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70 新たなる王
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「オーロラ」
肩をポンポンと叩かれ、ようやく正気に戻った。
「大丈夫か?」
そっとシドが囁きかける言葉に何とか頷きを返し、兄さんに視線を戻した。
「新しい皇帝って誰の事?」
――いったい何がどうなっているの?
脳内が混乱を占める中、目の前の兄さんとお母さんが顔を見合わせた。直後、兄さんが口を開いた。
「ガレスさんだよ」
「えっ……」
「正確にはまだ皇帝にはなってないけど、戴冠式が終わったら新皇帝だから実質皇帝みたいなもんだ」
兄さんはそう言うと、戸惑う私の手首を掴んだ。
「行こう。ガレスさんもオーロラに会いたいはずだ」
衝撃的な事実に頭が追い付いていない私は、兄さんの言葉を受けて「うん、分かった!」とはついていけなかった。
「どうした?」
心配そうに兄さんが私の顔を覗き込む。私はそんな兄さんに素直な戸惑いを告げた。
「ちょっとあまりにも衝撃的で、思考が追い付かなくて……」
気まずさを感じ視線を彷徨わせる。すると、偶然その先で目が合ったお母さんが話しかけてきた。
「トリガーが皇帝なんて言ったから気負うかもしれないけど、ガレスに会いに行くと思って会ってあげて。きっとオーロラが来てくれたと喜ぶわよ」
「ああ、母さんの言う通りだ。オーロラが来たら、ガレスさん泣くんじゃないか?」
冗談めかして言う兄さんの言葉に、お母さんが笑みを零す。その懐かしみある光景を見ていると、心に温かみが広がった。
「兄さん、連れて行ってくれる?」
「もちろんだ。よし、じゃあ早速――」
「あっ、でもシドはどうしよう……?」
突然シドを連れて行っても、シドもガレスさんも困るだろう。そう思いシドを見上げたところ、隣にいたお母さんがシドに声をかけた。
「オーロラが会いに行っている間、あなたは私と少しお話ししてくれるかしら?」
あくまで提案だというように「どう?」とお母さんが背の高いシドの顔を見上げる。
すると、シドはその提案に乗ったため、私は兄さんと二人でガレスさんの下に行くことになった。
◇◇◇
「なあ、オーロラ。さっきの男は誰なんだ?」
移動するなり、兄さんが好奇心を隠すことなく訊ねてきた。
「あの人は私の命の恩人よ」
好きな人だなんて言ったら、ますます根掘り葉掘り聞いてくるだろうと思い、それに留めた。
だが、兄さんは目敏かった。
「それだけじゃなさそうに見えるけどな」
鎌をかけるように横目でチラッと私を見ながら告げる。しかし、今日はその兄さんの作戦には乗らなかった。
すると、兄さんは今日の私の態度を見て色々と悟ったらしく、深く息を吐いて口を開いた。
「まあいいさ、時間ならいくらでもあるから後で聞かせてもらうよ。それに、今頃彼は母さんの尋問中だろうから、母さんからも聞けるしな」
「ははっ……。シド、大丈夫かな?」
本気の尋問ではない。シドが嫌なことを聞くということも無いはずだ。しかし、私とどこで出会ったのかや今の関係性について、根掘り葉掘り聞いていることだろう。
――兄さんと母さんはこういうところがそっくりね。
なんて考えていると、兄さんが話題を切り替えて簡易的な説明を始めた。
「オーロラが神殿に行くとき、俺とガレスさんがロイス陛下を止めただろう?」
「うん」
「あのとき、ほかの衛兵たちはガレスさんを止めようとしていたのに、なぜか急に陛下に反発し始めたんだよ」
どうしてだろうか。あんなにも無心に陛下を崇拝していた人たちが、急に心を入れ替えるだなんて……。
「あっ……」
一つ心当たりが思い浮かんだ。
――もしかして、ロキオが主神にもらったって言っていた指輪の効果が切れたから?
