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第10話 対峙
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「なぜ呼ばれたかはわかっているな?」
「はい」
七海と体を重ねた翌日、遥は橘財閥会長である祖父の剛三に呼び出された。
ベッドに残る痕跡に使用人が気付かないはずもなく、剛三に報告する旨を執事の櫻井からあらかじめ伝えられていたため、心の準備はできていた。もとより隠すつもりはなかったので手間が省けたともいえる。
たじろぐことなくまっすぐ背筋を伸ばして立ったまま、冷静に見つめ返す。剛三は執務机で両手を組み合わせて難しい顔をしていたかと思うと、疲れたように溜息をついて口を開いた。
「おまえを信頼していたのだがな」
「七海とは双方合意の上で付き合っています」
「保護者の立場で許されると思っているのか」
「役目は疎かにしませんし、誰にも譲りません」
恋人として付き合うことも、保護者として面倒を見ることも、どちらもあきらめる気はない。相手が誰であっても絶対に譲らない。いっそう表情を引きしめて自らの覚悟を伝える。
「僕は七海と結婚するつもりでいます」
「本人は了承しているのか」
「そこまではまだ話していません」
さすがに結婚のことを考えさせるには年齢的にも心情的にも早いだろう。しかしいずれ了承してもらうために努力を続けていくつもりだ。そしてありとあらゆる障害は取り除く心構えでいる。
「認めない、なんて言いませんよね」
言外に含ませたのは遥の父親のことだ。天涯孤独となった十歳くらいの少女に一目惚れし、いずれ妻にするつもりで、しかしそのことを隠したまま引き取って手なずけた。剛三も共犯である。
それが許されるなら、七海との結婚も許されてしかるべきではないか。保護者の役割を任されているだけで父親ではないし、年齢はあと何年か待てばいいだけのこと。反対する理由はどこにもない。
言わんとすることを察したらしく、剛三は渋い顔になった。
「自分にも他人にも興味を持てなかったおまえが、誰かを好きになったことは素直に嬉しく思う。七海さえ了承すれば結婚に反対するつもりもない。保護者の立場を悪用したのでなければ、付き合うことには目をつむってもいい。ただな、十三歳の子に手を出すのは早すぎるだろう。何を焦っておるのだ」
「問題があるとは思いません」
遥は強気に言いきる。年齢的に早すぎるというのは正論だろうし、指摘されたとおり焦る気持ちも確かにある。それでも彼の前で認めるわけにはいかない。付け入る隙を与えてしまう。
一歩も引かない姿勢に、剛三は困惑したように眉をひそめた。
「何を言っても無駄か……どうもおまえの執着には狂気じみたものを感じるな。大地と血の繋がりはないのに、どうしてこう似なくていいところが似てしまったのか……」
「僕は父さんのようにはならない。絶対に」
父親と血の繋がりがないことを知ったのは数年前である。赤の他人だったことにせいせいしているのに、似ているなどと言われては不本意きわまりない。あの男は唾棄すべきクズなのだ。
彼は異常な手段で妻を手に入れ、そのくせ生体実験として他の男性の子供を産ませ、あげく妻が亡くなると面影を求めて娘を犯した。遥にも執着はあるが、彼のように歪んだものではないと断言できる。
揺るぎない強い意志を伝えるように視線を送ると、剛三は奥底まで探るように見つめ返してきた。互いに無言のまま身じろぎもせず対峙していたが、やがて剛三が大きく息を吐いた。
「まあよかろう。反対したら家を出て行きかねんからな」
「……ありがとうございます」
祖父としてはたったひとりの後継者を失うわけにはいかない。戯れに手を出したのならさすがに許さなかったと思うが、遥が真剣で、七海との合意もあるということで譲歩したのだろう。
「ただし家の外では自重するのだぞ」
気が緩んだところでさらりと釘を刺された。
もとより言い訳のつかないところに連れ込むつもりはない。失礼しますと素知らぬ顔で一礼して執務室を辞そうとした、そのとき——ドンドンドンとひどく慌てたように扉が叩かれた。
「七海です!」
