【完結】あなたに私を捧げます〜生き神にされた私は死神と契約を結ぶ~

綺咲 潔

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28 私の居場所

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 私が部屋に入ると、男性は嬉しそうな微笑みを向けてきた。

「どうぞ、お茶でございます」
「ありがとう」

 男性はお礼を言って受け取ると、お茶を一口含んだ。

「あなたが淹れたのだろうか? 美味だな」
「ありがとう存じます」

 私はあくまでメイド。客をもてなすのは主人の仕事で、本来は裏方なのだ。

 そのため、出しゃばることなく控えめに礼を伝えたのだが、男性はなぜか悲しそうな目を向けてきた。

「そんなに堅くならなくていい。私たちの仲じゃないか」
「何を仰っているのか――」
「君についてもっと知りたいんだ。聞かせてほしい。なぜ、ここにいる?」

 男性は間髪入れず訊ねると、不思議そうに首を傾げ言葉を続けた。

「あなたは恐らく……人間だろう?」

 私の正体を言い当てると、彼はジーっと私を見つめた。視線が痛すぎる。ここは素直に答えておこう。

「はい、人間でございます。使用人として働いているのです」
「そうだろう。ただ……私が知りたいのは、あなたがここの使用人になった経緯だ。シドの家で働きたかったのか?」

 なぜそんなことを知りたがるのだろう。そんな疑問を胸に抱くも、こちらから訊くことも出来ず訊ねられるがまま返した。

「何が何でもここで働きたいというよりは、偶然ここで働くことになったんです。……身寄りがなかったので」

 シドが救ってくれなければ、私は今頃どうなっていたことだろうか。
 改めて偶然の出会いの偉大さに気付く。

 すると、そんな私の手をおもむろに男性が掬い上げた。かと思えば、一方的にとある申し出を始めた。

「身寄りがないのなら、私の元においで。あなたのためなら――」
「ちょっと待ってくださいっ……!」

 突然、聞き覚えのある声が耳に響いた。声の聞こえた扉側を見ると、さきほどアールに呼び出しを頼んだシドが立っていた。

「シド!」
「何でヴァルド様がここに……? しかも、オーロラに何してるんですか!? 離れてください」

 シドはヴァルド様? という男性が家にいることに、非常に驚いた様子で目を真ん丸に開いた。

 だが、すぐにヴァルド様に握られた私の手に目を向けると、急いでこちらに歩み寄ってきた。

「あなたはオーロラと言うのか。可愛らしい名だ」

 シドに離れろと言われたのに、男性は果てしなくマイペースに囁く。あまりの美貌も相まって、何だかその言葉にドキリとしてしまった。

 だが、そんな私に忠告の声が飛んできた。

「オーロラも離れろ!」

 呆けていた私の耳に、シドの凛とした声が突き刺す。
 その瞬間、私はハッと我に返り男性の手から自身の手をすり抜いた。

 男性は残念そうな表情で私をジッと見つめてくる。だが、その視線はやってきたシドへと移し、拗ねたような口調で言い放った。

「私はオーロラと話していたんだ。シド、邪魔をしないでくれ」
「はっ……。マジでどうしちゃったわけ?」

 呆れたというよりも、現状を受け入れられないといった様子でシドが独り言ちる。

 そのことに気付き、シドが何かしらのショックを受けているのだと分かった。

――ここは私がメイドとして、シドをフォローしないと。

「ヴァルド様、シドに用事があっていらしたんですよね?」
「ああ、シドの様子を確かめに来たんだ。でも、それよりも今はあなたの方が優先事項だ」

 せっかく橋渡しをしようと思ったのに、ヴァルド様が私の機転を遠慮なくぶった切った。

 だが、私はめげずにあくまでメイドとしての役割を務めた。

「私のことは結構ですので、ぜひ来られた理由となるお話を優先なさってください」

 絶対に譲らないという強い意志で男性を見つめる。すると、彼は諦めたように口を開いた。

「君が言うのならそうしよう」

 その言葉に、ホッと一安心する。しかしそれも束の間、ヴァルド様は深刻そうな表情で告げた。

「シド、君の始末書について天使たちから報告を受けたんだ。……あの日からおかしい。ここ最近お前の仕事が早すぎるんだと」
「早すぎって言われても……」

 早いことの何が悪いんだというように、シドは男性に訝し気な目を向ける。男性はそんなシドに、さらに言葉を畳みかけた。

「今のシドには、そんな余裕は無いはずだろう? 要するに不可解なんだ。説明してくれるだろうか」

――今のシドに余裕が無いってどういうこと?