私が陛下から奪った直後のため、可能性としては十分あり得る。ロキオが言っていたことが、本当なのだとしたらだが。
「そんなことがあったのね」
とりあえず兄さんには無難な言葉を返す。
すると、今までの皇帝の居間とは違う建物の大きな扉の前で兄さんが足を止めた。
「ここだ。皇帝になった経緯は、本人から直接聞くといい。……準備はいいか?」
この扉の向こうにガレスさんがいるのね。
思わず、握る拳に力が入る。しかし、私は兄さんに頷いて見せた。
「ええ、大丈夫よ」
そう告げると、兄さんが衛兵に入室許可の声をかけた。それから間もなく、中に入った衛兵が戻ってきた。
「ご入室ください」
その言葉に従い、私たちは室内へと足を踏み入れた。すると、いつもの騎士服とは違い、貴族らしく服を着たガレスさんが目の前に現れた。
「オーロラ?」
私を視界に捉えたガレスさんは、目を真ん丸にし慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「ガレスさんっ……」
生きていて良かった。ありがとう。どうして皇帝に? 様々な想いが溢れ返り、彼の名前を呼ぶことしかできないままに見上げる。
ガレスさんはそんな私を、ゆるゆると伸ばした手でおもむろに抱き締めた。
その瞬間、先ほどまでの私とはまるで別人かのように、途端に私の目からは涙がとめどなく溢れ出した。
「ガレスさんっ……」
皇帝になったと聞いた時、果てしなく遠い存在になったと心のどこかで思っていた。
だけど、こうして抱き締めてくれるガレスさんは、私の知っているガレスさんそのものだったため、安堵の涙が胸いっぱいに溢れた。
◇◇◇
「ここに座るといい」
ガレスさんは抱擁を終えると、私を椅子に案内した。トリガー兄さんはいつの間にかいなくなっていた。
――いくらガレスさんでも、相手は皇帝なのよね。
何となく、今まで通りではいけないような気持ちになる。すると、その私の思考を先読みしたようにガレスさんが声をかけてきた。
「立場は気にせず、今まで通り接してほしい。オーロラは俺の娘も同然なんだ。寂しいじゃないか」
ガレスさんはそう言って、親しみある表情で屈託のない笑みを浮かべて見せた。
その表情に安心して、表情の強張りをほぐすとガレスさんの目がさらに弧を描いた。
その様子を見て、私は早速切り出すことにした。
「ガレスさん」
「どうした?」
「本当に、本当にありがとうございました。ガレスさんが居なかったら、ずっと閉じ込められたまま死んでいましたっ……」
私が飛び出した時にガレスさんが陛下を止めてくれなかったら、一生閉じ込められたままシドを助けることも叶わなかった。
本当にガレスさんが居てくれて良かったと心底思う。そんな私にガレスさんは切なげな表情を向けた。
「礼を言われるようなことはしてないよ。むしろ、一年もオーロラを助けられず本当にすまなかった」
「何もガレスさんは悪くないです! 騎士団長ともなれば背負うものも多いですし……」
ガレスさんはそう話す私を見て、俯き気味に首を横に振った。
「違うんだ。もっと早くに俺がケリをつけるべき問題があったんだ。……俺の出自について話をしよう」
ガレスさんはそう告げるなり、その場にいる使用人全員に退室命令を下した。
部屋の中は私とガレスさんの完全に二人きり。その状況で、ガレスさんがゆっくりと語り出した。
「……俺の本当の名前は、ガレス・ヒストリッド。前々皇帝、つまりロイスの父の子どもなんだ」
「えっ……? えぇっ!?」
信じられなさ過ぎて絶叫した私は、慌てて手で口元を覆いガレスさんを見つめた。
その私の様子に苦笑を浮かべながら、ガレスさんは淡々と続けた。
「ある一夜の過ちだったそうだ。母は踊り子だったから、俺は生まれてから芸妓小屋で育てられた」
ここでの芸妓小屋というと、踊りや歌など芸を身に着けた女性たちが集まって暮らす場所だった。
平民ではあるが、ヒエラルキーで言うとかなり下層にあたる職業という認識がこの世界では広まっている。
そんな場所でガレスさんが育っていたとは、考えてもみなかった。
たいていの場合、騎士、それも騎士団長のような身分になる人は、それなりの生育環境を問われるからだ。
でも、一つだけ納得したことがあった。
