外な返事が返ってきた。
「ここはぼくに任せてください! 先輩の腕の見せどころです!」
「えっ……いいの? でも、もし不審者だったら――」
「大丈夫ですよ。ぼくがそこも確かめるですから!」
――どうやってだろう……?
そう思いながらも、私は未だかつて見たこと無いほどの自信漲るアールに頼ることにした。
「じゃあ、アール。任せたわね」
「はいです!」
アールは笑顔で頷く。そして、トテトテと玄関に近付くと、思いっきり息を吸い込んだ。
「どちら様ですかー!」
――いや、直接聞くんかい!!!!!!
まさか、こんな確かめ方をするなんて思ってもみなかった。力いっぱい叫んだアールの行動に、私は一人でさらに動揺してしまう。
だが、アールは気にせずニコニコと笑顔で扉を見つめ続ける。すると扉の向こうから、落ち着きのある凛とした男性の声が聞こえてきた。
「ヴァルドです。シドに用事があって来たんだよ」
――ん?
ヴァルドって、どこかで聞いたことがあるような……。
忘れた記憶を刺激されたような気分でモヤモヤする。そんな私とは裏腹に、アールはその男性の正体が分かったようで、ひらめきの声を発した。
「ヴァルド様でしたか! シドはいませんよ~!」
「そうなのかい? では、中で待たせてもらうことはできるかな?」
「はい! どうぞー!」
ちょっと待って! なんて言う間もなく、アールがガチャリと扉を開けてしまった。
すると開かれた扉から入ってきた人物と、慌てる私の視線がバチンと交差した。
――なんて綺麗で美しい人なの……。
私はその男性の美貌に絶句した。まるで、中世の美しい絵画から出てきたような男性の見目に、思わず固まってしまう。
ブロンドヘアで、穏やかそうな雰囲気を纏った垂れ目の男性。いかにも優しそう……! というオーラがだだ漏れである。
しかし、私はメイド。入って来たからにはきっちり対応しなければならないし、気を緩めての粗相なんて以ての外だ。
ミス一つが私の今後を左右するのよ。
そう自分自身に言い聞かせて金縛りを解き、必死に冷静を装って対応を開始した。
「いらっしゃいませ。客間まで、ご案内いたします」
そう、普通に接した。
そのはずなのだが、男性はなぜか一直線に私の元へズンズンと歩み寄り、眼前にグッと顔を近付けて信じられぬ一言を放った。
「っ……ここにいたのか、愛し子よ」
「……はい?」
彼の言った言葉の意味がまったく理解できない。
――愛し子?
というか、この人そもそも一体誰なの?
「あの……仰る言葉の意味が理解できないのですが……」
「ああ、そうだろう。その気持ちはよく分かる」
分かると言われても、私には何一つ分からない。いったい何がどうなっているのかと、不安が押し寄せる。
「あの……」
「ああ、どうした?」
「愛し子とはいったい……」
聞いても良いものなのだろうか。そう思いながらも訊ねると、男性は慈愛たっぷりの笑顔で答えた。
「もちろん、あなたが私の愛しい子という意味だ。その魂の未知ながら、不思議と懐かしみを感じる美しさに惚れてしまった」
「……え?」
「いわゆる、一目ぼれというやつだな」
やっぱり意味が分からなかった。
魂? 懐かしみ? 惚れた? まったくもって理解が出来ない言葉ばかりが男性から紡がれた。
――もう、とりあえずまともに取り合わない方がよさそうね。
「左様ですか。っ……とりあえず、客間の方へどうぞ」
「ああ、あなたがそういうのなら」
男性はそう言うと、私の案内に大人しく着いてきて、客間に入り一人用のソファに腰かけた。
「お出しするお茶を用意いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ」
「ああ、分かったよ」
ぶんぶんと揺れるしっぽの幻覚が見えそうなほど、機嫌良さそうに微笑む。そんな男性を部屋に残し、私は急いでキッチンに向かいアールを呼び出した。
「アール! シドがどこにいるか分かる?」
「分かるですよ! 今日は――」
「話を遮ってごめん、アール。今すぐシドに帰って来てって呼びに行って!」
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