 男性の発言の意味が分からないものの、シドに余裕が無さそうなことは私も感じていた。
 シドを見ていると、仕事に対してのみ生き急いでいるように思えるのだ。

 いつかその理由が知りたい。そう思いながらシドに顔を向けると、ため息を吐くように彼は声を出した。

「……オーロラが手伝ってくれたんですよ」
「何? オーロラ、それは本当かい?」

 木漏れ日のような光を彷彿とさせる男性は、とても優しい声音で訊ねてくる。

「はい、左様でございます」

 非常に事務的に答えた。すると、男性はハッと目を見開き質問を続けた。

「どうしてそんなことをしているんだ? 使用人だろう?」
「はい、使用人でございます。シドのメイド兼秘書としても働いております」
「秘書……」

 そう声を漏らすと、男性は固まってしまった。その隙を狙ったかのように、シドが男性に声をかけた。

「オーロラの言う通りです。他のやつらも雇ってる。俺もそうしただけ、それだけの話です」

 そうだろう? というようにシドが私に振り返る。とりあえず、首を縦に振っておこう。

「ほら、オーロラも頷いています。もうこれでいいでしょう。皆さん心配なさってますから、早くお帰りください。オーロラのことも困らせないでください」

 不意打ちのようにシドが私を困らせるなと言い、ドクンと強めの鼓動が鳴った。

 何だかその言い方だと、身内になれたみたいな気持ちになる。

――ちょっと、嬉しいかも……。

 妙に心がムズムズしてきた。そんな私を男性が戸惑い顔で見つめてくる。

「オーロラ」
「はい」

 男性に名前を呼ばれ反射で返事をすると、もう十分だろうというのに男性は更に質問を重ねた。

「なぜよりにもよってシドなんだ? そうするしかない状況だったのか?」

 何だか嫌な言い方だ。しかしその気持ちはグッと堪え返答する。

「そうするしかなかったといえば、そうですね」
「それなら、私の家に来るといい。君の好きなようにしていい! 贅沢だってしていいし、好きなことだけしてもいい環境を設けるよ」

 好きな事だけしてもいい。そう言われると、少し、ほんの少し魅力を感じてしまう。
 だけど――

「諦めてください、ヴァルド様」

 何と返そうか考えているうちに、シドが男性に声をかけた。

「どうしてだい?」
「オーロラと俺は、半年の試用期間で血の契約を交わしているんです」
「シドが血の契約だとっ……!?」

 ヴァルド様と呼ばれる男性は、愕然とした表情でシドを見つめた。

 私も血の契約というものについての知識はほぼないが、そんなに驚くことなのだろうか。

――シドがって驚いているところも気になる……。

 今まで気にしてこなかっただけに、他者がこんなにも驚いている姿を見たら、どうにも不安を煽られる。

 そんな中、シドは淡々と言葉を続けた。

「少なくとも、あと三カ月はヴァルド様のメイドにはできません。というか、今から神合会議でしょう? さっさと行ってください!」

 シンゴウカイギとは何ぞや?

 なんて思っていると、男性はあっと声を上げた。

「そうだった。皆を待たせるわけにはいかない。お暇するよ。……では、オーロラ。またあなたに会いに来るよ」

 男性はスッと私の手を取り一瞬握ると、フッと微笑みを残し扉に向かって歩き出した。

――っ……あ、見送らなくちゃ!

 後光が差すような男性の輝かしい笑顔に圧倒されていた私は、我に返り慌てて扉を出ようとしている男性とシドの背を追った。

「では、二度といらっしゃらなくてよろしいので、気を付けてお帰りください」

 玄関に辿り着くと、シドが男性に辛辣に告げる言葉が聞こえてきた。
 だが、男性はめげることなく「また来るよ」と笑顔で言い残し、シドの背後にいる私に手を振ってようやく帰って行った。
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