「だから香水の作り方に詳しかったんですね」
「ああ、俺はそうして芸妓小屋の中で稼いでいたからな」
ガレスさんは遠い記憶に眺めるように目を細めて、話を続けた。
「でも、その生活から抜け出すために騎士を目指した」
「あの騎士訓練を乗り越えた……ということですよね」
下層平民が騎士になるには、貴族の子息が騎士になるのとは比べものにならないほど、血反吐を吐くような訓練を乗り越えなければならないと聞く。壮絶過ぎて、騎士を断念する平民が多いのもこれが理由だった。
だが、ガレスさんは貧しい生活の中、滲ましい努力の末になり上がり、騎士どころか騎士のトップの団長にまで上り詰めた。
普段の優しくて親しみやすい彼と接するだけでは、決して気付けない過去だった。
「何とか乗り越えて騎士になれたよ。自分だけが王の子どもだって知っているから、国民を守らないとっていう妙な使命感があったのかもな」
ガレスさんはそう言うと、軽く笑って見せた。しかし、すぐに端麗な顔の眉間に皺を寄せた。
「だが、一番の問題は治安よりもロイスだった。だから、俺がこの手であの人の暴走を止める終止符を打った。血縁の責任として」
この言葉により、ようやくガレスさんが皇帝になることになった経緯を完全に理解した。そこで、私は彼にそっと声をかけた。
「ガレスさん」
私の呼びかけに彼が顔を上げた。
「本当にありがとう。ガレスさんは私の英雄よ」
――どうか自分を責めないで。
そう思いながら、真っ直ぐに彼を見つめる。
すると、ガレスさんは泣きそうな顔で笑いながら私の頭を撫でてくれた。
その手は大きくて何よりも優しかった。
―――――――――――――――――
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
残り3話もぜひお楽しみいただけますと幸いです。
《補足》ガレスが拾った子どもにオーロラと名付けた理由について
彼は平民出身のため、悪環境で見習い騎士として訓練を受けていました。
そこでの生活はかなり厳しいもので、食料は最低限、訓練は鬼レベル、窓のない暗く寒い石壁の要塞で毎日過ごさなければならないというものでした。
そんな彼の唯一の心の支え、癒しが、夜や明け方に見えるオーロラでした。
そのため、ガレスは拾った子どもの目の色を見て運命を感じ、オーロラと名付けました。
肩をポンポンと叩かれ、ようやく正気に戻った。
「大丈夫か?」
そっとシドが囁きかける言葉に何とか頷きを返し、兄さんに視線を戻した。
「新しい皇帝って誰の事?」
――いったい何がどうなっているの?
脳内が混乱を占める中、目の前の兄さんとお母さんが顔を見合わせた。直後、兄さんが口を開いた。
「ガレスさんだよ」
「えっ……」
「正確にはまだ皇帝にはなってないけど、戴冠式が終わったら新皇帝だから実質皇帝みたいなもんだ」
兄さんはそう言うと、戸惑う私の手首を掴んだ。
「行こう。ガレスさんもオーロラに会いたいはずだ」
衝撃的な事実に頭が追い付いていない私は、兄さんの言葉を受けて「うん、分かった!」とはついていけなかった。
「どうした?」
心配そうに兄さんが私の顔を覗き込む。私はそんな兄さんに素直な戸惑いを告げた。
「ちょっとあまりにも衝撃的で、思考が追い付かなくて……」
気まずさを感じ視線を彷徨わせる。すると、偶然その先で目が合ったお母さんが話しかけてきた。
「トリガーが皇帝なんて言ったから気負うかもしれないけど、ガレスに会いに行くと思って会ってあげて。きっとオーロラが来てくれたと喜ぶわよ」
「ああ、母さんの言う通りだ。オーロラが来たら、ガレスさん泣くんじゃないか?」
冗談めかして言う兄さんの言葉に、お母さんが笑みを零す。その懐かしみある光景を見ていると、心に温かみが広がった。
「兄さん、連れて行ってくれる?」
「もちろんだ。よし、じゃあ早速――」
「あっ、でもシドはどうしよう……?」
突然シドを連れて行っても、シドもガレスさんも困るだろう。そう思いシドを見上げたところ、隣にいたお母さんがシドに声をかけた。
「オーロラが会いに行っている間、あなたは私と少しお話ししてくれるかしら?」
あくまで提案だというように「どう?」とお母さんが背の高いシドの顔を見上げる。
