【完結】あなたに私を捧げます〜生き神にされた私は死神と契約を結ぶ~

綺咲 潔

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62 潜入

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 扉を開けても、すぐにミエルの姿は見当たらなかった。だが、この部屋の中にいることは間違いないらしく、ロキオは流し目ながらも、獲物を狩るような視線で部屋を見渡した。

 そして、見つけた。
 隠れるように何かを一心不乱に食べているブタの姿が目に入った。

――この子、シドがフレイアに連れられていた時に来た生き物だわっ!

 この子がミエルなのかという思いと、どれだけ食べることに集中しているのかと若干呆れる。そんな中、ロキオがそろりそろりとミエルに近付き始めた。

 背後を狙って、一歩、また一歩と足を踏み出す。そして、もう少しでミエルに辿り着くというとき、予想外の事態が発生した。

 ガチャン!

 ロキオが床に落ちている何かを踏んだのだ。よく見れば、ブタのミエルが今食べている更によく似た皿が床に積み上がっていた。

 さきほどの音は、ロキオがその皿のタワーに足をぶつけた音だった。

「誰だ!」

 さすがに音で気付いたようで、ミエルが慌てて振り返った。その瞬間、確かにミエルの首にかけられた鍵の束を見つけた。

――あれだわ!

 目当ての鍵を見つけて、ごくりと唾を呑む。
 その一方で、ミエルは完全に戦闘態勢に入っていたらしく、地面を足でひっかく前掻きを始めた。

「ねえ、ロキオ。これってヤバいんじゃっ……」

 彼の耳元でそう告げた瞬間、ミエルが一気に駆け出した。だが、いつまで経ってもミエルがロキオにぶつかる衝撃はやって来なかった。

 かと思えば、ミエルはとんでもない大声を出し始めた。

「フレイア様っ! 侵入者が――」
「黙れっ!」

 全速力でドアに向かて走り出したミエルに、ロキオが苛立たしげに怒鳴る。そして、パチンと指を鳴らした。

 ゴトっ。

「えっ、うそ……」
「はっ、俺の邪魔なんてさせねーよ。ばーか」

 とことん口の悪いロキオはあっかんべーとしながら、ブタの代わりに地面に転がった大きな二枚貝の隣に落ちている鍵を拾い上げた。

「これがあいつらの言っていた鍵だ」
「これがっ……」

 シドを助けられるという実感が一気に増した。そんな私に、ロキオはいつもより早い口調で告げた。

「急いだほうがいい。今からお前にも術をかけるからな」
「うん、お願い!」

 私はロキオの肩から腕を伝って、スルスルと地面に降り立った。すると、ロキオがすかさず指を鳴らし、ヘビだった私は、あっという間に先ほどまで目の前に居たブタの姿になった。

「絶対に落とすなよ」

 ロキオはミエルの首にかかっていたように、私の首に鍵をぶら下げた。誰がどこからどう見ても、今の私はミエルにしか見えないだろう。

「ロキオ、ありがとう!」

 首が痛くなるほど大きな彼を見上げて告げる。すると、無邪気な青年の笑顔が私に降り注いだ。

「ああ、まあ俺ならこのくらい当然だけどな」
「うん。あとのこともよろしく頼むわね」
「分かった。フレイアを見てくるよ」
「了解! じゃあ、行くわね」

 次の作戦に移るべく、私とロキオは部屋を出て逆方向へと駆けだした。

 早くシドのところに行きたい。早くシドを解放してあげたい。必ず助けてあげたい。

――シド、もう少しだよっ……。


 ◇◇◇


 見覚えのある廊下に辿り着いた私は、前回通った道なりに沿って駆け続けた。
 すると、以前通りの光景が目の前に現れ、大きな鳥籠のような檻と、ヴァルド様、そして彼の周りにのされた天使たちを見つけた。

「オーロラ、良かった」

 ブタになった私を見て、ヴァルド様はホッとしたように息を吐いた。しかし、すぐに顔を引き締めて手を伸ばした。

「鍵をこちらに」
「はいっ……」

 いつも穏やかな彼の焦燥に滲む顔に嫌な予感を感じながら、脇目もふらず慌てて駆け寄る。

 すると、彼は私の首から鍵輪を取り、ジャラジャラと連なる鍵の形を一つ一つ確認した。そして、ある鍵を手に取って、鳥籠のような檻の鍵穴にそれを差し込んだ。

 カチャリ

 そんな音が響いたところで、私の視界はようやく檻の中のシドを捉えた。その瞬間、全身から体温が抜け落ちるような感覚が私を襲った。

「シド?」

 天井から吊るされた鎖に繋がれたまま、ぐったりとしたシドがそこに居た。前回よりも更にぐったりとした様子の彼は、名を呼び掛けても返事をしない。

「シド……!」

 叫びながら、慌てて檻の中に入りシドに駆け寄る。

「オーロラ……?」

 良かった。どうやら意識はあったようだ。

「シド、今から助けるからね。一緒に逃げようっ」
「え? 何言って……」

 項垂れるシドは、ブタになった私の言葉を理解できないようで、困惑の表情を浮かべた。
 するとそのとき、突然音もなくロキオが飛ぶようにその場に姿を現した。

「ヤバい、逃げるぞ!」

 やって来るなりそんなことを言うロキオに、ヴァルド様が訝しげな眼差しを向ける。

「きちんと説明してくれ。そもそも、ロキオはフレイアのところに行くと言っていたのになぜここに?」
「んな、いちいち説明する時間なんてねーよ! とにかくヤバいんだって。フレイアが居ないんだよ!」

 ロキオの叫びに、その場の空気が戦慄した。

――死神姫が居ないですって……?

「どういうこと? 寝ているんじゃないの?」

 何かの間違いではないかと、私の言葉が唯一通じるロキオに問いただす。すると、ロキオは苛立ったように前髪をかき上げた。

「そのはずだったが、何でか今日はいないんだよ!」
「じゃあ、なおさら急がないと!」
「ああっ!」

 ロキオは私の意見に同意を示し、私を人間の姿に戻した。すると、その間にヴァルド様が檻の中に入ってきており、鍵輪から新たな鍵を見つけ、シドを繋いでいた鎖の南京錠を解錠した。

「私がシドを運ぶ。オーロラは遅れずついて来てくれ」

 ヴァルド様は手短に告げると、ぐったりと力ないシドを抱き上げた。私も彼と同時に立ち上がり、檻から出る。

 すると、ロキオがじれったそうな顔で声をかけてきた。

「オーロラは俺が抱いて飛ぶ。こっちに来い! バレたらまずい、急げ!」
「誰にバレたらまずいのだ?」

 檻から出て、あとは城から抜け出すだけというタイミング。しかし、そんな私たちの背後から、女性特有の艶っぽい冷徹な声が響いた。

 その声を耳にしただけで、魔法でもかけられたかのように足が動かなくなった。
 恐る恐る振り返る。

「どうして……」

 そこには、怒りに滾らせ鬼のような形相をした死神姫フレイアが立っていた。
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