向こう側から切羽詰まった声が聞こえる。
遥は思わずハッと息を飲んでその扉を見つめた。一方、剛三は面白がるように口もとを上げ、入りなさいと張りのある声で応じる。すぐに扉が開き、七海が上気した必死な顔で飛び込んできた。
「ごめんなさい!」
遥の前に立ち、執務机の剛三に向かって勢いよく頭を下げる。
「その、いけないことだなんて知らなくて……もう二度としないって約束するし、出ていけって言うなら出ていくから、遥は勘当しないで!」
「ほう」
剛三は意味深長な声で相槌を打ち、ニヤリとした。
遥もすでにだいたいの状況は掴めている。このまま剛三を放っておくと何を言い出すかわからない。冷ややかに牽制の一瞥を送ると、いまだ深々と頭を下げたままの七海に後ろから声を掛けた。
「勘当なんて話はないよ」
「えっ?」
「それ、誰に聞いたの?」
「櫻井さん」
予想どおりの答えである。勘当されてしまうかもしれないと純粋に心配していたのか、七海を焚きつけるために大仰に言ったのかはわからないが、どちらにしても彼に悪意はないはずだ。
「じいさんに呼び出されはしたけど、七海と付き合うことにしたってきちんと報告しただけだよ。もう認めてくれてるし、そもそも七海は何も悪いことをしてないんだから謝らなくていい」
「……本当?」
彼女は半信半疑でおずおずと剛三を窺う。
彼も心得ているようで、今度はからかうような素振りもなくしっかりと頷いてくれた。ほんの数分前まで反対していたことなどおくびにも出さずに。
「よかったぁ」
七海はへにゃりと膝から崩れてその場に座りこんだ。
遥のことにここまで必死になってくれた彼女を見ていると、つい頬が緩みそうになる。だが剛三の前でそんな顔をさらすわけにはいかない。取り澄ました表情で手を差し伸べて彼女を立たせる。
「それでは、失礼します」
「末永く仲良くな」
思わせぶりな笑みを浮かべる剛三を見て、七海はきょとんとした。
余計なことを——遥は苦々しく思いながらも無表情のまま一礼し、やわらかい手を引いて執務室をあとにする。ようやく二人だけになり、ほっと安堵の息をついて隣に目を向けると、彼女もこちらに目を向けてほっとしたようにはにかんだ。
「はい」
七海と体を重ねた翌日、遥は橘財閥会長である祖父の剛三に呼び出された。
ベッドに残る痕跡に使用人が気付かないはずもなく、剛三に報告する旨を執事の櫻井からあらかじめ伝えられていたため、心の準備はできていた。もとより隠すつもりはなかったので手間が省けたともいえる。
たじろぐことなくまっすぐ背筋を伸ばして立ったまま、冷静に見つめ返す。剛三は執務机で両手を組み合わせて難しい顔をしていたかと思うと、疲れたように溜息をついて口を開いた。
「おまえを信頼していたのだがな」
「七海とは双方合意の上で付き合っています」
「保護者の立場で許されると思っているのか」
「役目は疎かにしませんし、誰にも譲りません」
恋人として付き合うことも、保護者として面倒を見ることも、どちらもあきらめる気はない。相手が誰であっても絶対に譲らない。いっそう表情を引きしめて自らの覚悟を伝える。
「僕は七海と結婚するつもりでいます」
「本人は了承しているのか」
「そこまではまだ話していません」
さすがに結婚のことを考えさせるには年齢的にも心情的にも早いだろう。しかしいずれ了承してもらうために努力を続けていくつもりだ。そしてありとあらゆる障害は取り除く心構えでいる。
「認めない、なんて言いませんよね」
言外に含ませたのは遥の父親のことだ。天涯孤独となった十歳くらいの少女に一目惚れし、いずれ妻にするつもりで、しかしそのことを隠したまま引き取って手なずけた。剛三も共犯である。
それが許されるなら、七海との結婚も許されてしかるべきではないか。保護者の役割を任されているだけで父親ではないし、年齢はあと何年か待てばいいだけのこと。反対する理由はどこにもない。
言わんとすることを察したらしく、剛三は渋い顔になった。
「自分にも他人にも興味を持てなかったおまえが、誰かを好きになったことは素直に嬉しく思う。七海さえ了承すれば結婚に反対するつもりもない。保護者の立場を悪用したのでなければ、付き合うことには目をつむってもいい。ただな、十三歳の子に手を出すのは早すぎるだろう。何を焦っておるのだ」