すると、シドはその提案に乗ったため、私は兄さんと二人でガレスさんの下に行くことになった。
◇◇◇
「なあ、オーロラ。さっきの男は誰なんだ?」
移動するなり、兄さんが好奇心を隠すことなく訊ねてきた。
「あの人は私の命の恩人よ」
好きな人だなんて言ったら、ますます根掘り葉掘り聞いてくるだろうと思い、それに留めた。
だが、兄さんは目敏かった。
「それだけじゃなさそうに見えるけどな」
鎌をかけるように横目でチラッと私を見ながら告げる。しかし、今日はその兄さんの作戦には乗らなかった。
すると、兄さんは今日の私の態度を見て色々と悟ったらしく、深く息を吐いて口を開いた。
「まあいいさ、時間ならいくらでもあるから後で聞かせてもらうよ。それに、今頃彼は母さんの尋問中だろうから、母さんからも聞けるしな」
「ははっ……。シド、大丈夫かな?」
本気の尋問ではない。シドが嫌なことを聞くということも無いはずだ。しかし、私とどこで出会ったのかや今の関係性について、根掘り葉掘り聞いていることだろう。
――兄さんと母さんはこういうところがそっくりね。
なんて考えていると、兄さんが話題を切り替えて簡易的な説明を始めた。
「オーロラが神殿に行くとき、俺とガレスさんがロイス陛下を止めただろう?」
「うん」
「あのとき、ほかの衛兵たちはガレスさんを止めようとしていたのに、なぜか急に陛下に反発し始めたんだよ」
どうしてだろうか。あんなにも無心に陛下を崇拝していた人たちが、急に心を入れ替えるだなんて……。
「あっ……」
一つ心当たりが思い浮かんだ。
――もしかして、ロキオが主神にもらったって言っていた指輪の効果が切れたから?
私が陛下から奪った直後のため、可能性としては十分あり得る。ロキオが言っていたことが、本当なのだとしたらだが。
「そんなことがあったのね」
とりあえず兄さんには無難な言葉を返す。
すると、今までの皇帝の居間とは違う建物の大きな扉の前で兄さんが足を止めた。
「ここだ。皇帝になった経緯は、本人から直接聞くといい。……準備はいいか?」
この扉の向こうにガレスさんがいるのね。
思わず、握る拳に力が入る。しかし、私は兄さんに頷いて見せた。
「ええ、大丈夫よ」
そう告げると、兄さんが衛兵に入室許可の声をかけた。それから間もなく、中に入った衛兵が戻ってきた。
「ご入室ください」
その言葉に従い、私たちは室内へと足を踏み入れた。すると、いつもの騎士服とは違い、貴族らしく服を着たガレスさんが目の前に現れた。
「オーロラ?」
私を視界に捉えたガレスさんは、目を真ん丸にし慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「ガレスさんっ……」
生きていて良かった。ありがとう。どうして皇帝に? 様々な想いが溢れ返り、彼の名前を呼ぶことしかできないままに見上げる。
ガレスさんはそんな私を、ゆるゆると伸ばした手でおもむろに抱き締めた。
その瞬間、先ほどまでの私とはまるで別人かのように、途端に私の目からは涙がとめどなく溢れ出した。
「ガレスさんっ……」
皇帝になったと聞いた時、果てしなく遠い存在になったと心のどこかで思っていた。
だけど、こうして抱き締めてくれるガレスさんは、私の知っているガレスさんそのものだったため、安堵の涙が胸いっぱいに溢れた。
◇◇◇
「ここに座るといい」
ガレスさんは抱擁を終えると、私を椅子に案内した。トリガー兄さんはいつの間にかいなくなっていた。
――いくらガレスさんでも、相手は皇帝なのよね。
何となく、今まで通りではいけないような気持ちになる。すると、その私の思考を先読みしたようにガレスさんが声をかけてきた。
「立場は気にせず、今まで通り接してほしい。オーロラは俺の娘も同然なんだ。寂しいじゃないか」
ガレスさんはそう言って、親しみある表情で屈託のない笑みを浮かべて見せた。
その表情に安心して、表情の強張りをほぐすとガレスさんの目がさらに弧を描いた。
その様子を見て、私は早速切り出すことにした。
「ガレスさん」
「どうした?」
「本当に、本当にありがとうございました。ガレスさんが居なかったら、ずっと閉じ込められたまま死んでいましたっ……」