「問題があるとは思いません」
遥は強気に言いきる。年齢的に早すぎるというのは正論だろうし、指摘されたとおり焦る気持ちも確かにある。それでも彼の前で認めるわけにはいかない。付け入る隙を与えてしまう。
一歩も引かない姿勢に、剛三は困惑したように眉をひそめた。
「何を言っても無駄か……どうもおまえの執着には狂気じみたものを感じるな。大地と血の繋がりはないのに、どうしてこう似なくていいところが似てしまったのか……」
「僕は父さんのようにはならない。絶対に」
父親と血の繋がりがないことを知ったのは数年前である。赤の他人だったことにせいせいしているのに、似ているなどと言われては不本意きわまりない。あの男は唾棄すべきクズなのだ。
彼は異常な手段で妻を手に入れ、そのくせ生体実験として他の男性の子供を産ませ、あげく妻が亡くなると面影を求めて娘を犯した。遥にも執着はあるが、彼のように歪んだものではないと断言できる。
揺るぎない強い意志を伝えるように視線を送ると、剛三は奥底まで探るように見つめ返してきた。互いに無言のまま身じろぎもせず対峙していたが、やがて剛三が大きく息を吐いた。
「まあよかろう。反対したら家を出て行きかねんからな」
「……ありがとうございます」
祖父としてはたったひとりの後継者を失うわけにはいかない。戯れに手を出したのならさすがに許さなかったと思うが、遥が真剣で、七海との合意もあるということで譲歩したのだろう。
「ただし家の外では自重するのだぞ」
気が緩んだところでさらりと釘を刺された。
もとより言い訳のつかないところに連れ込むつもりはない。失礼しますと素知らぬ顔で一礼して執務室を辞そうとした、そのとき——ドンドンドンとひどく慌てたように扉が叩かれた。
「七海です!」
向こう側から切羽詰まった声が聞こえる。
遥は思わずハッと息を飲んでその扉を見つめた。一方、剛三は面白がるように口もとを上げ、入りなさいと張りのある声で応じる。すぐに扉が開き、七海が上気した必死な顔で飛び込んできた。
「ごめんなさい!」
遥の前に立ち、執務机の剛三に向かって勢いよく頭を下げる。
「その、いけないことだなんて知らなくて……もう二度としないって約束するし、出ていけって言うなら出ていくから、遥は勘当しないで!」
「ほう」
剛三は意味深長な声で相槌を打ち、ニヤリとした。
遥もすでにだいたいの状況は掴めている。このまま剛三を放っておくと何を言い出すかわからない。冷ややかに牽制の一瞥を送ると、いまだ深々と頭を下げたままの七海に後ろから声を掛けた。
「勘当なんて話はないよ」
「えっ?」
「それ、誰に聞いたの?」
「櫻井さん」
予想どおりの答えである。勘当されてしまうかもしれないと純粋に心配していたのか、七海を焚きつけるために大仰に言ったのかはわからないが、どちらにしても彼に悪意はないはずだ。
「じいさんに呼び出されはしたけど、七海と付き合うことにしたってきちんと報告しただけだよ。もう認めてくれてるし、そもそも七海は何も悪いことをしてないんだから謝らなくていい」
「……本当?」
彼女は半信半疑でおずおずと剛三を窺う。
彼も心得ているようで、今度はからかうような素振りもなくしっかりと頷いてくれた。ほんの数分前まで反対していたことなどおくびにも出さずに。
「よかったぁ」
七海はへにゃりと膝から崩れてその場に座りこんだ。
遥のことにここまで必死になってくれた彼女を見ていると、つい頬が緩みそうになる。だが剛三の前でそんな顔をさらすわけにはいかない。取り澄ました表情で手を差し伸べて彼女を立たせる。
「それでは、失礼します」
「末永く仲良くな」
思わせぶりな笑みを浮かべる剛三を見て、七海はきょとんとした。
余計なことを——遥は苦々しく思いながらも無表情のまま一礼し、やわらかい手を引いて執務室をあとにする。ようやく二人だけになり、ほっと安堵の息をついて隣に目を向けると、彼女もこちらに目を向けてほっとしたようにはにかんだ。
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