私が飛び出した時にガレスさんが陛下を止めてくれなかったら、一生閉じ込められたままシドを助けることも叶わなかった。
本当にガレスさんが居てくれて良かったと心底思う。そんな私にガレスさんは切なげな表情を向けた。
「礼を言われるようなことはしてないよ。むしろ、一年もオーロラを助けられず本当にすまなかった」
「何もガレスさんは悪くないです! 騎士団長ともなれば背負うものも多いですし……」
ガレスさんはそう話す私を見て、俯き気味に首を横に振った。
「違うんだ。もっと早くに俺がケリをつけるべき問題があったんだ。……俺の出自について話をしよう」
ガレスさんはそう告げるなり、その場にいる使用人全員に退室命令を下した。
部屋の中は私とガレスさんの完全に二人きり。その状況で、ガレスさんがゆっくりと語り出した。
「……俺の本当の名前は、ガレス・ヒストリッド。前々皇帝、つまりロイスの父の子どもなんだ」
「えっ……? えぇっ!?」
信じられなさ過ぎて絶叫した私は、慌てて手で口元を覆いガレスさんを見つめた。
その私の様子に苦笑を浮かべながら、ガレスさんは淡々と続けた。
「ある一夜の過ちだったそうだ。母は踊り子だったから、俺は生まれてから芸妓小屋で育てられた」
ここでの芸妓小屋というと、踊りや歌など芸を身に着けた女性たちが集まって暮らす場所だった。
平民ではあるが、ヒエラルキーで言うとかなり下層にあたる職業という認識がこの世界では広まっている。
そんな場所でガレスさんが育っていたとは、考えてもみなかった。
たいていの場合、騎士、それも騎士団長のような身分になる人は、それなりの生育環境を問われるからだ。
でも、一つだけ納得したことがあった。
「だから香水の作り方に詳しかったんですね」
「ああ、俺はそうして芸妓小屋の中で稼いでいたからな」
ガレスさんは遠い記憶に眺めるように目を細めて、話を続けた。
「でも、その生活から抜け出すために騎士を目指した」
「あの騎士訓練を乗り越えた……ということですよね」
下層平民が騎士になるには、貴族の子息が騎士になるのとは比べものにならないほど、血反吐を吐くような訓練を乗り越えなければならないと聞く。壮絶過ぎて、騎士を断念する平民が多いのもこれが理由だった。
だが、ガレスさんは貧しい生活の中、滲ましい努力の末になり上がり、騎士どころか騎士のトップの団長にまで上り詰めた。
普段の優しくて親しみやすい彼と接するだけでは、決して気付けない過去だった。
「何とか乗り越えて騎士になれたよ。自分だけが王の子どもだって知っているから、国民を守らないとっていう妙な使命感があったのかもな」
ガレスさんはそう言うと、軽く笑って見せた。しかし、すぐに端麗な顔の眉間に皺を寄せた。
「だが、一番の問題は治安よりもロイスだった。だから、俺がこの手であの人の暴走を止める終止符を打った。血縁の責任として」
この言葉により、ようやくガレスさんが皇帝になることになった経緯を完全に理解した。そこで、私は彼にそっと声をかけた。
「ガレスさん」
私の呼びかけに彼が顔を上げた。
「本当にありがとう。ガレスさんは私の英雄よ」
――どうか自分を責めないで。
そう思いながら、真っ直ぐに彼を見つめる。
すると、ガレスさんは泣きそうな顔で笑いながら私の頭を撫でてくれた。
その手は大きくて何よりも優しかった。
―――――――――――――――――
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
残り3話もぜひお楽しみいただけますと幸いです。
《補足》ガレスが拾った子どもにオーロラと名付けた理由について
彼は平民出身のため、悪環境で見習い騎士として訓練を受けていました。
そこでの生活はかなり厳しいもので、食料は最低限、訓練は鬼レベル、窓のない暗く寒い石壁の要塞で毎日過ごさなければならないというものでした。
そんな彼の唯一の心の支え、癒しが、夜や明け方に見えるオーロラでした。
そのため、ガレスは拾った子どもの目の色を見て運命を感じ、オーロラと名付けました。
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